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~春の責務~

 塔から王宮へ戻った若い騎士は、なぜか〝入れ替わり〟をしに塔へやって来ない春の女王と話をするため、手当たり次第居場所を(たず)ね回っていました。

 しかし、

「いや、知らないな。このところ話も聞かない」

「晴れた日には村の集会所の辺りで主婦らと親しげに話しておられるんだが、このところ雪続きだしな」

「私も存じ上げません。なにも言わずにいなくなるような方ではないのですが。そういえば今年は、いつもなら春になるくらいの時期からお見かけしませんね……」

 と、そんな頼りない返事ばかりでした。

 一人は、

「お住まいは春の館だよ。やさしくって明るくってね、うちの親父みたいな年寄りにも親切にしてくださるんだ。ただ、今は館にもおられないみたいで、春の館の連中はてんてこ舞いって(うわさ)だよ」

「その春の館というのは、どこにあるんですか?」

 騎士が続けて訊ねると、答えた近衛(このえ)兵は手近にあったバルコニーへ出て、

「この王宮から左、つまり東のほうにある……ほら、あの青い家根の館があるだろう。あそこが春の女王が住んでおられる館だ」

 近衛兵の指差す方向には、たしかに青い屋根の大きな館がありました。王宮よりは小さいですが、それでも普通の民家の何倍もあります。

「それから真正面、南に行くと夏の女王様の赤い家根の館、西に行けば秋の女王様の白い家根の館がある。距離は離れてるが、どれも立派だから見えるだろう。そう、ここからじゃ見えないけど、真裏の北には冬の女王様が住んでおられる黒い家根の館もある。もっとも、あんたも知ってる通り当のご本人はあの塔の中だけどな」

 バルコニーの正面は南へ向いています。

 今は真昼ですので、太陽が高いところから照りつけていてもおかしくありませんが、光も熱もぶ厚い雪雲に(ふた)をされてしまい地上までは届いていませんでした。

 国の中央辺りにあるというこの王宮を中心に、どうやら東西南北の方向に春、秋、夏、冬それぞれの女王の館があるようです。そのうち、春と秋、夏の館は高いバルコニーからしっかりと見ることができました。

 また遠くには、雪景色の向こうに隠れるようにして、あの(うず)高い石塔が見えました。

「……いま、春の女王様がどこにいらっしゃるか知っている者はこの国にいないのですか」

「さあ、どうだろうなあ。春の館の者たちも行方を(さが)していると聞くし、誰も知らないんじゃないかね」



 王宮を離れて、騎士は国の中を馬に乗って歩くことにしました。

 道行く人にも話を聞こうとしたのですが──、その当ては外れました。

 降り止む気配のない雪と寒さのせいで、家から出てくる人は一人もいませんでした。何日降り続いたのか雪は土の上にひざくらいの高さまで積もっているようです。細々と雪かきをした跡はありますが、それも家の戸の前だけで、壁の下のほうは雪にすっぽり埋もれていました。

 愛馬も深い雪に足を取られるなか、騎士は手綱(たづな)をたくみに操って馬首(ばしゅ)を東のほうへ向けました。

 途中、いくつかの民家の屋根が雪の重みで苦しそうにしているのを見ながら騎士が向かったのは、春の館でした。館の屋根は、誰がどう手入れしているのか鮮やかな青色を保ったままでした。

 立派な鉄門(てつもん)のまえで王様にもらった手形を門番に見せた騎士は、

「春の女王様はおられないと聞きましたが、本当ですか?」

「ええ……、その通りです。我々も方々(ほうぼう)手を尽くして(さが)してはいるのですが、見つかりません」

「どこか、行く先に心当たりはないんですか?」

「もちろんいくつかありましたが、すべて捜しましたよ。もう三月(みつき)にもなりますか」

 門番は白いため息をつきました。

 騎士はあごに手を当てて少し考えてから、こう言いました。

「それでは、最後にもう一つ。この国に、桜の木はありますか?」



 * * * * *



 国の南のほうは、まだ雪が積もっていませんでした。

 冬の装いではありますが、草木が冬枯れしてしまう、というような感じではありません。はらはらと降る雪の粒も、地面のうえですぐに溶けていきます。

 そんな、しんとした冬景色のなかに、小さな林がありました。

 林の真ん中には、大きなこぶを持った桜の大樹がありました。

 幹のしたのほうで、こんもりと盛り上がるこぶの内側は皮がはがれて(うろ)になっていました。

 洞のなかでは、森の動物たち──りすや小鳥なんかが、外の雪を避けるために身を寄せ合っていました。そして、

「……あら。私を迎えに来てくださったんですね。勇者様」

 おだやかな女性の声が、洞の外に話しかけました。

 かがむようにして洞のなかを(のぞ)き込んでいたのは、若い一人の騎士でした。



 桜の(うろ)のなかに招き入れられた騎士は、森の動物たちのあいだを縫うようにして奥へ進みました。なかは思った以上に温かく、外の寒空のしたとは比べ物になりませんでした。

 隣に座るよう手で指し示すと、栗色の髪と緑色の(ひとみ)を持った春の女王は、やさしい声で騎士に話しかけました。

「それにしても、よくここがわかりましたね。三月(みつき)経っても私の館の者は私を見つけられなかったというのに」

「ええ、方々手を尽くして捜したとおっしゃっていました。ですが私からしてみれば、こんなにわかりやすい隠れ場所はありません」

 木の根と土でできた床に腰を下ろす騎士の言葉に、春の女王は目を丸くしました。

「まあ、ほんとうに? それはいったい、どういうわけで?」

(わたくし)は国の外からやって参りました旅の者です。私の(くに)は遠く東の果てにあるのですが、そこでは数年前に火山の大噴火がありました。(さいわ)い死者こそ出ませんでしたが、そのせいで環境がすっかり変わってしまい、〝四季〟というものが失われてしまいました」

「まあ………。そうでしたの……」

 春の女王は目を細くしました。

「郷の南の山間(やまあい)には、もう咲かなくなってしまった桜の枯れ木があります。大噴火のあと花をつけなくなってからも、毎年たくさんの民が昔を惜しがって、〝春だった〟時季にそこを訪れるのです」

 騎士は隣へ首をやって、

「春の女王様はお優しい方だとお聞きしました。もしかしたら郷の者と同じように春を恋しがられて、桜の木の近くにいらっしゃるかと思って来てみたのですが……」

 騎士はひと呼吸おいて、

「まさか、桜の木のなかにいらっしゃるとは思ってもみませんでした」

 そう言って笑いました。つられて、春の女王もふっとほほえみました。

「あなたにとっても胸が痛むことでしょうに、お話してくださってありがとうございます。……ええと、お名前は?」

「土用の騎士と、そうお呼びください」

「わかりました。私のことはプリムラとお呼びください」

 春の女王はにっこりとほほえみました。

「土用の騎士様、あなたには関係ないことですのに、ここまで来てくださって……ほんとうにありがとうございます」

 春の女王は騎士に向き直ると、両手をついて頭を下げました。

 騎士は突然のことにおどろき、うろたえて、

「じょ、女王様? どうか、(こうべ)をお上げください」

「私たちの国のために、この常冬(とこふゆ)のなかを走り回ってくださったのです。これでも足りないくらいです」

「………」

 顔をうつむけたままの春の女王の言葉に、騎士はすこしだけ(だま)りました。そして、

「……もし、ほんとうにそう思っていただけるのでしたら、ここから出てはくださいませんか」

 騎士はそう、しずかな声色で語りかけました。

 それを聞いた春の女王の肩が、びくりと震えました。

 騎士は構わず続けます。

「館へもどり、一刻も早く塔へ出向いて冬の女王様と〝入れ替わり〟をなさってください。そうでなければ民はこのまま凍えたままです。私の奔走(ほんそう)も、徒労になります」

「…………」

 春の女王はしばらくのあいだ、したを向いて黙ったままでした。

 騎士はそのあいだ、塔のなかの冬の女王のことを思い出して、申し訳なくやりきれない気持ちになりましたが、

「……それは、できません」

 続く春の女王の言葉に、はっと我に返りました。

 頭を上げた春の女王はまっすぐに騎士の目を見て、短く告げました。

「この国の未来のために、春を迎えさせるわけにはいきません」

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