憐憫3
お母様も伯爵夫人に対して、「何かお礼を」と言っておりました。
すると、伯爵夫人は「一つお願いがあります。」と言ってきました。
これを聞いて私は内心喜びました。
ミシェルに恩をうることができなくてもその母親がに恩をうっておけば、同じことです。
ところが伯爵夫人は「今日ここで起こったことは内密にして下さい。」と言ってきたのです。
私はこれを聞いてまた変な顔をしていたと思います。
お母様が理由を聞きます。
「もし、ミシェルがカノン様の目を治したといううわさが広がれば、治してくれという方が来るかと思います。それで治せれば何の問題もありませんが、どうも今の様子を見ていると今回はかなり運がよかっただけではないかと推察します。」
「そうすると、治せない方がいた際に、なぜ治せないのかという批判がくるのが怖いのです。ミシェルはまだまだ子供です。そうした敵意から守ってあげたいというのが理由です。」
伯爵夫人はそう答えられました。
お母様はそれを聞いて、直ちにメイドたちに緘口令をしきました。その威厳たるや流石としか言いようがありません。
そんなお二人を見て、私は自分の考えが如何にあさましいものだったか気づき恥ずかしくなりました。
それと同時に、これだけ素晴らしい母親をもつミシェルに興味がわいてきました。
私に怒られた時は、かなりおどおどしていて、その態度に余計に腹をたててしまいましたが、考えてみれば魔法も使えるし、今まで誰も治せなかったカノンの目まで治してしまったわけですから、実はかなり素晴らしい子なのではないか、そう思えてきました。
そんなことを思っていると、カノンがお母様のそばから離れて私のところにきて、「お姉様」と私の顔を見てきます。
「私の顔がみえるの?」思わずそう聞いてしまいました。
すると、「細かいところは見えませんが、輪郭だとか、目鼻といった大体の形は認識できます。お姉様ってこんなお顔をしていらしたのですね。」といって本当にうれしそうに笑ってきました。
それを見て私は、急に喜びがこみあげてきました。そして、カノンを抱きしめると、声を上げて泣いておりました。
何の不自由もない、不自由などなかったはずなのに、私もカノンも何も困ったことなどなかったはずなのに、涙が止まらなくなってしまいました。
カノンも私につられて泣き始めました。
きっと彼女は私以上に思うところがあったでしょう。もしかすると私たちに迷惑をかけているなどと思っていたのかもしれません。
そんなことなどないのに。私はカノンが好きで、ずっと守ってやらなければならないと考えてきたのに。
そこまで考えて、再びミシェルのことが思いだされました。
私はカノンを守るつもりでミシェルにトンデモナイことをしてしまった。謝罪も形ばかりのものしかしてなければ、お礼も今から考えると上から目線のどうしようもないものでした。
そこで、カノンから離れると、ミシェルの方に向かっていき、左足を斜め後ろに引き、右足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げ、頭をかなり深く下げ、最上級の礼をとって、感謝の意を示しました。
これだけの礼を他人にとったのは国王陛下にお会いした時以外一度もありません。
普段であれば、背筋は伸ばしたままの挨拶しかしません。
しかし、これはミシェルをかえって恐縮させてしまったようです。
それでもかまいません。そして、さっきミシェルがカノンにしかお友達になってくださいと言っていなかったことを思いだしました。
そして、頭を下げたまま、「ミシェル様、私とお友達になってください。」と言っておりました。
自分で言ったことなのに、自分でも少しびっくりです。
私は今まで友人とは侯爵家の威光さえあれば、向こうから来るものだとばかり思っていました。
しかし、ミシェルと伯爵夫人の態度を見て、必ずしもそうではないということに初めて気が付いたのです。
カノンの目を治すという素晴らしいことをしても何の対価も求めなかった二人、ミシェルはカノンのことを「恰好良い。」と言っておりましたが、私はこの2人こそ格好良いと思ってしまっていたのです。
ミシェルは「喜んで。」と私の手を取ってほほえみながらそう答えてくれました。
その夜はご馳走でした。
いつも食べさせてもらっていたカノンが一人で食事をしています。
初めてなので、マナーはまだまだですが、誰もそんなことは気にしません。
お父様もお母様も嬉しそうです。そして、「やはり、グーテンベルグ伯爵家にはお礼を・・・」といった話をしておられます。
そして、私はカノンの目を治してくれたことだけでなく、いろいろなことを教えてくれたミシェル、いえミシェル様に心の底から感謝しておりました。




