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とんかつ王国クロニクル  作者: 居酒子歌廊
3/3

来訪者

3,


パン粉はとんかつにとって主食となるもので、

彼らは朝昼晩とパン粉を食する。


初めは困惑したものの、郷に入れば郷に従え。

私も毎日パン粉を食する日々に没入していった。

彼らの食生活については非常に興味深い事実が

いくつも存在するが、それは追々紹介することにする。


『かつざら』氏とともにパン粉をもごもご

やっていると、玄関の戸が叩かれた。来客である。


『かつざら』氏は私にそのままでいるよう、

目とゼスチャーで伝えた。私はそれを理解して、

頷いた。

後にわかったことであるが、彼は学位を持っていて、

とんかつ王国でも比較的知識人(正確には『知識とんかつ』)に分類されるようなとんかつであった。



彼は玄関に向かい、私はパン粉を頬張りながら

それを見つめていた。

氏が戸を開けると、そこには数人のとんかつがいた。

全員が同じような服を着ていて、その服装は

『かつざら』氏とは少し雰囲気が違っている。

有り体に言えば形式的(フォーマル)な雰囲気が彼らにはあった。先頭にいたとんかつが何かを話し始めた。もちろん当時の私にはそれは理解できなかった。


やって来たのはとんかつ王国の「外国交渉管理局」(これはとんかつ語の直訳である)の職員であった。

とんかつ王国に漂流した外国人は彼らの管理下に

置かれるのが王国での通例だった。


『かつざら』氏と職員の会話を再現すると以下のようになる。


職員「よい湿度ですね!(王国での昼の挨拶、彼らは湿度に敏感である)私は外国交渉管理局の『たけぐし』です。外国人の方がこちらに保護されているという通報を受けて参りました」


かつざら氏「どうも、いい湿気ですね。(職員の挨拶より幾分くだけた表現)その情報は事実です。人類の男性の方を保護しています」


職員「会わせていただけますね?」


かつざら氏「僕にそれを拒む権限はありませんね。でも、意見を述べさせていただくとすると、

もうしばらく彼と二人きりにさせて欲しいと思っています」


職員「それはなぜですか?」


かつざら氏「彼は、怯えています。今は食事をとっていますが僕が見るに、まだ制度的な処理の対象になるのは彼の精神衛生上危険だと思われます。落ち着くまで待ってもらえませんか」


職員「それを判断するのは我々であってあなたではありません。そして、彼を保護するのもまた、

我々です。今のところ、あなたが上手く彼と

コミュニケーションをとれているらしいのは好ましいことではありますが、ここからは我々の職域です。我々は彼の引き渡しを要求します」


かつざら氏「外国人にも尊重権は存在するはずです。

(『尊重権』とは、王国における人権のことである)私は弁説能力のない彼に代わってそれを主張する!」


職員「何をおっしゃるんですか。さっき自分に

拒否権はないと言ったところでしょう」


かつざら氏「僕には拒否権はない。だが、そこでパン粉を食べている彼にはある!僕はそれを代理しているのだ」


職員「めちゃくちゃだ。これは公務妨害にあたりますよ」


かつざら氏「あなたの行為は尊重権侵害にあたりますね」


職員「ふざけないでください。我々も仕事なんです。このままでは警察を呼ぶことになりますが」


かつざら氏「提案をします」


職員「聞きましょう」


かつざら氏「とりあえず、今晩はここに泊めてあげたいのです。明日にはあなた方の事務所に私が責任をもって連れていきます。私は法律制度の限界を知っています。あなた方にこれから彼を引き渡せば、あなた方は彼を監禁したのち、

家に帰るでしょう。彼は孤独に、この異邦での最初の夜を過ごすことになるでしょう。あくまで、あなた方は制度として仕事として彼を保護するに過ぎない。僕は違いますよ。初めは好奇心で招いたけど、いまは違う。僕は彼に友情を感じている。僕は今友を家に招いているのです。

僕とて王家を愛し法を尊敬する一つのとんかつに過ぎません。友が法によってなんらかの措置を受ける義務があるのならそれに従います。しかし今回は、僕は友を尊重したいのです。『善良なるとんかつは法を犯すこともある』。亡き先代、くしかつ王の言葉です。どうか、わかってはもらえませんか」


職員「……」(沈黙)


ここまで読んだ諸君はもしかすれば

(いやいや、かつざら氏が少しばかり雄弁に過ぎないだろうか?)

という違和感を感じたかもしれない。

これは、私が付け加えた演出や脚色というわけではない。

とんかつ王国のとんかつたちは往々にして詩的なのである。


とんかつ語をもちいて、とんかつたちと会話することになるものは彼らの婉曲的で癖のある数々の慣用表現に非常に苦労することになるのだが、慣れてしまえばそれは、言葉の美学とでも言うべきか、

たいへん素晴らしい文化であることに気がつくことであろう。


『かつざら』氏の説得によって、

管理局のとんかつたちは引き返していった。

何度も言うとおり、私はその時とんかつ語を会得していなかったので、どういう会話が行われていたのか知らなかったが、知らずの内に私は『かつざら』氏に救われていたのである。


今となっては、私は酒に酔う度にこの『かつざら』氏の活躍をとんかつ語で繰り返すという悪癖を身に付けてしまったのだが、それだけ、私は彼に感謝をしていた。

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