第三説 太陽と月と星の瞳
前回のあらすじ
悪夢に苛まれるクリスを、謎の力に助けられつつ救う。彼は今のままでは戦えないと判断し、トレーニングを開始した。
ㅤ彼が転入してから三ヶ月が過ぎた。葉月である。
ㅤクリスはレイン様を語る会というものを勝手に設立し、仲間を募っていた。ちなみに、現在その会には十数人がいる。いつも英雄の伝説について語っているそうだ。そこまで話すことはあるのだろうか。
ㅤそれから、彼はこの三ヶ月で見違えるほどの筋肉を持った。勿論、これは男の姿の時の事であり、女の姿になれば元通りになる。
「人って変われるものだなあ……」
ㅤ彼は自分自身を褒めた。これまでどうして引きこもっていたのだろうかと思うくらいだ。例え自分の身分が嫌いでも、運動くらいはするべきだったと後悔する。
ㅤ三ヶ月経ったからこそのガタイではあるが、当初は百メートルを走る事すらままならない体であった。
ㅤ学園は今、長期休みとなっている。なんでも学園長が暑いから授業をしたくない、学園に行きたくない、という我儘で決まったものだ。大和は気温の変化が激しく、毎年この時期になると蒸し暑くなるのだ。
ㅤそれで、クラスの皆は寮の前に集まっていた。
「海に行こう!」
ㅤとある女子がそういうと、皆は賛同した。彼は海を知らないので、興味本位で付いて行くことになった。
「海ってなんですか?」
ㅤ一人のメイトに聞くと、ブリタニアにいたのに知らないの?ㅤと言われる始末である。
「えっと、まあ……すみません」
「簡単に言えば塩の混ざっている大きい湖よ」
「塩……?」
「とにかく付いてくれば分かること。リューゲンもおいでよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ㅤこうして彼は付いていくことになったのだ。
ㅤ移動手段は徒歩だ。五時間近く、地獄のような暑さの中歩き続けた。
「ま、まだ……付かないんですか」
「仕方ないわよ……私たち馬を寮で飼えないんだから……」
ㅤ流石にヘトヘトである。休憩を取りつつ、少しずつ進んでいた。
「もうすぐ、付くから。それまで耐えるのよ」
ㅤそういえばデグラストルにはバイクとかいう謎の乗り物が置いてあったな。あれで移動すれば楽なのだろうか、と彼は考える。
ㅤぶつくさ言いながらもこの後七時間後に到着した。もう夜である。
「ここに宿があるからとりあえず今日は泊まって明日から存分に楽しみましょう」
ㅤ企画者がそう言い、今日は解散した。
ㅤ疲れてはいるが、明日への興奮を隠し切れない彼女らは夜更かしをする。そして、こういう時の会話とはいつもこうだ。
「男子科で誰か気になっている人はいる?」
ㅤそう、年頃の女子の恋の話だ。女子だけではなく男もそうであろう。
「はあ……男子科……」
ㅤ本来なら男子科の方にいるはずの自分がここにいることに違和感が無くなってきていることに思わず驚く。
「あんまり関わりないけどねぇ」
ㅤ一人が言う。基本的に学園内で男女の接点はない。よって大半は異性に興味がないし、持とうともしない。
「確かに……でももしいたら面白いじゃない?」
「この中でいそうなのは」
「……」
「いないね」
「ツッマンネェェェ!」
ㅤ会話が盛り上がらない。そこでクリスはあたしはいると答えた。
「あーはいはい、わかってますって」
「ちょ……」
「愛しのレイン様でしょ。わかってるって」
ㅤもはや周知のことだ。しかし彼女はそうではないと返す。
「へぇ、じゃあ誰?」
「レイザっていう人なんだが」
「レイザ……?」
ㅤ彼はドキッとした。自分のことか、いや、男子科に同じ名前の人がいるだけだと首を振る。
「そう、あたしを悪夢から救ってくれた……」
ㅤあ、自分だこれと彼は諦める。
「デグラストルの三十八代目だそうだ」
「それって妄想じゃないの」
「うぐっ」
「デグラストルの王様がこんなところにいるとは思えないし」
ㅤグサッと彼にも突き刺さる言葉だった。
「ま、まあまあ夢があって良いじゃないですか。夢だけに、ね?」
ㅤ彼はフォローするが、寒い駄洒落を付けてしまったせいで周りは固まってしまった。
「でも、歴代の勇者って特異な能力があるからそれでクリスさんの悪夢?ㅤから救ったんじゃ」
ㅤレ語(レイン様を語る会のこと)の一人、ジェーナは言った。
「そんなピンポイントで現れるヒーローがいたら凄いね」
ㅤそう答えるはシェリー。本人含め、女子科は知らないが彼女は男子科で人気がある。所謂、アイドルというものだ。
「……そうですね」
ㅤ悪夢を察知できるほどの能力がなくてごめんなさいと心の中で言う。
「で、男子科に興味ある人はいないの〜!」
ㅤ結局、誰一人いる気配はなかった。
ㅤ次の日、快晴。絶好の海日和である。
ㅤ貸切ではないので当然他の客もいる。結構な人の量だ。
「よし、泳ぐぞ。皆着替えて来い!」
ㅤ十分後、皆それぞれ自前の水着を着てきた。
「恥ずかしい……」
ㅤ普段は制服なので慣れているが、いざ女性として水着を着るとなると羞恥心が生まれる。やっていることは女装と変わらない。
ㅤ彼が選んだのはラッシュパーカー。露出度が少なくて済むのである程度恥ずかしくなくて済む。
「良くあんなの着れるなあ」
ㅤどれもこれも彼にとって刺激的すぎる格好だ。彼女らには恥ずかしいという思いはないのだろうか。ましてや貴族なのだから少しは控えた方が良いのでは、などと思ってしまう。
ㅤほら見ろと言わんばかりに男達に話し掛けられる。
「君達可愛いね〜俺たちと良いことしない?」
ㅤその手に対する知識はなくとも大体予想は付く。
ㅤ一人の男がクラスメイトの肩に触れる。
「ちょっ……」
「良いじゃん、ね?」
ㅤ彼は眉間に皺を寄せた。その腕を掴み、やめてくださいと言う。
「はあ?ㅤ何が?ㅤそれとも君が相手してくれるのか?」
「っ……!」
ㅤこいつら、言語が通じない猿なのか、と心の中で吐き捨てる。
「お断りします」
ㅤそう言うと男は形相を変え、叫んだ。
「だったら失せろ!」
「ガハッ‼︎」
ㅤ腹に拳が直撃する。彼は蹲り、息が出来なくなった。
「リューゲン!ㅤ良いわ、私が相手してあげる」
「そんな、シェリー!」
ㅤシェリーは皆を守るため、前に出た。
「やめてください……」
ㅤ彼は呼吸を整え、静止した。だが、彼女を止めることはできない。
「大丈夫、私は強いから」
ㅤそうして、彼女は連れて行かれた。
「そんな……」
「どうしよう」
ㅤ彼女らは狼狽えた。だが、彼は違った。殴られた時、自らの細胞を相手に植え付け、位置を判明するようにしていた。
「こんな展開になるとは思っていたよ……全く」
ㅤササっと人がいない所に移動し、男に変わる。
「おっ……と、このままじゃ変態だよね。来い、天地の衣」
ㅤ問いに答えるように衣は彼の身を包む。
「さて、行こう。彼女が大変な目に会う前にね」
ㅤ彼女は誰も来ないような海岸まで連れられていた。
「それじゃあ、相手してもらおうかな。楽しませてくれよ」
「……」
ㅤ黙っていた。少しくらい抵抗しても良い。時間を稼いで助けを来るのを待つという選択をした。
「あ?ㅤんだよやんねえのかよ」
「時間稼ぎのつもりか?ㅤ残念だったな、助けは来ないんだよ!」
ㅤギャハハハ、と笑い声を飛ばす糞男達を逆撫でするような台詞を彼は言った。
「残念だったな、助けは来るんだよ」
ㅤもはや遺伝子に組み込まれたレベルの返し方。彼もまたデグラストルの血族なのだ。
「なっ、誰だてめえ!」
「名乗る必要なんてあるの?ㅤ君達みたいな低俗にさ」
「んだとゴルァッ‼︎」
「まあ良いさ、敢えて言っておくよ。だけど、名前だけで物怖じだけはしないでね」
「早くしろよ!」
「はあ……せっかちだな。そんなんじゃ嫌われるよ。いやまあ、元から嫌われてるか」
ㅤ一呼吸置き、改めて言う。
「僕はレイグランザ・ダグラス・デグラストル。現デグラストル国王にして天地の勇者、だよ」
「レイグランザ……!」
ㅤ彼女は反応する。昨日の会話を思い出したのだ。
「はあ?ㅤなんで国王がこんな所にいるんだよ!ㅤホラ吹くのも良い加減にしろ!」
「困っている人を助けるのは勇者として当然じゃないの」
「困ってるぅぅぅ?ㅤこいつは勝手に着いてきただけだぞ!」
「ああ、もう。話にならないなあ。さっさと気絶して記憶を消してあげるからそこに立っててよ」
ㅤ一瞬で一人に近付き、腹を殴る。さっきのお返しだと言わんばかりに。だが、その威力は倍どころではない。何百倍だ。
「カッ……」
ㅤ悲鳴も言わせぬその強さに男は倒れる。
「かかれ!」
ㅤ一斉に襲い掛かってきたので、彼はそこから離れ、同士討ちさせた。全員が意識不明になったことで、その場を制圧した。
「ざっとこんなものかな……っ……!」
ㅤ彼は倒れ込んだ。
「大丈夫ですか⁉︎」
ㅤシェリーは彼は近付いた。
「うん、まあ……慣れないキャラを演じるのは疲れるね……」
ㅤ単なる精神的疲労だった。すぐに立ち上がると深呼吸をする。
「びっくりしましたよ」
「二重の意味でびっくりしてそうだよね」
「ええ、まあ。まさかデグラストルの王様がこんな所にいらっしゃるなんて」
「たまたま、近くにいたからね。僕はこういう連中が一番嫌いなんだ。相手の意思を無視した連中が」
ㅤ国王になった時の事を思い出す。期待をひたすらされて肩身が狭くなったあの時の事を。
「そ、そうなんですか」
「何もされてなくて良かったよ。大切な体なんだ。大事にしてね」
「は、はい……」
ㅤそれじゃ、と言って男達から今日の出来事の記憶を全て消して何処かへ行った。
「本当にピンポイントで助けてくれるんだね……」
ㅤ彼女は少し泣いた後、元いた宿に戻った。
ㅤ彼が戻ると、お腹は大丈夫だったのかという質問を受ける。
「はい、大丈夫です。転入してからトレーニングしていたので」
「良かった……でもシェリーが」
「その点なら問題ないわ」
ㅤ彼はニヤッとしながらその場を去った。
「シェリー!」
「彼が助けてくれたから」
「彼?」
「昨日の、彼、よ」
「……ん?ㅤあ〜クリスの言っていたレイザ……え?ㅤ本当に⁉︎ㅤ嘘じゃなくて⁉︎」
「多分本当。もし嘘だとしても助けてくれたことは事実だから」
「でもよがったよぉぉぉ無事でぇぇぇ」
ㅤ彼女に泣きつくジェーナ。
「こらこら、はしたないわよ」
ㅤ思わず笑顔になる彼女の脳裏に彼の顔が焼き付いていた。
ㅤその夜の事だ。天真爛漫とまでは行かないが、常に明るく人気のある彼女は、今日、外道によって穢される所だった。半分トラウマになってはいるものの、彼によって半分は良い思い出にもなっている。
「もう一度会えたら良いのにな」
ㅤ誰にも言えない想い。彼女の本当の性格は決して明るいものではない。本当は臆病者だ。それを隠すために明るい性格を演じているのだ。やがて本心が露わになると、記憶にいる彼に依存する。
「会えるわけないよ……わかってるけど……」
ㅤだが、納得したくない。その想いが強くなる前に彼女はいつの間にか寝てしまっていた。
ㅤ一方、彼は夜風に当たっていた。
「夜の海って良いな……星も綺麗だ。誰にも邪魔されない」
ㅤ寛いでいると彼の第六感が働いた。
「また、か。今度は誰だろうか」
ㅤ悪夢再び。見るのは当然シェリーだ。
ㅤ部屋の前に行くと、呻き声が聴こえる。中から心配そうな声が聴こえてくる。
「しまった、個室じゃないんだ。部屋に入って彼女の思念に入ればバレてしまうね……このまま行けるかな」
「無問題」
ㅤ突然、幻影神は答えた。
「良し、じゃあ行こう。全く、世話が焼けるね。普段は明るそうなのに。……夢に落つるは人の精神。儚きそれはやがて食い潰される。それを護るため降臨するモノ、夢幻神。神格化せよ。そして彼女の中へ」
ㅤいざ、彼女の精神世界へ。
ㅤ其処は、ギラギラと太陽が輝く世界だった。余りにも眩しい世界。クリスの鬱蒼とした世界とは全く異なる。
「これまた凄いな……」
ㅤ一面は砂漠。遠く離れた先に、彼女とその周りを囲む彼女に似た何かがいた。
「あれも虚神なのかな。前と同じように」
ㅤ彼は急いで彼女の側に行こうとした。
ㅤ一方、彼女は複数の彼女に似た者に追い詰められていた。
「どうせ無理だよ。自分が一番わかってるでしょ」
「たかが貴族。庶民より一つ上の身分であっても国王に近付くことは出来ない」
「貴女、男子科に人気があるのよ」
「知ってた?」
「知ってるでしょ」
「良かったじゃない。大人しく男子科の誰かと付き合ったら?」
「やめて」
ㅤそれらは矢継ぎ早に心に刺さる言葉を撃つ。
「貴女なんて空っぽ。この世界のようにね」
「彼は貴女の事なんて見ていない」
「黙ってよ……!」
「ここは貴女しかいない。永遠にここで眠れ」
「そして絶望せよ」
ㅤそれらの口調はやがて虚神に移り変わる。
「絶望を我らに」
「邪神へと昇華せよ」
「そうは行かないね」
ㅤギリギリの所で間に合った。あと数分で虚神は邪神へと変化し、現実に現れるところだったのだ。
「何?」
「レイ……ザ……」
「やあ」
「なんで、ここに」
「なんでって。言ったはすだけど。困ってる人を助けるのは勇者として当然だってさ。僕は特異な能力を持っていて、他人の精神世界に入ることが出来るんだ」
「そう、なんだ……本当に困った時に来てくれるのね……」
ㅤ彼女は夢の中でも倒れた。安心し、気を失ったのだ。
「シェリー!」
「問題ない。彼女は気絶しただけである。ただし、この世界は不安定になる」
ㅤ神格化しているので夢幻神の言葉が理解できる。
「成程」
「精神に飲み込まれる前に虚神を倒すべし」
「わかったよ」
ㅤ太陽が消え、真っ暗な世界になる。現実ではないとはいえ、寒く感じる。
「貴様が天地の勇者か」
ㅤ虚神は独自のネットワークを介しているので情報が知れ渡っている。
「そうだね。かつては邪神を相手取っていたみたいだけど……今は虚神を倒すものとして、ね」
「ふむ、ならば捻り潰すだけだ」
ㅤ虚神はこれまでの邪神とは違う。これまでの邪神は肆大邪神によって生み出されたもの、負の思念を持った人間が肆大邪神によって操られ、生み出された邪神がいた。肆大邪神が居なくなった今、全く別の虚神として生まれ、邪神に成長するようになったのだ。要はいきなり邪神になるということが無くなったということである。そして天地の勇者が死んでも死なないということを、虚神はまだ知らない。
「やれるものなら!」
ㅤ彼は剣を抜いた。この三ヶ月で剣捌きも上達したはずだ。その自信を持ってアレを貫く。強い意志を持った彼は突撃した。
「何も考えずに突っ込んできたか。良いだろう」
ㅤ虚神は背中から触手を伸ばし、彼に襲い掛かった。
「なっ⁉︎」
ㅤ数が多すぎた。斬っても次が来る。そして切られたものは分裂し、また襲い掛かってくる。
「残念だったな。我らの情報共有を甘く見るなよ。貴様が剣を主体にして闘うのはよく分かっている。同じ手は二度通用しないというやつだ」
「っ……」
ㅤ絡みつく触手を振りほどくことは出来ない。魔術の基礎すら持っていない彼に突破口は見出せそうになかった。
「死ね」
ㅤ脳、心臓を鋭利なものによって貫かれる。死んだと判断した虚神は元の姿に戻る。
「呆気ない……これでは勇者ではない。ただの蛮勇に過ぎん」
ㅤ高笑いをする虚神は邪神になる準備を始める。
ㅤ彼は既に元通りになっているのを知らずに。
「……ふぅ、天地人じゃなかったら死んでたよ」
ㅤ立ち上がると、虚神はあり得ないと言う。
「そんな巫山戯た真似が出来るものか!」
「まあ、出来るんだよね。だから僕がどれだけ弱くてどれだけ死んでもまた立ち上がるだけだよ。先代は相手が強ければ強い程強くなった。なら僕は、弱いまま、相手を僕のレベルまで引き下げてやる!」
「ならばその精神を折るまで!」
ㅤ再び触手を出してくるが、レイザは余裕そうだった。
「ねぇ、君は言ったよね。同じ手は二度通用しないって。じゃあ、僕もそう言わせてもらうよ。同じ手は二度と通用しないよ」
ㅤ瞬間移動により背後に回り、根元を断ち切った。
「ガァッ!」
「やっぱりね。植物と同じさ。根刮ぎ刈り取ってしまえばもう増えることはない」
「貴様ァァァ‼︎」
「触手で甚振らずに真っ先に殺しにかかったのは名案だったよ。だけど、どの道僕には勝てないんだよね。歴代最弱でも僕は負けない。来い、火と闇と夢と幻の宝玉よ!」
ㅤ呼び出した四つの宝玉を剣に嵌め、詠唱する。
「深淵の劫火!ㅤこの世界に終焉を!ㅤ火闇夢幻・神槍炸裂‼︎」
ㅤ天地の剣を投げ、虚神に突き刺す。黒い炎が虚神を包み、燃やす。
「グォォォァァァ‼︎」
「彼女の精神を壊そうとした罪だ。罰を受けよ!」
ㅤ虚神は跡形も無く消え去った。
「これでお終いだね」
ㅤ精神世界は元に戻りつつあった。気を失っていたシェリーが意識を取り戻したのだ。
「大丈夫かい?」
「あれ、私……」
「夢の中で寝ていただけだよ。変な話だけどさ」
「そう、なのね……嫌な夢を見ていたわ」
「そうだね、悪夢だったね。でももう大丈夫だよ。僕が追い払ったから」
「二度も助けられてしまいましたね」
「ま、偶然だよ偶然」
「何かお礼を」
ㅤ彼女は立って、彼の方に近付いてきた。
「いやあ、そういうのは別に……」
「勝手かもしれませんけど!」
ㅤ半ば強引に肩を引き寄せられ、頬に唇を当てられた。
「⁉︎」
「ご、ごめんなさい……その……」
「ななななな」
ㅤ彼の顔は真っ赤になった。こういうのは初めてだからだ。彼女の唇の柔らかさを何度も咀嚼のように確かめた。
「貴方に少しでも近付きたくて」
「い、良いんだよ……びっくり……しただけ。まさかこんな事されるとは思ってなかったから。でも、何でこんな真似を」
「す、好きだからに決まってるだからじゃないですか!ㅤあ!」
ㅤ思わず口走ったことを後悔しそうになる。
「う、そんな事言われてもなあ。僕なんかが好かれる理由なんて」
「二回も助けられた上に格好良いし王様だし……自分で言ってて恥ずかしくなってきた」
「吊り橋効果という奴かぁ。でも、ごめんね。僕が君の事を好きになる理由がないからその、勘違いしては困るというか」
「やっぱり、そうですよね。……わかりました。この気持ちは明日には捨てます……」
ㅤそういう事を言われてしまうと彼は悩む。彼女を傷つけてしまっていないのかと。
「べ、別に好きなら好きでも良いよ。ただ、今のままじゃ応えられないというだけで……。僕は、あの子を確かめるまではその、恋というのはしないんだ」
「良いんですか?ㅤそれで、あの子って?」
「うん、僕の夢でいつも現れる少女がいるんだ。儚い感じで、最後はいつも悪夢になる。きっと彼女は助けを求めているんだ。僕はそれを見つけるまで誰かと付き合ったりはしない」
「わかりました……貴方の意思を尊重します」
「ありがとうね。さて、ここは君の世界なんだ。僕は居てはいけない。退散させてもらうとするよ。……もし会いたかったら男子寮のポストに勇者参上って紙を入れておいてくれたら行くから。ポストは毎日チェックしておく」
「今、男子寮に入るんですか?」
「うーん、まあそういう事になる」
ㅤ実際は女子寮であるが。
「てことは男子科に」
「いや、男子科に来てはいけないよ。女に飢えた変態どもがいるからね。君みたいな子が来たら群がるよ。ポストに入れる際にも細心の注意をね」
「そ、そうですか。わかりました」
「じゃあ、これで。良い夢見てね」
ㅤ彼は彼女の精神世界から脱出した。
「ふぅ……これで二回目か。まだまだ慣れないところはあるけど何とか助けられて良かった。戦っているときは自分じゃ無くなってる感覚があるんだけど、何でだろうね」
ㅤその問いに答える者はいない。
「まあ、いずれ分かるかな。さて、部屋に戻るか」
ㅤ再び性転換し、部屋に入る。
「リューゲン!ㅤどこ行っていたの⁉︎」
ㅤ一人が駆け寄ってきた。
「何処って……浜辺ですよ。夜風に当たってたんです」
ㅤ嘘は付いていない。
「さっきまでシェリーが魘されていたんだよ!ㅤ揺らしても起きないし」
「そうなんですか」
「他人事みたいに……」
「自分に出来る事なんて無いと思うので……」
「それは、そうかもしれないけどさ」
「さっきまでってことは今は大丈夫なんですよね?」
ㅤこういう所が女の面倒臭さなんだよなあと心で呟く。
「とりあえずはね」
「もう大丈夫よ」
ㅤシェリーは起きた。皆が彼女に飛びつく。
「心配かけて御免ね〜今日のこと思い出したら嫌な夢見ちゃってて。でももう本当大丈夫。解放されたから」
「……シェリー、もしかしてだけど」
ㅤクリスは自分の時と似たような事が起きたからある程度予測できた。
「うん、貴女なら知ってると思う」
「そう、また来てくれたのか。少し羨ましい」
「自慢じゃないけどね」
ㅤ彼女らは多くは語らなかった。語らなくても彼の存在は大きかったのだ。
「一件落着みたいだし、僕は先に寝かせてもらいますね」
ㅤ彼はこそこそと寝ていった。シェリーは彼を見ながら、少し怪しんだ。あまりにもタイミングが良すぎる。昼間のあの時も、あえて殴られて皆の意識から逸らして一人別に行動したこと、彼だけは遅れて帰ってきたこと、そしてついさっきまで一人で浜辺にいた事。偶然とは思えない。まさか、と思うのだが、彼女が天地人が両性になれる事を知らないので、そんな馬鹿げた事があるかと結局その論を一蹴してしまった。
ㅤ明くる日、彼女らは再び海に行った。今度こそ邪魔されないように存分に楽しんだ。彼は相変わらず一人で休んでいた。楽しい時間もあっという間に過ぎ、宿に戻り休み、その次の日に学園へと帰って行った。
次回予告
部活動。文化、スポーツと様々な部活があり、彼はどれにしようか迷っていた。そんな時、二人の女性から話しかけられる。夢幻研究会に入らないか、と。
次回、PHANTOM LEGEND 第四説 勢いと呪いと陰りの魔女
special thanks(敬称略)
ほのか
ロクス
今回のヒロインの名前の提案をしてもらいました。ありがとうございます。




