012 X-01 PD Past Days.姫君ハ、恋ヲ望ム。
バレンタインデーということで、それにちなんでみました。作中時間で4ヵ月前の話です。…ちなみにチョコを渡す話ではありません。
2115年2月14日
世に言うバレンタインデーである。
(何をしているんでしょうか…)
そんな特別な一日もまもなく終わる22時43分に、望美はそんなことを考えていた。
肩までかかる亜麻色の髪を触り、その可愛らしい顔には、今は憂いの表情が浮かぶ。
ベッドに横たわるその姿は、童話の世界からこぼれ落ちた眠り姫のように美しい。
はぁ…と、ため息を一つ。
(本当に何をしているんでしょうか、私)
自室のベッドに横たわりつつ、傍らに無造作に置かれた小箱に指を這わせる。
バレンタイン。それは世の女性たちにとって心踊るイベントのハズだ。
気になる異性にチョコレートを手渡し想いを伝える。結果、ハッピーエンドになったりならなかったり、付き合ったり合わなかったり、なんにせよ、思い出にはなるはずだ。
はぁ…と、再びため息を吐く。
身体を起こして小箱を手に取る。
少女はその箱の中身を無論知っている。
意味もなく取り寄せたチョコレートだ。それも明らかに意中の男性に渡すようなソレ、つまり本命用のチョコレートだ。
ハート型の箱にいかにも女性受けしそうな可愛らしいラッピング。中身は今時珍しい天然のカカオを用いた高級チョコレート。
――もっとも、渡す相手がいなければ宝の持ち腐れだ。
はぁ…と、もはや何度目かわからぬため息を吐く。
本来、望美ぐらいの年齢ならば学校に行き、勉学にスポーツに、そして恋にいそしんでいるはずだ。
しかし『御門』一族として、幼少の頃より英才教育を施された少女にそんなものとは無縁であった。
齢十五才で、今や企業の経営に口を出せるまでに成長した望美であるが、では年ごろの少女としての成長はどうかだろうか。
答えはきっぱりと『NO』である。
気の置けない友人などいない。彼氏もいない。というより気になる異性がいない。
いるのは『御門』の名前に媚へつらう醜い大人と、自分を妬む無能な輩だけ。
――恋がしたい
望美はいつからかそう思うようになった。
――燃えるような恋がしてみたい
私を『御門』とは関係なく好きになってくれる男性が現われて、恋に落ちる。相手はどんな男性かしら?どうせなら私と身分の差があるほうがいいわね。たとえば明日をも知れぬ貧乏人。あるいは他企業の私と同じ年齢の企業人。最初はお互いの事を知らなくて、一挙手一投足に一喜一憂して、少しずつわかりあって、たまにケンカして、でもすぐに仲直りして、それから――
(私が『御門』だとばれて、おしまい)
白熱した想いが急速に冷めていくのを感じる。
馬鹿馬鹿しい、と口から言葉がこぼれる。
結局、それは夢物語。
叶うはずのない、夢。
でも、もしそれが叶ったら…
(やめましょうか)
手にした小箱を自分の机の電子錠付きの引き出しにしまう。
そしてそのままベッドに倒れるように横になる。
明日も早い。早く寝てしまうべきだ。
(せめて夢の中だけでも…)
そう思い、少女は瞼を下ろす…。
***
少女はこれよりおよそ二ヵ月後に、自らの願いが叶うことになる。
つまり、ある少年と運命的に出会い、恋をする。
その少年の名前は『進』。
無論、望美がそのことをこの時点で知る由もない。
二人はいかにして出会うのか。それはまた別のお話。
どうでしたか?恋に憧れる少女、という雰囲気は出てましたか?あと、望美がすごいお金持ちというのを表現し損ねたことを後悔したいと思う。――次回からは火曜日投稿に戻ります。