011 2-04 ID Interval Days. 姫君の秘密
連続投稿!頑張っています!ちなみに長いです。
護人が紅茶の載った盆を持ってきた。その足取りは洗練されていて隙が無い。その後に駆が、おずおずと続く。
駆は顔を伏せてはあるものの耳まで赤くなっており、対して護人の表情は無、全くの無であった。
しかしそれが沸き上がる感情を無理矢理押さえ込んでいるからだ、ということを付き合いの長い望美は見抜いていた。
「遅くなりました」
慇懃に礼をするその様子にも、先程の空気を感じることはできない。
流れるような動きで、かつ音もなく人数分の紅茶を配る。
本来ならばそのまま主人の後ろへと行くのが常なのだが、今回は違った。
手元に湯気を上げる紅茶が一つ残っている。無論、護人の分である。
主人と食卓を供にするなど持っての他だが、ここにいる残り四人の総意によって同じくテーブルに付くこととなった。
進、歩、駆の順に並び、対面に望美、護人が席に着く。
「それではいただきますね」
望美のその言葉が合図となり、昼食前のささやかなティータイムが始まった。
望美がカップに口をつけ紅茶を一口。
「美味しい…」
「お褒めに頂き恐悦至極…、なんてね」
望美の言葉に冗談っぽく礼を言う駆。
「でも望美ぐらいのブルジョワならもっとイイ紅茶飲んでんじゃないの?」
「まあ、そうなんですが、でもこっちのほうが美味しいです」
「申し訳ございません、お嬢様。自分の腕が至らぬがばかりに…!」
「あ、そう言うわけじゃなくて…」
「まあまあ。それよりドーナッツ食べよ」
望美はそう言ってドーナッツの入った箱に手を伸ばす。
「あ、望美。先に二人から選ばせ――」
「早いもの勝ちぃ!!」
たしなめる駆の言葉を歩の弱肉強食の掟が遮る。
「チョコゲーッツ!」
「歩ゥゥゥッ!?お前それ俺のだって買ったときから言ってただろうがァァァァッ!?」
「あ〜ん?聞こえんなぁ〜」
「チクショウ!?だがチョコはまだ――」
「お嬢様、こちらでよろしいですか?」
「有難う、護人」
「護人ゥゥゥッ!?お前もかァァァァッ!?て言うか取るの早ッ!!」
「お嬢様のためならばこの程度のこと、造作もない…!」
「クソ!無駄にハイスペックだなぁ、オイ」
「進、進」
「なんだ、駆?」
「早く取んないと無くなるよ?」
「はッ!?もうノーマルのヤツしか無ぇッ!?」
「残念」
「ご愁傷さま」
「バカだなぁ」
「やれやれ…」
「どいつもこいつも、いつの間に取ってんだよ!?」
「進が遅すぎるんだよ」
「ていうか誰だよ!ノーマル二つも買おうて言ったヤツ!?」
「進」
「なにやってんだ、一時間前の俺ェェェェッ!?」
――後悔先に立たず。
「チクショウ!?俺二つ食うぞ?いいな!?」
もはや半泣き状態である。
「たかだかドーナッツで泣かなくても…。あら美味しい」
「食べ物の恨みは怖いと言います。ええ、美味しゅうございますな」
「最近、ここのドーナッツ…、えーと、M・ドーナッツ?」
「ええ、M・ドーナッツですわね」
「それそれ。そこのヤツ、て結構美味いんだよね」
「いえ、それ程でも…」
「何で、望美が照れるの?」
「ところで何で6個しか買ってこなかったの?」
「望美たちが来ると知ってたらもっと買ってたよ!つーか貰うぞ!?いいな!?」
と言って6個目、つまり最後の一個に手を伸ばす進。
「させぬ…!」
――ペチッ!!
「痛ッ!?」
「「ナイス護人!」」
それを阻止せんと護人がその手を叩き落とす。そしてそれを讃える歩と駆。
「くそぅ…、この世にゃ敵しかいないのか…」
苦笑しつつも、真剣に進が哀れに思えてきた望美は
「あの、進?半分ですが、よろしかったらどうですか?」
「な、なに?くれるのか!?」
「はい。どうぞ」
上品にドーナッツをちぎって進に差し出す望美。
それを進は身を乗り出して、
「あむ」
事もあろうに、彼女の指先ごと直接口にした。
「――……ッ!?」
「んまーい」
咄嗟のことに反応できない望美を尻目に、ドーナッツを味わう進。
「せい…――ッ!!」
間髪入れずに進に拳を見舞う護人。
それを見て、冷やかす歩と呆れる駆。
そしてそんな騒ぎとは別に、頬を紅潮させ、進にくわえられた指先を誰にも知られぬよう、そっと抱き締める望美であった。
***
「もう帰るのか?」
時間だからと言って椅子より立ち上がった望美たちに進が声をかける。
ちなみに歩と駆は昼食の準備に取り掛かっている。
玄関まで見送りに行く進。護人はすでに外に出ている。主人にいらぬ気を使ったわけではないが。
「突然お邪魔して申し訳ございません」
「なに言ってんだ。いつものこと――」
「全くもって邪魔だ〜」
「歩お前は黙ってろ!あー、ま、気にせずいつでも来てくれ」
「手ぶらはお断わり〜」
「歩お前はホントに黙ってろ!?」
「ふふ、いつも仲の良い兄弟ですわね」
「うるさいだけだよ。まぁ、歩はああ言ってるけど気にしないで」
「じゃあ、気にしません」
と、笑顔を浮かべる。
その笑顔は自然と浮かんだ、年相応の可愛らしいものであった。
もとより顔立ちが整っている望美がこんな笑顔をすれば、並みの男はまず落ちる。どころか、自らに好意を抱いているのでは、と勘違いさえするだろう。
「少しは気にしろ」
しかし進は違うのか、冗談っぽく言葉を返すに止まった。…もっともわずかに紅潮している頬に気付けたらそれがただの照れ隠しであることがわかるだろう。 望美としては残念なことに、それに気付けなかったわけだが。
それでは、と踵を返す望美。
正直な話、引き止めてほしいという気持ちが本音だが、これ以上わがままは言えない。
「あー、望美」
「はい?」
振り返った望美の口に何かが触れた。
「ん…」
それは――……、
「一個残しても取り合いになるし、やるよ」
ドーナッツであった。
「……いただきます」
(何期待していたんでしょうか、私)
両手でドーナッツを持って嘆息する望美。
それを見て首を傾げる進であった。
***
「では、お嬢様。本日のご予定ですが…」
「…………」
護人の言葉を聞いているのかいないのか、望美は手に持ったドーナッツをじっと見ていた。
「お嬢様?」
「聞いています」
望美は明らかに不機嫌だった。これから向かう場所を思うと憂欝な気分になるのも頷ける。
「失礼しました。これより来栖市役所にて市長と会談、その後は定例報告会及びM・ドーナッツの新商品の打ち合せ。それから――」
護人が電子手帳を片手に予定を並べていく。それを聞きつつ、進に渡されたドーナッツを一口、口にする。
「不味い…」
あの時はとても美味しく感じられたドーナッツは、今では別の食べ物のように思える。それでも頑張って食べつくす。
ふと、進にくわえられた指先が目につく。ほとんど無意識のうちにそれを口元に運ぼうとして、なんとか思い止まる。
「護人」
「はい」
自分の指先を眺めていた望美の言葉に、前を歩いていた護人が振り返る。
「皆とするお茶会は、とても楽しいものですね」
「はい?」
「いえ、何でもありません」
その顔に一瞬だけ憂いを浮かぶも、次の瞬間には笑みが浮かぶ。
しかしその笑みは先程進に向けられた年相応のものではなく…、
「では護人、参りましょうか。年寄り共の相手に」
超企業が一社『ミカド・グループ』の幹部にして企業人である『御門 望美』が浮かべる、怜悧で計算された笑みであった。
勝手に好評?誤変換シリーズ!○浮かんだ、×有漢だ――というわけで望美の正体?をバラしてみました。もちろん進は知りませんが。――次回は、明日はバレンタインデーなので、ソレにちなんだヤツをしようと思っています。お楽しみに!