010 2-03 ID Interval Days. 従者の秘密
いまさらですが、よくサブタイトルが予告無く変更する事があります。御了承下さい。あと10話やっとこ突破しました。
この時代における紅茶は、一般的に味と香りを再現するように合成されたものを指す。
天然物というだけで高い値が付くこのご時世、紅茶等といった嗜好品にまで贅をこらす余裕はない。少なくとも庶民たちには。
「…………」
その庶民とは遠く離れた存在である護人はお湯を沸かしつつ、合成紅茶の素を手にして思案に暮れていた。
(分量が解らない…)
どうしたものか。
天然物ならば完璧にこなせる護人もこのような合成紅茶は、とんと門外漢である。――皮肉なことに。
(恥を忍んで聞くべきか?聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うし。いや待て聞くときも恥をかくではないか。従者の恥は主人の恥。まして進たちの前でそれは避けるべきだろう。ならば適当に入れるか?いやそれで上手くいけば良いが失敗すればそれは取り返しの付かない事態になりかねない。いや、なる。ならばお嬢様の従者としてやるべきことは唯一つ…)
「この護人、一世一代の大仕事…!」
「手伝おうか?」
先程から微動だにせず、ブツブツとなにやら呟いている護人を見て、駆が口を挟んだ。
「む?なんだ?」
自分としては普通のつもりだが、駆からしてみれば睨んで見えたようだ。
わずかに身体を震わせ、恐る恐る再び声を出す。
「だ、だから、手伝おうか、て言ったんだけど…」
「……………」
再び思案する。今度はさほど時間をかけずに、
「すまない。頼む」
と言った。
言われた駆は、どこか嬉しそうに
「うん!」
と言った。
合成紅茶の素を適当に計りつつポットの中へ入れていく。
駆曰く、合成紅茶はこのままだと舌触りが悪く美味しくない。のでカップに注ぐ際、上澄みだけを上手に入れるのがポイント、だとか。
そんな説明を聞きながら、所在無さげに駆を見る護人。
何か手伝えることは無いかと視線をめぐらせると戸棚のカップが目に入ってきた。
(これぐらいなら…)
と思い、手を伸ばす。
ちょうど同じタイミングで駆もまた、手を伸ばした。
「え…」
「あ…」
自然と二つの手は、駆の手を護人の手が握りこむように重なり合った。
護人は思う。
このか細く柔らかな手、白魚のような指をずっと触っていたいと。
駆は思う。
力強く、しかし同じ男とは思えぬ優しげな繊手を、どうか離さないでと。
「「…………」」
そして二人は自然と見つめ合う。
二人が我にかえる時間はさほどかからなかった。…もっとも十秒を短いとするかは意見の分かれるところではあるが。
***
「なにやらキッチンから入りにくい空気が漂っていますわね…」
望美の言葉に進と歩の二人は無言で頷く。
「少しは進展したかな?」
「あら、歩は応援するのですか?」
「そだけど、何で?」
「普通、姉というのは弟の恋人に嫉妬するものではなくて?」
「そ、そなの?進?」
「さあ、俺に振られても…」
「まあ、私的には進に彼女ができたら妬くかも」
「え………ッ!?」
「冗談だろ?」
「ジョーダンだよ」
歩の言葉に望美は盛大に驚いていた。もっとも言葉のとおり冗談ではあったが。
「まあ、実際問題として駆が誰と付き合っても俺としては別に関係ない」
「私も以下同文ー」
「それに相手が護人ならなおのこと」
「以下同文ー」
弟を生暖かい目で見守る兄姉を見て望美は、くすりと笑みをこぼす。
「しかし驚きましたわ。護人の『正体』を知っているなんて」
「見れば解るよ」
「え?マジで?最初見たときは解らんかったが…」
「ダメだなぁ、進は」
「じゃあ、お前は一発で解ったのか?」
「うん」
歩の言葉にうなだれる進。それを見ていた望美はどこか声を潜ませて言った。
「解っているとは思いますがこのことはくれぐれも内密に…」
「「解ってる」」
三人は知っている。
「護人の『秘密』は隠し通す」
護人が、『女性』であることを…。
――だが、知らない。
「駆も知っているだろうから、一応言っとくか」
駆がその『事実』を知らないことを……。
はい、というわけで護人は女の子でした。BL的な展開を期待した方、ご期待に添えず申し訳無い。しかし、ラヴコメはむずいなぁ…。次話は早めに投稿します。