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その銃口に身を晒せ~飢狼のワルサーP38~

作者: かたゆで

※この作品はえあぐれん氏のpixiv公開イラスト「P38とジト目女子」をもとに、許可を得て書かせていただきました。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43420779


皇大文芸部部誌掲載



 カッターシャツを着た少女――成瀬藍那(なるせあいな)は窓のカーテンを開けた。朝日が彼女の長い銀髪を照らし、星を散らす。日本人離れの整った顔で、澄んだ碧眼をしている。

 彼女の一日の日課は決まっている。

仕事が入らないオフの日は、まず朝起きると顔を洗い、歯を磨く。次に、ラジオを聞きながら、油を引いたフライパンの上に2つ卵を落し、目玉焼きをつくる。トースターにパンを入れて焼くのも忘れない。

 そして、コーヒーを飲みながら、もそもそと完成したそれらを食べていく。

 朝食を食べた後は、ジャージに着替え、事務所の外に出て、六キロのジョギングと筋力トレーニングで汗をかく。

 家に帰ってシャワーを浴びると、下着、黒タイツ、プリーツスカートを穿き、ベルトを締める。最後に薄いスプリングコートを着込み、街の古本屋へ繰り出す。

 何件か店を梯子し、物色をする。ジャンルは問わない。こうして午前中は、本を立ち読みするか、購入に費やされる。

 昼になって、近くの食堂で日替わり定食を注文し、黙々と食べる。

 午後、図書館でひたすら読書。三時間で場所を変え、近くのパン屋でパンの耳と牛乳をもらい、公園へ向かう。

 いつものベンチへ一人で座る。すると、黒猫が一匹、藍那の足元にすり寄ってくる。

 藍那は優しく猫の頭を撫でてやると、パン耳を掌に載せて、食べさせてやる。嬉しそうに猫はパクつくと、今度は、藍那が容器に注いだミルクに器用な下でチロチロと可愛く飲んでいく。

 藍那は感情があまり表情にでない。が、猫と戯れている時は、口元が綻み、瞳が輝いて見える。

 やがて、黒猫は満腹になったのか、ベンチに上がり、真奈の隣でゴロンと横になると気持ちよさそうに寝始める。真奈はその姿に目を細めると、いつものように、本を取り出して続きを読み始めるのだ。

 やがて日が落ちると、猫と別れ、帰路に就く。

 家へ帰ると、シャワーを浴びて、下着とカッターだけ身に着け、そのままベッドに入り丸まって眠る。

 藍那自身、仕事の無い日の過ごし方は気に入っている。刺激的なことなど何も無いが、無い方がいい。

 しかし、この生活を維持するためにも、金がいる。

 藍那の職業は、フリーランスの殺し屋である。表向きは探偵となっているが、彼女を訪ねてくるのはロクでもない人間達ばかりだ。





 その日、藍那の事務所に訪ねてきたのは、中国語なまりの男だった。上等の背広に、ステッキをついた、一見貿易会社の社長のように見える。

「そのオトコ、あなたの腕で始末シテほしい」

 男――チャンはソファーに寄りかかった。大男を二人ボディーガードとして従えている。

 藍那は机の上に置かれた写真を黙って見た。無表情で、瞳は気怠げな光を帯びている。

 写真に写った男は、30代ぐらいの男で、武骨な顔をしている。どう見ても、堅気には見えなかった。

「報酬は?」

 藍那は平坦な調子の声で尋ねた。チャンはボディーガードに目で指図すると、札束が詰まったカバンを机の上にドンと置いた。

「前金ですヨ」

 チャンはニッと口元を吊りあげて笑う。藍那は相変わらず表情を変えない。冷たい雰囲気を発している。

平井(ひらい)(よし)(はる)。枇杷島組若頭。家族は……」

「彼の潜伏場所は?」

 チャンの言葉を遮って、藍那は尋ねた。

「日本人、セッカチね」

「殺る相手の情報なんて、どうでもいい」

 チャンは首をすくめて、一枚の紙を渡す。藍那は受け取って読み、カッターのポケットに入れる。

「引き受けた」

 藍那はポツリと呟くと、一口コーヒーを啜った。





 廃墟ビルが黒い墓標のように佇み、長い影を落としている。

ここは、ネオンの光る町から1キロほど離れた場所だ。遠くの喧騒から離れて、重く濁った静寂が辺りを包んでいる。

 藍那は、一瞬目の前の廃墟ビルを仰ぎ見て、乾いた革靴の音を響かせながら向かった。この廃墟ビルは目標の平井の潜伏場所だ。

 入口付近はガラス片が散り、ドア枠だけが残っている状態だ。

 ドアをゆっくりと開けて、注意深く歩く。階段に着くと、一段一段上る。

 踊り場に着いた瞬間、甲高い音を立てて、銃弾が足元を抉った。粉砕されたコーティング片が飛び散る。

 藍那は反射的に身を屈めると、銃弾の飛んできた方向に視線を走らせる。同時に、脇に吊ったショルダーホルスターに手を滑り込ませた。手には皮手袋をはめている。

 すでに藍那を撃った人物は革靴の音を盛大にして、3階へ続く階段を上っていた。

 藍那はホルスターからドイツ製ワルサーP38自動拳銃を抜出し、追う。スライドの右に付いたデコッカーを親指で滑らせて、撃発可能な状態にした。

 スプリングコートの裾を翻して、藍那は風のように階段を駆け上がっていく。

 撃ったのは標的の平井。藍那はそう確信していた。

 ついに、屋上までたどり着いた。ドアは既に開かれていた。

 フェンスを背にして、平井が立っていた。手には32口径モーゼルM1910自動拳銃を握って、下げている。

 藍那はワルサーの撃鉄(ハンマー)を起こし、握った腕をだらりと下げた。ベークライト製の茶色い銃杷(グリップ)が彼女の指の間から見える。

「あなたにチャンスをあげる」

 藍那は凛として言った。平井は薄く笑うと言い返す。

一対一(サシ)で勝負だな」

「……そう」

 藍那はそう言って、冷たい瞳で男を見つめる。

 この勝負に合図は無い。狙いをつけ、引鉄(トリガー)を相手よりも早く引ききった者が勝つ。

 月が雲間から顔を見せ、風が強く吹き抜ける。藍那の長い銀髪が、強く波打ち、花弁のように広がった。

 二人は同時に銃を持った腕を上げて、引鉄を引き絞った。

 ワルサーの銃口青白い発射炎が舌なめずりをして、9ミリパラべラム弾を吐き出す。目に留まらぬ速さでスライドが後座して、排莢口(エジェクション・ポート)から熱い空薬莢を弾き飛ばした。

 乾いた二つの銃声が、連なって大気を震わせた。

 平井の32ACP弾は藍那のもみあげを掠めて、飛び去った。

 藍那の9ミリ弾は平井の眉間から入射すると、頭蓋骨を叩き割り、脳幹をグチャグチャに破壊して貫いた。ぽっかりと、大きな射出口が男の後頭部に開き、鮮血をまき散らす。

 平井は膝からがっくりと崩れ落ちると、コンクリートに身体を打ちつけた。

 藍那は、銃口から硝煙なびくワルサーを下した。スライドからむき出しの灰色の銃身が、月光を浴びて、妖しく輝く。

 藍那はうつ伏せに倒れている平井に近づいた。平井の周りのコンクリートをどす黒い血液が覆っている。

平井の光の消えた瞳が虚空を見ていた。諦観と寂しさが入り混じったものだった。





 藍那はビルを後にして、空き地に止めていた、軍の払い下げ品の95式小型乗用車(くろがね四起)に乗り込み、事務所に向かった。

 走行中、廃墟ビルの闇と対をなす、街のネオンの輝きが藍那の瞳に反射した。

 くろがね四起を事務所前に止める。事務所は古い三階建てのビルの二階にある。

 藍那は階段を上がり事務所のドアを開けた。暗い室内に電灯も点けずに入る。

スプリングコートとホルスターをハンガーラックにかける。ワルサーだけを持って、そのまま、客室用のソファーに倒れこんだ。

 身体を仰向けにしてそのまま瞼を閉じる。腹部に置いた、ワルサーの重みに安心感を覚える。

 静寂が部屋を支配し、暗闇が自分にのしかかってくるような錯覚を藍那は受けた。

 藍那は眠りへと引きずり込まれ、意識が飛んだ。





 藍那は複数の人の気配を感じて目覚め、腹部に置いたワルサーに手を伸ばしたが、それは叶わなかった。

「動くな」

 低い声が聞こえ、ワルサーの重みが消えた。明かりが点けられ、藍那の目は幻惑させられた。

「お目覚めだね」

 しゃくれた声で目の前の黒服の男は言った。藍那は、冷たい瞳で、3人の黒服の男を見つめた。

「……今は業務時間外ですが」

「急用が出来てね」

 藍那の業務的な抗議に耳を貸さず、リーダーらしい低い声の男は言った。

「……聞くだけ聞く」

 藍那は気だるげに瞼を再び閉じようとした。

 その時、胸に冷たい銃口が突き付けられた。シャツを通して伝わるその冷たさは、明瞭に死を感じさせる。

「起きてもらえないかなあ、嬢ちゃん」

 しゃくれ声の男の、大口径のイギリス製ウェブリーリボルバーが、彼女の慎ましい胸をなぞる。

「その物騒な物は仕舞って」

 藍那はそう言って、リボルバーの角ばった銃身を押しのけ、上半身を起こす。

 そして、3人の男をゆっくり見回すと、ソファーを降りて立ち上がった。

「いい子だ」

 リーダーの男はそう言って、さっきから一言も言葉を発していない、無口な大柄な男に目で合図した。

「待てよ」

 しゃくれ声の男が興奮気味に言った。

「小娘一人に、俺達3人……つまみ食いぐらい良いだろ。なっ!」

 舐め回すような下卑びた目線を藍那に送る。彼女は涼しげな顔で、腕を組んで黙っている。

「やめろ、時間の無駄だ」

「いいだろぉ、すぐ済ませるからさあ……おい、シャツを脱げ」

 息を荒くして、男は・455口径の銃口を再び向ける。藍那は素直にボタンを外して、するりとシャツを脱いだ。言われてもいないが、ブラジャーまで取ったのは彼女の無意識だ。琥珀のように艶やかな白い肌と、慎ましくも張りがある、美しい丘陵が露わになった。

「よし、スカートも脱げ」

 男は息を飲むと、調子づいて、銃身を振って指示した。藍那はベルトを取って、ホックを外しスカートを落した。瞬間、太ももにバンドで挟んでいた、小型で平たいスライドの25口径FNブローニング・ベビー自動拳銃を引き抜いた。

安全装置(セイフティ)レバーを親指で下げて、人差し指で引鉄を往復させる。

 小口径ながらも、ストレートブローバックの反動が手に伝わった。小さな排莢口からは小さな空薬莢が小気味良く蹴り出されていった。忽ち全弾撃ちきる。

 藍那にウェブリーを向けていた男は股間を25ACP弾で吹き飛ばされ、悲鳴とともに手に持ったウェブリーを落し、うずくまった。後の二人は、ポケットやホルスターの銃を引き抜く間もなく、25ACP弾を心臓を貫かれて絶命した。

 藍那は硝煙が銃口から尾を引いているブローニングベビーを落すと、膝を着いて悶絶している男を尻目に、自分のワルサーを死体のポケットから取り出す。そして男を足で蹴り上げ、仰向けにした。

「楽になりたかったら、誰の命令で私を襲ったのか言って」

 藍那はワルサーの死の銃口を男に突き付け、乾いた声で言った。男を見る目は凍るほど冷徹なものだった。

スレンダーでしなやかな体と、黒タイツから透ける太ももの妖艶さは、彼女の男に対する暴力とギャップを感じさせる。

「俺達のボス、チャンさんだ。警察に出頭させろという命令だった……た、頼む、助けて……」

「何故、私を警察に?」

「平井以外の枇杷島組幹部を殺した罪を、あんたに被って貰うためだ」

「今、どこにいる?」

亜細亜(アジア)貿易会社の本社だ。だが、警備の用心棒がいつも居る、ボスを殺すのは不可能だ……た、頼む、救急車っ!」

「そう」

 藍那はそう言って躊躇わずに、デコッカーを上に押し上げてセイフティを解除し、ワルサーの引鉄を引き絞った。閃光と劈く銃声。エジェクターに弾き飛ばされる、熱い空薬莢。

9ミリ弾は男の頭蓋骨を貫き、脳の破片を床に散らした。ドサッと、鈍い音とともに胴体が崩れ落ちた。瞬く間に、真っ赤な血だまりが出来上がる。

男は、驚愕と絶望の入り混じった血だらけの顔で絶命していた。

 室内には硝煙が充満し、その中でワルサーの灰色の銃身が鈍く光っていた。





 深夜。街の光はまばらで、静寂と白い霧がビルを包む。

 藍那は街灯に寄りかかって、50メートル先の小さなビルを見ていた。コートの前は開いたままで、何かをその中に隠しているように見える。

ビルの看板には「亜細亜貿易会社」の文字。5階建のビルで、築5年の鉄骨、見た目も新しい。全階に灯りがともっている。

 藍那は腕時計を見て、時間を確認すると、ゆっくりとビルへ歩き出した。靴音がコツコツと響く。

 ビルが近くなると、身を低くして、路地からビルの後方へ素早く回り込み、裏口のドアを見つける。

 コートのポケットから、旧軍の九九式手榴弾を2個取り出した。小型で三〇〇グラムの軽量だが、ピクリン酸火薬(黄色薬)五五グラムの威力は凄まじい。

 安全栓の紐を歯で一個ずつ引き抜き、壁へ上部の被帽を叩きつけた。そのまま投げつけ、向かい側のビルの陰へ退避する。

 五秒後、爆炎と共にドアが吹き飛び、深夜の静寂を叩き壊した。

 白煙が充満する中、喚声とともに男たちがライフルや拳銃を乱射しながら飛び出してきた。闇雲に撃ちまくっている。

 藍那は薄く口元を歪めると、トンプソンM1A1短機(サブマ)関銃(シンガン)をコート下から取り出し、冷たい銃身を男達に曝した。30発発射可能の長い弾倉が伸びている。

 槓桿(コッキングハンドル)を引いて、引鉄を引き絞ると、銃口から青白い発射炎が舌なめずりをして、45ACP弾を吐き出す。

 忽ち男たちは銃弾で貫かれ、バタバタと倒れていく。手足を吹き飛ばされ、ハチの巣になって倒れていく者、肺や腹部を銃弾が食いちぎり、笛の音のような声を出して倒れていく者、不規則に回転しながら、次々と舞っていく空薬莢の輝き――彼女の碧く、無感動な瞳に映し出された。

タイプライターを打ち込むような軽快な連射音が死を感じさせ、熱い空薬莢のアスファルトに落ちる乾いた音は非情さを醸していた。

 撃ちきった弾倉を、マガジンキャッチのレバーを滑らせて、落とす。既に2回替えていた。

 目の前には、血だらけになった男たちの死体が重なり合った、凄惨な光景が広がっている。藍那は、死体と血を踏まないように歩くことに苦労した。

 硝煙が辺りを支配する中、藍那はトンプソンをその場に落として、コートの中に吊られた、ソードオフした水平2連式ショットガンを抜き出した。転がっている死体から、ブローニング・ハイパワー自動拳銃と予備弾倉1つを拾い、左手に握った。13発撃てるが、薬室、弾倉には9発残っているだけのようだ。

 藍那は悠然とビル内に入り、1階を探索する。全員、彼女の迎撃に行った為か、誰も居なかった。

 続いて、2階、3階、4階と探すが、敵の姿は見えず、チャンも居ない。

 藍那は、5階で複数人待ち構えていることを予想した。短銃身のソードオフを強く握った。

 階段を上り始めたとき、上階の踊り場から、拳銃弾と散弾の歓迎を受けた。瞬間的に屈みながら、ソードオフの銃口を男達に向け、応射する。

 瞬間、広く拡散した散弾が男たちの体を抉り、柘榴のようになった。

 絶命して、階段を滑り落ちてくる男を尻目に、階段を駆け上がると、2発撃ちきったソードオフを捨ててコートを脱いだ。ワイシャツと短いプリーツスカートの身軽な格好になる。

 そして、ショルダーホルスターからワルサーを抜き出し、いったんベルトに差していたハイパワーを左手で抜き出す。

 藍那は息を吸い込むと、目の前の廊下を鋭く見つめた。

 




 目の前には廊下が広がり、4つの部屋が見える。藍那は少し、目を瞑る。

 次に目を開いた時、藍那はハイパワーを発砲し、大声を出して叫んだ。

「痛いっ!!お願い、殺さないで!」

 同時に、扉が3つ開く。藍那は、素早くワルサーとハイパワーの2丁を構えると、容赦なく引鉄に掛った人差し指を往復させる。

 目をくらます閃光とともに、両銃は交互にスライドが下がり、空薬莢を排莢子(エジェクター)が弾き飛ばす。

 放たれた9ミリ弾は、男達を扉ごと撃ち抜いていく。扉の木製の破片が、男達の血液とともに木の葉のように舞い上がった。

 勝負は数秒で決し、血だまりに横たわっている男達を眺めながら、藍那は、ワルサーとハイパワーを握った両腕をだらりと下げた。

 銃口からは薄く硝煙が尾を引き、スライドは後退しきった、ホールドオープンの状態になっている。残弾数ゼロ――そのことを伝える機能だ。

 藍那は耳鳴りを振り切るために頭を振ると、開かれていない扉に近づいた。

ハイパワーの空弾倉を、マガジンキャッチを押して落し、ワルサーもグリップ底部のマガジンキャッチを滑らせて落とす。そして、替えの弾倉を装填し、ワルサーはスライドを引いて初弾を薬室に送り込み、ハイパワーはスライドストップのレバーを押し下げ、初弾を送り込む。

 藍那はハイパワーの銃口を向け、扉越しに、9ミリ弾をありったけ撃ちこむ。

 ハチの巣になった扉を、右足で蹴り上げて、瞬間的に壁を背にして隠れる。

「来るな!」

 中でチャンがS&WM39自動拳銃を乱射するが、空しく向かいのドアに風穴を開けるだけだった。藍那はハイパワーをその場に捨てた。

 やがて、15発全弾撃ちこみ、ホールドオープンしたのを見計らって、藍那はスッと飛び出し、澄ました顔で、ワルサーの血に飢えたような死の銃口を男に向ける。灰色の亡霊のような銃身が、妖しく光ったように見えた。

 瞬間、連続して乾いた銃声が廊下に響いた。

 9ミリHP(ホロ―・ポイント)弾3発は、チャンの頭部や顔面にめり込むと、HP弾特有の、中心だけ窪んだ弾頭が、マッシュルーム状にまくれ上がり、入射口を醜く広げていった。

 頭蓋骨にあたると、潰れながらも衝撃が伝わり、一気に後方へ飛ばした。

 チャンの頭部半分は原型が崩れるほど破裂し、彼は絶命した。

 その場に崩れ落ちると、鈍い音を立てて崩れ落ちた。

 藍那はワルサーを下ろすと、死体を避けてデスクに向かい、チャンが逃亡用に用意したであろう、札束の詰まったカバンを持った。

 その時、窓のガラスに人が映ったように見えて、藍那はワルサーを向ける。

 だが、そこには藍那しかいなかった。彼女の瞳は、冷酷に、そして美しく輝いていた。

 ついに目的を果たした――彼女は微笑する。

 その時、ワルサーの灰色の銃身とスライドに一条の光が走り、冷たく光った。





 あれから2日後、藍那は午後の日差しを浴びながら、公園のベンチに座り、静かに新聞を読んでいた。

記事にはチャンのことが書いてあり、彼らを襲ったのは、複数犯との予想がされていた。彼自身について、抗争相手は家族といえども全員殺す冷血漢と評価されていた。

 藍那は記事を読みながら、殺した平井のことを思い出した。

 諦観と寂しさの混じった瞳が訴えたかったもの――。

 彼女はつまらなそうに新聞を畳み、ごみ箱に捨てた。ふと、傍らで座っている黒猫に目を向けて、抱きかかえてみた。いつもは撫でるだけなのだが。

 猫は不思議そうに藍那を見つめ、にゃあと一言鳴いた。

「……にゃあ」

 藍那は子供っぽく微笑みながら猫に返した。その時近くを通りかかった老婆が、おかしそうにクスリと笑ったのを彼女は見てしまった。

「……う~」

 藍那は急に恥ずかしくなったのか、顔を赤く染めながら、そのまま立ち上がり足早に帰路に就く。その時風が吹き、彼女の銀髪が静かに靡いた。スカートの裾もふわりと波打った。

 猫は藍那の腕の中で、頬を彼女に擦り寄せている。

 空は晴れ渡り、優しい風と日差しが、彼女を包んでいた。



                              終

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[一言]  ひゅーひゅーピクシブでイラスト見ましたけど女の子クールで良かったでーす。
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