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交渉

「御機嫌よう、サー・ナバール。昨日は素敵でしたわ」

「ナバール様、お会いできて光栄です。どうぞ手を握って下さらないかしら」

「あらナバール様。今夜のお夜食会、期待していますわ」


 アイザックとふたり王宮の廊下を歩いていると、すれ違う誰もが親しげに声をかけてくる。この地方の特色なのだろう。褐色の肌と大きな目が特徴的で、皆ひらひらとした軽装をしている。気にした事は無かったが、どうやら赤道は北にあるようだ。


「こちらも光栄です。ですが急がなくてはならないので、申し訳無いですが失礼を」


 話しかけられる度にいちいち応じるわけにはいかず、群がる婦女子達へは適当な答えを返して切り上げていく。しかし中にはかなり食い下がってくる猛者もおり、正直うっとうしい事この上無い。


「あしらいに慣れてらっしゃいますね。クオーネ卿から伺ってた通りそちらの国でも高名でらっしゃるようだ。やはりああいった輩はそちらの国でも?」


 横を歩くアイザックが楽しげな様子で語りかけてくる。


「ああいうのはどの国にでもいるし、そう変わらないだろうさ。強いて言うのであればフランベルグはあそこまで……その、なんというか。情熱的では無いな」


 国や文化が違うと、自分の発言や行動の何が問題になるかわからない。やたらと積極的で、すぐに体に触れて来たがる女性陣を思いそう言うが、念の為「もちろん悪い意味では無いぞ?」と付け加える。アイザックはそれを聞くとくすくすと笑い声を上げる。


「大丈夫ですよ。情熱的だというのは、こちらでは褒め言葉です。ですがまあ、婦人達が情熱的な視線を向けて来るのは致し方ないでしょう。見てわかるとは思いますが、この国の男性は皆素肌を隠すのが一般的です。フランベルグでもそうでしょうが、その傾向がより強いかと。ですから昨晩のナバール様の姿は、そりゃもう。随分と雄々しく見えた事でしょう」


 彼が言っているのは昨日の恰好。つまり上半身裸に毛布を巻いたあの姿の事だろう。地球準拠で考えると、男女が逆。すなわち妙齢の女性が色々と露わにしながら立ち尽くしていたという所だろうか。そう考えるとなんだか複雑な気分だ。

 アイザックの言葉に「よしてくれ」と少し照れの表情を浮かべると、すれ違う人の中にいる男性を観察する。確かに女性と同じようなひらひらとした服装ではあるが、しっかりと袖付きのシャツと長ズボンをはいている。顔付きが中東系なので髭を期待したが、どうやら剃るもののようだ。


「彼は……なんだ? 初めて見る種族だな」


 目的地と思われる部屋の前。扉の左右に立つ衛兵の姿に、疑問の声を発する。かなりの長身で、熊族のような強靭な肉体をしている。


「あぁ、あれは男性の妾ですね。こちらでは一般的ですよ。南はどうか知りませんが、位の高い者ほどそういう傾向がありますね。ナバール様もご興味が?」


 南というのはフランベルグの事だろうが、それよりも何を言ってるんだとアイザックの顔を見る。視線を追うと衛兵のさらに先。白昼堂々と花壇脇でいちゃついている男性カップルの姿が。


「あぁ、いや。男娼や男の妾もいるが、同性というのは見た事がないな。個人的にも興味は無いが、そういった人を否定するつもりもないよ」


 もしかしたら語りたくない。ないしは話せない内容なのかもしれないと、あえて話題に乗る事にする。もし彼らが軍事的に重要な特殊技能を持っているとしたら、種族から割り出される事を鑑みてあまり触れられたくないだろう。


「それは残念です」というアイザックに従い、衛兵の守る部屋へと足を踏み入れる。アイザックの妙な視線に嫌な汗が流れるが、顔には出さないでおく。


 ――ここは……ちょいとというには大袈裟すぎるな


 アイザック曰く、ちょいとした話をするにはいい場所があるとの事だった。しかし扉の先にあったのは、巨大な謁見の間。


 ――もしかすると、はめられたか?


 だだっ広い大理石の広間には玉座へと延びる赤い絨毯が敷かれ、その左右を重臣と思わしき面々が整列している。恐らく貴賓席だろう。比較的玉座に近い位置にはクオーネ卿とその側近の姿も見え、こちらへ一様に驚いた顔を見せている。正直驚きたいのはこちらだ。


「さあ、どうぞ。サー・ナバール」


 アイザックは事もなげにそう発すると、赤絨毯の上を堂々と歩いていく。大丈夫なのかと周りを見渡すが、誰も気にとめた様子はない。

 仕方なしにとアイザックの後ろをついて歩みを進めるが、文官。武官。そしてクオーネ卿含む貴賓や大臣。そして将軍職の脇を通り過ぎても、なおもアイザックは歩みを止めない。


 ――おいおい、冗談だろ?


 まさかという思いで歩みを止める。アイザックはそのまま玉座へ向かい歩いていくと、ぞんざいな様子でそれに腰掛ける。


「ええと、国の名前はまだ無いんだっけ。では、そうだね……南の英雄フレアの名代ナバール殿。かな? よく来たね。僕はアイザック・D・ホワイトネイル。皇帝である父の名代として君等を歓待する事になった。よろしくね。ちなみにDが何の略だかは聞かないで欲しい。僕含めて誰も知らないんだ」


 にこにこと変わらぬ調子で続けるアイザックに、引きつった笑みを浮かべながらゆっくりとひざまづく。

 そして思う。間違いく、こいつはちょっと"面倒なタイプ"だと。




 一通りの面倒なやり取り――いわゆる世辞を交えた社交辞令的な挨拶――を終えると、拍手と共に促されるまま別室へと通される。そこは豪華ではあるが、実用的な調度品が並ぶ接待室のような場所で、恐らく本当の交渉はここで行われるのだろう。

 しばらくすると多数の文官を従えたアイザックがやってきて、「さっきはご苦労様」と軽い調子で挨拶をしてくる。慌てて立ち上がるが、「そのままそのまま」と半ば強引に座らされる。


「僕は皇帝じゃなくて皇子だからね。名代として謁見室にいる時以外はただのいち貴族だから気を使わなくていいんだ。父だって皇帝になる前はただの地方領主だったからね。生前は僕と同じように気さくな感じだったと聞いてるよ」


 アイザックの言葉に、思わず歯を噛み締める。


 ――跡目争いの真っ最中か? だとすると面倒な時に来たな


 アイザックは皇帝である父親に対し、生前と言っていた。という事は皇帝は既に亡くなっており、であるにも関わらず父の名代というからには、後継者がまだ決まっていないという事だろう。皇帝は国王と違い、血筋だけでは襲名出来ない。民衆を含めた人気投票。つまり選挙によって決まるからだ。


 ――せめて事前準備くらいさせて欲しかったが


 軽い挨拶と共に色々と現状確認をさせてもらおうとしたら、気付けば皇子との直接交渉の開始だ。常識的に見れば破格の待遇だろうが、あまり素直に喜べない。主導権は完全に握られてしまっている。


「そう難しい顔をしないで欲しいな。今みたいに腕章を付けずに近衛補佐官と名乗っている時は、いわゆる"お忍び"ってやつなんだ。皇子だとわかっていても、誰もそれに特別な反応はしない。本当は公務中は付けなきゃいけないんだけど、そうすると気疲れが酷くてね」


 わかるでしょ?といった様子のアイザック。確かにわからないでは無いが、あまりに立場が違うだろうと苦笑いを返す。


「さて、それじゃ交渉についてなんだけど、そっちの物は言い値で買うし、食糧も好きなだけ持って行くといいよ。あぁいや。通商条約も結ぼうか。一度では運びきれないだろうし」


 さらっと答えられたそれに、ぽかんと口を開ける。

 一瞬やる気が無いのだろうかと心配になるが、彼らの服装や宮殿。そしてここへ来るまでに見た街並みからすると、驚くほど豊かな国のはずだ。もしかしたら我々の持ってきた取引材料など、彼らからすれば大した量では無いのかもしれない。


 ――いや、違うな


 文官達の妙に惚けた態度。だが、時折見せる何かを期待するような眼差し。

 唇をぎゅっと結ぶと、覚悟を決める。色々と駆け引きする事も出来るだろうが、現状では失敗した場合のリスクが大きすぎる。ここはある程度正直に話すべきだろう。


「こちらとしては願っても無い話ですが、我々がそんな破格の条件で遇される理由がわかりません。たかだか魔物一匹退治しただけにしては、色々と大袈裟すぎるでしょう……正直な所、私はこういった駆け引きは苦手です。あまり頭の出来が良く無いもので。出来れば単刀直入に言っていただけると助かります」


 卑屈にならないよう、堂々とそう語る。いきなり踏み込んで話すというのは貴族同士の交渉としてはいささかマナー違反かもしれないが、気にするような相手でも無いはずだ。


「クラーケンを倒しておいて"たかだか"とは、恐れ入るなぁ。ここ何十年もの間、誰も手が付けられなかった相手だよ?」


 大袈裟に驚いたそぶりを見せるアイザック。文官達もそうだそうだと頷き、こちらへの賞賛の言葉を口にする。


「いやいや、勘弁して下さい。さしたる事をしたわけじゃないでしょう。罠がはずれて再び暴れ出す可能性だってありますし……」


 ふいに感じた違和感に、思わず言葉を止める。


「罠、ですか。興味がありますね。昔から冒険譚には目が無いんです。どうかクラーケンとの戦いの話を聞かせてくれませんか?」


 こちらへ詰め寄るようにしてアイザック。その純粋そうな目がきらきらと輝き、まるで少年のようだ。


 ――なんだ? 何に反応したんだ?


 平静を装っているが、無意識のうちに緊張の色を見せる文官達をさりげなく確認する。


 目の動きが止まり、音に集中した。

 手足の筋肉が固まり、動きがぎこちない。

 知らず知らず手を握りしめている。

 額の汗、浅い呼吸。


 ただ一人。皇子だけが何の兆候も見られない。本当に何も隠すところが無いか、それとも驚くべき演技の才能か。まさかただの阿呆という事は無いだろう。


 ――彼らにとって価値のあるもの。いったいなんだ?


 交易品に何か貴重な宝が入っていたという可能性もあるかもしれないが、魔法としての価値はミリアが徹底的に解析済みだ。桁を間違えたかのような破格の品があるとは考えにくい。宝飾品に至っても同様のはずで、他に考えられるとしたら何らかの情報といった所だろうか。しかしほとんど交流の無い二国間で重要視される情報など……


 ――無い。事もないな


 自分がこちらへ来てからの事などたかが知れている。というよりも一つしかないだろう。あの民衆の熱狂ぶりと、ここまで半ば騙す様な形で連れて来られた理由も、それを考えるとわからないでもない。可能性で考えると無数に存在するが、最もシンプルな形が正解だろう。


 ――やはりただのお人好しというわけではないんだな


 奔放そうな皇子の目をしっかりと見据えると、見た目や雰囲気から決して侮ってはいけない相手だと心の中に刻み込む。なるべく余計な事を口走らないよう頭の中で十分に考えを整理し、相手の反応を観察しながら口を開く。


「クラーケン……クラーケンの撃退法ですか。あの一匹だけじゃないんですね?」


 皇子の笑みに初めて不自然な様子が混ざる。文官達に至っては息を飲む音を立ててしまった者もおり、少し取り巻きを教育し直すべきじゃないかと他人事ながらに思う。


 ――俺は本当に仲間に恵まれたな


 この様子であれば自分が不在の中、水兵や剣闘士達は様々な方法で船上での話を釣られたはずだ。特に機密と言えそうな話では無いし、そこら中の人達に自慢したいと思ってもおかしくない内容だろう。しかしそれでも、あの水兵や剣闘士達は決して喋らなかったのだ。


 感動で詰まった胸をごまかすよう、ひとつ咳払いをする。何も言わずにじっとこちらを見る皇子達にまっすぐ視線を向けると、「素人考えですが」と続ける。


「あんなのが何匹もいたのでは、まともに漁も出来やしない。それどころか海運関係は絶望的でしょうね。帝都が港湾部にある位ですから、海とは切っても切れない関係だったはず。もしそれを何らかの方法で解決できた者がいたとすれば……」


 皇子の浮かべる表情から、主導権がこちらに移った事を理解する。


「次の皇帝となるのは間違い無くそいつでしょうね。貴方が欲しいのは、それだ」




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