新都市
「彼女の話を聞いて、大体の流れはわかった。しかし信用して良いものなのか?」
砦からの帰り道。馬車の中でフレアに尋ねる。フレアは「大丈夫さ」と楽し気な口調で返してくる。
「純粋に東の国の発展を願って数百年という連中だから、今更方針を変えたりはしないだろうよ。ネクロに付き従った連中とは引き続き対立する形だが、これは元々だしね。こちらとしては敵対する頭のおかしな連中が半分になってくれただけでも大助かりさ」
フレアの言葉に「そりゃそうだが」と返すと、考える。
扉の会は元々、東の国が立ち上げた国家組織である。目的は思想面で王家を支える事で、宗教団体としての側面が色濃い。思想面というと平和な啓蒙活動を連想させるが、実際にはかなり過激な事も行っていた。
頬杖をつき、馬車の窓から見える景色を眺める。
しかし王家が滅び、しまいには国家そのものが姿を消すと、かつてのような大々的な行動を起こせるような力は失われ、目的は国家の再興を願う事に変わられる。庇護を失くした団体は秘密結社のような性格へと変わって行き、統制も失われていく。
――そこへネクロか
かつての栄光を夢見ていた連中にとって、ネクロの強力な力はさぞかし魅力的に映った事だろう。王家をそそのかしたように、東へ国を作ってやろうとでも言われたのだろうか。しかし結果として組織は二分され、さらに窮地へ追い込まれる事になる。潜在的な脅威を洗い出せたと考えると悪く無い流れだと言えなくもないが、それに耐えられる程の底力は無かったようだ。結局ネクロへ属さなかった連中も、新たな指導者へと頼る事になる。カダスだ。
「やはり東の国の再興が目的なんだろうか? しかしそうなると、何故我々に協力してくれるのかがわからんな」
ひとり呟くように発する。それを聞いたフレアは「ん?」と不思議そうな顔でこちらを見る。
「いや、フレアが東へ国を作ってしまったら、王家の再興もクソも無いだろう。なのになぜ連中はこちらを助けるような真似をするんだ。自分の首を絞めているような物だろう」
こちらの言葉に、「あぁ、そのことか」と相変わらずの楽しげな表情。随分ご機嫌だなと続きの言葉を待つと、フレアが口を開く。
「何もおかしくは無いよ。こちらは東の王家の血筋を王に立てるつもりだからね。純粋に利害関係が一致してるのさ。それより新しい国だが、なんという名にするかね。君は何か案があるかい?」
衝撃の事実に、数瞬息が止まる。
「お、おいおい! 聞いてないぞ!? 東の血筋だって? どこで見つけたんだ? というか何者だ?」
名前など今はどうでもいいと、揺れる馬車の縁につかまりながらフレアへと詰め寄る。フレアはいくらか驚いた様子で顔を赤くすると、顔を引いて距離を取る。
「あまり顔を近づけないでくれ。私にも羞恥の感情はある。そういうのは、こう。ふ、二人きりの時にでも頼みたいものだね!」
照れていたかと思いきや、後半は逆切れしたかの様に声を張り上げるフレア。「降りましょうか?」と扉に手をかけるキスカを慌てて止めると、今はそんな事はどうでもいいと説明を求める。
「そ、そんな事とは随分な言いようだな……まあいい。東の血統はフランベルグにもそれなりに残っているよ。濃い薄いや、信憑性に欠ける者もあるがね。何か不満でもあるのか?」
どうしてそんな事を?といった様子で首を傾げるフレア。そんな彼女に苛立ちを覚えて声を張り上げる。今まで多くの苦労をしてきたが、それは全て彼女の為だ。今更血筋がどうこうで膝を付く相手を変えたくは無い。
「みんな君に付き従って来たんだ! 今更どこの馬の骨ともしれん奴を上に置けるわけがないだろう。誰も納得するわけが無い!」
フレアは面を食らった様子で目を見開く。やがて訝しげな様子でこちらを見上げると「君は何を言ってるんだ?」と続ける。
「どこの馬の骨とは失礼な。しっかりとした血統を持っているし、能力もそれなりに自信があるつもりだぞ。君の言う通り、みんな私に付き従ってくれた。だからこそに決まっているだろう」
彼女の言い分に違和感を覚えながらも、納得できないと返す。
「君より王に相応しい者がいるものか!!」
こちらの叫びに、彼女が答える。
「だから私が王になると言っているだろう!!」
なおも何かを叫ばんとするが、彼女の言葉の意味を飲み込むと、勢いが止まる。何がどうなってるのかと顔中に疑問符を浮かべていると、フレアが溜息と共に口を開く。
「まさか忘れたわけじゃないだろうね。私は魔女の系列。つまり東の血を引いてる。"あの日"君にも説明しただろう。東の貴族は多かれ少なかれ王家の血統を持っている。私とて例外では無いよ」
フレアの言葉に、ぽかんと口を開けて呆ける。彼女はそんなこちらを見て、もう一度溜息を付く。
「東は国が滅んでから久しい。血統の照合や証明を出来る人間など残ってはいないだろう。フランベルグ側には記録があったりもするが、あまり信用も出来ん。跡継ぎ問題から、その辺の孕ませた娘を捕まえて来て、この娘は東の血筋だと名乗らせる事も多々ある。しかしその点私は確実なんだよ。魔女なのだからね」
語られた事実に「そういう事か……」と力なく座る。
確かに魔女の力は親子間で受け継がれる為、何よりも確実な血統証と言えるだろう。一度でも魔女の血統に王家の血が入ったならば、その後の魔女は全て王家の血筋となる。さらに言うと魔女は一子相伝であり、ミリアとフレアを除けば分家が存在しない。本流のまま一直線に来ているはずだ。
「ようやく納得したかね? まったく。埋め合わせはしっかりとしてもらうから、覚悟しておきたまえよ」
口を尖らせたフレアが、楽しそうに発する。こちらは謝罪と共に頭を下げると、苦笑いを返す。何か他の話題でも出そうかと思った時、ふと違和感を感じて口を開く。
「あの日……先程君は"あの日"と言ったな。それはいつの事だ?」
こちらの質問に、興が削がれたといった様子のフレア。彼女はこちらを指差しながら口を開くが、そのままの姿勢で止まる。
「む、思い出せんな……ふむ。あー、すまない。どうやら私の勘違いだったようだ。申し訳ない。埋め合わせをするのはこちらのようだね」
フレアはばつが悪いのか、目を閉じて顔をそらす。そんな彼女に「あぁ、いや。そうじゃない」と手を振る。
「君は、その……忘れているだけさ」
そう口にするとなんだかいたたまれなくなり、目を伏せる。
そんなこちらを彼女は、不思議そうな顔で見ていた。
「驚いたな……もうこんなに進んでたのか」
小高い丘の上。真っ直ぐに伸びる大通りを眺めながら呟く。両脇には商店と思われる店が立ち並び、その奥には建設中の建物が数えきれない程埋め尽くされている。丘の麓は掘立小屋やテントがひしめき合っており、人々がせわしなく動き回っている。それらも全てきちんと整列して配置されており、いずれはそのまま住宅街となるのだろう。
「まだまだだよ君。いずれはここを百万の都市にするつもりだからね。いまだその一分も達成していないだろう」
隣を歩くフレアが笑顔で呟く。最近は表情が明るくなったようだと、穏やかな気持ちでそれを見る。彼女は少し顔を赤らめて俯くと、遠目に見える建造物を指さす。
「君の言う通りアイロナ方面から流れる川は避け、別の山脈からの支流や湖から水道を引く事にした。ジュー金属と言ったかね? 確かにそういった毒があるようだ。調べてみたらあの地方では伝統的に川下へ村を作らないらしい。古来よりの知恵だね」
町の中央より東西に伸びた建設中の大橋。それぞれを大型のクレーンや木組みが取り囲み、大勢の人々が作業に従事している。指揮を執っているのは軍人だろう。彼らが最も土木について詳しい。建造物を攻めるには、建造物の知識が必要だからだ。そして地下と夜に関しては、土竜族が担当するに違いない。
「あの堀の内側が全て街になるってのか? 信じらんねえな」
ラーカの上で立ち上がり、遠くを見渡すウル。視線の先にはなおも拡張が続けられる外堀が掘られており、既にかなりの部分が完成している。堀と隣接するようにして木の柵が設けられ、外敵――軍ではなく魔物だ――からの侵入を阻んでいる。
「いいえ、あれは内堀ですね。町の肥大化に合わせて多重構造にするようですよ」
後ろからかかる声に振り向く。そこには泥まみれになったウォーレンの姿。
「やあウォーレン。随分男前になったじゃないか!」
すっかり日に焼け、逞しい身体つきとなったその姿。ウォーレンは照れくさそうに「よして下さいよ」とかぶりを振る。
「こんな格好で申し訳ないですが、何分作業中だったので。隊長こそお変わりなく。どうですか、我々の新しい町は」
自信に溢れた表情のウォーレン。正直に「想像以上だよ」と答える。
「今はもう慣れたが、下水道が出来るというのは嬉しいね。完成が待ち遠しいよ」
「そうでしょうとも」とにこにこ顔のウォーレン。事実上の行政長官となっている今、彼としては自分の町のように感じているだろう。
「だが問題が無いわけではないよ君。色々と取り入れたせいで国庫はすっからかんだ。そして何より食糧事情が芳しく無い。西からの引き上げで得た食糧でなんとか秋までは持つだろうが、その先となると怪しい。飢餓は全てを失うぞ」
そう言うと腕を組み、こちらを見るフレア。その視線が「お前にかかっているんだぞ」と言っているように見え、思わず背筋を伸ばす。
「まあ、やれるだけ……じゃあまずいな。やり遂げて見せるさ。安心して待っててくれ」
視線を街はずれにあるキャラバン隊へと向ける。五百名ほどで編成されたそれには、各種貴金属や魔法の品。アキラの育てている胡椒の一部等、船へと積み込む予定のあらゆる財貨が積まれている。一体どれ程の額になるかはわからないが、途方も無い値になるだろう事は間違いない。
目的はただひとつ。食糧だ。
フランベルグや東の国で食糧を得る事は、事実上難しい。西では既に飢餓が発生しているという話を聞くし、一時的なものかもしれないが、値段は既に十倍近くに跳ね上がっている。アインザンツもそのあおりを受けており、とすれば目を海外へ向けるしかあるまい。
キャラバンと少し離れた場所にいる集団は、フレアを追いかける形でこちらへ来た商人達だろう。彼らもまた全てを賭けてここへ来ており、今回の交易に参加する。失敗すれば何もかもを失うが、成功すれば晴れて王家の御用商人だ。
「ありがとう。見送りはここまででいい」
フレアとウォーレンにそう告げると、部下から荷物を受け取り、背負う。フレアは「そうか」と短く発すると、何かを差し出してくる。
「ビスマルク曰く、船乗りの習慣だそうだ。馬鹿馬鹿しいとは思うが、万が一という事もありえる。持って行け」
こちらへ押し付けるようにして何かの布切れを預けると、足早に馬車へと戻るフレア。なんだろうかと、それを広げてみる。
「……ウォーレン。お前にはこれが何に見える?」
布へ視線を向けたまま問う。
「……女性用の下着ですね。いやはや、海の神は過激ですな」
顔を赤くして、視線を逸らすウォーレン。
下着と言っても現代人が想像する三角のそれと違い、いわゆるドロワーズと呼ばれる物に近い形だ。正直そのような形の下着に興味が無い為、嬉しくもなんとも無い。だが大事なのは気持ちだろうと、懐へしまう。
――よし、とりあえず殴ろう
ビスマルクに会ったらまず行う事を頭に思い留めると、
キャラバンに向けて歩みを進め始めた。