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到着


 沿岸部をつたい、跳ねるように移動して数日後。風向きとビスマルクの航海術に助けられた海路組は、予定よりもかなり早くに目的地へと到着した。かつては交易都市として名を馳せたベルンであったが、客足が途絶えて久しいらしい。荒れ果てた港湾施設は漁師達が各々好き勝手に使用しており、とても大型船が接舷できるような状態では無かった。お椀型の籠に乗った漁師達が驚きの表情を持って我々を迎え、口々に何事かをわめきたてる。

 しかし目的地は目的地であり、船旅の不安や不便から解放される瞬間でもある。積み入れた時と同様に足船で荷を運び出す面倒さに辟易しつつも、誰もが笑顔で作業に従事した。

 俺とビスマルク以外は、だが。


「くっそぅ! いったいどうなってんだ!」


 まだ昼間だというのに、酒瓶片手にビスマルクが罵声を飛ばす。軍指揮官である彼のそんな行動に普段であれば注意のひとつもしたかもしれないが、今はとてもそんな気になれなかった。


「おい、おっさん。クビになったからって八つ当たりしてんじゃねえぞ」


 真っ赤な顔でうなだれるビスマルクを足で小突くウル。


「首じゃねぇよ!! 貸与だ貸与!!」


 赤くなった顔をさらに赤くして怒鳴るビスマルク。彼がこんなにも荒れている原因は、もう一通の手紙の存在だ。


 船の上でカダスからの手紙を受け取った後、ビスマルクは自分宛てにも届けられていた手紙の存在を明かした。目的地に到着次第読めとされていた物で、内容はビスマルク率いる水軍一式のフレアに対する貸与、というものだった。ビスマルクはその事に納得がいかない様子だったが、他でもない彼の信奉する預言者の言葉だ。しぶしぶながらも手紙の内容通りとするようだった。


「そら元々所属のねえ海賊みてぇなもんだったし、構いやしねえけどよ。水軍も無いような国で俺達に何が出来るってんだ?」


 ふてくされた様子のビスマルク。こちらはこちらで預言者からの手紙の内容が気になって仕方が無いが、この場で頭を抱えていても仕方が無いだろうと気持ちを切り替える事にする。


「水軍は無いが、船ならある。交易用の船団を譲ってもらえる事になったんだ。詳しくは知らないが、オストヴィントが四隻とヴィルベルヴィントが一二隻だそうだ……どの程度の規模かわかるか?」


 正直こちらの船の種類など気にした事も無いし、そもそも船に関する深い知識があるわけでも無い。ガレー船と帆船の差程度ならわかるが、細かい種別となるとお手上げだ。

 ウォーレンやクオーネ卿から簡単な説明は受けたが、せいぜい国家間貿易に使用できる大型船だという程度の印象しか無い。フランベルグは海洋国家では無いし、塩も岩塩から十分に採取できる。この船団も、自分で動かす気は当然ない。


 隠す必要もないだろうと素直にそれを告げると、ビスマルクは「馬鹿野郎!!」と怒声を発する。


「どの程度の規模なんてもんじゃねぇだろ。大きさで言やあ、おめぇが乗ってきたあれがヴィルベルくれぇだ。オストは外洋にも出れるもっとどでけぇ奴だな。それを貰っただ? ふざけんな! 意味がわかんねぇぞ!!」


 酒のせいもあるのだろうが、今にも掴みかかってこんばかりのビスマルク。「落ち着け」とその巨体を抑え込むと、足を払ってその場に座らせる。彼はなおも文句を言いたい様子だったが、急に態度を軟化させる。


「もらったってんならよ。一隻ぐれぇ俺んとこに融通してくれよ。もちろん帰る時は返すからよ」


 げへへと下卑た笑いをするビスマルク。「構わん。持って行け」と口にすると、その笑みが止まる。


「一隻と言わずに全部持って行くといい。こっちのはあくまで商船団だから、水軍を指揮できる人間がいないんだ。いくつかは軍艦への改修もしなくちゃならんが、そのノウハウも無い。あんたならその辺、適任だろう?」


 ビスマルクは目を丸くしたまま、しばし固まる。彼はやがて、絞り出すように「俺が……提督に?」と発する。「あぁ、そうだな」と答えると、腕を組んで続ける。


「当然監視も兼ねて最高司令官は別に置く事になるが、それに文句は言うなよ? しばらく自由に動いてもらって、結果が出るようならそのまま提督という形がいいだろう。無論、他にもっと適任者がいるというのなら、紹介してもらうという形でも構わないんだが」


 そこまで続けると、「い、いや! やる! やらせてくれ!」と胸倉に掴みかかって来るビスマルク。酔いが醒めたら改めて詳しい話をしようと持ちかけると、彼は近くにあった樽を抱え、がぶがぶと浴びるように水を飲み始めた。


「あぁほら、醒めた。醒めたぞ。なあ、あんちゃん……あぁいや。旦那のとこは確か戦争中だったよな? よおし、一世一代の大勝負だ。ろくでもねぇ人生だと思ってたが、なんの事はねぇ。ツキが全部後の方に溜まってやがったんだな。カダスときてナバールの旦那だ。こいつはおもしれえ事になってきたぞ」


 腕まくりをし、鼻息を荒くしたビスマルク。彼は正式な契約や主従関係についての話を一通り終えると、一目散に仲間の元へ走っていく。慶事の報告と言うよりは、自慢をしに行ったのだろう。


「提督って、海軍の将軍て事だろ? いいのかよあのおっさん。ガキだぜ?」


 親指でビスマルクの方を指し示すウル。お前もなと心の中で突っ込みを入れると、実際問題どうだろうかと考える。


 まず、何らかの間諜である可能性だが、これはさすがに無いだろう。風貌も性格もあまりにも目立ち過ぎるし、とても演技が出来るような人物には見えない。なによりもこちらにはミリアのマインドハック――俺の知る限り最も恐ろしい魔法だ――があり、最悪敵だったとしても色々と利用する事ができるだろう。

 能力については、前線での指揮官を任される位なのだから問題無いはずだ。彼の航海術は素人目に見ても見事なものだったし、部下の統制も良くとれていた。

 そして信頼に足る人物かどうかは、これからじっくりと見ていけばいい。


「まあ、とりあえずというやつだな。海方面に関しては完全にお手上げだったから、もし彼がただの凡才だったとしてもそれで十分なのさ」


 走り回るビスマルクをぼんやりと見つめながら呟く。「本人には言うなよ?」と付け加えると、「わかってるって」とあくどい笑みのウル。


「それより今日はこのまま町で休息だ。たまにはどこか気晴らしにでも行って来たらどうだ?」


 ニドルまで移動するには、ここからさらに数日を陸路で移動する必要がある。東の国での移動はフランベルグとは比べものにならない程危険で、十分な休息と準備が必要となるだろう。

 ウルはしばらく何か考え込んだ様子を見せると「アニキはどうすんだ?」と尋ねてくる。少し期待した表情のウルに「あれの相手さ」とあごでウルの向こうを指す。彼女が振り返って見た先には、群がった人々とそれを押し留めるアイン達の姿。中にはドレスを来た貴婦人や豪華な服装をした男の姿も確認できる。恐らく挨拶に駆け付けた町の有力者か何かだろう。


「うげぇ。偉くはなりたくねぇな……よし、ばっくれようぜ」


 苦虫を噛み潰したような表情から、ほくそ笑んだ顔へ。袖をくいくいと引きながらウル。

 どうしたもんかと逡巡するも、結局は引かれるに任せて街へ出る事にする。前もって予定されていた寄港では無いから、出立前にしっかりと挨拶をしておけば良いだろう……わかっていた事ではあるが、自分が目の前の誘惑に弱いという事を改めて実感する。


「抜け出したはいいが、どこへ行くんだ?」


 人目を避けるように小走りで移動しながら尋ねる。ウルは「前々から行きたかったトコがあるんだ」と悪巧みした表情を見せる。やがて辿り着いた店の前で「デジャヴか?」と小さく呟くと、引かれるがままに店の中へと入っていく。


「…………んー、アニキ。なんかこう、思ってたのと違う」


 椅子の上で胡坐をかきながら、不機嫌そうにウルが発する。それも当然だろうと目線をまわりに移す。

 娼館と隣接して建てられた大人の為の劇場は、いまや早朝の教会のように静まり返っていた。いつもなら下卑た野次を飛ばすのだろう男達も、それぞれ背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見ている。視線の方向から察するに、恐らく舞台は見ていないだろう。

 ステージ上では全裸のダンサーが数人。なんとかいつも通りのショーを見せようとしているのは伝わってくるが、可哀想なくらいに緊張しているのが見てとれる。動きはがちがちに硬く、とても女性特有の柔らかさを表現できてるとは思えない。

 ウルと二人で座る座席の周りには黒服――実際に黒い服を着ているわけでは無いが――が護衛するかのように取り囲み、それぞれに女が二人ずつ給仕についている。彼女らはにこやかな笑みで良くしてくれているが、ピッチャーを持つ手が震えており、いつこぼすだろうかと不安で仕方ない。


「……違う。絶対こういうトコじゃない」


 なおも納得がいかないようで、むくれたウル。そんな彼女を見ていると、いつかフレアとした約束を思い出し、にやりと笑う。


 ――また二人だけで来たからバチが当たったのかもな


 あの時の気晴らしは実に楽しかった。

 比べて今回のこれは散々だ……だが、それが嬉しく感じる。


 前と同じでない事が、何よりも。


「また来ればいいさ。今度はそれなりの恰好で来よう。無理があればお忍びでもなんでもいいさ。もしかしたらミリアが姿を変える魔法でも使えるかもしれないぞ」


 あまり大っぴらに言うような事でも無い。耳元で囁くようにそう言うと、「でもアニキ、これから忙しくなるだろ?」と口を尖らせるウル。


「何を言ってるんだ。遠慮する事は無いぞ……もちろんやるだけの事はやるつもりだが、自分以外の誰かの為だけに人生を費やすつもりも無い。ちょっとばかり歳は離れてるが、俺達は友達だろう?」


 お前らしくもないぞと肩を叩いて言う。ウルは多少面を食らった様子だったが、すぐにいつものニヤニヤとした笑みを見せる。


「へへ、わかったぜ……そうだよな。俺達、ダチ公だもんな」


 ようやく機嫌を取り戻したウルはそう言うと、何がおかしいのかニヤニヤと笑い続ける。そんなウルがどこかおかしくて、こちらも同じように笑みを作る。


 他所から見れば不気味な事この上ない二人だったろう。

 だが、それは実に楽しい時間だった。




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