約束
ハラショー!!日間ランキング14位!?
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夢であって欲しかった。
それが目を覚ました時に真っ先に考えた事だった。
もしかしたら全て性質の悪い夢だったのでは?という考えは、体を起こそうとした際に走った全身の痛みにより否定された。
仕方なしに横になったまま辺りを見やると、自分だけではなく大勢の怪我人が、敷布の上に敷かれた薄い布団の様なものの上に寝せられている姿が見えた。
かなり大きめのテントと規則正しく並べられた怪我人たちは、歴史教科書で見た戦時中の野戦病院を思い起こさせる。
少し首を起こして奥を見ると、看護士か衛生兵かそれとも医者なのか、忙しそうに歩き回っている。聞いてみると包帯が足りないだのここは一杯だから他へ回してくれだのと、いかにも病院といったやり取りをしている。
確かにこのテントは一杯みたいだな、と改めて回りを見回していると、妙な違和感に気付く。
――何語だ?
もう一度聞こえてくる会話に耳を澄ます。
やはり聞こえてくるのは全く覚えの無い言語だ。
だが理解できる。
なんとも言えない気持ちの悪い感触に身もだえする。
聞こえて来る言葉の意味を無視し音だけに集中すると、雰囲気的にはドイツ語に近い感じを受ける。
もちろんドイツ語が話せるわけではないが、ドイツ人の物まねをしたらこう喋る、といった感覚でだ。
もしやと思い試しに声を出して適当な言葉を喋ってみると、特に違和感もなくその言語を喋る事が出来た。
では日本語はどうだろうかと試して見ると、かなり意識しながらであれば日本語で喋る事もできる事がわかった。
そんなこんなを一人でぶつぶつと呟いていると、一人の看護士がこちらへ近づいてくるのが見てとれた。
「お、あんた気が付いたのか。具合はどうだ? 我慢できない程痛む箇所はあるか?」
包帯を巻いている箇所を見ながらそう尋ねてくる。
「あぁ、いえ。ありがとうございます。ちょっと痛みますけど、我慢できないって程じゃありません。」
そう答えると、にんまりとした笑みを浮かべて言う。
「そうか、そいつは良かった。聞けばあんた、小隊長かなんかをやったって話じゃないか。起きたらボスのとこに連れてくるようにって預かってるぞ。立てるか? 大丈夫そうなら行こう」
そう起き上がるよう促される。
小隊長とは昨日の男の事だろうか?あまり気乗りはしないが拒否してどうなるわけでもないので黙って付いていく事にする。
患者の間を縫うようにして外へ出ると、同じようなテントがいくつも並んでいるのが見える。遠めには木枠で組まれたバリケードが立っており、戦場からそんなに離れていないのかもと不安になる。
看護士に従いながらきょろきょろとしていると、ふと視界の隅に揺れるものを見つけ、なんだろうと見やる。
それを見て一瞬ふざけているのだろうか、といぶかしむ。
動いていたのは先導する看護士の頭についている、恐らく耳で、びっしりと短い毛が生えており、かなりリアルな造形をしている。
空気の読めない人だろうか?としばらく見ていると、耳の近くを羽虫が通る度に、それを追い払うかのようにぴくっと動くのがわかった。
まさかとは思いつつも首を伸ばし、本来耳のある部分を見る。
そこには何も存在せず、ただうなじから繋がる毛があるだけだった。
――本物か?
何かの冗談ではないかとじっと観察していると、視線を感じたのだろう、どうしたのかと看護士が振り返る。立派なお耳ですねと答えると、「そうだろう、親父ゆずりの自慢なんだ」と嬉しそうに返してきた。
恐る恐るテントのまわりにいる人達を注意深く見てみると、かなりの数の人が同じような耳をしている事に気付く。
頭の中に無数に浮かんでいた選択肢が集約され、
最も低いと思われていた1つに絞られる。
――ここは……地球じゃない!
別の星なのか別の世界なのかはわからないが、少なくとも地球ではないどこかだろう。
あまりの内容にどこか他人事の様に感じる。
馬鹿馬鹿しいと思いつつも、現状それが最も説得力のある考えである事は否定できなかった。
促されるままに衛兵の立つひときわ豪華な装飾の天幕へと入ると、恐らくボスと思われる身なりの良い女性が椅子に座っており、隣に立つ、昨日ナバールと名乗っていた男と何やら話しをしている所だった。
女性はこちらに気付くと、一度ちらとナバールに視線を送った後、前にある椅子に座るよう目で指し示してきた。
ナバールはこちらに元気か?といった様子で軽くウィンクをすると、横を抜けて入り口の前に立つ。恐らく逃走防止だろう。
「さて、まずは自己紹介をしようか。私はここの軍の指揮官をやっているフレアだ。君は?」
美人だが気の強そうな女性だ。独特な下目使いでこちらを値踏みする様に見ている。耳はどうなのだろうかと頭を見やるがどうやら人間の様だ。続いて耳を確認し、彼女の髪型を捉えた所で、思わず感動と共に噴出しそうになってしまった。
見事なまでのドリルヘアーだ。
くるくると束になった髪が螺旋状に二つ釣り下がっている。
地球で実際にあったようにサイドの髪から自然とウェーブがかかっていくものでは無く、かなり頭頂部に近い位置からどんと迫力満点に飛び出している。
一体どうやって固定しているのだろうかと気になるが、今はそんな事を考えている場合ではなかったと思い出す。
「はい、その、名前はアキラといいます。職業は……学生になるんでしょうか?」
できるだけ正直に話すよう心がける。
何もわからない現状では、下手にごまかしを入れたりするのは得策じゃないだろう。聞いたフレアは苦笑いしつつ口を開く。
「私に聞かれてもわからんよ。学生という事は商人か貴族の身か?
ふむ。いや、貴族では無さそうだな……まぁいい。それより聞きたいのはこれについてだ」
そう言うとテーブルの上にかけてあった布を取り去る。
下から現れたのは昨日まで自分が身に着けていた衣類や、ポケットに入っていた缶ジュース。それに携帯電話といった物だった。
「これはお前の国の服なのだろう? 見たことが無い素材だな。非常に良く伸びる。紐が無くとも落ちないようになっているのは便利だな」
そういってジャージズボンのゴムを伸び縮みさせている。
「それにこっちの服。驚く程軽い革で作られている上にこの開閉する為の仕組み。これが何だかがわかった時は驚愕したぞ」
壊れ物を触るようにゆっくりとジッパーを開け閉めしている。
正直かなりシュールな光景だ。
「他にもこのコインのありえない程の造形。正直一体どうやって作ったのか検討も付かんよ。この金属の入れ物の素材もそうだ。槍に貫かれたものを回収したが、水を保存しておくものなのだろう? 一体どうやって開けるのかね。」
そう言うとこちらに缶を差し出して来る。
どうしたものかとは思うが、言われた通りにするしかないので、缶を受け取りプルタブを起こす。
プシュッというガスが抜ける音に一瞬驚いたものの、興味深そうに缶を見つめて来る。
安全である事を伝える為にそのまま一口中身を飲み、差し出す。
受け取ったフレアは用心深い素振りを見せるでも無く、ぐっと缶を煽った。
「ほぅ! これはうまいな。砂糖と塩、それに果汁か?贅沢な物だな。北の国のフラタに似ているがずっと洗練されている。
うむ。ありがとう。閉じてくれて構わないよ」
そういって缶を再び渡してくる。一度開けると閉じれない旨を伝えると、不便なものなのだな、と不思議そうな顔をしていた。
フレアは缶をテーブル戻すと「さて」と前置きし、続ける。
「そろそろ本題に入ろうか。知らない者同士だから誤解があるといけない。お互いできるだけ正直に行こうじゃないか」
そう言うと、今までにない鋭い表情でこちらの目を見つめてくる。
これは提案ではなく強制と捉えた方が良いだろう。
「私はだね。君の事をスパイではないかと思っていた。敵国のそれなんじゃないかとね。だが間諜にしては明らかに間抜けすぎるし、君の身に着けていたものはどれも今までに聞いた事すら無い物ばかりだ。
これらについて納得の行く説明が貰いたい」
そう言うとゆっくりとテーブルの上で手を組み、顎を乗せる。
今までの下目使いが一転し、強力な意思の力を感じる鋭い上目遣いになる。
これは正直にありのままを話すしかないなと思い、
ここへ至る経緯についての一部始終を話し始めた。
「にわかには信じがたい話だな……」
ため息と共に紡がれたフレアの言葉に、そうでしょうとも。と心の中で相槌を打つ。
「だが、そうでなくては説明が付かない物も多すぎる」
眺めるようにテーブルの上に置かれた地球産の道具を見て言う。
「私は神や物の怪を信じる方ではないが、世の中には不思議な事がまだまだあるという事を認める程度にはわきまえているつもりだ。しかも君の場合は物証と呼べるような物まであり、ペテン師が騙りをするには少々手が込み過ぎている。」
ほっと安堵のため息が漏れる。フレアはそんな自分を見ると少し笑みを浮かべる。
「しかしだ」
再び元の鋭い表情に戻り、続ける。
「だからといって、はいそうですねで終わらせる事が出来ないのが為政者というものだ。君の身柄を証明できる者がいない以上、野ざらしにするわけにもいかない。さっきの話が本当であるとすれば、この状態で放り出されるのは君の望む所でもないだろう?」
こちらがしっかりと頷いたのを確認すると、
人差し指を立て、「そこでだ」と続ける。
この時の会話は一言一句違えずに今でもよく覚えている。
――ひとつ私と約束をしようじゃないか
――約束。どんな?
――君が地球とやらに帰る方法を私が探す
――見返りは?
――君が私の隷属となり、戦う。期限は君が死ぬまでだ
――破らない保障は?
――そんなものあるわけ無いじゃないか。だから約束だ
――約束
――そうだ。約束だ。
こうして俺はフレアの奴隷として生きる事になった。
約束なんていう曖昧で不確かなものではあったが。
何も無いよりはずっとましだった。
泥臭い表現になってはいますが、テンプレ通りの流れな気もします。