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海路



「急げ急げ!! さぁ、どんどん詰め込むんだ!!」


 ようやく顔を出した太陽があたりを朱色に染め上げ始めた頃。持って来た大量の車輪を組み立て、町の財と食料の積み込みを始めた。

 ビスマルクが言っていたように、エンベルクでの人的被害はほぼ皆無だった。逃げ惑う際に転んで怪我をした者や、勇敢にも彼らに立ち向かった何人かが死傷していたが、言ってしまえばそれだけだった。彼らには十分な見舞金と、それ以上の数の人間を救うことで埋め合わせとするしかないだろう。町の反対側へと回りこんだアキラ達が捌いたものと、こちらが殺傷した二名。合計するとそれなりの相手を殺しており、罰とするには十分だ。


「団長、どう考えても荷車が足りません。小麦だけでも一杯一杯です。一台あたりの割り当てを増やしますか?」


 報告に来た団員が指す方へと顔を向ける。広場へ並べられた何十もの荷車が、穀物の詰まった袋で一杯になっている。


「いや、無理だろう。町の人はお前らみたいな力を持ってるわけじゃないんだ。あまり重くすると行軍速度が鈍る。残念だが余った分は焼いてしまうしかないな」


 今年の春は豊作だったらしく、想定していたよりもずっと多くの備蓄が残っていた。だが残念な事に例年規模の量を運べるだけの資材しか用意しておらず、とても全てを持ち出す事は出来なさそうだった。


「おいおい、焼いちまうのかよ。もったいねぇな。だったら余ったのは俺らにくれよ」


 横で暇そうにしていたビスマルクが発する。何を言ってるんだと目を向けると、彼は「おいおい」と笑いを漏らす。


「俺たちがどうやってここまで来たと思ってんだ。陸続きじゃねぇんだぞ」


 ビスマルクの言わんとしている事がわかり、「そうか!」と声を上げる。


「南は群島国家だ……船があるんだな? どの程度の規模なんだ?」


 得意げな顔のビスマルクに尋ねる。彼は少しもったいぶった様子で答える。


「おう。そうだなぁ。人に比べりゃ袋はかさばらねえ。ここにある分くらいは乗るだろうよ。あぁ、言っとくけど町いっこ運ぶってなぁ無理な話だぜ?」


 彼の言う町ひとつというのは、人の運搬は難しいという事だろう。「それなら……」と頭の中で計画を変更する。


「おいおい、あんちゃんよ。いつ俺らが運ぶって決めたんだ。いくらなんでもそこまでしてやる義理はねぇだろ」


 どこか人を食ったようなその表情に、ふんと鼻を鳴らす。


「無償で手伝えとは言わんさ。正規の報酬……軍相手にそういうのもおかしいか。そうだな、陸路で運びきれない分の財は半分を君らにやろう。それを東で再び正規値で買い取る。それでどうだ?」


 どうせ焼くなりフランベルグに略奪されるなりする品々だ。現状では特に食料が優先される品であり、出来る事ならそれを無駄にしたくない。

 こちらの破格とも言える条件提示に、ビスマルクは目を丸くする。


「東は金が余ってるとは聞いてたが、本当だったんだな……よし、そういう事ならいいだろう。おい、やろうども!! ちょいと事情が変わったぞ!!」


 ビスマルクは声を張り上げ、仲間と打ち合わせを始める。提示した条件は元来彼らが行おうとしていた略奪よりもずっと大きな収入となるはずで、本気でこちらを手伝おうという気になったのだろう。

 やがて何らかの決定が成されたのか、今までに無いてきぱきとした動きを見せるヤーク軍。それを見たフレア軍も、負けてられないとばかりに動きを加速する。


「海路が使えるとなると、隊を分ける必要があるな……アキラ、本隊を任せる。予定通りのルートで東を目指してくれ。俺は中隊と共に船へ乗り込む」


 急に名前が出て驚いたのだろう。「えぇ?」とおかしな声を上げるアキラ。


「ちょっと待って、いきなり軍団長ってのも無理が……あぁ、そっか。内通者がいるかもしれないんだっけか」


 少し困惑気味のアキラ。その肩へ手を回すと、顔を寄せる。


「帰りのルートは俺とお前しか知らない。周りに絶対に漏らさないように気をつけろ。先回りでもされたら一環の終わりだ……それにお前もそろそろ軍を率いても良い実力を持ってるはずだ。自信を持て。なあに、困ったらツヴァイにでもなんでも頼ればいい。周りをうまく利用するのも指揮官の資質だ」


 そういって肩を叩いてやると、少し迷った後に「わかった、やってみる」とアキラ。陸路での移動に長けているジーナとベアトリスを共に行かせる事にすると、彼らはさっそく打ち合わせを開始しはじめた。ジーナをどうするかはかなり迷ったが、ビスマルク曰く鷹族は海軍部隊には必ずいるという事だ。


 その後海路組と陸路組へと荷物を選り分けると、子供や年寄りを中心とした体力の無い者達を先に出発させる。残った住民は日の高いうちに目一杯積み込み作業を行い、翌日の出発となった。時間は貴重だが、これからの長距離行軍を考えると休息も重要だ。


「よし。放て!!」


 合図と共に、団員達が町へと火を放つ。建造物の木材も十分に価値のある資源であり、みすみす敵に渡してやる必要は無い。

 撒かれた油に火が燃え移り、炎がその勢いを増す。春風に煽られた炎は、いくらもしないうちに町を包み込む事だろう。

 首を巡らせると、慣れ親しんだ町が消えていく様を複雑な表情で見守る住民達。その気持ちを思うと胸が痛んだが、どうしてやる事も出来ない。


「……さぁ、行こう。時間が無い」


 思わず謝罪の言葉を口にしてしまいそうになる自分を押し止めると、視線を道へと向ける。自分の取っている行動が最善なのかどうかなど、誰にもわからない。もっと良い方法があるかもしれないし、もしかしたらとんだ愚策を施しているのかもしれない。だがそれでも、民には最善だと思わせなければならない。


「しんどいな……」


 最近時折感じるようになった肩の重みをごまかすよう、首をぐるりと回す。前はいくら疲れていてもぐっすり眠れば次の日には回復していたものだが、近頃は次の日に持ち越す事がある。恐らく加齢によるものだろうが、実際にこうして経験するまでは、年を取るという事をどこか他人事のように感じていたものだ。


「こう言うにはまだ早い年齢かもしれんが、お前が羨ましいよ……では本隊を任せたぞ」


 きょとんとした表情のアキラの肩を叩くと、先を行った海運部隊へ追いつくようラーカを走らせる。「任せてくれ!!」という勇ましい声に手を振って答えると、あとはただ先を目指し続けた。




「結界が破られたわ」


 海運部隊と合流し、海を目指してから丸一日後。昼食後の休憩中にミリアが発する。「どっちだ?」と問いかけると、「こちらよ」とミリア。


「陸路の方はそのままよ。何かの理由で迂回でもされてたら別だけど」


 ミリアの答えに、素早く考えを巡らせる。

 彼女が作成した結界は二箇所。陸路組み、海路組みが利用する街道沿いを大人数が通った際に、それを探知できるようにしたものだ。具体的な人数まではわからないが、かなり遠くからでも正確に察知する事が出来るらしい。エンベルクに到着した際、ミリアがいなかった理由がこれの設置だ。最低二十人かそこら以上で反応するようになっているとの事で、時間的に敵だと見るべきだろう。


「どうすんだ? この足じゃ追いつかれちまうぞ」


 こちらの会話を聞いていたビスマルクが、拾った枝を楊枝代わりに使いつつ発する。


「そうだな。迎え撃つしかないだろう。アキラ……はいないんだったな。アイン、フォックス、小隊を編成しろ。騎馬で出るぞ」


 目一杯に積載された荷車を押すエンベルクの民の姿を見ながら、そう指示を飛ばす。現状でこれ以上急がせるのは難しいし、荷を捨てるくらいであればそもそも海路など利用していない。

 やがてすぐに集まったラーカ騎兵の数を確認すると、自らも弓と槍を手にラーカへと飛び乗る。ビスマルク達から離れる事に若干の不安を覚えるが、中隊のほとんどを残していくのだ。勝手な真似は出来ないだろう。


「徹底的に嫌がらせをするぞ。目的は騎兵の排除と牽制だ。歩兵は放っておけ」


 そう発すると、すぐにラーカを元来た道へと走らせる。街道は十分に整備されているとは言い難いが、悪路に強いラーカは安定した走りを見せてくれた。


 やがて小休止を含め三時間も移動しただろうか。なだらかな上り坂を登っている途中、ウルがその強力なセンサーで相手を捕えた。


「アニキ、行軍の音がするぜ。もう結構近い距離だ」


 ラーカの上で伸び上がると、街道の向こうへ目を凝らす。上り坂なので当然何も見えないが、そのままの姿勢で大体の地形を把握する。


「よし、林へ入ろう。フォックス、この辺りの地理は頭に入っているか?」


 弓を取り出しながらそう訊ねると、答えの代わりに親指を立ててくるフォックス。こちらも親指を立てる事で応えると、ラーカを林へと向かわせる。


「どれどれ……ふむ。結構な大部隊だな。しかし本当に略奪隊か? 随分な重武装じゃないか」


 林を進んでしばらく、下り坂に転じた場所で相手側を伺う。数は三百かそこらだろうか。きちんと列を組んだ行軍をしており、指揮官だろうか。列の左右を一定間隔で騎兵が併走している。重装歩兵こそいないが誰もがしっかりと武装しており、どう見ても武装集団同士の戦いを想定した構えだ。


「また裏切りクソ野郎のせいか?」


 横で息を潜めながらウル。「どうだろうな」と弓に矢をつがえながら続ける。


「本隊を襲うにはちょいとばかり物足りない数だしな。足跡の少ない方を選んだって所じゃないかね……おや。あれはエイローグ卿の旗だな」


 遠目に見える旗の紋様は、かつてフランベルグにいた頃に何度か会った事のある諸侯のものだ。あまり詳しくは覚えてはいないが、確かフレアの元本領から南に位置する領土を持つ男爵だった気がする。


「全ての諸侯が王家に反抗的なわけではないって事か……わかってはいた事だが、実際目にすると少しショックだな」


 男爵旗と並んで立つ、王家の旗をにらみつける。連合軍という事では無さそうなので、恐らく示威的なものだろう。


「作戦は予定通り行く。まずは通過するのを待つぞ」


 頷く仲間達の顔を、一人一人確認していく。たかだか三十かそこらのラーカ騎兵で三百を相手取ろうとしているというのに、皆自信に満ちた表情をしている。

 高い士気を持つ彼らに満足気な笑みを送ると、頭を下げてじっと待ち続ける。やがて相手部隊の全てが上り坂を越えたのを確認すると、静かに攻撃の合図を送る。


「さあ、行くぞ。平和な南方領の領主様に、戦争がどういう物かを教えて差し上げようじゃないか」




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