ビスマルク
あけまして、おめでとうございます!!
「一騎討ち?」
眉をひそめてカダスに問う。カダスは片眉を上げると、自信ありげな表情で答える。
「そうだ。一騎討ち。前時代的だが、わかりやすくて良いだろう? このままじゃぁどう転んでもお互い痛い目に合う。大将同士やりあっておしめえってのはどうよ」
カダスの提案をうなり声と共に考える。
確かに現状では、勝利を収めたとしても大きな被害を被るのは間違いない。こちらは一対一での戦いには自信があるし、悪い提案には思えない。だが――
――いったい何を企んでる?
こちらは完全武装した軍の小隊だ。目の前の状況はともかく、戦力的に言えば向こうに勝ち目は無い。一騎討ちで逆転を狙うというのは自然な事に思えるが、どうにも腑に落ちない。数的に周囲を包囲できる程では無い為、逃げようと思えば相当数が逃げられるだろう。
「勝ち負けによる処遇は何だ」
煮え切らないまま、質問を飛ばす。カダスは「そうだなぁ」と髭を撫でながら口を開く。
「俺が勝ったら、俺たちを見逃してもらう。当然追跡も無しだ。もし破った場合は、その事をそこら中に広めてやるぜ。お前が勝った場合はこの場にいる全員、おとなしくお縄についてやろうじゃねぇか」
自信満々の様子のカダス。彼は腰からシミターを取り出すと、自らの頬をそれで叩く。
「どうすんだいあんちゃん。受けるか受けないか。じっくり考えて決めてくれや」
窓のふちに足をかけ、挑発的な表情をするカダスをにらみ付ける。
「……いいだろう。決闘を受ける。場所を変えるのはそちらの望む所ではないだろう。降りてくるといい」
相手の優位が崩れてしまえば決闘の必要性が無くなる。仲間にその場から動かないように指示を出すと、じっとカダスを待つ。
カダスはこちらの声を聞くと、同様に仲間へ手を出さないよう指示を出す。彼はしばらくもったいぶったようにその場でにやにやと笑っていたが、やがてゆっくりとした足取りで奥へと消えていった。
――奴の勝ち誇った顔はなんだ?
どれだけ腕に自信があるのか知らないが、あまりに余裕がありすぎる。貴族の決闘のように重武装した上でやりあうというのなら話は別だが、どんなに実力があっても、あの軽装では簡単な事故で命を失う事もありえる。
――まるで既に勝ちが決まっているかのようだな
やがてじれったい程の時間の後、ゆっくりと建物の入り口から姿を現したカダス。相変わらずのにやにや顔に、少しいらつきを覚える。
――勝ちが……決まっている?
まさかという思いで顔を巡らせる。
まわりでこちらへ弓を構えている傭兵たち。松明と火事の明かりが反射するその表情を伺うと、誰もが暗く重い表情をしている。
首を回してカダスの顔を見る。
相変わらずのにやついた顔だが、良く目を凝らすと、その額にうっすらと汗が浮かんでいるのが見える。春が過ぎて暖かくはなったが、決して汗をかく程では無い。現在のように夜であればなおさらだ。
「そういう事か……くそ、やられたな」
誰へとも無く呟く。カダスはそんなこちらを興味無さそうに眺めると、予想通り口を開く。
「おめぇ、決闘ってのは初めてか?」
少し見下したように顎を上げたカダス。タネがわかってしまえば、その虚勢が滑稽に見える。
「いいや。数え切れない程あるよ。数え切れない程な。それより余裕を装うのであれば、腹で息をするべきだ。そんなに肩で息をしては、緊張しているのが丸わかりだ」
こちらの指摘に、眉をぴくりと動かすカダス。何かを言おうとしたのか。口を開いた所で、さらに続ける。
「額の汗は屋内で拭いてくるべきだし、仲間にも冷静さを徹底させた方が良い。視線もあまり動かさず、どちらかというと対戦相手には興味なさげにした方が良いな。ベテラン程そうする」
カダスはそれを聞くと、一度開いた口をそのまま閉じる。先ほどまでの余裕は消え去り、鋭い視線でこちらを睨んでくる。
「おめぇ……剣闘士か」
喉の奥から出された声。先ほどよりもさらに浅い呼吸に、緊張が増しているのがわかる。
「そうだな。フランベルグじゃあそこそこ有名らしいが、まぁそれはいいさ。それよりお前。カダスじゃあないな?」
驚愕に見開かれる目。人の事を言えたものではないが、随分と演技が下手なようだ。
「目的は時間稼ぎか。百人近い仲間がいるんだろう? この場にいるのはせいぜいが二十人かそこらだ。一人くらいは連絡に来てもおかしくないだろうに、一向に誰もこの場に近寄って来ない。偶然通る人間がいてもおかしくなさそうなもんだが、それも無い。残りは今頃町を脱出している所だろう。もしこの場にいたのであれば、カダスを含めてな」
一通り語り終えると、溜息と共に遠くを見る。裏にアキラ達を向かわせたが、どれだけ補足できただろう?
「黒目黒髪……そうか。おめぇがあのナバールか。くそっ! とんでもねえのに会っちまったな」
舌打ちと共に地面を蹴り付ける元カダス。男は諦めにも似た表情で口を開く。
「降参だ。やってもおめぇには勝てねえだろうしな。おい、おめぇら! 弓を下げな!!」
男の声に、構えていた弓を下ろす敵兵。随分物分りがいいなといぶかしんでいると、各々窓から武器を放り捨て始める。
「へへっ、ただの傭兵にしちゃ良く出来すぎてると思ってんだろ。頭のまわるおめぇさんだが、そいつぁはずれだな」
男は自らも武器を放り捨てると、その場にどしんと腰を下ろす。
「俺達はヤーク連合の正規軍だ。まぁ、やってる事は傭兵みてぇなもんだがな。俺はカダスの右腕ビスマルク。おめぇに斬られるんなら文句もねぇんだが……しかし話が違ぇな……どうしてだ?」
何やらぶつぶつと独り言を始めたビスマルク。「何の話だ?」と訊ねるが、「何でもねえよ」との事。訝しげな表情を彼に向けると、どうしたものかと考える。
ヤーク連合はフランベルグと東の国の南に位置する、小国家連合国だ。領土のほとんどが群島から成り、様々な小国がひしめき合っている。数年前に指導者が代わったばかりで、フランベルグに使者が来たのを覚えている。
しかしその正規軍となると、捕えた場合の扱いはどうするべきだろうか大いに悩む。こちらはあくまで正当防衛の立場にあるので、全員処刑した所で問題無いといえば問題無い。だがこれから国を興すという所でそれを行うとなると、初っ端から外交上にしこりを残す事になりそうだ。
どうしたもんだろうかと腕を組んで悩んでいると、ビスマルクが恐縮した様子で口を開く。
「それよりおめぇさん……あぁいや。おめぇさんなんて言っちゃいけねえのか? いや、だけどなぁ……まあいいや。おめぇさんよ。何日もしないうちにフランベルグ軍がここへ来るぜ。カダスが言うんだ、間違いねえよ。ああ、カダスっていうか、あぁもう。めんどくせぇな。とにかく俺たちの首を撥ねたら急いで逃げ出す準備をするんだな」
頭をぼりぼりとかきながらビスマルク。要領を得ない彼の物言いに、首を傾げて視線を送る。彼はそんなこちらになおも何かを言おうとしていたようだが、諦めたように口を閉じる。
――言ってる事は間違って無いようだが
そもそもこの町へ来たのは、フランベルグが軍を動かしたとの報せを受けたからだ。東の国への移住は急ピッチで進めているが、地理的な要因から移動の完了していない町も多い。食糧事情の問題からできるだけ多くの収穫を行う事が求められており、育てている食物の種類によってはさらに時期を待つ必要がある。エンベルグでの主な農作物は夏前が収穫時であり、まさに今がその時期だ。相手がこのあたりで略奪を行うのであれば、真っ先にここを襲うだろう。
「連合からここまではかなりの距離がある。俺たちと同時期に到着するという事は、よほど優秀な密偵がいるようだな」
部下から縄を受け取ると、ビスマルクの胴を縛り上げながら発する。大木のようなその身体は、獣人化したパスリーと良い勝負をしそうだ。
「いや、密偵っつうかだな……っておめえ。斬らねえのか?」
不思議そうな顔でビスマルク。「そうだな」と答えると、続ける。
「急いで避難をしなけりゃならんからな。人手はひとりでも多く欲しい。正規軍であれば部下はお前の言う事を聞くだろう。罪滅ぼしも兼ねて、手伝え」
そう言って引き立たせると、ぽかんとした表情のビスマルク。やがて豪快な笑い声を上げると、実におかしそうに続ける。
「そうか。そりゃまあ、そうだよな。いくらか町も焼いちまったしな……ちなみによ。俺たちは一人も殺しちゃいねえぜ。調べりゃすぐわかるだろうぜ……あぁいや。事故でひとりふたりは殺っちまったかもしれねえけどよ」
ビスマルクの言葉に、驚きの表情をもって目を向ける。「どうしてだ?」と訊ねると「カダスがそうしろって言ったからな」と笑顔のビスマルク。
「この町は近いうちにフランベルグに荒らされちまうからな。だったら先に頂いちまおうって腹さ。それに守るもんが無くなりゃあ、町の連中もさっさと東へ逃げ出してくだろう。俺に良し。お前に良しだぜ」
盗人猛々しいとはよく言ったものだと、呆れた顔でビスマルクを見る。
「お前の部下は何人か殺したと言っていたが……なるほど。そう言う示し合わせか」
質問というよりは、独り言のように発する。正規軍が傭兵を装うのは、良くあることだ。
「まあ、そういう事だ。それより後々全員縛り首ってわけじゃねえんだろ? だったら手伝わせてもらうぜ。フランベルグが増長するのはカダスも望む所じゃねえしな。おい、やろうども!! さっさと火消しにまわりやがれ!!」
カダスが声を上げると、了解の声と共にヤーク軍兵士達が行動を開始する。相手が急に動き出したので多少慌てるが、手に武器は無く、逃げ出す様子も無さそうだ。
――カダスか……よほど優秀な男のようだな
ヤーク連合に良く訓練された軍がいるなどついぞ聞いたことが無く、ビスマルクの陶酔ぶりから見ても相当なカリスマなのだろう。
カダスという男が敵なのか味方なのかすらわからないが、強い統率力を持ち、合理的な判断をしているだろう事は、彼らの行動から垣間見える。ネクロや王家のようにデタラメな行動をされるよりは、ずっとくみしやすいだろう。
――いつか会ってみたいものだ
そしてまんまとしてやられたよと愚痴をこぼしてやろうと頭に留めると、行動を開始した仲間と共に火消しへと走り回る事にした。