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カダス



「なんだか様子がおかしいよ」


 アンガルの砦から本領の町のひとつ、エンベルグへと出発した翌日。そろそろ町が見えるだろう頃、眉間にしわを寄せたベアトリスが馬上より発する。彼女は指を口に含むと、上へとかざして風向きを確かめる。


「町の方からだね。酷い焦げの臭いさ。あんた、急いだ方がいいんじゃないかい?」


 進めていた薪集めの手を止めると、ベアトリスの見る方へ顔を向ける。試しに鼻をひくつかせてみるが、感じられるのは緑と土の匂いだけだ。


「焦げ臭さか……夜間に近づくのは避けたかったんだが、そうも言ってられんな。第一小隊で偵察。フォックス! 先導してくれ!」


 月の消えた深い暗闇を見つめる。わずかな距離しか見通すことの出来ない夜の世界も、土竜族であるフォックスならば問題なく先導してくれるだろう。

 やがていつの間にかそばへと現れたフォックスに「やれるか?」と聞くと、返事の代わりに頷きが返る。


「他の者は急ぎ出立の準備を。合流は町で」


 新領である東の国でてんてこ舞いのウォーレンに代わり、新たに副官として据えられたツヴァイへと声を掛ける。ツヴァイはベルク家7兄弟の次男で、当然他の六人と同じ見た目をしている。兄と違い弓の腕は無いが、頭の回転は速い。


「了解しましたボス。連中のケツをひっぱたいてでも急がせます」


 言動とは裏腹にしっかりとした敬礼をするツヴァイ。「頼んだ」と声を掛けると、夜行性であるラーカへと飛び乗る。するとこちらを待っていたのだろう。すぐさまチッチッと舌を鳴らし始めたフォックスの後を、その音だけを頼りに追従し始める。


「ほんとに何も見えないな……」


 焦げ臭さの原因が敵だった場合に備え、松明をたかずにラーカを走らせる。暗闇の中、フォックスとラーカの目だけが白く浮かび上がる。


「前方。段差。速度落として」


 極めてシンプルな物言いのフォックス。彼女に従い軽く手綱を引くと、若干の浮遊感から着地の振動に繋がる。


「待ってくれフォックス。君は問題無いかもしれんが、他の者は違う。本当に何も見えないんだ」


 後続の部隊に段差を知らせる為、懐から取り出した赤く光る石を左右へ振る。これは東の国で手に入れた魔法の品で、ただ光るだけという単純な物だ。明かりを取れる程に光るわけでは無い為、冗談のような価格で投売りされていた物を先日市場で買い取った。


「鍛え方が、足りない」


 感情無く発せられたフォックスの一言に「そういう問題だろうか?」と心の中で突っ込みを入れる。やがて部隊がひと通り無事に渡り終えたのを確認すると、先を行った彼女との距離を詰める。


「君には、道が見えてるんだよな?」


 暗闇とラーカの足音だけが響く静けさの中、フォックスへと声をかける。


「昼間より、良く見える」


 相変わらずのそっけない口調でフォックス。単純に羨ましいものだと思いつつも、便利なその力について考える。暗闇でそこまではっきり物を見ることが出来るのであれば、戦場で色々な使い道が出来そうだ。


「見えた。町」


 考えに没頭して三十分も走り続けただろうか。フォックスの一言にはっと顔を起こす。見ると遠目に炎の明かりが揺れており、霧のもやが赤く色付いている。


「複数箇所で火が上がってるな。ただの火事じゃない。敵がいるかもしれんぞ」


 光る石を十字に切るように動かし、戦闘準備の合図を送る。暗闇の中で乗馬したまま戦闘を行うわけにはいかないので、ラーカの手綱を部下に預ける。


「アキラ、分隊を率いて裏に向かえ。笛の音が聞こえたらそこへ集合だ。ウルを連れて行け」


「わかった」という声を確認すると、剣を抜いて駆け出す。

 町が近づくにつれ何らかの怒号や叫び声でも聞こえて来るかと思ったが、その気配は無く、時折甲高い笑い声が聞こえてくるのみ。


 ――まさか


 既に手遅れだろうかと、焦燥感が襲う。

 脳裏によぎるのはかつてのニドルの焼け跡。


「見ろよこれ。真珠だぜ。ただの農家が持つには随分な代物じゃねえか」


 暗闇に紛れ、窓から家の中を覗き込む。松明の明かりと共に三人の武装した男女がおり、棚という棚をひっくり返して中を漁っている。


 ――略奪か……紋様は無いな。傭兵か?


 ハンドサインで仲間に合図を出す。

 サインを確認した部下達が、正面入り口と窓へと陣取る。


 ――右を殺れ。俺は左だ


 横で腰を低くしているフォックスに合図を送ると、足元にあった石ころを傭兵達の向こう側へと投げる。


「なんだ?」


 振り向く傭兵達。

 すぐさま足を踏み入れる。


 足音に気付いた傭兵が振り返るに合わせ、喉へと剣を走らせる。隣では同様に短剣を喉へ差し込むフォックスの姿。

 残る一人が咄嗟に剣を抜こうとするが、その手を左手で強く押さえ込む。


「動くな。喋るな。そのままでいろ。瞬きと呼吸以外の行動は許さん」


 喉元に突きつけられた剣を見つめ、真っ青な顔で細かく頷く傭兵。左手で武装を剥ぎ取ると、その場にひざまづかせる。


「答えろ。小さな声でだ。お前ら王家の雇った傭兵だな? ここへはどの程度の数がいる」


 耳元で囁くように訊ねる。傭兵の女の「知らない」との答えに、口を塞ぎ、わき腹へ強烈な一撃を加える。


 ――くそ、ミリアを連れて来ればよかったな


 マインドハックの魔法があれば、一度精神的に追い詰めさえすればかなり正確な情報が得られる。必要であれば拷問だろうがなんだろうがいくらでもやるが、あまりいい気分はしない。

 痛みに暴れる女の髪を掴み、顔を上げさせる。向かいでは喉を押さえて暴れる男女に止めを刺すフォックスの姿。


「共に行軍した人数くらいはわかるだろう。知ってる事を全て語れ。ああはなりたくないだろう?」


 行動とは裏腹に、できるだけやさしい声で囁く。

 痛みと恐怖からか、涙を流しながら頷く女。


「一緒にいた……仲間は百人位……だと思う。王軍に雇われたのよ。この辺を荒らして来いって……ボスはカダスだよ。あんたらタダじゃ済まないわ」


 予想通りの答えに「ふむ」と鼻を鳴らす。しかしカダスとは誰だ?

 フォックスに目線を向けるが、彼女は黙って首を振る。


「……では次だ。町の人はどうした。殺したのか?」


 引き続き耳元でそう訊ねると、「はんっ!」と吐き捨てるように言う。


「そりゃ何人かは殺ったさ。教会だかなんだかに立て篭もったんでその後は知らないね。殺したって金になりゃしないんだから。あんたら――」


 ――教会か……無事だといいが


 なおも何事かを言い続ける女。それを無視すると猿ぐつわを噛ませ、ロープで縛り上げる。


「……いいの?」


 手にした短剣をくるくると回すフォックス。


「構わんよ。どうせ縛り首だろうが、それは町の人にやらせるべきだ」


「面倒だが復讐の対象も必要だ」と吐き捨てるように言うと、表へ出てあたりを伺う。さして栄えた町ではないここでは、ひときわ高く聳え立つ尖塔がすぐに確認できる。まだ火の手が回っていないのだろう。教会のある方面は、暗闇で閉ざされている。


「なるべく敵を避けて教会を目指してくれ」


 フォックスを先頭に、人の気配を避けるようして教会へと向かう。民家の多くが荒らされていたが、死体は見かけなかった。


「なるほど。効率的だな」


 裏手にある家の角から教会を伺うと、正門の前に武装した傭兵が五名程うろついているのが見える。裏口と勝手口は材木で外から封じられており、完全に閉じ込められているようだ。傭兵は各々松明を手にしており、足元には壷が置かれている。


「中身は……油か」


 財貨を差し出さねば、火をつける。

 町の略奪が一通り終わった後、そう言って脅すのだろう。中に逃げ込んだ住民たちは、持ち出せるだけの貯蓄を持ち出したはずだ。一人一人が持つわずかなそれも、全体となればそれなりの量になる。少人数で町中を略奪する事は難しい為、本人たちに一箇所へ集めさせたのだろう。


「野党の類では無いな。相当手馴れている。何者だ?」


 さして大きな町ではないが、それでもたった百名で町ひとつを落とすというのはかなりの難行だ。町にはいくらかの衛兵もいれば、剣をかじった者もいる。完全武装した軍ならばともかく、軽装の傭兵にやれるような事では無い。


 女が口にしていたカダスという名に心当たりが無いかどうか考えを巡らせていると、急に強い力で首元を後ろへ引かれる。


「ぐっ! なにを!」


 鎧の襟を顔に打ちつけた事に抗議の声を上げようとするが、自身が元いた場所に刺さる矢に言葉を飲み込む。


 刺さった矢の角度から敵の位置を推測し、すぐさま身を隠す。見上げるとフォックスが射抜いたのだろうか。そばにあった二階の建物から、うめき声と共に男が倒れ落ちてくる。


「全員散開! 付近を制圧後……」


 既に気付かれているだろうと声を上げて指示を飛ばそうとするが、尻すぼみに終わる。付近の窓という窓には弓を構える敵兵の姿。


 ――誘い込まれたか……迂闊だった


 かつての情景から気持ちが急いていたのだろう。付近の安全を十分に確保しなかった自分を心の中で罵倒する。お互いに弓を向け合ってはいるが、完全に不利な形勢だ。数と闇夜を利用して突破する事は出来るだろうが、こちらもかなりの被害を負うだろう。だが――


「なぜ、撃ってこない?」


 自分が感じた疑問を、フォックスがそのまま代弁する。にらみ合いの続く中、「身代金が欲しいのかもな」と返す。


「くそ!! とんだ間抜けだ!! なんで撃ちやがったんだ!!」


 仲間の息遣いと遠くから聞こえる火の爆ぜる音のみが支配する中、先ほど落ちてきた男がいた窓から声が響く。ふと視線を落ちた男に向けると、背中から大きなナタが生えているのに気付く。


「こういうのは一斉射撃から降伏を促すってのが筋だろがよぉ。くそが。連中立て直してんじゃねえか……あんちゃん、随分いい部下が揃ってるなぁ」


 窓から現れたのは、身長二メートルは超えているだろう大男。鍛え抜かれた筋肉と、燃えるような赤い髪。戦いで負ったものだろうか。左目が空ろに窪んでいる。


「伊達や酔狂で鍛えているわけじゃないからな。お前がカダスか?」


 返答しながら、周囲の弓兵の配置を確認する。こちらへ向いているのは四本だろうか?


「おう。良く知ってるな。俺様も随分有名になったもんだ……しかしおめぇ、その目はまだやる気ってか? 絶体絶命ってやつだろ」


 ガラガラとした迫力のある声。彼は余裕の表情であたりを仰ぐと、笑みを浮かべる。


「そうでもないさ。あんたの兵はよく配置されてるが、射角の関係から撃てるのはせいぜい一度か二度までだ。俺の兵は半分程倒れるかもしれないが、お前を殺すには十分な量が残るぞ」


 威圧的な眼光を放つその目を、じっと見つめて答える。カダスは何がおかしいのか、笑い声を漏らした後に続ける。


「くっくっ、威勢がいいなぁおめぇ……だが、ふむ。確かにおめぇの言う通りだ。けどよぉ、おめぇさんからすりゃ割りにあわねえのも確かだろう。俺らみてぇなごろつき相手に散々な目に合わされちゃよ」


 そう言うと「んー、どうすっかな」としばらく考える素振りを見せるカダス。

 やがて彼から出された提案は、実に意外なものだった。




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