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国家


「もう一度現状の確認をしたい。王家とこちらの戦力比はおよそ十対一だったな?」


 作戦会議室にて、再び集まった二十人程の幹部達。誰に言うでも無く発すると、ウォーレンが肯定する。


「えぇ。常備軍と傭兵の数から、おおよそそうなります。ただし相手は死体から兵を作る事が出来るので、実際はその三倍から四倍は見ておくべきではないでしょうか」


 絶望的な戦力差に、どよめきが走る。


「三十倍の兵力って事か? 勝負にすらなんねえな」


 パスリーの素直な感想に、沈黙が広がる。しばらく後の「それは無いわ」というミリアの声に、期待の視線が集まる。


「前も言ったけど、無限にネクロマンシーを行使できるわけじゃないわ。時間と共に増えていくから、いずれはそうなるかもしれないけれど……」


 言葉を止めてこちらを見るミリア。少し考えてから、発する。


「遺跡の守備隊だな。確かに奴はかなりの数を向こうに裂いてるはずだ……ああいや。こっちの話だから気にしないでくれ。ミリア。最低限の軍事行動を起こすのに必要な数。そうだな。とりあえず千としようか。それを揃えるのに、奴はどれくらい時間がかかると見るべきなんだ?」


 そうね、と天井を睨むようにして考えるミリア。


「ひと月か二か月。いえ、ひょっとすれば三か月は見ていいんじゃないかしら。アイロナの地脈を手にしていない分、前よりずっと遅れるはずだわ」


 ミリアの答えに「ふむ」と鼻を鳴らす。いったい何の話だといった様子で眉をひそめるパスリーが口を開く。


「良くわからねえけど、月あたり五百かそこらの部下を作れるって事か? 二年もしねえうちに万の軍勢になっちまうぞ」


 片眉を上げるパスリーに「どうだろうな」と口を挟む。


「あくまで理想的な増え方をした場合だから、実際はそう上手くはいかんだろう。こちらもじっと待つ気は無いし、戦闘だけに利用するとも思えない。それにそれだけの兵を用意した所で、武器装備を集めるのが難しいはずだ」


 痛みを感じない狂戦士としてのアンデッド。これは確かに脅威だが、素手で武装した人間に勝てるかと聞かれたらかなり難しいはずだ。実際に相対した時の事を思い返すと、十対一では効かない比率で相手を打ちのめしていた。ヴァンパイアや何かといった強力なアンデッドを作られればかなり脅威となるが、逆に軍であれば数の暴力で圧倒できる。あの時の戦いでも脅威となったのは、弓や剣で武装して相手や、空を飛ぶといったイレギュラーな連中だった。


「仮にすぐ万の軍勢が出来たとしても、何も無い平地でまともにぶつかるような事態さえ避ければなんとでもなるはずだ。怖いのは攻撃がこちらの軍では無く、民衆を狙った場合だろう。最低限の備えがあればそれなりの抵抗は出来るだろうが、破られてしまえば無意味だ。町ひとつ分の補充ができるわけだからな」


 かつてニドルで起こったと思われる攻防戦では、城壁の外周が骨の丘で埋まる程の死体――死体の死体だ。実にふざけてる――が生まれていた。しかしそれでもニドル全住民のそれには及ばず、差し引きで言えば得をした事だろう。


「こっちはそう簡単に兵士は作れませんからね……しかも一から訓練する必要が無い兵隊ですから、数だけで無く厳しい物になりそうです。そうなるとやはり短期決戦ですか?」


 ウォーレンの提案に、多くの閣僚が頷きを返す。


「いや、長期戦の構えで行く」


 それまで黙って話を聞いていたフレアの強く発せられた一言。「いや、しかし」や「そうなると」といったざわめきが起こるが、彼女は一同を手で制する。


「短期決着を着けたいのは奴のはずだ。忘れたのかい? 半年から一年もすれば我らの魔女が別の地脈を見つけ出す事が出来るんだ。それに本来であればもっと入念な計画の元に事を起こすべきだろうに、奴は力を大きく失っている"今"を選んだんだぞ?」


 全員の頭に、再び一連の事実が染み込むのを待つフレア。


「時間と共に不利になっていくのは奴の方だ。何に怯えているのかは知らんが、形振り構っていられない状況なのだろう。もしかしたら長く生き過ぎた分、誰よりも死が恐ろしいのかもしれないね」


 フレアはその場で立ち上がると、壁に掛けてある地図を指差し、さっと指を走らせる。


「防衛線はここだ」


 指で描かれた線の位置に、誰もが声を失う。

 指がなぞった箇所は、本領とニドルの中間。


「本領を捨てる。東の国へ引き篭るぞ」




「今日も敵の動きは無し、か」


 先の戦いからひと月余り。何事も無く進む単調な日々にひとつ欠伸をする。


「平和であるに越した事はないよ」


 横で同じように欠伸をするアキラに「まあな」と返す。


「しかし本領や王都の方は相変わらずの大混乱のようですよ」


 手にしたお茶をこちらへ差し出しながらウォーレン。それを受け取ると「どんな様子なんだ?」と尋ねる。


「本領の方はまさに大移動ですからね。ありとあらゆる物を持ってニドル方面へ引っ越しです。以前買い占めた食糧は、秋までに消費されてしまうでしょうね。残念というか幸いというか」


 まあそうだろうなとお茶を飲みながら考えていると、アキラが疑問を発する。


「住民全員が避難って言ってたけど、何万人もいるんだよね? ニドルだけで受け入れ出来るもんなの?」


 ウォーレンはこちらの向かいに腰かけると、広間で訓練をする剣闘士達を見ながら「無理ですね」と答える。


「ニドルは城壁が狭すぎて発展性の余地がほとんどありません。城壁を拡張すればそれもまた別ですが、諸事情を考えるといくつか新しい町を作る事になるでしょうね……アイロナ、ニドル、ベルンの中間地点が相当でしょうか?」


 ウォーレンの質問に、しばし考えてから答える。


「ああ、そのあたりだろうな。外壁を拡張してニドルへ住むとなると、間違いなく元からの住民とぶつかる。まさか追い出すわけにもいかないから、内側と外側で軋轢が生まれるだろう。行政施設や何かは防御に優れた内側へ作らざるを得ないからな」


 こちらの説明に「なるほどねぇ」と腕を組むアキラ。ウォーレンが「それだけではありませんよ」と続ける。


「元外国という事もありますし、文化や風習。それに環境があまりにも違いますから、大々的な法整備や細かい決まり事を作っていく必要があります。いきなり混ぜ込んだら間違いなく混乱の元になるでしょう」


 ウォーレンの言葉にうんうんと頷くアキラ。


「簡単に移住って言っても色々大変だよなぁ……ねえナバール。今思ったんだけどさ。これってやってる事が完全に国造りだよね」


 のほほんと発せられたアキラの言葉。

 ウォーレンと二人はっと顔を見合わせる。


「まさか……」


 この前フレアは全員を"伝承に残る英雄の末席に並べてやる"と言っていた。建国の雄となれば、間違いなく誰もが認める英雄だろう。


「あいつ本当に国を興すつもりか?」


 茫然としたまま、呟く。


「東の国は元々一つの国家でしたから、必要な地理的要素は一通り揃っています。人はもちろんの事、塩も石も鉄も出ます……団長。私を首にしてくれませんかね……」


 宰相だか事務次官だかわからないが、とにかく国家の内務官として駆けずり回る自分を想像したのだろう。目を回すように膝から崩れ落ちるウォーレン。


「駄目だ。絶対に、絶対に辞めさせんぞ……それにまだ本当に国を興すつもりなのかはわからないじゃないか。第一そんな金も余裕も無いはずだ」


 わずかな希望と共にそう発すると、俯いたまま首を振るウォーレン。


「食糧買い占めから始まり、ネクロ、戦争と続いた一連の混乱から、現在フランベルグ中で凄まじいインフレが起きてます……どの領主も必死に地金型貨幣をかき集めている所ですよ」


 ウォーレンの言葉を、疲れ切った顔で受け止める。

 地金型貨幣。つまり貨幣の持つ額面が、それを構成する貴金属の価値そのものとなっている貨幣の事だ。紙で出来た、いわゆるお札等とは対極に位置する物だろう。

 そしてインフレが起きているという事は、地金に上乗せされていた貨幣価値が目減りする事を意味する。極端な例えだが、一億円の借金というと大きな額だが、ジュース一本が一千万円となる程インフレが進めば大した額では無くなるというような感覚だ。

 当然借金を地金決済していれば何も変わらないが、フレアはフランベルグ銀貨決済をしていた。つまり含有されている銀三割分の価値だけが動かぬ借金という事になる。


「フレアの借金はどんどん目減りし、王家の分は返す必要も無い。さらには銀山から純粋価値を産出できるという事か……東の国の経済はほとんどが地金での取引だ。こいつを輸出するだけでも大変な事になるな。あぁ、くそ。一体いつから構想を練ってたんだ?」


 考えて見れば、現在驚くほど順調に行われている東への移住も、疫病からの避難として随分前から行われていた大規模な移動準備が"都合良く"あったからだ。領民の心構えも、雑多な準備も、移動先も、何もかもが事前に整えられていた。


「恐らくかなり前からでしょうね……あぁ、時間を気にせず本が読みたい!!」


 芝生の上に力なく倒れ込むウォーレン。釣られる様にこちらも大の字に寝転ぶ。


「で、でもほら。東に行くって事は、心強い仲間が出来るじゃないか」


 アキラの声に「まぁな」と答える。


「魔物の存在は良い盾になるだろうな。特に山や森が天然の城壁となるだろう……我々にも牙を剥くのがあれだが、確かに心強いな」


 腕を組んで頭の下へ入れると、広い空を見上げる。

 魔物は人が御せない生き物では無い。現に我々がそうしているように、戦い、打ち勝つ事が出来る。だが、非戦闘員であれば話は別だ。

 軍隊を構成する人員の内、実に三分の二かそれ以上は非戦闘員となる。食糧を運ぶ者や装備品を輸送する者等、戦争の補助を行う者達だ。守る側にとってはどうという事も無いが、攻める側はこれ無しには始まらない。


「熟練の剣闘士達が命を懸け、なんとか対策を見つけてきた相手達だ。マニュアル通りの国軍が、いったいどれだけの犠牲者を出すか見ものだな」


 すっかり暖かくなった春の陽気に目を閉じる。


 ――国造りか。そりゃ泣きたくもなるわな


 先日のフレアと、恐らく今後襲い掛るだろう様々な厄介事を想像し、顔をしかめる。

 いったいどれほどの苦労と障害が待ち受けているのだろうか。せいぜいが軍政官の真似事をした程度の自分では、想像もつかない程の物なのだろう。


「まぁ……やれる事をやるだけか」


 未確定の事柄をこれ以上考えても無駄だろうと、日差しの心地よさに身をゆだね、思考を中断する事にする。


 きっと明るい未来が待っているさ。

 そうに決まってる。


 そう、してみせる。




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