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変化

 前回よりもずっと早くなるだろう事は予想していた。

 我々がネクロマンサーの力の源を削いでいる事を、他の誰よりも知っているのはその当人だ。完全に押さえ込まれる前に事を起こそうとするのは、別に不思議な事では無い。しかし……


「いくらなんでも早すぎるわ」


 こちらが考えていたものと同じ疑問をミリアが発する。まったくだとミリアを指差しながら答える。


「あぁ。前より五年近くも早い。輪廻を使うとしばらく力が落ちるとの事だったが……それだけ追い詰められているという事か?」


 一体どうなっているのかと腕を組む。執務室にいるもう一人、フレアが口を開く。


「それはいくらか楽観的すぎる考えな気がするね。まだ潰した地脈はひとつなのだろう? それだけで追い込まれる程薄っぺらい相手かね」


 トントンと机を指で叩くフレア。彼女は「わざわざ王都で事を起こす理由はなんだ?」と独り言のように呟く。


「てっとり早く死体の数を増やせるから、というのは絶対に無いわ。いくらなんでもそんなに制御できるはずが無いもの。今のところはだけど」


 ミリアは、その幼い見た目に似合わないほど眉間にしわを寄せる。ミリアの言葉に「力が戻るにはどれくらいかかるんだ?」と質問すると、「少なくとも二、三年はかかるはずだわ」と返る。長いのか短いのか判断がつかないが、少なくともそれぐらいの猶予はあるのだなと、一度現状を整理する。


 ネクロマンサーは魔法により死体を操る事が可能で、最終的には軍勢を率いる程の量を従えるまでになる。おおよそ人間には不可能な程の力としか思えないので、恐らく地脈の力を利用していたのだろう。"前回"のタイミングを考えると、おそらくアイロナの地脈を手にした事をきっかけと考えるのが自然だ。


 酒の入った頭をすっきりさせる為、コップの水を一気にあおる。


 ミリアの話によると死体が出来てから――嫌な言い方だが――ある程度の時間までに魔法を使わなければ、起き上がらせる事は出来ないらしい。それを考えると早々に王都で行動を起こした理由がわからない。一気に死体を作ってしまえば、制御できない分の死体は土にかえってしまう。後々フランベルグを飲み込むのであれば、未来の部下を殺してる事になるはずだ。

 また、もっと現実的な問題がある。王都のように軍がいる場所で魔物を作り出せば、いくらもしないうちに駆逐されるだろうという事だ。混乱も打撃も与えられるだろうが、結局は一時的なものに過ぎないだろう。


 もし自分がネクロであれば、前回と同様に東の国の東部地域で事を起こす。


 東の国。それも東部はまとまった戦力が全く存在せず、自分の部下を安全のうちに増やすことが出来る。まとまった軍勢があれば我々の足を止める事など容易なはずで、その間に他の地脈を見つける事に時間を使う事も出来るだろう。


 ――俺らの行った"何か"が奴の予定表を狂わせたんだ


 どう考えても今回の疫病が計画的に行ったものとは思えない。恐らく我々自身でさえ気付いていない"何か"が奴を駆り立てたと思われる。


 しかし一体何が?


 無い頭を必死に絞りながら思考の海に沈んでいると、ふとフレアが口を開く。


「奴は方向性を変えたのかもしれんな」


 語られた言葉の意味がわからず、視線で先を促す。


「簡単な事さ。奴が非常に優秀な魔法使いであり、ゆくゆくは世界を手に出来るだけの力を持っている事は間違いないという事だよ。想像してみたまえ。恐喝でも誘惑でもいい。手を組まないかと言われて断れる人間がどれだけいると思うかね?」


 言葉の意味を飲み込むと、叫ぶように発する。


「馬鹿な!! 奴と手を組んだって待っているのは間違いなく破滅だろう!」


 強大な力を持った。それも人の死を何とも思っていないような奴が、かつて力を貸したという理由だけで、その後も持続的な協力関係を持つとは到底思えない。用が無くなれば捨てられるのは必至だろう。


 激昂して立ち上がるが、「それを知っているのは我々だけだ」というフレアの言葉に、力なく椅子へと座る。そこへ追い討ちをかけるようにミリアが、「特に理由も無いから言わなかったけれど」と口を開く。


「もし誰かに取り入るのであれば、それは最高の口説き文句になるかもしれないわね…………輪廻の魔法は――」


 しばしの間。フレアと共に、ミリアの真剣な眼差しを捕える。


「他人にも使えるわ」



 永遠の命をくれてやる。


 古来から悪魔の取引としてこれ以上にない程使われてきた文句であり、権力者が常に追い求めてきたものでもある。

 極端な言い方をすれば、医療という形で近代地球においても探究されている分野だろう。輪廻の魔法は肉体そのものを取り換える為、対象次第では若さも手に入る。いわゆる不老不死というやつだ。

 地球での歴史に残っている為政者の振る舞いを見るに、倫理観に期待するというのはどう考えても無理があるだろう。


「どうした、やはり怖いか?」


 青白い顔で隣を歩く、年若い治療術師に声をかける。治療術師の養成所で育てた若手の男だ。


「はい。そりゃまあ。自ら死病の地に乗り込むなんて、普通に考えると正気の沙汰じゃありませんから」


 にやりと強がった表情に「まあな」と軽く答えると、後方に待機する術師達を見やる。


 術師は総勢六十余名。ほとんどが養成所で育った若い連中で、病気治療に特化――というより他を覚える時間が無いだけだが――している。本当はもっと経験を積ませてから実戦に送りたかったが、致し方ない。

 前もって約束を取り付けてあった各地のベテラン術師達は東に残す事にした。無いとは思うが、飛び火した場合に対処できなくなるからだ。


「あ、またいました!」


 ジーナの声に目を向けると、遠目に人の姿が見える。人影はこちらに気付くと方向を変え、向こう側へと向けて動き出す。


「まあ、どう見ても軍隊だしな……ゼクス、ジーベン。すぐさま拘束するんだ」


 了解の声と共に二人が馬で駆けてゆく。やがて二人は痩せ衰えた猫族の一家を引き連れて来る。父親は元気そうだが、荷車に乗せられた母親と幼子二人は、明らかに疫病に罹患しているのが見てとれる。


「騎士様、お願いです! 我々は何も持ち出しておりません。どうか、どうか御慈悲を!!」


 地面に頭を擦りつけるようにして懇願する父親。恐らく無許可での越境についてを言っているのだろう。市民であれば領の移動は自由に行える事から、奴隷の一家だという事がわかる。


「主人はどうした?」と尋ねると、なぜそんな事をわざわざ聞くのだろうという顔をする。


「ご主人様は先週、疫病で御一家ごと亡くなられました……身受け先が無いもので、こうして逃げ出してきた次第です」


 なおも頭を下げる父親に「そうか。そいつはご苦労だったな」と労いの言葉をかけた所で、母子の様子を伺っていた術師が耳打ちをしてくる。どうやら助かりそうだという趣旨の言葉を受けると、本日何度目になるか覚えていない台詞を口走る。


「主人が亡くなったという事は、君等は国家所属の奴隷だ。残念だがこの先へ行かせるわけにはいかない。このまま引き返すのであれば見逃そう」


 絶望に顔を染める父親。まぁ待てと手で制して続ける。


「もしどうしてもこちらへ来たいというのであれば、隷従先の変更をしてもらう。亡くなった主人の名前は覚えているか?」


「はい、もちろんです!」と何度も首を縦に振る父親。


「そうか。では向こうで書類にサインをしてきてくれ。字が書けないのであれば代筆係りがいるから捺印だけでも構わん。それと、ひとつだけ約束してもらう事がある。この先で見た事や、自分が今こちらにいる事。そういった事の一切を、たとえ肉親であろうと絶対に他所へ漏らさないように」


 それだけを言うと、荷車と共に奥へと誘導するよう指示を出す。奥にあるのは難民キャンプを兼ねた一時収容所で、じきに自分達が術師の治療を受けられる事を知り、狂喜する事になるだろう。幸い収容所にはまだ余裕があり、すぐにでも治療が受けられるはずだ。


「何か特殊技能でも持って"いない"といいですね」


 ウォーレンの言葉に強く頷く。

 奴隷の所属先を勝手に変更するというのは、完全に違法行為である。しかし、災害時や戦時等のやむを得ない場合は別だ。法で決められた最低相場額を相手側に支払う事で所属を移し、相手は必要であれば後々同額で買い戻す事が出来る。そしてその相場というのは、当然ながら奴隷の能力によって大きく変わる。


「この前の奴隷は法律の専門資格を持ってましたからね。女だったのでまだマシでしたが、それでも他の三倍は取られます」


 うんざりした顔のウォーレン。法律家やその補助として使うのであれば相応の買い物だろうが、現状その分野の人材が足りていないというわけではない。完全にお荷物だろう。


「どんなのが逃げてくるかこっちには選べないからな。まあ、奴隷だっただけましだと考えよう。それより金庫の方は大丈夫なのか。もう相当数買い取ってるはずだが」


 返事の無いウォーレンへと顔を向けると、まるで疫病患者のように憔悴したその姿に、憐れみを覚える。


「はぁ……今のところ一時保護扱いですからね。金庫からは銅一枚たりとも無くなっていませんよ。けれど事が落ち着いたら莫大な額の支払いが必要になるでしょうから、正直今から頭が痛いです。疲弊した国家が奴隷を買い戻すとは思えませんから」


 既に千を超える難民がフレアの本領へと逃げ込んで来ている。まさか山や森を超えて来る者がいるとは思えないので、そこそこ正確な数字だろう。

 その内のほとんどは人口の比率から奴隷だが、時折市民が逃げ出してくる事もある。もっともやっかいなのは彼らで、東の国への移住に賛成できない者は全て追い返す形となってしまっている。奴隷と違い、守秘義務を課す事が難しいからだ。


「一度こちらへ引き込んだら、絶対に情報を漏らすな。術師がまとまって存在している事を知られてみろ。あっというまに国中の難民が押し寄せてくる事になる。それと奴隷は全て引き入れてくれて構わないよ。彼らは約束を守るからね」


 水際防御線を構築する際にフレアに言われた言葉だ。もしそんな事態になったら、あっという間に収容所と治療環境は崩壊するだろう。追い返す事になってしまった相手には申し訳ないが、現状ではこの方法が最も多くの人を救う事が出来る。


「あ、また見つけました。今度は多いですね……十名程いそうです」


 ジーナの声にうんざりとした声で返事を返すと、

 溜息を吐きながら空を眺める。


 先はまだまだ長そうだ。




アウトブレイク

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