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覚悟

「なんだか凄い所に来ちゃったわね」


 仲間だけが集まった部屋の中で、ミリアが興奮気味に口を開く。他の面子も同様に思っているようで、同意の意を示す。


「あたいらの村のすぐ近くにこんな所があったなんてねえ……こんだけ広いんだ。もしかしたら今いるここは、うちらの村の真下かもしれないよ」


 天井の岩盤を見上げつつ、楽しそうにそう言うベアトリス。ジーナが「上まで掘ってみたら?」と提案すると、「あたしゃ土竜じゃないよ。冬眠用の穴を掘るのがせいぜいさね」とベアトリス。「冬眠!? まじで!?」と驚くアキラと「何がおかしいのかしら」とのミリア以外が、その冗談に笑い声を返す。


「もしかしたらこの世界には、まだまだこういった人知れぬ不思議な場所が沢山あるのかもな。ひょっとしたら空に浮かぶ国なんてのもあるかもしれないぞ?」


 かつて日本で見た有名な物語りを思い浮かべながらそう述べると、「まさか~」と楽しそうな反応が返る。


「そういえばまだ聞いて無かったが、結局どういった経緯でここへ来る事になったんだ?」


 ふと思い出した疑問を口にすると、ジーナがそれに答える。


「ナバールさんが気絶した後、槍と敷布を使って簡易的な担架をつくったんです。けれど思った以上に怪我が酷くて……それでしばらく時間を置く事にしたんです」


 少し痛々しい表情でこちらの包帯を指し示すジーナ。なるほどと頷くと、彼女が続ける。


「そうしていたらしばらくして土竜族の方が数名、洞窟の奥から泳いでやってきたんです。それはもう凄い喜びようでした。ですが、敵か味方かもわからない状態でしたのでその……」


 ちらりとミリアへ視線をやるジーナ。ミリアは視線に気付くと、「仕方ないでしょ」と続ける。


「あの人達には悪いけど、マインドハックの魔法で簡単に調べさせてもらったわ。もっとも、言語が違うから苦労したのはその後だけど……大丈夫よ。後遺症が残るような事はないわ」


 本当か?という視線を向けると、肩を竦めるミリア。だが状況的にネクロかその仲間が来てもおかしくない事を考えると、致し方ないだろう。


「そうだ。なあナバール。どうするんだ? やっぱ助けてあげるんだろ?」


 正義感溢れた表情のアキラ。「そうだなぁ」と少し思案をすると、答える。


「助けてやりたいのは山々だが、街ひとつの住民を養うなど正気の沙汰じゃない。正直どうしたものかと悩んでるよ」


 期待してた答えとは違っていたのだろう。不満げな様子でううんと唸るアキラ。しばらくそうして悩んでいたが、何か名案を思い付いたように顔を上げる。


「だけどさ、その。自分を盾にするようで申し訳ないんだけど。ここで彼らを見殺しにしたら……俺、きっと胸を張って向こうへ帰るなんて出来ないと思うんだ」


 アキラの言葉に、はっと顔を上げる。


 そういえばネクロマンサー打倒についてを強く考えるあまり、最近はその事をすっかり忘れてしまっていた。俺とアキラが納得の出来る終わりを迎える。それがこの螺旋を終わらせる最重要課題だったはずだ。


 目的を取り違えるな。


 いつかミリアに言われた言葉が思い出される。まさに、その通りだ。

 今の俺であれば、大抵の事は"必要な犠牲"として捉える事が出来るだろう。今回の土竜族の事例もよくある飢餓のひとつに過ぎないと、簡単に自分を納得させる事も出来る。汚い大人になったものだ。


 ――だが、アキラはそうじゃない


 こいつは奴隷になった事も無ければ、命を懸けた剣闘士となった事も無い。ましてや愛する全てを失った事などもっての他だ。まだ絶望を知らず、希望に溢れ、世の中の全ては良い方向に動いていると思っている。


 自分とアキラが既に大きく違ってしまっている事は、頭では良く理解していたはずだ。だが無意識の内で"深い所ではあいつも同じ事を感じるはずだ"と思ってしまっていたのだろう。


 こいつは早いうちに改める必要がありそうだ。


「そうだな……お前の言う通りだ。こいつは多分必要な事なんだろう」


 手の平を見つめながら、噛み締めるように呟く。

 ハッピーエンドを目指すというのは、

 思ったよりも大変な事のようだ。



「待ってくれ、いくらなんでもこんなには連れていけない!」


 目の前にずらりと並んだ、見目麗しい土竜族の女性達。歳の頃は幼子から妙齢に至るまで様々だ。胸が豊かな女性ばかりなのは、間違いなく意図的なものだろう。「では半分に?」という族長の提案も即座に否定する。


「全部で百名はいるじゃないか。これだけいてはどう考えても目立つし、間違いなく混乱の元になる。最終的に上へ出てくるのは構わないが、今回同行するのはせいぜい十人前後にしてくれ」


 さらに言うのであれば労働力となる男である事が望ましかったが、大蛇との戦いで相当数が亡くなったとの事。無理を言う事は出来ないだろう。


 土竜族の女性たちは、我こそはと互いに牽制し合っていたが、結局は責任ある立場の。そして標準語に長けた十名に決定したようだ。その中には昨晩お世話になった女性も含まれており、いくらかばつが悪い思いをする。


「ナバール殿。どうか。どうか、よろしく頼みまずぞ」


 何度も頭を下げる族長に「頭を下げる事はないでしょう。これは対等な取引ですから」と握手の手を差し出す。

 別れの言葉と共に固い握手を交わすと、荷車を引きながら長いスロープを登り始める。地上までの数時間はずっと続くだろう、長い上り坂だ。


 フロアに残った族長や大勢の女性達が一斉に別れの言葉を発する。手を振る事でそれに応えると、上を目指して歩き続けた。



 数日振りに地上へ出ると、強い日差しが顔に降り注ぎ、あまりの眩しさに手で光を遮る。太陽は光と共に熱を運んできてくれてはいるが、冬の寒さの方がずっと勝っており、まだ出てきたばかりだというのにさっそく地下の暖かい環境が恋しくなる。

 ふと目を横へ転じると、深くフードを被っているにも関わらず目を押さえ、辛そうにしている土竜族達の姿が見える。慣れればどうという事はないとの話だが、少し不安となる。


「アイロナで馬車を手配しよう。日中はなるべく幌の影に隠れているといい。しばらくの辛抱だな」


「足手まといになってしまい、申し訳ありません」と恐縮する彼らに「腕が使えない俺も似たようなものさ」と返す。


 片腕しか使えないというのは実に不便なもので、それが利き腕となるとなおさらだ。左腕で剣を振るう事も出来るが、バランスを取る事が難しく、普段の実力の半分も出す事はできないだろう。

 戦力としての低下もさることながら、山を移動するのにも支障がある。いくらか以上の段差があると簡単には登れないし、登攀などもっての他だ。背の高い草を掻き分けるにも片側だけでは不十分で、頭に近い枝を無意識のうちに右手で払いのけようとして、そのまま顔に擦り傷を作ってしまう事などしょっちゅうだ。


「ねえナバール。これでネクロの力の源をひとつ削いだ事になるんだよね? この後はどうするんだ?」


 ようやく深い森を抜け、長い下り坂をおりている途中。アキラがなんとなしに尋ねてくる。


「そうだな……本来であればすぐにでも次のポイントを抑えたい所だが」


 視線をミリアへ向けると、彼女はあきれたように口を開く。


「そんなすぐには見つけられないわ。幾千もの地脈から彼女の波長に合った場所を特定するのよ? なるべく努力はするけど、数ヶ月から場合によっては半年かそこらは覚悟しておいて欲しいわ」


 ミリアの言葉に「そんなにかかるのか」と空を仰ぎ見る。他のメンバーも同様に思ったらしく、うなり声が聞こえる。


「でもよ、いっこでそんななら全部潰すのにえらい時間がかからねえか? 全部でどのくらいあんだよ」


 ウルの質問にミリアが「そうねえ」と、しばらく考えた後に答える。


「彼女に合った地脈は、彼女が生まれたこの地にしかないわ。正直なところ正確な数はわからないけれど、せいぜい強い力を持った場所二、三で十分だと思う。細かい所を沢山集めれば同じ様に力を得られるけど、彼女も同じように探す必要があるでしょうから。そうね、数十年は時間が稼げるわ」


 なるほど、と了解の意を示す。数十年の時間があればネクロを追い詰める事も出来るだろうし、もしだめだったとしても、細かい地脈をしらみ潰しに破壊してゆけば良いだろう。その場合はほとんど人生をかけたライフワークのようになるだろうが、なんて事はない。覚悟はとっくに出来ている。


 ――俺はあの時死んだんだ


 自分のアキラとしての人生は、あの扉の前で一度終焉を迎えている。何もかもを失ったし、取り戻せる物は何もない。あえて言うのであれば自分自身と、横を歩く魔女だけだろう。今の人生はいわば"おまけ"のようなものであり、やるべき事をやる為だけに生きてしかるべきだ。


 何十年かけようが、

 何度人生を繰り返そうが、

 必ず奴の息の根を止めてやる。


 それは俺自身の願いであり、

 フレアの遺言でもある。


 そう、そのはずだ。




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