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地下


 ――何がどうしてこうなった。


 酷い二日酔いのような頭痛と痛む腕。覚醒し始めた意識の中、視線を巡らせる。

 低い天井は岩肌で、まだ炭鉱内部のどこかの部屋と思われる。空気は松明の油で淀んでいるが、息苦しいという程では無い。どうやら自分はベッドで寝かされているようで、左右に配置された松明が心地よい熱を運んできている。


 問題は、ベッドを囲む形でこちらを凝視する無数の男女だ。


 総勢八名程だろうか。それぞれ椅子に腰かけ、じっとこちらを見ている。

 間違いなく人であるのは確かだが、今まで見てきた各種族とは大きく異なる見た目に、少なからず驚く。揃って青紫の頭髪に、灰色の肌。大きく尖った耳が髪から突き出ており、白く濁った眼が特徴的だ。

 やがて一人が絞った手ぬぐいを手にすると、こちらの額に乗せられたそれと交換してくれる。何者達だかはわからないが、どうやら治療してくれているようだ。

 壁に立て掛けられたフレアの剣を確認すると、声をかけて見る事にする。


「あぁ……その。ありがとう」


 ところでここは?と続けようとするが、急に全員が驚いた顔で立ち上がり、何やら話し始めた事で中断される。


 ――外国語?


 耳に入ってくるのは独特な響きのある見知らぬ言語。

 何を言ってるんだと混乱するが、よくよく聞くと、標準語まじりの言葉である事に気付く。いくつかの単語から推測するに、こちらの無事を喜ぶ声と、恐らく責任者にあたる人物を連れてくる旨の内容を喋っているようだ。


「今、ゾクチョウが来ます。そのままお待ちクダサイ」


 一人歩み出た青年――恐らくではあるが――が拙いながらも充分に通じる標準語でそう言う。状況が全く掴めない為どうした物かとは思うが、素直に頷く事にする。


「一緒にイた、他のカタガタもダイジョウブ。今はお休みにナッテいます」


 他の仲間に何やら語りかけられた青年が、通訳するように発する。その言葉にほっと息を付くと、礼を言い、体を起こす。慌てて寝かせようと何人かが体を押して来るが、やんわりと仕草で辞退する。お偉いさんが来るのにこのままでは失礼だろう。


「ウエのヒト、ヒサしぶり」


 八人の中でもひときわ若い娘が、こちらを見上げるように発する。

 何の事だろうと首を傾げるも、笑顔を返す事にする。


 やがて十分も経ったろうか。護衛と思われる男達と共に、屈強な身体付きの男が部屋へと入って来る。男は礼装と思われる派手な格好をしており、首には無数の宝石が散りばめられたネックレスがいくつも下げられている。

 恐らくこれが族長だろうと、立ち上がって礼をする。


「フランベルグ男爵にして東の守護者フレアが騎士ナバールと申します。仲間共々お世話になったようで、心より感謝致します」


 頭を下げながら手を差し出そうとするが、右手ががっちりと固定されている事に気付き、仕方なしに左手を差し出す。族長はそれをしっかりと握り返して来た。


「ご丁寧にどうも。ご無事で何よりですな」


 流暢な標準語に少し驚く。その様子に気付いた族長が笑顔のまま続ける。


「昔は上とも普通に交流があったからの。年寄りと一部の若いモンは上の言葉を喋れるのがいる。それと敬意を払ってくれるのは嬉しいが、普通にしてくれて良いよ。今の所上も下もないからの」


 軽い物言いに「はぁ」と生返事を返す。


「色々聞きたい事もあろうが、まだ夜中だて。お前さんの仲間も集めて明日ゆっくりと話をしようじゃないか。わしも楽しみにしとるよ」


 にこにこと実にご機嫌そうな様子の族長に、思わずこちらも笑顔になる。「わかりました」ともう一度頭を下げると、族長は満足気に頷き返し、部屋を出て行く。

 族長に続く形で部屋にいた人間もぞろぞろと外へ出ていくと、先程手ぬぐいを換えてくれた女性と標準語を喋れる青年の二人が残る。こちらをウエのヒトと呼んだ娘も残ろうとしていたようだが、向こうの言語で何事かを言われつつ追い出されていった。


 しばらく無言の時間が過ぎる。横になって寝てしまえとも思ったが、冴えた目と現状の不安からとても寝付けそうにない。ふむ、と鼻を鳴らすと口を開く。


「許可されていたらで構わないんだが、ここが何処で、君たちが誰だかを教えてくれると助かるんだが」


 男に向かいそう言うと、待ってましたといった様子で喋り出す。


「ココはアローナ。僕タチはモグラ族のゼランタ。アナタはエイユウ」


 たどたどしいがはっきりとした言葉。青年が嬉しそうに手を差し出して来たので、それを握り返す。


 ――アローナはアイロナの事か? それに土竜族?


 握手をしながら、世の中は広いなと改めて実感する。白く濁った眼は退化したものだろうか?一体どれだけの時を地中で過ごしてきたのだろう。


 試しに握手の手を放した後、親指を上げて見せる。青年が同じように笑顔で親指を上げて来た事から、視力が全く無いわけでは無いと判断する。


「俺達は君等に助けられた事になるのかな?」


 あの戦いで大きな負傷を負ったのは俺だけで、決して地上へ戻る事が難しい状態というわけでは無かったはずだ。

 かまをかけるような形になってしまった事を申し訳無く思いつつ、そう尋ねる。青年はとんでもないと大きく首を振ると、壁に立て掛けてあった剣を指差す。


「エイユウ。アナタはエイユウです。オインのエランガをやっつけまシタ」


 ――オイン? エランガ?


 なんのこっちゃとかぶりを振る。青年はそんなこちらを見ると、もどかしそうにしつつもなんとか意思を伝えようと、身振り手振りを交えて説明をしてくれる。必死な青年の好意が嬉しく、しばらく彼と話し込む。


 一時間もそんな異文化交流を続けたろうか。じっと黙っていた女性の方が青年に何事かを強い調子で言うと、青年がしゅんと縮こまる。彼はいくらかの逡巡を見せたあと「またお話シテくだサイ」と残し、一礼と共に部屋を出ていく。恐らく怪我人相手に長々と話し続けている事をたしなめられたのだろう。


 出ていく青年に手を振る事で見送ると、大人しく横になる。女性は二つある松明の片方を消火し、もう片方は薄い鉄板のようなもので覆いをしてくれた。松明の明かりは間接照明となり、寝る側にとってはありがたい明るさとなる。

 通じているかはわからないが、女性に丁寧な礼を言うと、目を閉じる。


 青年の話によると、ここは炭鉱から続いている地下であり、地底湖のさらに奥へと行った場所にあたるようだ。地底湖は彼らの飲み水として使用されており、そこへ住み着いた望まない客を我々が偶然にも退治したという事らしい。 鉱山から出る湧き水は有毒な重金属を含む事が多く、飲用に適さない物がほとんどだ。恐らく貴重な水源だったのだろう。


 ――救おうと思ってやったわけではないんだがな


 思わず恐縮してしまう程の持ち上げぶりから、よほど切羽詰まっていたのだろう事が伺える。悪い気分では無いが、単なる偶然に過ぎないために少し複雑だ。


 ふと横から聞こえてきた衣擦れの音に、うっすらと目を開ける。


 ――まあ、当然"そういう役目"なんだろうな


 顔には優しそうな笑み。演技という可能性もあるが、嫌々というわけでは無さそうだ。別に断る理由も無いし、素直に好意に甘える事にする。


「お手柔らかに頼むよ」


 ギプスで固められた腕を少し持ち上げ、笑みを向ける。彼女は何やら向こうの言語で呟くとその細身の体を寄せて来る。

 情熱的な口付けを交わすと、痛む身体に苦笑しつつ、

 後は彼女に身を預ける事にした。



「ようアニキ。身体だいじょうぶか?」


 翌日、食堂へ向かう途中に合流したウルが声をかけて来る。のんびりとしたその様子に、他の皆も悪く無い待遇を受けたのだろうと推測する。


「腕以外はな。だがよほど強力な鎮痛薬を使ってくれたらしい。ほとんど動かんが痛みも無いよ」


 腕を少し持ち上げながらそう言うと、「どらどら」と腕を突付いてくるウル。触られているという感覚はわかるが、それ以外は何も感じない。


「団一番の治療術師の力を借りても治るまでひと月かそこらはかかるだろうな。かなり不便だが、まあ、溜まった書類仕事もある。丁度いい休暇になりそうだ」


 清潔に保たれた迷路のような道を進んでいくと、いくつかの大きな部屋を通り過ぎる。こちらの姿に気付いた土竜族の人々は、それぞれ行っていた作業の手を止め、頭を下げてくれる。


 ――それにしても、凄まじいな


 とても地下深くにあるとは思えない巨大な建造物に、感嘆の息を漏らす。まだ一部を見ただけではあるが、この地下都市がきちんとした計画の元に作られただろう事が伺える。

 道は人々がすれ違うのに十分な広さが確保されており、所々が美しい彫刻入りの支柱として残されている。今通ってきた道だけでも作成するのに莫大な労力を必要としたはずで、少なくない数の人口がいるだろう事も推測できる。

 扉が無いのは恐らく通気性の問題からだろう。これだけの大きさの洞窟。どういう換気システムになっているかはわからないが、かなり気を使っているはずだ。生活の場に淀んだ空気のデススポットがあるというのはいただけない。経験からか計算からかはわからないが、確固たる技術があると思われる。


「ココが食堂となりマス」


 やがて行き着いた広間の前で、案内が声を上げる。頷く事で返事をすると、気持ちを切り替える。


 ――これは少なからず政治的な話が出るだろうな


 昨日の青年や族長の話からすれば、他種族の人間が現れたのは随分久しぶりだとの事だった。これだけの社会を持っている相手だ。どういう方向へかはわからないが、間違い無くこの機会を利用しようとするだろう。


 男爵付きの騎士という立場を少し恨めしく思いながら眉をしかめると、

 広間へ足を踏み入れた。




目以外の見た目は、いわゆるシャドウエルフ。土竜ですけど。

巨乳族とかいないかしら

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