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資金繰り

 いつものメンバーが集合した大食堂。フレアとキスカがいないのが残念だが、そればかりは仕方が無い。フレアの屋敷で食べるものとは比べ物にならないが、それでも充分豪華と呼べる食事がテーブルに広がっていた。


「団長。こちらとフランベルグとの物価の差をご存じですか?」


 食事の開始直後。まだ料理に手を付けてさえいないというのに、ウォーレンが質問を発する。

 何もそこまで詰め込まんでもと思いつつも「いや」とかぶりを振る。何の自慢にもならないが、金銭感覚の無さでいったら剣闘団随一だろう。子供にすら劣る自信がある。

 ウォーレンはそんなこちらを馬鹿にするでもなく「そうですか」と続ける。


「こちらは生活必需品や武具がかなり不足しています。対して食料や贅沢品。何より魔法の品が圧倒的に供給過多となっています。何しろ使える人間がいませんから当然ですね。そしてフランベルグでは逆になっています」


 ウォーレンの言いたい事がわかり、後を続ける。


「なるほど、お前が言いたいのはフランベルグ本国との交易か? 却下だ」


 既に予想していた回答だったのだろう。「ですよね」とウォーレン。すると会話を聞いていたウルが「あんでだよ、いいじゃねえか」と口に物を入れたままもごもごと尋ねてくる。いつもの事だがそれを注意すると、説明する。


「我々はあくまで興行団に過ぎないから、現状のように好き勝手やれてるんだ。これが大規模な交易キャラバンなど編成してみろ。利益を嗅ぎつけてあっという間に王家やら諸侯やらが介入してくるぞ。それはフレアの望む所じゃない」


「ほうなんか」と懲りずに食べながら喋るウル。苦笑いしてそれを眺めつつ、現状を考える。


 正直現状我々が置かれている立場というのは、非常に微妙な所だ。


 東の国に対してフランベルグは、律儀にも不可侵を守っている。実態としては侵略に向けた準備期間に過ぎないのだが、各諸侯や国家が勝手に抜け駆けしないようにと、名目として今でも旧国家との約束を守っている形になっている。ゆえに現状でフレアが新領土獲得の宣言を出すのは難しいし、東方剣闘士興行団はあくまで商売の一環であるという形になっている。


 また、東の国に跋扈ばっこする魔物の存在も、かろうじて侵攻を妨げている要因のひとつだ。我々はアキラだった時の経験からスムーズに事を運べたが、知識の無い者がどうなるかは、かつての王軍の末路を思い出せば容易に想像が付く。東が利益になる事は王家諸侯共々とっくに承知だが、リスクが多すぎると判断しているに過ぎない。


 彼らが、比較的安全に行き来できるルートを我々が持っていると知ったら?


 国家間交易は莫大な利益を生む。ましてや独占ともなれば何をいわんやだ。どんな手を使ってでもそれを奪い取るか、何らかの形で邪魔をしてくる事だろう。現状の勢力図を考えるに、フレア対全諸侯という構図になる可能性だってある。


「やはり駄目だな。危険すぎる。東の国への出入り口がフレアの領土で塞がれているというのは、最大のメリットだが最大の弱点でもある」


 そう結論付けると、ようやく食事にありつけるとフォークを伸ばす。


「あたしゃ難しい事はわかんないけどさ、いっそ東進を早めちまったらどうなんだい?」


 ベアトリスの言に、肉の腸詰めへと伸ばしていた手が止まる。ふむ、と少し間を置く。


「それが一番手っ取り早いんだが、そうした時に王家がどう反応するかが全くわからん。やはり前と違って王軍が健在というのが一番のネックだな……」


 まさか全面戦争になるとは思えないが、来るべき戦いの時を考えると、できるだけ王家とは仲良くしておきたい。王家と共同戦線を張れれば一番良いのだが、得られる利益もかなり限定されるだろう。


「他の諸侯の方々の協力は仰げないのでしょうか?」


 それまで黙って話を聞いていたジーナが、おずおずと発する。


「もちろん協力者はいるし、いざ東進となれば従ってくる者も多いだろう。だが現状は国王寄りの者がほとんどだな」


 安定している王家に敵対するメリットなど、ほとんど無い。よほどの野心がある者でないと難しいだろう。もしくはリスクを上回るメリットを用意するかだ。


「正直フレアがいないと、そのあたりの事は決まらないだろうな。色々と難しすぎる問題だし、俺ひとりで決められる事でもない……が、ウォーレン。お前何か考えがあるんだろう? お前がこういった事に気付かないとは思えない」


 相変わらずの余裕を見せた表情のウォーレンにそう言うと、「買いかぶり過ぎですよ」と前置きをし、続ける。


「交易はしますが、何も大規模なキャラバンを使う必要は無いと思います」


 それは危険すぎないか?という言葉を押さえ、続きを待つ。


「例えばいくらかの魔法の品や贅沢品を、本領へ帰還する兵や冒険者が自分の財産として持ち帰る事に、まさか文句を言う人はいないでしょう。そして彼らがフランベルグで得た生活必需品や硬貨や何かを、個人的に持ち込む事もまたしかりかと思います」


「秘密にやろってのか?」とウル。ウォーレンは笑顔で「まあ、言わばそうですね」と返す。


「ですが、もしばれてしまっても別に構わないと思います。というより隠し通すのは難しいでしょうね。大きな商売になるでしょうから、どこかしら情報は洩れます。しかし重要なのは?」


 こちらへ手を差し伸べてくるウォーレン。少し考えを巡らせると、答える。


「取引額の全容を掴まれない事だ。なるほど、確かにそれならかなりの時間が稼げるな。最も重要なのはフレアの東進が始まるまでに、リスクを上回るメリットがある事を知られない事だからな……ふむ。となると運ぶのは数や容積は少なくて利益が出る物だな。高級品や魔法道具か?」


「仰る通りです」とにこやかなウォーレン。


「しかも我々には偉大な魔法使いがついています。魔法道具の真偽は確実に見分けられるのですよね?」


 スープをあおっていたミリアが「そうね」と興味なさげに答える。


 ――魔女による鑑定か


 正直ミリアについては仲間である事と、強力な戦力である事しか考えていなかった為、そのような力の使い方は思い付かなかった。しかし考えて見れば、アキラだった時に魔法使いの必要性を感じたのは、手に入れた魔法の道具の鑑定や魔法に対する対処法の確率といった、いわば専門家的な役割を期待しての事だったはずだ。まわりまわって元に戻ったと言えるだろうか。


 顔を巡らし、四百年ぶりに具現した伝説の魔女を見やる。やろうと思えば一瞬でこの場の人間を皆殺しに出来る力を持つ魔女が、蒸した鶏肉から骨をはずそうと必死に格闘している。


 百パーセント確実な鑑定力。これはよく考えると凄い事かもしれない。もし地球において、偽物を確実に見分けられる骨董屋がいるとしたら、そいつは一体どれだけの財を成す事になるだろう?


 頭の中を出来るだけ整理し、なるべく多くの利益を出せる方法を導き出す。


 現状の案で唯一の問題は、魔法の品や何か。つまり交易品をどこから調達するかという事だ。以前の様に先遣隊として各地を探索していた時期ならともかく、今はそれほど大量の品が手元にあるわけでは無い。

 だが、魔物についての知識は自分の頭の中に嫌という程叩き込まれている。今更調査団を作るメリットはほとんど無いし、損失や経費も馬鹿にならない。となると、興行団以外の人間に見つけて来てもらう形になる。

 頭の中で考えを巡らせていると、そんな条件に該当する人種などひとつしかいない事に気付く。


 ――財宝を見つけるなら、専門家に決まってる


 ひと通り考えがまとまると、「よし」と声を上げて発する。


「ウォーレン。冒険者だ。冒険者ギルドを囲い込むぞ。彼らが見つけ出したお宝を、こちらが適正価格で一手に買い入れる。こっちで余った金を持っている者などそうそういない。ギルドは間違いなく売り手に困っているはずだ」


 ウォーレンは「なるほど」と眼鏡を中指で押し上げると、悪辣な笑みを浮かべる。


「それはかなり期待が持てそうな案ですね。向こうからすれば価値があるのかどうかすらわからない、それこそ捨て値で売っていたような品も、本来の価値に準じた価格で売れるわけですから、お互いが得をします……いいですね。いけます。これはいけますよ」


「さっそく検討に入ります!」と興奮気味に食堂を後にするウォーレン。満足気にそれを見送ると、ふとテーブルに残された書類が目に入る。


「……おいおい、まさかこいつを俺一人でやれってのか?」


 さっと顔をあげ、仲間を見る。

 誰もが同じように、さっと視線をはずす。


 ――この中で教養のある奴と言えば


 先ほどから一言もしゃべらず、ただ黙々と料理を食べる男へと目を向ける。


「アキラ。お前高等教育を受けているよな。ちょいとばかり付き合ってもらおうか」


 うんざりとした顔を隠そうともしないアキラにとびっきりの笑顔を返す。


 結局その日の仕事は、夜遅くまで続いたにも関わらず終わる事は無かった。

 また、ほとんど食事をとる事が出来なかった事に気付いたのも、

 やはり料理が下げられた後での事だった。



「では、道中お気を付け下さい。冒険者ギルドについては、責任を持って進めておきます」


 ウォーレンの敬礼に合わせ、同じく見送りに来た数十人の部下たちに答礼をする。


「あぁ、留守は任せた。それとウォーレン」


 なるべく声を押さえて、囁く。


「お前、昨日の案にやけに乗り気になっていると思ったが、趣味が入っているだろう。魔法の品の多くは歴史的な価値がある物も多い」


 ウォーレンは「なんの事でしょう」と肩を竦める。その顔がニヤけている事から、間違いなく当たりだろう。


「まあ、常識的な範囲内でやる分には構わんよ。ほどほどにな。それじゃ行ってくる」


 言いながら馬へ駆け登ると、同じく馬にのる他のメンバーに目で合図を送る。ミリアとウルは馬を扱えない為、ベアトリスとジーナの背中に引っ付いている。二人はこちらの馬に乗ると言い張ったが、馬への負担を考えて体重の軽い二人に同乗させる事にした。


「ハイア!」


 進めの言葉と共にあぶみを馬の腹を軽く叩き付けると、

 質の良い軍馬四頭は、アイロナ目指し、軽快な足音を響かせ始めた。




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