希望
「君の母……つまり先代の魔女か?」
ミリアは少し迷った後に頷くと「そうだけど、そうじゃないかも」と煮え切らない答えを発する。そんな様子からもっと落ち着いた場所で話をするべきだろうと、城を出る事にする。
「全員撤退だ。とりあえずは、勝利したと思っていいだろう」
ミリアを除く女性陣が安堵の表情を見せる。
薄気味悪いが戦利品には違いないので、黒服達が持っていた武器を持ち帰るように指示すると、ミリアを抱き上げて階段へと向かう。
「あの、ナバール、ミリア」
血のこびり付いた何本かの剣を手に、下を向いたままこちらを呼ぶアキラ。
「俺さ……その、ごめんな。ミリアが怪我したの、俺のせいだ」
一瞬何の事を言ってるのかと理解できずに固まるが、爆発した死人の事だと思い至る。
「気にするな。あの場では何が正解かなんぞわからんよ。お前があの時点で切り付けなけりゃ、もしかしたらもっと大がかりな自爆をしてたのかもしれん」
落ち込んでいた様子の目に、希望の表情が宿るアキラ。
「言いたい事が無いわけじゃないが、結果オーライといこうじゃないか。早く戻って休もう。ほら、さっさと先に行け」
口元に笑顔を浮かべつつアキラを階段へと追いやると、後ろを振り返り、偽物の扉を見やる。
――あぁ
扉と、それにもたれかかるような姿勢のネクロマンサーの亡骸。
――なるほど、そういう事か
「ミリア、見てみろ。何か覚えのある風景じゃないか?」
そう言うと辺りを見回すミリア。彼女は「こんな血まみれの地獄絵図、記憶にないわ」と不快そうに眉を寄せる。
「そうじゃないよ。前に来た時の事を思い出してくれ」
ミリアは少し考えた様子を見せた後、「なるほど」と納得の表情を見せる。
「確かにあの時も扉の前に白骨化した遺体があったわね。でもなんでそんなに嬉しそうな顔をしてるの? 結局今回のこれも前の繰り返しだって事じゃない」
うんざりとした表情のミリアに「まあな」と答える。
「だが、他にわかる事もある。前のナバールだよ。彼だって何もしなかったわけじゃないんだ。あの時の白骨死体は恐らく彼がやったものだろう」
それがなんとなく嬉しくてね、と呟く。
一体どうやってそれをなしたのかは不明だが、当時の軍にミリアのような魔法使いはいなかった。それでも彼が強力な魔法使い相手に勝利を収めたという事実は、こちらに大きな自信を与えてくれる。それに――
「何もかもが同じというわけじゃない。フレアが遺し、君が受け継いだ魔女の力と記憶。今回はそれがある。我々は間違いなく前に進んでいるはずだ」
満足気な表情でそう続けると、階段へ向けて足を踏み出す。
前へ、前へだ。
「私の母は、狂人だったわ」
帰り道の馬車の中、ミリアの口から発せられたそれに驚く。
「父は知らないし、ほとんど構ってもらった事もなかったわ。友達はもっぱら森の自然と動物。そして本だけ。母がしてくれた事と言えば魔法の教授くらいのものね」
一体どんな幼少期だったのだろうかと想像するが、頭に浮かんだ牧歌的なそれとは恐らく違うだろう。森は危険で人が生きていくには過酷な場所だ。
ミリアは狭い馬車の中でなんとか居心地のいい場所を作り出そうと、身じろぎをしてから続ける。
「彼女はずっと不老不死についての研究をしてたわ。既存の魔法を体系付けて様々な生と死の魔法を編み出してた。きっと天才だったんでしょうね。輪廻もその中のひとつよ」
そうか、と短く返すと、疑問を口にする。
「しかし君の師は亡くなったという話を聞いてる。それに君は魔女の力を受け継いでるだろう。力は死によって受け継がれる物なんじゃないのか?」
ミリアは自分の手のひらを見つめると、少し遠い目をする。
「えぇ、その通りよ。彼女は私の前で未完成の輪廻の魔法を唱えて、その命を終えた。私は彼女の力と記憶を受け継いで……でも」
「実際には完成していたと」と後を続けると、彼女は「そうみたいね」と呟く。
「輪廻で魂を移す時に魔女の力が移ってしまったのは、きっと彼女にも予想外だったんだわ。あれだけ自分の力に自信を持ってた人だもの……」
そう言うと、何か昔の事を思い出したのだろうか、彼女は少し悲しげな表情を作る。
「ふむ、だが概要はわかった。君の師匠は永久の命を求めて輪廻の魔法を作り、四百年にわたって生き続けて来た。そして今になってネクロマンシーを用いて世界を手に入れようとしていると……なるほど。生と死の魔法を極めていたならば、死者についてもお手の物か」
敵が強大である事に変わりはないが、ネクロマンサーの正体が掴めた事。これは大きな進歩だ。今までの捕え所の無い霧のようだった相手の姿が、今は比較的はっきりと見えてきている。
問題は相手がミリアの母親だという事だが、彼女の様子を見る限り大丈夫だろう。呼び方ひとつ取っても愛情のこもったそれとは言い難い。
「ミリア、その輪廻の魔法というのは一体どういったものなんだ? イメージで申し訳ないが、そう簡単に使えるような代物とは思えない。何かそのあたりから奴を追い詰められないだろうか」
ミリアは少し考えた様子を見せ、口を開く。
「輪廻の魔法は事前予約型とでも言えば良いのかしら。前もって準備をしておいて、死の淵でもなんでもいいから簡単な術式を描くだけで発動するわ。でも人ひとりの力で使えるようなものじゃないから地の力を利用するの。魔法の力が集まりやすい場所で結界を張って、その力を取り込む。人それぞれに合った流れがあるから、それがどこだかを探すのは難しいけど……」
ふむと腕を組み「逆を言えばそこさえわかれば良いとも言えるな?」と返すと、ミリアが頷く。
「でも母だった時の肉体ならともかく、今の体に合った地がどこなのかは、それこそ本人とその協力者にしかわからないわね」
「協力者?」と訊ねると、「ええ、いるはずよ」とミリア。
「いくつかの言霊を同時に唱える必要があるのよ。それぞれ地の結界に即した音があって、それを一箇所で奏でるの。実際にあの人が使った時も私と何人かの魔法使いが参加してたわ」
――音?
ふと思い至った考えに、ちょっと待ってくれとミリアを遮る。
「音と言ったが、歌のようなものなのか? それと……それを使うのはやはり魔法使いでなくてはならないのか?」
ミリアは何でそんな事を気にするのかと、少し不思議そうな顔をして答える。
「そうね。歌よ。その地で得られる旋律の流れが大事なの。魔法が使える必要は確かに無いけれど、知識の無い人間には無理よ。普通に考えれば魔法使いになるわね」
ミリアの答えに、頭に浮かんだ閃きがあながち間違いでは無いかもしれないと思い至る。
「その、例えばだぞ? 人の声を完全に再現して保存する事が出来る魔法の道具があったりしたら……それは個人でも十分再現可能だな?」
「そりゃあそんな物があれば可能でしょうけど」とミリア。訝しげな表情をする彼女に「あるさ」と答えると、驚きの表情を見せる。
「そしてその結界の場所もわかった。これはなんとかなるかもしれんぞ。結界のひとつがわかれば他の結界の予測も立つか?」
頷くミリアの姿に、思わず笑みを漏らす。
「そうか。では先は明るいぞ。結界の場所はアイロナ鉱山だ。携帯電話を使えばまさに声そのものを録音、再生できる。くそ、てっきり通話してるものかと思ってたが」
長年の疑問が氷解した心地良さに身を委ねると、横になり、これからの計画を立て始める。
全部でどれだけの結界が必要なのか、またどれくらいあるのかは知らない。だが片っ端から潰してしまえばいいだけの話だろう。ミリアの知識はネクロマンサーの知識そのものでもある。彼女に従えば間違いなく見つけ出せる。
確かな手ごたえに、身を振るわせる。
相手が不死の存在で無いのであれば、やりようはいくらでもあるはずだ。それこそあの時と同じように、一点突破で奴の元を目指したっていい。脳天に鉄塊を叩きつければそれで終わるのだ。"どんな犠牲を払っても構わない"。
歪んだ笑みを作ると、拳を握り締める。
待っていろよ。
どこまでも、追い詰めてやる。