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イモータル



 ネクロマンサーを囲むように立つ四人の死者。

 何か死者を起き上がらせるだけで無い、魔法の力があるのだろう。赤く膨れ上がった筋肉が皮膚を突き破り、不気味に脈動している。身に着けていたローブが膨張と共に破れ、ボディービルダーの着るタンクトップのような有様。


「アキラ、魔法に気を付けろよ」


 そう声を掛けると、返事を待たずに駆け出す。

 一番傍にいたアンデッドに加速と体重をかけた一撃を振り下ろす。それはグロテスクな死体の持つ剣に止められるが、構う事無く力をこめる。

 振り下ろした剣は、相手の剣を押しやる形で肉へと到達し、十字にめり込んでいく。吹き出す血液があたりに飛び散り、鉄の臭いが鼻を付く。


「いだああいいぃ!!」


 身の毛もよだつ咆哮。死者であるのに喋れるのかと一瞬驚くが、続いて上から繰り出された素手での一撃を、距離を取る事で冷静にやり過ごす。

 叩き付ける相手のいなくなった拳が地面を殴りつける。


 ――なんて怪力だ!


 肉が削げ、骨が砕けるにまかせて繰り出されたそれは、重量感のある音と共に地面へ不快な破壊跡を付ける。石の表面が砕け、破片が飛散する。形が変わる程砕けたわけではないが、こちらの肉体は岩石のように丈夫ではない。


「うおおおお!!」


 アキラが一歩遅れる形で、雄叫びをあげながら別の敵へと切りかかる。力任せにいくのかと思いきや、どうやらこちらの様子を見ていたらしい。最初の一撃を加えた後は、素早く相手のまわりを動きながら、翻弄している。


 向こうは大丈夫そうだなと、体勢を整えた敵へと再び接近する。

 鋭いが、何の考えも無しに突き出された剣を盾に滑らせると、伸びきった腕の関節を右からの一撃で両断する。返す刀で首元を狙いつけるが、見た目にそぐわない素早い動きで、それをかわされる。


 傍にいた別の一体が、メイスを横に振り払ってくる。

 仰け反ることでそれをかわし、そのままの体制で膝へと剣を突き入れる。


 すぐに体を戻し、敵二人の間を飛ぶようにすり抜けると、アキラの方へ向かっていた死体の進路を塞ぐ。


「うちのルーキーは手一杯だ。俺で我慢してくれよ」


 返事の代わりに振り下ろされた剣に合わせ、横へとかわしながら剣を切り上げる。

 宙を舞う腕が、汚いしぶきを上げながら落下する。


 腕が地面へ着く前に、振り返りざまに繰り出される次の一撃。

 盾でそれを受ける。耳鳴りがする程の衝撃。


 くぐもった音の世界の中、こいつはお返しだと肩から腋へ抜ける斬撃を加える。


「おおああぁおお!!」


 涙を流しながら叫ぶ死体。

 哀れなものだとは思うが、今はどうでもいい事だ。


 剣を返し、叫ぶその口から脳天へと剣を突き入れる。

 刺さったまま剣の向きを縦へと直し、腹に足をあて、そのまま持ち上げるようにして剣を手前に引き上げると、人によってはショック死しそうな程グロテスクな光景が広がる。


 ――これでひとつ


 口元に浮かぶ笑み。恐らく誰にも見せられないような醜悪な表情になっている事だろう。

 顔を覆い隠すヘルムに感謝しつつ、襲い来る二体へと対峙する。


 次はどちらから片付けようか等と考えていると、視界の端に小さな空気の歪みを感じ、目を向ける。


 ――"Hold"――

 ――"FreeEnchant"――


 ――"MagicBurst"――

 ――"CounterSpell"――


 ネクロマンサーが次々に唱える魔法を、ミリアの対抗呪文が打ち消していく。二人の間にはただ風だけが吹き荒れており、一見しただけではとても戦いが行われているようには見えない。だがその実は剣による戦いに勝るとも劣らない駆け引きと攻防が繰り返されているはずだ。

 両者は一歩も動かず、ただ詠唱だけを繰り返す。


 ――あっちは任せて平気そうだな


 むしろ近寄っても邪魔になるだけだろうと、こちらの戦いに集中する。


 相手は思考を持たない死人であり、その驚異的な身体能力を除けば愚鈍な人間に過ぎない。繰り出される攻撃を、盾で受け、体裁きでかわし、反撃する。


 それを繰り返すだけだ。

 何も難しい事は無い。


 二人目のアンデッドの首を高く刎ね飛ばすと、合流してきたアキラと共に最後の一体と対峙する。


 ――何だ?


 残った一体は何をするでもなく中空を見つめると、その身体を風船のように膨張させ始める。何が来るのかと、盾を構えて腰を落とす。


「させるかよ!!」


 飛び出すアキラ。

 声を掛ける間もなく、アキラの剣が死人の顔へと突き刺さる。


「ああぁ?」


 死人の発する場違いな程間抜けな声。

 続く爆発音と、血のシャワー。


 ――目が!!


 飛散した死人の血液が顔にかかり、視界が奪われる。べっとりと張り付いたそれは、ヘルムのせいで満足に拭う事が出来ない。

 すぐ目の前に他の脅威が無かった事に感謝を覚えつつ、引きはがすようにヘルムを脱ぎ捨てる。指で血を拭い、染みるのをこらえながら目を開ける。


 そこに響くミリアの悲鳴。


 赤くまだらに染まった視界の中、膝を付くミリアの姿が目に入る。目を閉じ、怪我を負ったのだろう足を押さえながら魔法を唱え、ネクロマンサーの呪文を打ち消している。

 ネクロマンサーは呪文を唱えつつ足を進め、懐からダガーナイフを取り出す。


 ――冗談じゃないぞ!!


 爆発で半身を失いながらもこちらへまとわりついてくる死人を、無造作に打ち払い、駆け出す。


 足を引き摺りながら距離を取るミリア。

 追いすがるネクロマンサー。


 ――二度も


 フレアの剣を大きく振りかぶる。


 ――やらせるかよ!!


 持てる限りの力で投擲する。

 回転しながらネクロマンサーへと向かう剣。

 こちらへ振り向くネクロマンサー。


 何か言おうとしたのだろうか、少し口を開いた所で、


 剣が腹部に深々と突き刺さる。


 ネクロマンサーは自らの腹に刺さった剣を不思議そうに眺めると、手にしていたダガーを取り落す。


 階段方面からは、「いったいなんなんだい?」というベアトリスの声。顔を巡らせると、彼女が相手取っていた動く死体が、砂のように崩れ去っていく姿が見える。


 口から血を吐き、一歩、二歩と後ずさるネクロマンサー。

 どう考えても助かりそうにないその姿に、ようやく手応えのような物が湧き上がってくる。本当は捕えて色々と聞き出したい所だが、それは贅沢というものだろう。


 ゆっくりと歩き、ネクロマンサーへと近づく。


 扉へと寄りかかるように倒れるネクロマンサー。崩れ落ちるに合わせてフードを掴み、その素顔を晒す。


「…………どういうことだ」


 現れたのは真っ白い髪をした皺だらけの老人。

 大きく窪んだ眼窩の目が、虚ろな表情で遠くを見つめている。


「お前が……お前がそうなんじゃないのか!?」


 服を掴み揺さぶる。しかしもはや答える力は無いのだろう。彼は上げかけた腕をだらりと下ろすと、その首も力なく倒れる。


 ――いったい何がどうなってる!?


 既に息絶えたと思われるネクロマンサーを手放すと、振り返る。


「こいつは違うのか? どうなってる。死霊使いというのは、そう何人もいるものなのか?」


 誰とも無しにそう尋ねると、ジーナの治療術を受けているミリアが口を開く。


「何がどうなってるのかはわからないわ。けど死霊使いなんてそうそういる存在じゃないのは確かよ。それにそこの彼は"相当な"魔法使いだったわ」


 あごでネクロマンサーの遺体を指し示すミリア。それに合わせて視線を向ける。


 ――確かに、その通りだ


 ミリアと。つまりは湖の魔女と互角の戦いをするような魔法使いが、そうわらわらといては堪らない。となると、やはりこいつが目的の相手なのか?


「しかし、あの時聞いたのはもっと若い声だったはずだ……」


 本物の扉の前で聞いた声を思い返しながら呟くと、「あの時?」とミリア以外のメンバーが不思議そうな顔をする。「声だけは聞いた事があるんだ」と説明すると、納得の表情。


 ――仕方がない、か


 もう一度ネクロマンサーへ目を向けると、煮え切らないがどうしようも無いかと、遺体からフレアの剣を抜き取る。今まで剣が支えになっていた遺体が床へと倒れ落ち、血だまりがさらに広がる。


 ふと、ネクロマンサーがいたあたりに目を向けると、それまで彼が寄りかかっていた為に見えなかった扉の一部に、何か文字らしき物が書かれているのに気づく。


「……ミリア。ちょっと来てくれ。血で何かが書かれてる」


 言ってから彼女が足を怪我していた事を思い出し、走り寄ってその軽い体を持ち上げる。血でぬめる感触が気持ち悪いが、仕方ない。

 ミリアを持ち上げたまま血文字へと近づくと、ミリアの体が震えだす。


「なんて事……嘘だわ……そんな……」


 あまりにも異常な震え方に不安を覚え、どうしたんだと尋ねる。


「reincarnate……輪廻の魔法……他の体に?」


 ――輪廻? 輪廻転生の事か?


 目を見開きそう語る彼女に、いくらファンタジーでも限度があるぞと口を開く。


「おいおい、そんな事が出来るなら、なんでもありじゃないか。どうしろって……」


 言い掛けて、いつかのフレアの言葉を思い出す。


「…………なるほど。イモータル。つまり不死者だな…………という事は――」


 今回も駄目だったんだなと続けようとした所で、ミリアが力強く振り返り、こちらを見上げる。


「違うわ!! 不死者なんかじゃない! これは偽りの魂よ。決して滅ぼせない何かじゃないわ!!」


 激昂したミリアに、思わずたじろぐ。


「ミリア、落ち着いてくれ……その、君は何か心当たりがあるんだな?」


 そう言うと、ミリアはゆっくりと目を伏せる。彼女はしばらくじっとした後、ネクロマンサーの死骸へと視線を移す。


「この魔法を生み出した人間を知ってるわ。実際に使った所を見た事も」


 告げられた言葉に、思わず掴みかかってしまいそうになる自分を押さえる。疑問が胸中を駆け巡るが、口には出さずミリアの続きを待つ。


「それは、私の師匠だった人。つまり――」


 こちらの胸へ顔をうずめるミリア。


「私の母よ」








挿絵(By みてみん)

ちょっと1日更新お休みするかもです。会社のお仕事が忙しいです。

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