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歓喜

「しまったな……」


 吊り橋を守るように配置された二人のローブ姿に、舌打ちを漏らす。

 宿を出てからかなり急いで城へと向かったはずなのだが、どうやら敵は相当に健脚らしい。既に城内へと入られてしまっており、ご覧の有り様だ。


「どうするよアニキ」


 囁くウルの声に、指を三本立て、その後空を手で縦に切る。

 それを見て頷くウル。


 二人で城からの死角となっているガラクタの影に忍び寄ると、並ぶ形で投げナイフを構える。ウルの顔を見やり、ナイフを持つ親指、人差し指以外の三本でカウントを取る。


 三・二・一


 わずかな布ずれの音と共にナイフを投擲する。


 相手の首元に突き刺さるそれを確認するでも無く走り出すと、城から見える位置に立っていた男を城壁の影へと引き倒す。せめて苦しまないようにと喉を引き裂くと、扉を挟んだ向こう側の様子を伺う。


 ウルが両手で大きく丸を作る。どうやら気付かれずに済んだようだ。


 ふぅと息を吐き出すと、壁に寄りかかる。

 まさか城の距離から見えるとは思えないが、念のために身振り手振りで血痕をどうにかするようミリアに伝えると、彼女は風を起こし、砂で血を覆い隠した。


 本当はさっさと突入したい所なのだが、前回と違ってウルが若すぎる為、ミリアの護衛を任せる事が出来ない。アキラかベアトリスを待つのが得策だろう。


 ポケットから気付け用の木片を取り出し、口に含む。

 倒れた男のローブをめくると、腰にバスタードソードが下げられているのが見える。


「宗教家が身を守るにしては、大袈裟すぎるな」


 そして魔物相手の武器とするには刀身が細すぎる。明らかに人を切る事を目的とした作りだ。一体こいつを何に使うつもりだったのかねと考えていると、やがてアキラ達が姿を見せる。どうしたのだろうといった様子の三人に、身振りを交えて発する。


「悪い、見ての通り先回りに失敗した。あまり頂けないが、このまま突入して頭を押さえよう。俺とアキラが先頭を行くから、ベアトリスとジーナは後ろを固めてくれ。ウルは周辺警戒と援護。ミリアは敵の魔法使いに注意して欲しい。いいか?」


 頷く面々。反対側にいるウルへ目を向けると、ミリアへ耳打ちをした後、再び手で丸を作る。


「よし、突っ込むぞ。ただし出来る限り物音は立てるな」


 中腰のまま吊り橋へと躍り出ると、なるべく静かにフレーム部分を渡っていく。

 静けさの中に鉄のきしむぎしぎしとした音が響き、不安をあおる。ちらりと城の窓を凝視するジーナを見るが、特に表情に変化は無く、気付かれた様子は無さそうだ。


 やがてもう少しで全員が渡りきるという時、キープの入り口の隙間から桶を手にした男が現れる。


 まずい、と瞬間的にナイフへ手を伸ばす。


 こちらに気付き驚愕の表情を作る男。そしてその胸にささる一本の矢。


 心の中でジーナに賞賛の声を送ると、倒れないようにと急いで男の体を支える。その手から滑り落ちた桶をすんでの所でキャッチするアキラ。


 素早く男の体を扉の外へと移動させると、ウルに目配せする。

 ウルは扉へ寄り添うように耳をあて、じっと一点を見つめる。


「結構いるぜ。最低でも五人。もっといるかもな。どうでもいい世間話ばっかだ」


 耳元で囁かれる声に頷くと、ミリアへ攻撃の合図を送る。相手のリーダーがいるのは上だろう。


 詠唱を開始するミリア。アキラとベアトリスが扉の左右へと陣取る。


 ミリアが目を開いた瞬間、扉の中を覗き、邪魔な障害物が無い事を確認する。何人かのローブ姿が何事だとこちらを見やる。


「いけ!」


 すぐさま頭を引くと、重い扉をベアトリスとアキラが全力で開く。


 ――"FireStorm"――


 ミリアの手から放たれる火炎と暴風が、火炎放射器のように城の内部へと侵入していく。城の中から溢れ出た熱風がアキラとベアトリスを襲い、慌てて距離を取る。


「こりゃまた……凄いな」


 少し呆れた顔で猛火の蹂躙を見やる。中が現在どうなっているのか想像したくもないが、一階にいた人間は全て窒息するか焼け死んでいるかしている事だろう。

 やがて城の二階の窓や矢狭間からも炎があふれ、何人かの炎に巻かれた人間が悲鳴と共に窓から飛び降りてくる。壮絶な光景に、ジーナとベアトリスが顔をしかめる。


「ミリア、もういい。充分だ」


 中から聞こえる混乱と怒号の叫びに、奇襲は十分な成果を上げたと判断する。


「……ミリア? 聞こえてるのか? もういい。やりすぎだ!」


 何か様子がおかしいと、熱風の中を駆け寄る。ミリアは滝の様な汗を流しながら虚ろな表情で炎を発し続けていた。


「ミリア!!」


 耳元で思い切り叫ぶ。彼女はびくりと肩をすくめると、驚いた顔でこちらを見る。


「わ、わたし……」


 酷く火傷した手で顔を覆おうとしたミリアの腕を、慌てて掴む。


「ジーナに治療をしてもらうんだ。急がんと痕に残るぞ」


 頷く彼女を押しやるようにして後ろへ回すと、アキラとウルを連れて城内へと突入する。


 ――なんて熱さだ


 一歩足を踏み入れるだけで、凄まじい熱気が全身を襲う。唯一の救いは可燃物が人間だけだった事だろう。相手からすればたまった物ではないが。


「上まで駆け上がろう。不意打ちに気を付けろ」


 じっとしていると、サンダルから昇ってきた熱で火傷をしそうだ。少し跳ねるようにして階段へ向かうと、上へ向けて昇り始める。


 二階のフロアを覗き込むように頭を出す。

 うめき声と共に倒れかかって来た人影を、咄嗟に避ける。


「あづぅ!」


 後ろにいたアキラが叫ぶ。見ると髪に男の火が引火しており、ウルと二人で慌ててはたき消す。

 少し洒落た髪型になっている程度で済んでいるのを確認すると、無人のフロアを横断し、上の階段へと向かう。上からはウルに確認を取るまでもなく混乱した声が漏れ聞こえて来る。

 「誰か見て来い!」という男の叫び声。


 三人で上からの死角になる位置に移動すると、ウルを指差し、次いで階段奥を指し示す。

 ウルは「おっけー」と小さく呟くと、軽いステップで向こうへと歩き出す。


「ガキだ! ガキがいやがるぞ!」


 声に続き、二人のローブ姿が階段を下りてくる。見ると二人ともソードを持っており、ウルを壁際へ追い詰めようとしている。


 無言でアキラの首の後ろをトントンと叩くと、左側の男を指差す。

 特に示し合わすでもなく同時に走り出すと、それぞれの延髄を一撃の元に断ち切る。


 物音に反応して上の階へと投げナイフを投擲する。ナイフは階段脇に立っていた男の腕を切り裂くに止まるが、ウルの投げた二投目がその首を貫く。


「突っ込むぞ!!」


 盾を壁の反対側へ向け、アキラと並び階段を駆け上がる。

 フロアへ出るとすぐさま矢が飛来し、盾にいくつかが突き刺さる。


 ――魔法だったら危なかったな


 少し気が急いている自分に反省しつつ、傍にいるメイスを持った敵に向かい走る。


 なかなかの速度とタイミングで振り下ろされるメイスに、よく訓練されているなという感想を持つ。

 突き上げる剣をメイスに滑らせるように流し、相手の指を切断する。

 足を狙って突き出された槍を踏みつけて止めると、角ばった盾の先で相手の顔面を殴りつけ、仰け反る事で空いた喉目掛けて剣による致命的な一撃を加える。


「アニキ! 上だ!!」


 聞こえた声に反応し、盾に隠れるようにして振り向く。盾に強い衝撃が走り、何かを投擲された事に気付く。


 破裂音と鼻に付く油の臭い。松明を掲げた男。


 ――まずい!!


 咄嗟に盾を手離し、後ろへ飛ぶ。

 ウルのナイフが松明を持つ男に突き刺さる。男はナイフの刺さった胸を押さえながらも松明を投げ捨てる。


 盛大に燃え上がる炎。


 追いすがる炎から逃げる様に後ろへ下がるも、油の染み込んだサンダルへと火が燃え移る。火の勢いが思ったよりも強い。

 冗談じゃないぞとサンダルを脱ぎ捨てようとした時、火が熱と共に嘘のように消え去る。振り返るとミリア達の姿。


「助かった……君は本当に偉大な魔法使いだ」


 ひっくり返った蛙のような姿勢のままそう言うと、すぐに起き上がり階段上を睨みつける。


 ――さてと、何が出るかね


 出来れば扉の会の幹部クラスだと有難いが、二十名近くの部下がいるのだ。そうで無かったとしても聞き出せる事は多いだろう。


 焦げてしまってはいるが、まだ十分に使用できる盾を拾い上げると、上からの攻撃に警戒しつつ階段をゆっくりと昇る。


 遠目にも見える巨大な扉を先頭に、次第に露わになる最上階。


 ――相手は一人か。敵襲は無しと


 フロア中央に立っていると思われる黒ローブ。階段を一歩上がる毎にその姿が露わになっていく。

 やがてフロアの全てが見渡せる高さまで来た時、混乱が頭を襲う。


 ――何がどうなってる?


 黒ローブの傍には、同じくローブ姿がいくつか倒れている。ぱっと見は平伏しているように見えなくも無いが、辺りに散らばる大量の血痕と血だまりが、死体だという事を物語る。



 ――まさか



 心臓が、どくんと跳ねる。

「仲間割れってやつかな?」と不思議そうな顔で発するアキラ。


 ――違う……そうじゃない


「ちゃちゃっと捕まえちまおうぜ」


 ――こいつは!!


「全員戦闘態勢!! ベアトリス!! 後ろからも来るぞ!!」


 全力で叫び、剣を握りしめる。

 胸の内から様々な想いが溢れ、心臓が早鐘を打つ。


 恐怖 希望 怒り そして歓喜


 ――"AnimateDead"――


 死者を蘇らせる禁呪の魔法が唱えられ、静かだった死体がにわかに活気付く。先程までの戦いで殺した敵達もが立ち上がり、こちらへ向かって来るのが聞こえる。


 今までの戦いが無駄になってしまったが、

 まあ、構う事は無いだろう。


 どうせすぐに地獄へ送り返すのだ。


 全身に力が漲るのを感じる。

 笑いとも怒りとも付かない表情で、口内の木片を噛み砕く。


「会いたかったぜ、クソ野郎」




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