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待ち伏せ

 いつもより少しだけ重く感じる剣を、横なぎに払う。

 邪を祓う銀で作られた刀身はヴァンパイアの体を焼き、その驚異的な再生能力を打ち消す。


「へっ、吸血鬼ってのは思ったよりも大した事ないね」


 吸血鬼を挟む形で対峙するアキラが、兜の中からそう発する。


 ――そりゃあ、これだけ入念に準備すればな


 破邪の魔法をかけた銀の剣。銀糸を編みこんだ服に魔除けの御守り。念のためにと町の教会で祝福まで受けている。これだけやればどんなアンデッドでも裸足で逃げ出す事だろう。

 何の準備も無しに戦う事になった苦労を知っているだけに、溜息が漏れる。


 ――だが敵に同情してやる必要は無い


 アキラが繰り出した剣を、その手で受ける吸血鬼。掴んだ手が白煙を上げ、苦しそうな声を上げる。

 すかさず死角となる背後から近づくと、肩甲骨から心臓へ抜ける一撃を加える。


 鼓膜が破けんばかりの絶叫。


 自由になった剣を斜めへ振り上げたアキラを確認し、すぐさましゃがみ込む。


「うるさいんだよ!!」


 アキラの剣が吸血鬼の首を刎ね、聞こえていた叫び声がぴたりと止む。

 首が転がる音に続き、蒸発していく体の不快な音が消え去ると、部屋に再び静けさが訪れた。


「これ、大丈夫かな」


 少し曲がってしまい、鞘へ収まらなくなった銀の剣を不安そうに見やるアキラ。どうせ溶かしてしまうのだから気にする事は無いと、無造作に床へと突き立てると、力任せに真っ直ぐに戻してやる。


「銀は柔らかいからあれだが、鉄製の武器でもそうなる事がある。きちんとした鋼を使ってるなら、多少無理に戻しても大丈夫だ」


 アキラに剣を返すと、レプリカの扉へと向かう。

 置いてある本を手にしようとするが、ミリアが内容を全て覚えてしまったとぼやいていた事を思い出し、そのままにしておく。

 持って来たチョークで扉へ"キルロイ参上"と書き残すと、城を去る事にする。


「随分味な事をするね。でもこっちの人間が読んでも解らないんじゃ?」


 後ろからそう心配そうにするアキラに、手を振って答える。


「別に解らなくていいのさ。なんだろうと思ってくれればそれでな。もやもやするのが我々だけじゃあ、不公平だろう?」




 城の入り口と、最上階がしっかりと見渡せる旧宿屋へと陣取ると、ただ待ち続ける。常に誰かが見張っていられるよう、ローテーションを組んだが、さらに念のためにとミリアの魔法で侵入者を検知できるようにしておく。

 何者か。できればネクロマンサーが様子を見に来ると期待しての事だが、その可能性は決して高いとは言えないだろう。


 ――だが他に出来る手立てが無いのも確かだ


 暇という強敵に打ち負けそうになる心をなんとか押しやり、城のあたりをぼうっと眺める。


「別にじっと見ている必要は無いのに。前にも言ったけど結界は完璧よ。ただ探知する事だけに特化したから、結界の存在が相手に見つかる事もないはずよ」


 膝の上で本を読むミリアが、顔も上げずにそう言う。


「まぁ、そうなのかもしれないが。なんとなく不安でな……それよりそろそろ足が痺れて来たんだが」


 ミリアは少し不満そうに鼻を鳴らすと、体をずらし、膝枕の形で寝転がる。


「それで……もう二週間になるけど、これをいつまで続けるのかしら?」


 再び本を読み出したミリアに、「そうだな」と返す。


「食料的には十分な量を持って来たが、いつまでも向こうを留守にするわけにもいかない。今の所ひと月経って変化が無いようであれば、一度引き返すつもりだ」


 ミリアは本を胸に置くと、見上げる形で「その後は?」と訊ねてくる。


「ふむ……団員を派遣してここを監視させる事になるだろう。貴重な魔術師を常時配置するのは勿体無いが、まあ仕方あるまい。諦めるという選択肢が許されていない以上、何か他の手を探す事になるな」


 心の中で「そんなものがあればな」と自嘲気味に呟くと、自らも体を倒し、城を横目に空を眺める。


「おぅおぅ、なんだよ。なんか楽しそうな事してんじゃん」


 隣の部屋から入ってきたウルが、俺も俺もとミリアの反対側へと横になる。結果両足が塞がれる形になり、動けないのは変わらんのかと溜息をつく。


 ――平和だ


 こうしていると、あと何年もしない内に大虐殺が始まるとはとても思えない。

 だが実際に扉は開かれるだろうし、死者の軍団は人々を蹂躙していくのだろう。


 右手を太陽にかざし、目を細める。

 父なる太陽を親指の上に合わせると、母なる太陽が中指に隠れる。という事は丁度昼をまわったあたりだ。


「そろそろ食事にするとしようか……ああ、そうだ。予定通りであれば、そろそろアイン達が追加の食料を運んでくるはずだな。痛みやすい物は使い切ってしまおう」


 あまり隊列が目立つようになるのはまずいと、時間差を付けて出発させた別働隊の事を思い出し、そう付け加える。

 枕が無くなった事に不平不満を口にする二人を捨て置くと、かつて台所として使用されていた部屋へと向かう事にした。


 かまどに溜まった無駄な灰をかきだすと、薪を追加し、火をくべる。

 町からしばらく行った所にある小川から汲んで来た水を鍋に入れると、匂いはきついが、良いダシの出る魚の燻製を放り込む。

 湯が沸騰するまで剣の整備をしていると、「もう飯時かい?」とベアトリスが目をこすりながらやってくる。


「相変わらず凄い嗅覚だな……もうしばらくかかるから、着替えて来るといい」


 ベアトリスの「あぁい」というやる気の無い返事を聞くと、そろそろいいだろうかと岩塩を取り出し、ナイフで鍋へと削り入れていく。

 湯が完全に沸いたのを確認すると、アントネという野菜を乾燥させた物をほぐしながら入れていく。この白菜に似た見た目の素晴らしい野菜は、干して押し固める事でかなりの容量を圧縮する事が出来る。熱湯に入れると元の大きさに広がり、しばらくすると完全に溶けて無くなるが、栄養価の高いどろりとした濃厚なスープを作ってくれる。


 アントネが完全に溶け切るまで手持ち無沙汰にしていると、「今日は豪勢だねえ」というベアトリスの声に振り向き、目を点にする。


「いや、ベアトリス。着替えるなら上でやったらどうだ?」


 ほぼ全裸で新しい服へと着替えているベアトリスにそう声をかけると、どこを隠すでもなくベアトリスが答える。


「火を使えるのはここだけじゃないか。あっちは寒いからごめんだよ」


 煙からこちらの存在を悟らせないよう、ミリアの魔法で煙を隠す事が出来る台所以外は現在火の使用を禁止している。ベアトリスの言い分に確かになと頷くと、顎へ手をやりじっと彼女を観察する。

 しばらくは気にするでもなく着替えていた彼女だが、舐めるような視線にさすがに堪えたのだろう。「あんたも相当な好きもんだねえ」と少し顔を赤くして身を隠す。

 続いてどうからかってやろうかと、しょうもない考えを巡らせていると、吹き零れ始めた鍋に気付き、あわてて薪を動かして火力を調節する。


 自分のせいなのだが、後で掃除が大変だなとうんざりしながらいくつかの野菜と肉――いずれも干し物だ――を追加し、ゆっくりと鍋を混ぜる。さあこいつで出来上がりだと、昨日の内に大量に炊いた穀物を放り込む。これであと五分もすれば立派なパエリアもどきの完成だ。


 柄杓を使って味見をすると、何が良かったのだろう。配合だろうか。それとも水だろうか。かつてない出来栄えに思わずガッツポーズを作る。


「こいつはみんなの喜ぶ顔が楽しみだな」


 いい歳をした大人ではあるが一人ほくそ笑むと、上の階へ向けて声を掛けようとする。しかし――


「ナバール!! 何者かが結界へ侵入したわ!!」


 叫ぶようなミリアの声。慌てて剣を手にすると「くそ、俺の傑作が!」と悪態をつきながら上へと駆け上がる。


 窓の外から見えないよう注意しながら部屋の中を歩くと、ミリアの傍へ寄る。隣には既にウルが聞き耳を立てた状態で待機しており、ジーナが食いつく様に周辺を警戒していた。


「何かわかる事はあるか?」


 目を閉じて魔法に集中するミリアに尋ねる。彼女は目を閉じたまま頷くと、途切れ途切れに発する。


「敵は……西の方から…………数はわからないわ……でも広い範囲で結界が侵されてるから、結構な数がいるはずよ」


 ミリアの声にわかったと発すると、すぐさま全員に武装するよう指示を出す。


「アイン達であればまとまって行動するはずだ。全員戦闘準備」


 各々が簡単に付けられる装備を身に纏っていく。


 ――こいつは、何か釣れたか?


 長袖の皮鎧の上からブレストプレートを被ると、袖や裾の各部についたベルトへ籠手や脛当てといった防具を付けていく。ホーバークやフルプレートといった鎧に比べると頼りないが、比較的軽く、そして素早く身に着ける事ができる。何よりも重要である事は、隠密性を保つことが出来る点だろう。金属の可動部分が無い為、音を立てずに済むからだ。


 やがて一通り着替え終わった頃、ベアトリスに連れられてアキラが上へと昇ってくる。不用意に窓を横切ろうとしたアキラを引きずり倒すと、すぐに装備を身に着けるように伝える。


「アニキ、近いぜ」


 ウルが町の西を指差し、ジーナがそれを視線で追う。彼女は手でひさしを作ったまま、見えたままを伝えてくる。


「黒いローブ姿の集団です……数は……二十前後。凄く警戒しながら進んでいます……なんでしょう。胸に何かの刺繍がしてあります……貝か、門でしょうか?」


 ジーナからの報告に、はっと息を飲む。


 ――扉の会!!


 とうとう見つけたぞと、剣を持つ手が震えるのを感じる。怒りと憎悪が早く皆殺しにしてしまえと囁きかける。

 何も考えず足を踏み出した所で、その手をミリアに掴まれる。いらだたしげに彼女の顔を見ると、酷く悲しそうな顔が目に入る。


「目的を取り違えてはだめよ」


 短いその言葉に、ひと時の冷静さを取り戻す。


 ――ミリアの言う通りだ


 ひとつ大きく深呼吸をすると、仲間達を見やる。誰もがどうすれば良いのかと、不安そうな顔でこちらを見つめている。


 一度ヘルムを脱ぎ、顔を軽く叩くと、「よし!」と気合を入れる。


「ミリアとウルは俺と来てくれ。奴らの会話の様子が聞きたい。裏口へ回って城へ侵入する。ベアトリス、アキラ、ジーナは城門正面にある建物で待機。戦闘の様子が見えたら駆け付けてくれ。逃げる奴は放っておいていい。どうせどこへも逃げられないからな」


 死の都市付近に人の住処は無い。満足な装備も無しに飛び出しても野たれ死ぬだけだ。


「できれば何人かを捕縛して色々と聞き出したい。ミリアが居ればその辺はなんとかなるから、生きてさえいればいい。以上だ。それでは――」


 手を前に突き出す。


「行動開始だ」




年齢メモ(数字は約)

フレア14

キスカ13

ウル12

ベアトリス18

ジーナ17

ミリア12(除く冬眠期間400年)

アキラ19

ナバール27

ウォーレン22

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