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焦り




 ラーカというラクダに良く似た動物へ旅の荷物を積んでいると、既に旅支度を終えたアキラが声を掛けてくる。


「ねえナバール。東の国の首都ってのはここからどれくらいの所なの?」


 ふむ、と搬送の手を止め、アキラを見やる。


「大体十日かそこらだな。旧街道は道が悪いから、馬に乗ってもさして変わらんだろう」


 かつての道程を思い出しながら答えると、再び荷物を積み始める。最も重い水袋をラーカの背中に吊り下げると、重さが気に食わなかったのだろう。ブヒヒと不細工な泣き声で抗議をしてくる。


「うわ、ラーカかよ。きめぇな」


 武器庫の方から荷物を抱えてやってきたウルが、こちらを見て声を上げる。


「だが非常に優秀だ。丈夫だし、悪路にも寒さにも強い」


 言いながらその長い毛を撫でてやる。ラクダと違い、全身の至る所にあるコブがぼこぼこと不恰好な曲線を描き、正直触り心地はあまり良くない。


「あの……私たち長旅はあまり経験が無いので、ご迷惑をお掛けするかもしれません」


 馬車の中から現れたジーナが、かしこまった様子で頭を下げる。


 ――いやいや、むしろ君がエースだろうよ


 ジーナの実力を知るこちらとしては、突っ込みを抑えるので精一杯だ。

 ベアトリスに治療術師の斡旋について話してから、ジーナがここへやってくるまで、実にたったの半月ほど。かつての時はアイロナへ出稼ぎへ出て来ていた所だったので、高給に釣られるだろうと予想していたが、まさに狙い通りとなった。


「いや、急ぎの旅というわけじゃないから、ゆっくりと慣れていったらいい。それに君は優秀な狩人という話じゃないか。期待してるよ」


 そう言うと、再び頭を下げるジーナ。見るとその顔が紅潮しており、目が会うと恥ずかしそうにそれを逸らされる。


「都会で騙されるタイプだな」と呟くと「はい?」とジーナ。少し離れた所からはウルの笑い声。

 なんでもないよと手を振ると、装備品の確認を始める。


 前回の時と違ってまだ秋に入ったばかりだが、首都付近は例の雪で覆われている可能性がある。不思議そうな顔をする倉庫管理人の視線に耐えながらも、かなりの数の防寒用具を持ち出して来た。これらは嵩張るので馬車ではなくラーカへと積み込む。

 迷惑そうにするラーカをなだめつつ荷物を結びつけていると、やがてベアトリスがやって来る。


「ごめんよ。遅くなっちまったね。ちょいと荷造りに手間取ってさ」


 見ると相当な厚着をしており、そういえば彼女は寒いのが苦手だったなと思い出す。彼女は「さすがにまだ気が早いかね」と上着を脱ぐと、馬車の中へと放り投げる。


 揺れる胸。

 ふむ、とあごに手をやり、それを見やる男二人。


 馬車へ乗り込むまでベアトリスを見送ると、再び点検を開始する。あまりに動作のタイミングが同じなので一瞬気味が悪くなるが、考えてみればあたりまえだと苦笑する。


「そういえばアキラ、お前女はいるのか?」


 急な質問に驚いたのか、「えぇ?」とおかしな声を上げるアキラ。


「えっと、地球に残してきた彼女がいるよ。向こうが今どうなってるのかはわからないけど」


 心の中で知ってるよと答えると、「今でも好きなのか?」と続ける。アキラは少し照れた様子を見せると、ひとつ頷く。


「そうだね。こっちで使命を果たして向こうへ帰れたら、きっと胸を張れるだろうな……ちょっとばかり悪い遊びをしちゃってるけど」


 肩を竦めてそう答えるアキラに、悪戯っ子のような笑みを返す。


「ねえ、ナバールは地球へ帰りたいとは思わないの?」


 そうだなあと上を見上げ、答える。


「そう思ってた時期もある。だがもうだめだな。すっかりこっちに染まっちまった。それに戦争以外でも大勢を殺してる。罪の有るやつも居れば、無いやつもいただろう。"もし"俺に地球へ残してきた女がいたとしても、今更会わせる顔が無いだろうな……お前はそうなるなよ」




 旅をしていて幸せだと感じる瞬間というのは、少ない。


 魔物や賊といった危険がある為、持ち回りの寝ず番から生活リズムは狂い、ストレスも溜まる。満足に洗う事が出来ない衣服は悪臭を放ち、不衛生だ。重い荷物は肩へ食い込み、その足取りを鈍くする。仲間がいるのが唯一の救いだが、話題も尽きるし、そもそも疲労からあまり会話をしたくないと思う事も多い。

 そんな中でも僅かな幸せの瞬間というのはある。

 目的地へ到達した時。美しい景色を目にした時。無事に生き延びた時。上り坂が終わった時。それこそ人それぞれだ。美味くも無い保存食に楽しみを見つける者もいるだろう。


「俺はこうしている時が幸せだな」


 毛布に包まり、焚き火の炎を正面から受けると、誰へともなく呟く。


「そう、安上がりでいいわね」


 後ろから聞こえた声に振り向き、「放っておいてくれ」と笑顔で返す。

 ミリアは隣へ敷布を敷くと、同じ様に毛布へと包まり、腰を下ろす。体調はどうだと聞くと、まあまあねと返って来る。

 しばらく二人でぼうっと炎を見つめていると、ミリアが口を開く。


「これで全員揃ったわね。これからどうするの?」


 漠然とした問い。ううむと少し考えてから話す。


「今の所何もかもが順調に進んでる。だが引っかかる点が無いわけじゃない。というより、もしかしたら今回も失敗なんじゃないかと思ってる」


 ミリアは驚く様子も無くひとつ頷くと、炎へと視線を向ける。


「そう……気付いてたのね」


 追加の薪をひとつ放り込むと、火の粉が舞い上がり、幻想的な姿を見せる。


「あぁ。何もかもを上手くやろうとして、それ自体はその通りになった。だが結局起こっている事象は何一つ変わってないんじゃないかって」


 北南戦争。集まる仲間達。東への進出。当方先遣隊に剣闘士。違うのはそれが起こる時期だけ。最善を選んで動いてきたつもりだが、まるで前回を早送りしているだけかのようだ。

 細かい点で見れば違っている事ももちろん多い。ウルは母親を失っていないし、キスカの喉は無事だ。アキラは望まぬ戦いをしているわけでも無く、フレアとくっ付く素振りも無い。ミリアは強力な魔女となり、ナバールは皆と行動している。フレアは王家と対立する事無く、平穏な治世を敷いている。


 しかし、本当に変わったと言えるのだろうか?


 歴史という大きなうねりの中で、さざなみの様な変化など飲み込まれてしまうのではないだろうか。流れる川をせき止めた所で、結局の所行き着く先は海なのではないか?

 それに何よりも、肝心のネクロマンサーについて何もわかっていない。


 頭に浮かぶネガティブな思考を、首を振る事で振り払う。


「……螺旋だ」


 短く呟くと、ミリアが「えぇ、螺旋だわ」と応える。


「何か、異なる事をしなくちゃいけない。前と同じでは駄目だ。もしかしたらまだ間に合うのかもしれない……それをこれから確かめに行く」


 ミリアは少し考えた後、疑問を呈する。


「あの死の都にまだ何かがあるというの?」


 かぶりを振って、応える。


「違う。目的はヴァンパイアだ。あれは扉を調べる者を始末する為の罠だと考えられる。もしネクロマンサーがヴァンパイアが死んだ事を知ったらどうする?」


 ミリアはなるほど、と薄い笑みを作る。


「既に十分な力を持っていれば気にもしないわね。でもそうじゃないなら何か動きを見せるかも……見つからないのであれば誘き出す。嫌になるほど食料を積んでると思ったら、そういう事ね」


 ひとつ頷く事で応えると、炎を見つめる。

 水分を含んだ薪が弾け、乾いた音が響く。


「今度はこちらから仕掛ける番だ」




 旧街道沿いを歩き、ただひたすらに進むと、やがて巨大な一本の木が目に入る。それを懐かしい気持ちで確認すると、今度食料でも持ってきてやろうと頭に留め、十分な距離をとって迂回する。

 再び旧街道へ戻り一日もすると、やがて遠目に都市の姿が現れた。


「凄い……町がそっくり残っています」


 遠目を効かせるジーナが感嘆とした様子で漏らす。各員は警戒態勢に入っているが、何もいないと知っているこちらは気にする事無く堂々と足を進める。


「アキラ、そいつは大事に扱ってくれよ。もし無くしたりでもしてみろ。一生かかっても返しきれんぞ」


 自らの腰にも下げられた純銀製の剣の重みを感じながらそう言うと、僅かな期待と恐れを抱きながら、死の都市へと足を踏み入れた。




ラーカかわいいよラーカ

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