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偶然

「うへー、すげえな。これ全部入団希望者かよ。何人いんだ?」


 こちらを脚立替わりにし、頭の上で感嘆とした声を上げるウル。


「全部で二百とちょっとだそうだ。まあ、剣闘士として使えるのは半分もいないだろう。残りは裏方だな。ウォーレンが言うにはこれでも一部だそうだぞ」


 目の前にずらりと整列した柄の悪い連中。上は初老と思われる男から、ウルとさして変わらない年齢の者まで実に様々だ。どれもひと癖もふた癖もありそうな連中だが、それらが背筋を伸ばし、かしこまっている姿が妙におかしい。


「爵位というのも悪い事ばかりじゃないな」


 ぴかぴかに磨き上げられた鎧の紋様をひと撫でする。鎧には新たに"フレアの騎士"の銘が打たれ、知識がある者が見れば、男爵付きの騎士である事がひと目でわかるようになっている。

 歳を重ね、少しは立場に見合う貫禄が出ただろうかと表情を引き締めるが、背中で暴れる少女の存在を思い出し、無駄な努力だと悟る。


「ウル、いい加減降りろ」

「うおお、すげぇおっぱいでけぇ奴がいるぞ」


 ウルの指差す方へ電光石火の勢いで顔を向ける。

 犬族か熊族だろうか。それなりにゆったりとした服を着ているにも関わらず、はちきれんばかりに膨らんだ見事な双球。


「神はいるのかもしれんな……」


 ウルと二人、腕を組んでじっと見つめる。

 ふと視線を宝玉から顔へ上げた瞬間、危うくウルを取り落としそうになる。


「べ、ベアトリス!?」


 驚きのまま叫ぶ。

 その声が聞こえたのだろう。彼女は訝しげな表情でこちらへ歩み来る。


「今、あたいの名前を呼んだかい?」


 槍を持つ彼女は、当時とほとんど変わっていないように見える。逆算すると今は一八かそこらだったろうか。それにしては大人びて見える風貌から、言い方は悪いが老け顔だという事がわかる。


「いや、その……君も剣闘士志望かい?」


 何を言ってるんだ?という表情のベアトリス。


「見りゃわかるだろうさ。妾を探すんなら他をあたっておくれよ」


 そう言って踵を返す彼女を慌てて引き留める。冷静に考えればどこへ逃げるわけでも無いので放っておけば良かったのだが、思わず肩を掴んでしまった。


「まだ何か用かい?」と発する彼女だが、その目は穏やかな物では無い。


「いや、用というか。ええと、自己紹介をしよう。俺はここの団長をやってるナバールだ。君の事は……書類。そうだ。書類で知ってる。確か川沿いの村出身だったな?」


 そう言うと、急に驚いた顔になるベアトリス。何かまずったかと不安になるが、どうやらそうでは無かったようだ。


「あんたがナバールかい! いやあ、この辺で一番タフな男っていやぁあんたの名前が上がるからねえ。一度見てみたかったのさ。握手してもいいかい?」


「それは、まぁ、構わんが」と、まごつきつつも握手に応じる。


「いやあ、さっきのは忘れとくれよ。性質の悪い貴族が女引っ掛けてるのかと思っちまってさあ。あぁ、あんたの妾だったら考え無くもないよ」


 片眉を上げた表情から冗談だとわかるが、いかにも彼女らしいと思わず笑みを作る。


「にしてもあたいが川沿いの村出身だなんて良く知ってるねえ。面接でも聞かれなかったと思ったけど。調べたのかい?」


 調べるも何も無いのだが、これはひょっとしてチャンスかと、話を合わせる事にする。


「あぁ、そうだ。アイロナへ興行に行った時に森の方へ行く機会があってね。君の村にも何人か行ったろう?」


 それを聞くと彼女は「あぁ」と得心の表情。


「あれを見てあたいにも出来るんじゃないかって思ったのさ。こう見えても槍には自信があるさね。どうだい、使ってみないかい」


 言いながら見事な槍捌きを見せるベアトリス。まわりにいた他の入団希望者達から「おぉ」と声があがる。本当はその場ですぐにでも決めてしまいたかったが、保留としておく。それをやると我先にと他の者までやり始めるだろうからだ。


「個人的に雇うならともかく、すぐこの場で決めるわけにはいかんよ。この後実技があるから、そこで存分にアピールしてくれ。それと――」


 重要な話だとわかるよう、真剣な顔をする。


「我々は治療術が使える者を切望してる。治療が出来るだけでも十分だが、後方援護。例えば弓が使えるような人材は特に優遇するつもりだ。もし君の知り合いにでも心当たりがあれば、ぜひ声を掛けてくれないかな。待遇は保証するよ」




「そう。それじゃもうすぐ懐かしいメンバーが揃うのね」


 ミリアは気だるげにそう言うと、ソファへぐったりともたれかかる。「

具合が悪いのか?」と問うと、めんどくさそうに手を振る。


「大した事じゃあないわ。それより貴方。これ、持っときなさい」


 そういって懐から取り出したのは、何の飾り気も無いシンプルな腕輪。


「心を操る魔法に対する効力があるわ。魔女のお墨付き。もうあんな真似会わずに済むわよ」


 ミリアから腕輪を受け取ると、左手首にはめる。あんな真似というのはこの前の強姦まがいの事だろう。


「閉じこもって何をやってるのかと思ってたが、これを作ってたのか?」


 そうねと頷くミリア。彼女なりの罪滅ぼしだろうか?


「そうか……ありがとう。遠慮無くもらっておく。あの事はもう気にしてないから忘れてくれ」


「そもそもそこまで気にしてないしな」と笑顔を作るが、「そうじゃないわ」とミリア。


「また襲う可能性があるからわざわざ作ったのよ。正直今もむらむらしてるわ。疲れてなければ襲ってたかも」


 悪い冗談だと頬を引きつらせつつ顔を伺うが、本人は至って真剣な表情。


「すまない、ミリア。俺には良くわからんが、蛇族特有の時期か何かか? ウルやベアトリスは確かにそういった季節があるが」


 それを聞くと、ミリアは「ふふ」と力ない笑いを漏らす。


「違うわ。気にしないで……というのは無理があるわね。ごめんなさい。話題を変えましょう」


 彼女はそう言って笑顔と呼ぶにはあまりに不自然な表情を見せる。

 ふむ、と腕輪がしっかりはまっている事を確認すると、彼女の傍へ寄り、隣へ腰掛ける。


「ミリア、俺は君の事を詳しく知っているわけではないし、人からは良く鈍感だと言われる。だがな、そんな俺でも今の君があまりにちぐはぐだという事くらいはわかるぞ」


 ミリアは少し驚いたような顔をすると、今度は本当の笑顔を見せる。


「ちぐはぐ。そうね。確かにその通りだわ。ちぐはぐ。ふふ、あはははは!」


 急に大声で笑い出すミリア。一体なんだと呆気に取られるが、これは何かあるなと落ち着くのを待つ事にする。

 しばらくすると笑い声が徐々に止んでいき、すすり泣きへと変わる。


「辛いわ、アキラ」


 皮のソファへ染みを作りながら、ミリアがぼそりと呟く。どうすれば良いのかがわからずその小さな手を握ると、ミリアがぎゅっと握り返してくる。


「わたしは魔女の器じゃないのかもしれない」


 言葉の意味が解らず、どういう事だと訊ねる。


「扉の前での事、覚えてる?」


 ミリアの言葉に、次々と仲間が死んでいく一連の流れが思い出され、悲しみと共に怒りの感情が爆発しそうになる。奥歯をかみ締めてなんとかそれを押さえ込むと、搾り出すように「あぁ」と答える。

 彼女は相当強く握られたはずの手に文句一つ言わず、もう片方の手を沿えてくる。


「私の中にフレアがいるの。彼女の魂の一部が、ここに」


 苦しそうな顔で心臓の辺りを押さえるミリア。


「彼女の記憶、経験、感情。色んなものが交じり合ってる。貴方が愛おしくてたまらないのも、きっとそのせいね。魔女として受け継がれる記憶に、フレアの心。私には多すぎるわ」


 ミリアはふぅと一息付くと、ソファへ寄りかかり、目を閉じる。


「多分、力を受け継ぐには大人になりすぎてたのよ。彼女も、私も。普通は物心ついた頃には決まるものだから」


 答えるべき言葉が見つからず、「すまない」と口にする。彼女は「貴方のせいじゃないわ」と答え、手を解く。


「本当は茶化して誤魔化そうともしたんだけど、やっぱり無理ね。時々自分が何をしてるのか解らなくなるわ。だから――」


 懐から何かを取り出すミリア。


「これを再び貴方に預けるわ」


 差し出されたのは、見覚えのある赤い宝石。


「もし私が取り返しの付かない事をしそうになったら――」


 痛々しい笑み。


「その時は、貴方が殺して」




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