表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/129

東方剣闘興行団

 地に膝を付き、荒い息遣いを繰り返すアキラ。


「も、もう一回!!」


 何度倒されてもめげずに立ち上がるアキラの姿に、俺はこんなに根性があっただろうかと疑問を覚える。どちらかと言えば諦めが早い方だし、創意工夫という名の悪あがきでなんとかするタイプだと思っていたのだが……


 突進と共に突き出される剣を模擬刀の腹で受け、引くに合わせて突きを繰り出す。

 それは盾に防がれてしまうが、流されるままに接近すると、左手で盾を掴みつつ左へと押しやり、アキラの剣の動きを封じる。


 たまらず後ろへ飛ぶアキラ。それと一寸たりとも離れず同じようにステップを踏むと、膝がしらを後ろから蹴り上げ転倒させる。


 ――経験が変われば人も変わるか


 俺とは違う形だがこいつも成長しているのだなと、感慨深くアキラを見つめる。彼は再び起き上がろうと、震える膝を手で押さえている。


「今日はこれくらいにしよう。良く頑張った」


 アキラは悔しそうに歯を噛み締めながら「ありがとうございました!」と声を発すると、武具を放り出して大の字に寝転がった。


 しばらく息が整うのを待っていると、まだしんどいのだろう。上半身だけを起こしてこちらに目を向けてくる。


「ナバールが敵から化物って呼ばれてる理由がわかった気がするよ。ちょっとは腕に自信があったつもりだけど、全く敵わないな」


 化物とは失礼なと笑いながら返すと、鎧を外すのを手伝ってやる。


「お前はなかなか良い剣筋をしてるし、体力的にも悪くない。ただ――」


 手のひらを縦にして、前へ突き出す。


「真っ直ぐな戦い方をする割に、たまに迷いが生まれてるな。試行錯誤も悪くないが、実戦ではやり直しがきかない。前もって選択肢を用意しておくといいだろう。例えば先ほど盾を持たれたろう? 後ろへ飛ぶのも悪くないが、膂力を活かして盾ごとタックルしたり、手を引き抜いて盾を捨てるなんて手もある」


 聞きながら頭の中で想像しているのだろう、アキラの手が空を彷徨う。


「うーん、でもナバールに通用するとは思えないんだけど」


 アキラの物言いに鼻で笑う事で答えると、脱がし終えた鎧を手に立ち上がる。


「そうだなあ……後八年かそこらもすれば、お前もこうなるさ」


「長いなー!!」と笑いながら頭をかくアキラ。手をひらひらと振る事でそれに返事をすると、屋敷への道を歩き出す。


 ――俺はそれくらいかかった。お前もきっとそうさ



「さあさあ、お立会い。暇な野郎もそうじゃない野郎も、これを見逃しちゃあ人生を語れない。西はフランベルグの英雄フレアの臣下にして天下の剣豪。ナバール率いる東方剣闘興行団。やらせは無しのガチンコ勝負。どっちが勝つかは時の運。賭けたいやつぁあちらへどうぞと来たもんだ」


 よくもまぁ舌がまわるもんだと感心しながら、前口上を述べるウルを眺める。芝居がかってはいるがどこか様になったその姿に、こいつならどこででも生きていけそうだなと、自称乙女の本人が聞いたら怒りそうな感想が浮かぶ。


 ニドルへ到着してから早三ヶ月。最初こそ場末の賭け剣闘にすぎなかった興行も、今や中央広場を貸しきって行われる大々的な物となった。かつてマンティコアと戦う際に役に立った使われていない噴水は、試合が良く見えないという理由で町民により勝手に撤去されていた。

 現在町のはずれに大掛かりな剣闘場を作る計画が建てられており、その為の資金は――驚いた事に――かなりの割合が寄付で賄われそうだった。魔物の徘徊する危険な荒野を旅してまで、わざわざ付近の町から試合を見に来る人々がいる事まで考えると、信じられない程の熱狂ぶりだ。


「正直こんなに成功するのは想定外でしたね」


 広場の天幕から外を覗くウォーレン。


「そうだな。住人がどれだけ娯楽に飢えていたかがよく解る。この分だと何らかの形で町へ金を還元しないと暴動が起きそうだな」


 ウォーレンがまとめた収支報告書を見ながらそう呟く。報告書には目も眩むような金額が黒字として計上されており、このままでは貨幣不足を招きそうな勢いだった。インフレを警戒していたが、まさかデフレが起こるとは想定外だ。


「えぇ、ですがこれだけの額となると、ちょっとやそっとじゃ無くなりませんよ。ほとんど公共投資レベルの事業になってしまいます。いっそ外壁の強化でもしますか?」


 ウォーレンの案にそれも悪く無いなと頷く。だが、目下の目的はそこでは無い。


「いや、攻城戦をするわけじゃないから、外壁にそこまで金をかけても仕方が無いだろう。それより増えた金で剣闘士とその装備を増やした方がいい。恒久的な軍事力も魅力的だが、我々に必要なのは最大投射戦力の向上だ」


 ではそのように、とメモを取るウォーレンを確認すると、次の書類へと移る事にする。もうすぐ試合があるというのに、待ち時間を利用してまで書類仕事をしなければならない自分を、少し哀れむ。


「前はもっとお飾り的なトップだったからなぁ……ちくしょう。ウォーレン。お前みたいのをもう二、三人雇いたい。心当たりは無いか?」


 こちらの言葉に肩を竦めて見せるウォーレン。自分でもわかっていて聞いたので期待はしていなかったが、それでも落胆する。

 有能な人間はいる。忠誠心のある人間もいる。だが信用の置ける人間というのは少ない。ウォーレンのように三つ揃っているのは奇跡といって良いだろう。


「まあ、そうだよな……さて、次のこれはなんだ? キャラバン隊の編成と有料化? おいおい、一体この国からどれだけ金を毟り取ろうってんだ?」


 現在町から町へ移動する興行隊には、必ずといっていい程商人達が勝手について来るようになっていた。商人達からすれば興行隊はそれこそ付近では最強の護衛であり、しかも勝手についているだけなので無料だ。こちらは金を取っているわけでは無いので助ける義務は無いのだが、魔物との実地訓練という題目がある為、結果的に襲われればそれを助ける羽目になっている。


「えぇ。しかし今のままだと、どんどん膨れ上がって手に負えなくなります。取るといっても大した金額では無いので、良いのではないでしょうか?」


 ウォーレンの言葉にうなり声を上げて考える。

 確かにこのままだと管理しきれない人数になってしまい、不幸な事故を招きかねないだろう。だが、下手に金を取って物流の妨げになってしまうと、せっかく回り始めた町の経済に影響が出る。


「わかった。ただし人数と馬車の数に応じて金額を変えてくれ。特に貧しい商人は大事にしたい。彼らは地方の村にとっては生命線だからな……あぁ、くそ! こういうのは領主の仕事だろう? なんで俺がやらにゃならんのだ!」


 最大の軍事力を保持する者が、事実上の支配者。理解してはいるのだが、行政にももっと頑張って欲しいと思うのはわがままだろうか?


 癇癪を起こしたこちらを「はいはい、それじゃ次へいきましょう」と華麗に流すウォーレン。しかしだなとそれでも口を開くと、「どうせいつか貴方の街になるんです。いい練習ですよ」と聞き捨てならない事を口走る。


「聞いてませんか? ボスはいずれこの辺りをナバール領にすると仰ってましたよ。爵位持ちですし、東の管理を任せるつもりなんじゃないでしょうかね?」


 初めて聞いた事実に、めまいを覚える。


「あぁ、くそ。やっぱり爵位なんて受けるんじゃなかったか……いや、しかし……」


 どうしたもんかと呆然としていると、やがてニッカが天幕へと入り来て、出番が近い事を告げる。


「おお、ニッカ。今はお前が天使に見える……というわけでウォーレン、後は頼んだ」


 まるで捨てられた子犬のような顔をするウォーレン。すまんな、と手を上げると、振り返らずに広場へ向かって走り出した。


 恐らく無意識の内に、なるべく試合を長引かせようという気持ちが働いたのだろう。よく健闘したと、敗者となったパスリーにも盛大な拍手が送られた。


 ウォーレンには悪いが、その日の試合は見所のある物となり、

 非常に好評だった。




万事順調?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ