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剣闘士再び

「ふむ。難しいね」


 フレアの執務室で書類仕事を手伝っていた時、ふいに彼女の発する一言。「東か?」と尋ねると、頷く。


「君の知っている未来と随分状況が違う。さしたる苦労もなしに戦争が終わったからね。国王のカリスマは、まぁ程々にだが健在だし、国軍も強い。それに君が言うには東の魔物にはかなり苦労させられる事になるんだろう?」


 フレアの問いに「確かにそうだなあ」と返すと、考える。

 先日の討議において、未来よりも早い段階で東へ侵攻してみてはどうだろうか、という案が仮決定されていた。穀倉地帯の入手は、すなわち維持できる軍の拡大に繋がるからだ。

 前回はさしたる利益が上がる前に決戦せざるを得ない状況になってしまったが、今回は時間的に十分な余裕がある。また、前回のように軍備の拡大に王の機嫌を伺う必要も無いだろう。あちらも十分な兵力を残しているのだ。


「ふむ。魔物に関してのノウハウは、経験という点を除けば俺が伝えられるだろうな。ウォーレンに本の編纂でもさせて、部隊毎に持たせるのも良いかもしれない」


 そう言うと、手に持つ書類から目を上げ、こちらに呆れた声を発するフレア。


「おいおい、本になど出来るわけがないだろう。君は自分の持つ知識を過小評価する傾向があるね。実地を伴った対魔物戦闘の実用書だぞ? どんな黄金よりも価値があるよ。第三者に渡る危険性を考えたまえ」


 言われてみると確かにその通りだと、唸り声を上げて他の方法を考える。しかしいくら考えてもこれだと呼べる物は出てこない。

 というより、今までは未来での知識から迷う事無く物事を進めてこれたが、元来こういった戦略的な部分を考えるのは得意ではないのだ。アキラだった頃もフレアにまかせっきりだった。恐らく今回もその方向でいくのが正解に最も近い道だろう。


「まあ、基本的にその辺はフレアの決定に従うよ。だがそうなると、進撃開始近くになるまでは口頭での説明か。頭が痛くなるな」


 隊長クラスの人間達と延々座学を繰り返す姿を想像し、思わずこめかみを押さえる。いっそウォーレンやアキラだけに全てを伝え、あいつらから発信させるか?奴らには悪いが、非常に魅力的な案だ……よし、そうしよう。


 頭の中で二人のスケジュールを大幅に変更する算段を付けると、元の話題へと戻す。


「では時期が来るまではひたすら訓練をし、機を待つという形だな?」


 消極的な案だが仕方ないだろうとそう言うが、彼女はじっと考え込んだまま机を指で叩き続ける。


「……いや、それで済むならわざわざ難しいなどとは言わないさ。君の言う通り、国軍は東への意欲を間違いなく持っている。下手に時期を見てしまうと先を越される可能性がある」


 フレアは溜まった息をふぅと吐き出すと、大きく背もたれに寄りかかる。


「ちなみに参考までに聞きたいんだが、未来での私はどういった戦略を採っていたんだい?」


 音も無く部屋へと入ってきたキスカからお茶を受け取ると、喉を潤しつつ答える。


「傭兵は除くが、常備軍から漏れた余分な兵を全て剣闘士にしていたな。食い扶持は勝手に稼ぐし、訓練にもなる。相当な名声も得ていたな。だがそれが王家との確執の原因ともなってた」


「ふむ。剣闘士か……」と何やら閃いた様子のフレア。


「君は確か、東の国の住民は娯楽に飢えていると言っていたね?」


「あぁ……」となんとなしに答えるが、言葉の裏に隠された意味に気付き、ニヤリと笑みを作る。


「なるほど。向こうでやるのか」


 フレアは鋭い目つきの笑顔で頷く。


「そうだ。あそこは穀倉地帯だが、他所と交易が出来ない。余った穀物を腐らせる位なら、軍の食い扶持にさせてもらおう。おっと、失礼。軍では無く"剣闘士"だね」


 フレアの案に、かつて実現はしたものの十分な結果を見る事なく終わってしまった自らのアイデアを重ね、懐かしさに想いを馳せる。


「それで行こうフレア。あっちで一番大きい産業は賭博と売春だ。本格的に稼働して独占状態になったら、凄まじい利益になるぞ。それに町から町への比較的安全な移動ルートを知っているし、有力者の顔と性格も把握してる」


 二人でにやにやと悪い笑みを浮かべていると、キスカが「また悪巧みですか?」と笑みを見せる。フレアはそんなキスカに「いやいや」と指を立てて答えると、何やら書類を手に立ち上がる。


「我々がやる事成す事、それは全てが世界を救うという大義の元にあるのだよ? であれば悪巧みもまた正義の計画さ」


 お前は悪の組織の親玉かと心の中で突っ込みながら、フレアの差し出してきた書類を受け取ると、それに目を通す。


「…………フレア。これは何の冗談だ?」


 フレアはさも心外だと言わんばかりの表情で肩を竦める。


「冗談でもなんでもないよ。君にはその資格も力もあるだろう。北南戦争での活躍はそれを得るに十分なものだよ。なにより個人的に、受けてもらわなくては非常に困る」


 何故?と問うと、ゆっくりと傍へ寄るフレア。


「君との繋がりが欲しいからさ。君はもはや私には無くてはならない存在だ。軍の主力を担い、参謀でもある。また、持っている知識はあらゆる財貨を凌駕する」


 やがてお互いの顔だけが見える距離まで近づくと、こちらの鼻先を人差し指で触れる。


「そんな存在がだね。今のところ何の繋がりも無い全くの他人なのだよ? この状況は私には不安でしょうがないよ」


 他人という言葉に痛む胸を押さえると、その手をフレアが掴む。


「だから拒否は許さない。これからもよろしく頼むよ。サー・ナバール殿」




「隊長、叙勲おめでとうございます。サーとお呼びした方が?」


 にやにや顔のウォーレンにかぶりを振って答える。


「ありがとう。だがよしてくれウォーレン。俺はそんな柄じゃないよ。それに爵位というより首輪と表現した方がいいだろうさ」


 そう言いながら自らの首を、手で絞めて見せる。


「それより準備の方は順調か? できれば出発がいつ頃になりそうかわかると嬉しいんだが」


 そうですねぇ、と眼鏡を押し上げるウォーレン。


「あと二、三ヶ月もすれば十分な準備が整うかと思います。あまり大勢で押し掛けて物価の値上がりでも起こしたら大変ですからね。徐々に増やしていく形が良いかと思います」


 しっかりと現状を把握してる様子のウォーレンに満足すると、そこら辺は基本的にまかせるよと丸投げする。


 ――それにしてもインフレか。考えた事が無かったな。


 こいつ本当はどこかで財務官でもやってたんじゃないかと、疑いの眼差しでウォーレンを見やる。彼はこちらの視線に気付くと、居心地悪そうに身じろぎをする。


「隊長は真っ先に向かわれるんですよね。本部はどこに設置されるんですか?」


 ――そいつはとっくの昔に決まってる


「本部はニドルに置く。あそこは西部穀倉地帯の要になるだろうよ」


「了解しました。それではお先に」と便所を後にするウォーレンを見送ると、続いて自分も出る事にする。


 「やべぇ! まじやべぇ!」と叫びながら女性用便所へ駆け込むウルとすれ違い、少しは淑やかにならんもんかねと頭に浮かぶが、知っている未来を思い出し、不可能だなと早々に考えを破棄する。


 そのままの足で野外の訓練場へと向かうと、こちらに気付いた号令が気を付けの声を発し、全員が敬礼をする。


「いや、そのまま続けてくれ。アキラはいるか?」


 少々お待ちをの声に従い、訓練場を眺めてその場で待つ。上官の視線に緊張するのか、誰もが少しおっかなびっくりな動きだ。


「おい! そんなんじゃ誰も見てて興奮なんかせんぞ!! お前らは剣闘士になるんだ。余計な考えは捨てろ!」


 誰ともなしにそう叫ぶと、応の声と共に再び打ち合いが始まる。先ほどよりも気合の入った動きに満足気な笑みを漏らすと、やがて走り来たアキラに声をかける。


「ようアキラ。調子はどうだ?」


 今まで誰かと打ち合いを行っていたのだろう。訓練用の防具を身に着け、頬に赤くみみず腫れが出来ている。


「まぁまぁだよナバール。運動部とかやった事なかったけど、日々の訓練の成果が出るってのは嬉しいもんだね」


 爽やかな笑顔。なんとなしにそれが眩しく、視線を逸らす。


「そうか、そいつは良かった。そろそろグレースと位ならまともに打ち合えるようになったか?」


 それを聞くと、少しむっとした様子で口を尖らせるアキラ。


「弓兵でしかも女性じゃないか。彼女も強者だけど、さすがに負ける要素は無いよ。最近はパスリーに稽古をつけてもらってるんだ。彼は強いね」


 アキラの言にふむ、と鼻を鳴らすと、近くにあった模擬刀を手にし、アキラに向ける。思ったよりも成長著しいようだ。そろそろ相手をしてやってもいいだろう。


「かかって来いアキラ。俺が相手をしてやろう」


 こちらの様子に気付いた兵士達が「隊長がやるみたいだぜ」と囁きあい、ギャラリーが出来始める。アキラは一瞬自らの模擬刀を抜きかけたが、それを止めると、まごついた様子を見せる。


「相手をするって、そりゃ構わないけど、防具も無しに? 危ないよナバール」


 それを聞いたギャラリーが「あいつ言うねえ」だの「本気か?」だのと囃し立てる。アキラは不思議そうに彼らを見て、きょろきょろと首を動かす。


「ふむ、アキラ」


 本当はあまり挑発的な事は言いたくないのだが、平和というぬるま湯の中であっても、アキラには強くなってもらわないと困る。

 いくばくかの間を置き、模擬刀を肩に乗せると、少し見下したような目線で口を開く。


「俺に一発でも当てられると思ったのか?」





出世


本人が望んでいるかは別問題。

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