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討議

「それにしても、"螺旋の勇者"ねぇ……」


 ニドルの宿屋にて、背もたれを前に両手を乗せ、椅子へ跨るミリア。にやにやした顔でこちらを見る彼女に、仕方ないだろうと返す。


「他に何も思い浮かばなかったんだ。それに螺旋の意味を伝えるには悪くないだろう? 前回のようにわざわざ言伝する必要も無くなる」


 ミリアは「そうじゃないわ」と立てた人差し指を左右へ揺らす。


「貴方がそう決めたって事は、当人が乗り気になるだろうって判断したからでしょ? 自分自身の事だものね。おもしろいのは――」


 こちらへ倒れる人差し指。


「あなたにも英雄志向なんて物があったのねえって事。男の子ね」


 いかにも楽しい物を見つけたといった顔のミリアに、うんざりとした表情を返す。


「地球の男ってのは誰もがそんな物なんだよ。こっちみたいに否が応にも大人にならなきゃいけない世界じゃないんだ」


 国にもよるけどな、と心の中で付け加えながらそう言うと、「ところで」と話題を変える事にする。


「ミリアに前の記憶があるのは、魔女の記憶からという事だったな。とすればフレアはどうなんだ? 彼女も魔女の力を持っていただろう」


「残念だけど」とミリア。


「彼女に流れる魔女の血は、私に比べて少なすぎるわ。もしかしたら残滓のような物はあるかもしれないけど。特に今回は私に力が集中してるから、なおさらね」


 そうか、と感慨も無く返事を返すと、背もたれに深く寄りかかる。ミリアの「方法が無いわけじゃないわ」という言葉に一瞬期待をするが、すぐさま打ち消す。


「だめだ。それは論外だ」


 そう言うと少し驚いた顔を見せるミリア。


「俺だってまるで白痴というわけじゃない。記憶に魔女の力が必要だというのであれば、君を殺せばいいという事にくらい気付くさ」


 ミリアは「そう」と呟くと、椅子から降り、こちらへ歩み寄る。

 身を寄せて来たミリアに、ただならぬ気配を感じて後ずさる。「あら、どうしたの?」と惚けた様子のミリア。


「ミリア。俺には君が何か好からぬ事を企んでるように見えるんだが」


「気のせいよ。それより貴方疲れてるわ。大丈夫とは思ってるんでしょうけど、凄く張りつめてる。ずっと満足に寝てないんじゃないの? たまにはゆっくり休みなさい」


 紡がれる魔法の詠唱に「待った」と手を伸ばすが、魔女の力とは恐ろしい物で、その手が上がりきる前に意識を持っていかれてしまった。


 最後に聞こえたのは、彼女の歌う優しい子守唄の声。

 どこかで聞いた事のある、優しい声。

 そう言えばフレアもこの歌をよく歌っていた。

 もう随分と遠い、昔のような気がする。



 ふと、意識が覚醒し、むくりと起き上がる。

 こんなにも気持ちのいい目覚めはいつぶりの事だろう?全身に力が漲り、今なら何でも出来るのではないかという錯覚さえ覚える。窓からは朝の光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。


「ミリアの魔法か……ミリア?」


 頭の中に浮かんだまさかとの思いから、部屋の中を伺う。


「おいおい、冗談じゃないぞ?」


 見つからないミリアの姿に、焦燥感に駆られる。

 布団から飛び出すと、素っ裸だった事に気付き、慌てて服を着る。護身用のナイフを掴み、ドアノブを回した所で「どこへいくの?」と声がかかる。


 布団の中から顔だけ覗かせているミリアの姿に、安堵からその場にへたり込む。彼女はそんな姿を見てくすくすと笑いを漏らす。


「自殺したりなんかしないわよ。そうしてもきっと、貴方はもう一度やり直すだけだもの」


 ミリアの言に「確かにな」と乾いた笑いを送ると、せっかくだからとそのまま外へ出る事にする。

 どたばたとしてしまったが、体調がいい事には変わりない。夕方には町を出る事になっているので、少し散歩でもして、懐かしのニドルを見るのもいいだろう。


 部屋を出て宿の出口へと向かおうとすると、隣の部屋のドアが開き、中からウルが顔を出す。見ると赤い顔をしており、熱でもあるのかと心配になる。


「なぁ、アニキィ……」


「どうした?」と返すと、もじもじしながらウルが続ける。


「その、アニキ達の夜のアノ声がよ……えと、丸聞こえだぜ。別に、その。ヤルなとは言わねぇけどさぁ。もうちっと抑えた方がいいと思うぜ?」


 何の話だと首を傾げるが、やがてその意味に気付き、叫ぶ。


「ミリア!! お前何をした!!」


 考えてみれば、なぜか俺は――正確には俺らは――全裸で寝ていた。脱いだ覚えは無いし、脱がされた覚えも無い。

 悪戯にしてはやりすぎだぞと、部屋に戻り布団を剥ぐが、そこにあったのは丸めて置かれたダミーの枕だけで、ミリアの姿は既に無かった。


 後ろから覗き込むウルが布団に残る赤いシミを見つけ、「何をって、そりゃナニでしょ」という身も蓋も無い感想を言い放つ。


 酷い脱力感に襲われ、結局その日は部屋で飲む事にした。




「やあフレア。ただいま。わざわざお出迎えか?」


 屋敷の外で待つフレアに、部下共々敬礼をしながら声を掛ける。


「よく戻ったね。ご苦労だった。出迎えるのは当然だろう? 君らは我が軍の主力だからね」


 懐かしいやり取りに、少し胸が熱くなる。


 笑顔で「ありがとう」と返すと、フレアについていく形で屋敷へと入る。かつてと同じ様に風呂で汗を流すと、食堂へと向かう事にする。廊下でミリアとフレアが何やらやり取りしていたが、恐らく魔女の血縁についての事を話しているのだろう。


 部屋に入るとウルにキスカ、ウォーレン。そしてアキラが既に着席しており、すました顔をしていた。ウルの口元には食べかすが見え、恐らくつまみ食いをしていたのだろう。ウォーレンが何も見ていませんと必死に顔で訴えて来ている。フレアがそんな事を気にするとは思えないが、おもしろいので放っておく事にする。


 やがてミリアを連れて入ってきたフレアが、「噂の魔女様だよ」とぞんざいな紹介をすると、不機嫌そうに席へ付く。

 何事かと動揺する一同を尻目に、勝ち誇った顔で席に付くミリア。余計な事を喋ってなければいいがとミリアを見やると、彼女はわざとらしい投げキスを返してくる。


「隊長……まさか……」


 訝しげな表情でこちらを見る男二名。特にアキラに至っては、信じられない程の驚愕の表情を浮かべている。


「おい、ミリア! お前……あぁ、いや」


 即座に否定の言葉をかけようとするが、アキラの顔を見て、思いとどまる。腹立たしいが、ミリアのやっている事は戦略的には悪くない。


 ――くそ、どうにでもなれだ!


「…………そ、そういうのは……二人でいる時だけに、してくれないか」


 やっとの事でそう絞り出すと、しばし部屋の中の時が止まる。

 これでこちらの人間であるウォーレンやキスカはともかく、まだ地球での常識を持つアキラからは、ロリコン認定される事間違い無しだろう。現に震えん出さんばかりの表情をしている。今だけはこいつが憎い。


 フレアはそんなこちらを呆れた顔で見ると、「言いたいのはそれだけかい?」と発し、立ち上がろうとする。慌ててそれを止めると、大事な話があるんだと語り始める。



「まさかあの流れから、こんな大きい話が出てくるとは思わなかったね……」


 茶化してはいるが、真剣な表情のフレア。しばらく考え込んだ後、机を指で叩きながら口を開く。


「要点をまとめると、こういうことだな? 今はまだ覚醒していない強力な死霊使いがおり、扉とやらを使って好き勝手やろうとしている。そいつが手を付けられない程強力になってしまう前に、手を打たなければならない」


 彼女はこちらとミリアの頷きを確認し、続ける。


「どうやればそいつを止められるかは、現状では不明。もし失敗した場合、どんな犠牲を払ってでもアキラを扉へと到達させねばならない……か。今更君の話の真偽を疑うつもりはないが、解せないのはここだ。なぜアキラなんだね?」


 最も突っ込まれたくない部分を、的確に指摘してくるフレア。それは、と口を開こうとした時、アキラが立ち上がる。


「俺が螺旋の勇者だから……だよね?」


 こいつは何を言ってるんだ?という表情の一同。心の中でアキラに何度も謝りつつ、真剣な顔のまま頷く。


「そうだ。アキラだけが扉の意思を受け継ぐ事ができる。もちろんネクロをどうにか出来るのが一番だが、それが無理でも」


 アキラを見やり、その肩に手を置く。


「こいつが扉へ触れる事が出来さえすれば、俺達の勝利だ。俺はその為ならば、文字通りこの命を懸ける」


 流れる重々しい沈黙。

 ウォーレンがメガネを中指で押し上げると、溜息と共に口を開く。


「世界がどうのと言われてもピンとは来ませんが、隊長がこんな冗談を言うとも思えません。いやはや、世の中は広いですね」


 彼は少し芝居がかった様子でそう言ってしばらく考え込むと、やおら立ち上がり、敬礼をする。


「やっぱり僕には世界がどうのこうのはわかりません。ですから、隊長に従います。隊長が白と言えば白。黒と言えば黒です。隊長がアキラ君に命を差し出せと言うのであれば、そうしましょう。事実今までもそれで上手く行きましたしね」


 笑顔を見せるウォーレンに、ありがとうと手を差し出し、固い握手を交わす。アキラがそこへ乗せる形で手を差し出すと、ウルが「俺も」とテーブル越しに手を伸ばしてくる。


「俺もアニキに従うぜ。よくわかんねえけどアニキには借りがあるからな。きちっとケジメだけはつけるぜ」


 生意気にもそう言うウルに、軽いウィンクを返す。その様子を見ていたフレアは溜息をひとつ吐き出すと、口を開く。


「まあ、話の内容からして協力せざるを得んだろうね。好む好まざるに関わらず……ふむ。そうだな。ナバール。何か口実になる話は無いか? 誰もに話せるような内容では無いし、理由も無しに軍は動かせない」


 フレアの言葉に尤もだと、具体的な戦略についての討議を始める事にする。選択肢はさして多くは無いだろうが、目的意識の統一という意味では十分に実の有る物になることだろう。


 やがて寝入ってしまったウルの寝息をBGMに、

 討議は夜遅くまで続く事になった。




催眠。何も覚えていません。

俺だったら覚えていたいけどな!


ミリアのこの行動の意味とは果たして?

一応補足。この物語の雰囲気的に、ガチで幼女を囲ったりはさすがにしません。アシカラズ

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