魔女の記憶
「ウル、本当にお前が行くのか?」
そう声を掛けると、こちらへ親指を立てるウル。
「あたりめえじゃん。一番俺がすばしっこいんだぜ!」
去年よりも少しだけ背が伸びたウルは、本人曰くもう大人だとの事だが、どう見ても幼い少女にしか見えない。もちろん見た目からは想像も出来ない能力の持ち主だという事はわかってはいるのだが、どうにも心配になる。
「ナバール隊長、こう言っては何ですが、ウルに出来ないんじゃ他の誰にも出来ませんぜ?」
部下の言葉に「確かにな」と返すと、ウルへ頷く。
ウルはこちらの頷きを確認すると、口端を歪めた人の悪い笑みを浮かべ、森の中へと走り去って行った。
「いいか、チャンスは一度だけと言うつもりはないが、出来れば一度で仕留めたい。タイミングを間違えるなよ」
部下達が応の声を上げる。
やがて一時間も経ったろうか、いい加減心配になって来た頃。森の奥から木々を揺らす騒がしい音と共に「うおっ!」だの「あぶね!」だのといった声が聞こえて来る。
大木の前で斧を持つパスリーに目で合図をすると、彼は斧を手に、体を捻り始める。
「いいか、まだだぞ……まだだぞ……」
パスリーに向かい手のひらを向け、そのまま待機するよう促す。そのままの姿勢でさらにしばらく待っていると、突然繁みの中からウルが飛び出して来る。
「ア、アニキィ!! はええとこ頼むぜ!!」
叫びながら予定するポイントへ走り来るウル。その後ろから、その巨体に見合わない速度で追いすがる影。
「パスリー!! 今だ!!」
手をぐっと握り、そう叫ぶと、パスリーが木に巻かれたロープを切断する。
地上六メートル程の高さに設置された巨大な丸太が、大木に結ばれたロープを軸に、円運動を描きながらウル目掛けて放たれる。
あわや激突するかと思われた瞬間、咄嗟に身を伏せるウル。
丸太はウルのすぐ真上を通過し、今まさにウルを捉えようとしていたウッドゴーレムの上半身に直撃する。
まるで交通事故にあった人間のように、空中できりもみ回転しながら吹っ飛んでいくゴーレム。やがて十メートル以上先にある大木にぶつかると、四肢を散らしながら地面へと落下していった。
「いょっしゃ!! ってあぶな!!」
起き上がり、ガッツポーズを取った瞬間、振り子として戻ってきた丸太を再び避けるウル。何をやってるんだと呆れた表情を向けると、でへへ、と照れたように頭をかく。
「でもまあ、ご苦労さん。よくやってくれた。さあ、さっさとあいつを捕縛しちまおう。放っておくと自動再生していくぞ」
そう声を掛けると、何本ものロープを携えた部下達と共に、ウッドゴーレムの落下地点へ向かい、その体をぐるぐる巻きにしていく。
念の為にとその身の上に、先ほどぶち当てた丸太を六人がかりで上に乗せ、仕上げとする。ウッドゴーレムがどれ程の怪力かは知らないが、これを自力でどうにか出来るとは思えない。
「よし。みんなご苦労だった。ここからは俺一人でいい。先に戻ってくれ」
ひと仕事終えた仲間に声を掛けると、昔の記憶を頼りに坂道を下っていく。
しばらく進んでいると、後ろに人の気配を感じ、振り向かずにそのまま口を開く。
「ウル。俺は先に行ってくれと言ったはずだが?」
すると繁みの中から舌打ちと共にウルが現れ、まあまあといった様子で手を振りながらこちらに歩み寄る。
「いいじゃんいいじゃん。魔女とか俺も見てみたいしさ」
にひひと笑うウルに「仕方の無い奴だな」と返すと、二人で坂を下り始めた。
こちらの「変わらないな」という声に不思議な顔をするウルを尻目に、家に絡みつくツタを切り開き、中へと入っていく。
覚えのある青銅の棺を前に立つと、何の躊躇も無くその蓋を開けていく。何も知らないウルは「いいのかよ?」といった不安気な顔でこちらを覗き込んでいる。
棺より現れる、懐かしい顔。
過去へ戻る事で誰もが若くなってしまったが、この娘だけは当時と何も変わっていない。
しばしその顔を見つめていると、やがてゆっくりと目を開き、こちらを見つめ返して来る。
「やあ、おはよう」
かけた声に首を傾げるミリア。
彼女は何か返事をするでもなく、一糸纏わぬ姿のまま起き上がると、そのまま倒れるようにこちらへと抱きついてくる。
一体何事かと口を開こうとした所で、その口が彼女の唇で塞がれる。
「会いたかったわ…………夢の中でずっと貴方を待ってた」
何の話だと混乱する中、再び口を塞がれる。口内に侵入してくる舌に驚き、思わず顔を反らす。向こうでこちらを見るウルが、顔を赤くし、指の隙間からこちらを伺っている。
「もうあの娘には話したの?」
顔を至近に寄せたままのミリア。
「一体君は、さっきから何の話をしてるんだ?」
彼女は優しい笑みを浮かべると、ウルに向かい短い呪文を唱える。いくらもしないうちにウルは、棺にもたれかかる様にして眠ってしまった。
「アキラ……いえ、今はナバールかしら? 私は覚えてるわ。貴方の勇気を。行動を。かつての思い出達を」
その言葉にはっと息を飲む。
「覚えている……? 君は、その……あの時のミリアだという事か?」
信じられないという想いと共にそう言うが、首を振るミリア。
「そうだけど、そうじゃない。なんて説明すればいいのか、私にはわからないわ。私は私。貴方は貴方よ。過去も未来もないわ。同じ事を繰り返してるの」
何を言っているのかわからないと首を振ると、彼女が続ける。
「時が止まってるの。ずっと進まないでいる。何度も、何度も同じ事を繰り返してる。ここは閉じた世界なのよ」
ミリアの言葉に、こいつは難しい話になりそうだと、持ってきた服を手渡してその場に腰を下ろす。ミリアがそれを身に付けるのを待つと、口を開く。
「よくは分からないが、君はあの時のミリアだと考えていいんだな? ……ふむ。同じ事の繰り返しという事は、今回も失敗するという事か?」
首を振るミリア。
「それは貴方次第よアキラ。貴方ならこの閉じた円環の世界を、再び螺旋に戻せるかもしれないわ」
ミリアの言葉に、わけがわからんと答える。
「どうして俺なんだ? 俺はちっぽけな一人の存在だ。世界がどうたらといった話に関係しているとは、とても思えん」
ミリアは「そうね、でも」と続ける。
「きっと貴方にしか出来ないわ。だって、この円環は貴方が作ったんだもの。この世界に来た、最初の貴方が。それがどれくらい前の事なのか、すっかりわからない位の昔の事だけど」
――俺が作った?
何の冗談だとミリアを見るが、彼女は至って真剣な表情をしている。彼女はこちらが落ち着くまで待つと、再び口を開く。
「貴方の願いに扉が応えたのよ。こんな終わりは嫌だ。もっとどうにか出来たはず。やり直したい。そんな想いを。そしてそれは、今でも続いてる」
頭の整理が付かず、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と手のひらを向ける。
「どうして扉が……いや、そうじゃない。君はなんでそんな事を知ってる。というか知っているなら、なぜアキラだった時に教えてくれなかったんだ?」
ミリアは優しい笑顔を見せると、こちらの手を握ってくる。
「長い長い繰り返しの中で、初めて魔女が一人になったのよ? 私達が出会って、魔女が生まれて、その上で貴方が扉へ辿り付いた。これらはほとんど奇跡といっていい事だわ。一体どれだけの偶然が必要だったのか」
説明になっているのかいないのか。しばし考えた後、わからない事だらけの頭でミリアに訊ねる。
「あー、ミリア。俺は難しい事はよくわからない。魔女だの魔法だの、恐らく俺が理解できないような事なんだろう。了解したよ。それはいい」
ひと息置いて、続ける。
「単純に行こう。このふざけた繰り返しを生み出したのは、そうしたいと願った昔の俺で、それを終わらせる事は可能だと」
頷くミリアを確認する。
「わかった。それじゃ最も重要な点だ。一体、どうすればいい。正直話が突然で、しかも大きすぎてさっぱりだ」
ミリアは真っ直ぐにこちらを見つめ「簡単よ」と口を開く。
「いつか再び扉に辿り着いた時、貴方達がもう一度やり直したいと思うような結末にならない事。そして彼を地球へ返すの。そうすれば、螺旋は再び動き出すはずよ」
ミリアの答えに「そうか……」と返すとしばらく間を置き、先ほどの質問をもう一度する。
「ではもう一つ。なぜ君はそんな事がわかるんだ?」
ミリアは少し悲しそうな顔をすると、答える。
「あの扉を作ったのは、魔女よ」
「おい、ウル。起きろ。行くぞ」
よだれを垂らしながらぐっすりと眠りこけるウルの頬を叩くが、起きる気配が無い。仕方がないと彼女を背に担ぐと、ミリアを連れ、ニドルへと戻る事にする。
森の坂を上りながら、先ほどの話を出来るだけ単純化して考える。
最初にこの世界へ来たアキラが、一体どういった経緯を経たのかはわからないが、絶望と共に扉へと辿り付いた。その際やり直しを願ったが為、扉がそれに応えたと。
さすがファンタジーだなと、皮肉めいた笑みを漏らす。
ミリアは貴方では無く、"貴方達"と言っていた。それを終わらせるには、現在フレア領にいる"今回のアキラ"と俺の両方が納得する必要があるという事か……二人が全てに納得した上で、アキラを地球へ返す。
あまりの難易度の高さに、思わずため息が漏れる。
俺は結構細かい事を気にする男だぞ?やり直したい事なんて毎日のようにある。正直今回ナバールになってからだって、全てに納得してるとは言い難い。
それに、と隣を歩くミリアを見る。
こいつらとアキラがくっ付くのを止めなきゃいかんという事になるな。自分の事ながら腹立たしいが、無駄に責任感がある。こっちに女でも出来た日には、絶対に帰ろうとしないぞ。
何度目になるかわからない溜息を盛大に吐き出すと、ごちゃごちゃになった頭をすっきりさせるよう、思考を強引に単純化する。
別に難しく考える必要は無い。
要はハッピーエンドを目指せというだけの話だろう?
それなら言われるまでも無い事だ。
「今までと何も変わらんな。目指す所は一緒だ」
横で不思議そうに首を傾げるミリアにひとつウィンクをすると、
帰り道を真っ直ぐに見据え、ゆっくりと歩き続けた。
ハーレムタグは、まだ生きている!!




