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From The Earth ~地球から来た剣闘士~  作者: Gibson
第六章 ――ナバール――
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煉獄

 今後の事や、目下の事について考えるため、拠点であるウルの故郷へ戻る前に、アキラを連れて一度クリューゲンへ立ち寄る事にする。


 「弟……ですか?」


 少し不安気な表情のアキラ。頷きながら答える。


 「そうだ。こっちの世界じゃ黒目黒髪は珍しいし、俺の血縁とする事で色々と面倒な詮索を避けられる」


 前回のナバールは、アキラになるべくそれを知られないよう、地球や螺旋に関する情報をかなり秘匿していた。同じフレアの所属。しかも組織のトップ同士でありながら、俺に近い人間にはほとんど顔をあわせる事が無かったし、鎧と長い髪で顔を隠し、どうやったのかその色まで変えていた。さすがに瞳の色までは変えられなかったようだが、それでも周りから見ればせいぜい似ている止まりだった事だろう。


 今回は逆を行く。


 全てでは無いが、できるだけ情報を開示し、近い所に置いておく。少なくともこいつが将来有望な戦士になる事は間違い無いし、前回と同じでは同じ結末を迎える可能性がある。できるだけ違う事をやっておきたい。


 既に彼には、自分が地球出身である事は話してある。それがどう動くかはわからないが、それによって変わる事もあるだろう。


 アキラは何が何だかわかりません、といった表情だが、わめきたてるでは無く、じっと考えた末に口を開く。


 「その……ありがとうございます。でもいいんですか? そこまでして頂いて」


 申し訳なさそうなアキラに、出来るだけ明るい口調で言う。


「あぁ。構わないよ。初めて会った同郷の人間だ。お互い仲良くやってこうじゃないか」


 例え自分自身であるとは言え、騙すことに抵抗を感じる。しかしそんな事を気にしている場合でも無いだろう。

 課された責任は、ちっぽけな罪悪感に浸る事を許してくれるとは思えない。


 宿に到着すると、靴のまま部屋に入ろうとしたアキラに苦笑を向けつつ、荷物を降ろし、夕方の街へ繰り出す事にする。必要な物を買い揃えないといけないし、この世界の事を知るには、実際に触れるのが最も手っ取り早い。


「この町に何度も来る事があるとは思わないが、基本的な部分はどの町も変わらない。いくつかの重要な点さえ覚えておけば、今後不便をしなくて済むぞ」


 宿屋街をいくらか歩き、水を表す吊り看板の前で止まる。


「いわゆる公衆トイレだな。一般家庭や宿では汲み取り式か、所謂おまるの所が多い。そこにいる係りの者に銅貨を1枚払えば使わせてくれる。大都市になれば下水道が引かれている所もあるけどな」


 アキラと二人分を払うと、トイレへと入り、円形に配置された仕切りの無い便座のひとつへと腰を下ろす。実際にするわけでは無いが、使い方を教えてやる。


「えっと……誰かと鉢合わせた時はどうすれば?」


 少し引きつった顔のアキラ。意地の悪い笑みで返す。


「普通に挨拶して世間話でも楽しめばいい。終わったら横にある水がめの水で尻を洗う。使うのは右手だな。慣れない内はトイレから帰ってきた人間とあまり握手をする気にはなれないだろうな」


 出口付近にある水がめへ向かうと、そこに手を入れる。


「この白く濁った水は、いわゆる消毒液だ。カルガーネと呼ばれる石を砕いた粉末が入っている。どこかの天才が見つけたんだろう。実際に消毒、消臭の効果がある」


 不安げな顔ながらも真剣な顔で頷くアキラ。


「わかった。でも世間話ね……まともに話ができるとは思えないんだけど」


 肩眉を上げつつ、笑顔で返す。


「そういう時は遠方の村から来たと言えばいい。そうだな……フレア領にある小さな村にしておこうか。それなら何かあった時に領主の承認も取れる。都市部に何も知らない田舎物が来る事は別に珍しい事じゃないし、お前の髪の色が信憑性を与えてくれるだろうさ」


 公衆トイレを出るとそのまま「浴場さ」と今度は逆さになった水の表記の吊り看板の建物へと入る。


「字は読めないだろうが、必ず係りの者がいるから聞くといい。これが値段だな。どこも銅貨2,3枚が相場だ。浴場といってもお前が期待しているような銭湯なんかとは大違いだから期待はするな」


 ここでも二人分を払うと、中へと入り、実際に使う事にする。


「いわゆる大きな湯船がある風呂は、都市部にしか無い。水が貴重だからだな。見ての通り湯船らしき物はあるが、絶対に入るなよ。袋叩きにされたあげく摘み出されるぞ。汲み出して使うんだ」


 そばにある台の中に荷物と衣服を仕舞うと湯を汲み、傍に置かれた布で体の垢を落としていく。他にも何人かの利用者がおり、こちらの姿を見ると驚きの顔でお辞儀を返してくる。


「こんな所で天下の突撃隊長にお会い出来るとは、幸運に感謝します」


 隣にいた老人に笑顔で握手を返すと、アキラに向き直る。


「基本的に中にある物は全て入浴料に含まれてるから、自由に使うといい……何をもじもじしてるんだ?」


 何やら縮こまっているアキラ。しばらくすると見よう見まねで体を洗い始める。


「ナバールさん、凄い体してるからさ。俺、こんなモヤシだから」


 そう言いながらこちらと自分の体を見比べるアキラ。ため息と共に答える。


「お前もいずれこうなるさ。望む望まざるに限らずな。それより呼び捨てで構わない。兄弟でナバールさんはおかしいだろう?」


「わかった」と真剣な顔のアキラ。そばにある粉に目を向けると「これはさっきの?」と発する。


「そうだな。カルガーネだ。ここみたいに安い風呂場だとそのままだが、少し高い所だと香料や何かが混ぜられてる事もある。使いすぎると体がひりひりするだろうから、一度の入浴で片手一杯程度にしておけ…………おい、まて。水に溶いて使うんだ」


 言いながら見本を見せてやる。思えば自分もまさにこんなだったなと、自然と笑顔になる。

 まわりに目を向けると、誰もが笑顔でこちらのやり取りを見ていた。田舎から出てきた新兵か何かに、町の生活を教えていると思われているのだろう。


 湯を浴びてさっぱりすると、今度は遅くならない内に雑貨屋へと足を運ぶ。軍に入れば身の回りの品はどれも支給されるが、支給品には無いが持っておきたいもの。例えばいくらかの余分なタオル等を購入する。これらは手足に巻いて使う。慣れないうちは合わない防具が体を痛めつけるからだ。


「あの人も奴隷なの?」


 店から出た後、店番を見てアキラがそう口にする。


「……そうだな。胸に刺繍があるだろう? 所有者の名前が入ってる。だがお前が想像するような過酷な日々を送ってるわけじゃないよ。店番をして品物をまかされる位だ。信用されてるという事だから、無下に扱われてるという事は無いだろう」


「もちろん中にはそういう奴隷もいるけどな」と付け加えると、足を歓楽街へ向ける。


 やがて町並みの雰囲気が怪しいものへと変わっていき、男女問わず綺麗どころが立つ姿がちらほらと見え始める。


「せっかくだから遊んで来るといい。帰り道はわかるな? 気になるようなら帰り道でもう一度風呂へ入ってくるといい。ただしその場合はここら辺にある風呂は使うな。もう一戦やらかす元気があるなら別だが、まあ、そういう所だ」


 顔を赤くしてあたふたするアキラにいくらかの銀貨を渡すと、どの女にしようかと物色を始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれナバール。その、俺はいいよ。どうすればいいのかわかんないし、道徳的にも、その。色々あるでしょ?それに病気とかもあるだろうし」


 ごもっともな意見だと頷くと、肩を叩いてやる。


「郷に入れば郷に従えだ。道徳を気にするのは偉いぞ。だがこっちじゃ別に不道徳な事でもなんでもない。それに病気は気にするな。性病はあるにはあるが、簡単に直る。マナーについては直接聞くんだな。口裏通り田舎から来て初めてだと言えば、色々優しく教えてくれるさ。色々な」


「これも勉強だ。頑張って来い」と捨て台詞を残すと、手近に見つけた鼠族の女へと声を掛ける事にする。ゆっくり選びたい所だったが「あれってナバール様じゃないの?」という声が耳に入って来ており、このままだと群がられる可能性がある。


 いまだにどうしようかと悩んでいるアキラを横目に、近くにある建物に入っていくと、ひと時の安らぎを楽しむ事にした。



「ナバール!! なんで男女の見分け方を教えてくれなかったんだ。おかげで大変な目に会う所だったよ!」


 宿へ戻ってくるなりそう叫ぶアキラに、腹を抱えて笑いながらも謝る事にする。


「男女比率が違うからな。娼婦と同じ位男娼がいるんだよ。確かに中には女と見紛うようなのもいるなぁ。だが、結局は女と楽しんで来たんだろう?」


「いや、だって……」ともじもじするアキラに「気持ちの悪い奴だな」と返す。不本意だと口を尖らせるアキラに再び笑い声を返すと、ベッドを指し示す。


「さ、明日は早いからさっさと寝るんだ。日が昇ったら起き、沈んだら寝る。ここにいると人間らしい生き方になるよ」


 そう言うなり床に付き、目を閉じる。


 俺の時は全てがギリギリだった。

 何もかもを失敗から学んだし、生活を楽しむ余裕など無かった。毎日が生きるか死ぬかの戦いだったし、時間さえあれば生きる為に訓練に明け暮れる日々。

 いずれこのアキラもそうなるだろうが、少し位は楽しい生活を送らせてやってもいいはずだ。


「この世界は、決して煉獄ではないはずだ」


 自分に言い聞かせるように呟くと、「何か言った?」と発するアキラを無視し、そのまま眠りに落ちる事にした。





仰々しいタイトルですが、いたって平和。

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