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From The Earth ~地球から来た剣闘士~  作者: Gibson
第六章 ――ナバール――
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青田買い

「バルトの森を抜ける? 君は何を……いや、続けてくれ」


 どうにでもしてくれといった様子のフレア。それに従い説明する。


「魔の森を抜けるなんて正気じゃないと言いたいんだろう? ところがそうでもないんだ。あそこに魔物はいない」


 ほぅ、と途端に興味を示すフレア。


「中にはいくらかの村があり、自給自足で生活してる。魔の森なんて仰々しい名前を付けて、余計な人間が近づかないようにしてるだけだな。まぁ、その演出の為にあまり褒められない様な事もしてるみたいだが……そこは目をつぶってやるといいさ」


 剣闘士団の調査員が、まだフランベルグ中を調査していた頃に見つけた事実。一見馬鹿馬鹿しい偽装ではあるが、実際に戦火を免れる事に成功したわけだから、大したものだと言えるだろう。


「目をつぶるも何も、その森は私の領では無いからね。何もできないよ。それよりも気になる点があるね」


 フレアはそう言うと、卓上の簡易地図を指で叩く。


「森を通れば確かに近道にはなるし、メリットも多いだろう。だが君の話では、未来の私は山を通り成功したのだろう? なぜ成功するとわかっている手法を捨て、新しい試みをする必要があるんだね」


 確かな指摘に、小さくてもやはりフレアはフレアだなと妙な納得をする。片眉を上げた彼女に指を二つ立てる。


「理由は二つだ。ひとつは俺の知っている未来以上に、君には活躍してもらう必要があるという事。もうひとつは……」


 森を抜けた先にある町を指差す。


「ここにかつての友人がいるんだ」



 調査員の報告は正しかったらしい。

 森の村人達に一切の干渉をしないという条件でそこを抜けると、フレア軍は一切の被害を負う事無く、フランベルグ側へ進軍していた敵の背後に出る事に成功した。

 その後、比較的近くへ布陣していたクォーネ卿の部隊と挟撃する事で敵を押し潰し、これは北南戦争始まって以来のまともな勝利と呼べる戦いとなった。


「飲みたまえ。君にはその資格がある」


 いくつもの見知った顔。フレア軍の幕僚達が並ぶ中、最初の杯を受ける。乾杯の合図を待たずに一気に飲み干すと、フレアに訊ねる。


「ウルは見つかったか?」


 少し驚いた顔を見せるフレア。


「いや、まだだ。まさか全軍で捜索させるわけにもいくまい? そう急ぐ事は無いだろう。ネズミ一匹出られんよ」


 その言葉に「どうだろうな」と素っ気なく答える。

 フレアの軍はアインザンツの前線を崩した後、しばしの間の拠点としてウルの故郷を選んだ。守備隊のいない町はあっさりと陥落し、その周囲はフランベルグ連合軍が固めている。

 確かにフレアの言う通り、町から勝手に逃げ出すというのは、普通に考えれば難しいかもしれない。だが相手はあのウルであり、本気で町を出ようと思えば誰も止める事は出来ないだろう。また、ミリアやジーナ達に比べ、その所在がはっきりしていない。


 町へ来て三日目に入っても未だ見つからない彼女を考え、いらだたしげにテーブルを指で叩いていると、ふと入り口に立つ衛兵の姿が目に入る。

 ゆるいウェーブのかかった金髪に、いつも機嫌が悪いかのようなしかめ面。


「ウォーレン? ウォーレン・ダッグスか?」


 衛兵はこちらの上げた声に、なぜ自分を?という表情を見せる。


「フレア! こいつを俺の所にくれ。ぜひ部隊に加えたい」


 ウィンクと共にそう言うと、フレアはなるほどと納得した表情を見せる。


「いいだろう。ウォーレンと言ったか? 君は明日から突撃隊所属だ」


 フレアの言葉に敬礼をしながらも、非常に焦った様子で衛兵が答える。


「と、突撃隊!? お言葉ですがフレア様! 自分は内勤向けです。情けない話ですが、戦闘の類はあまり得意ではありません!」


 今にも倒れそうな調子の彼の肩を「わかってるよ」と笑いながら叩くと、顔を近づけ、囁くように話す。


「お前には副官をやってもらいたい。それとここだけの話、お前の歴史に関する知識に期待してる。なぜ知っているかは聞くな」


 歴史という単語にピクリと反応するウォーレン。「副官でありますか?」と信じられない様子の彼に、もう一押しする。


「わけあって歴史に詳しい奴が必要でな。もし付いてくるのであれば、いずれ飽きるほど歴史の研究をやらせてやるぞ」


 ウォーレンという人間の持つ最大の弱点を突くと、彼はいくらか悩んだ後「喜んで拝命します」と真面目な表情で答えた。



 祝宴の後、ひとりバルコニーで風にあたっていると、杯片手にフレアが隣へとやってくる。


「あのウォーレンという男。彼も君の知り合いかい?」


 フレアの言葉に頷く。


「非常に優秀な副官だった。俺がいまここでこうしていられるのも、彼による所が非常に大きいだろうな」


 かつて扉の位置を割り出したのは、他でもない彼だ。決して言いすぎという事はないだろう。フレアは自分で聞いておきながら、さして興味もなさげに「そう、ところで」と続ける。


「君は私の事をどう思っている?」


 質問の意図がわからず、フレアの目を見る。

 かつてと何も変わらない青い瞳。

 間が持たず、目を逸らして答える。


「なぜそんな事を気にするんだ?」


 フレアは「さあね」とバルコニーの手すりにもたれると、手をぶらぶらとさせる。


「わからないが、気になるんだ」


 少し不機嫌そうな声。ふんと鼻を鳴らして答える。


「俺は少し変わっているだろうからな。目新しく写るんだろう。それより夜はまだ冷える。早く戻った方がいいぞ」


 そう言いながら、フレアを残し、バルコニーを出る。少し冷たかっただろうかと心配になるが、仕方あるまい。

 相手はまだ十三なのだ。

 ロマンスを語り合うには早すぎる。



「見つかった?」


「えぇ」と頷くウォーレンに、髭剃り中の手を止めて、詰め寄る。


「どこにいたんだ? 散々探しても見つからなかったというのに」


 少し困った顔で「それが……」と言いよどむウォーレン。



「よう、元気か?」


 檻の中にいる少女に声をかける。


「なんでえ。嫌味か? こんなくせえとこに閉じ込めやがってよ」


 久しぶりに聞く勝気な言葉遣いに、思わず頬が緩む。ウルはそんなこちらを見やると、顔を引きつらせる。


「何笑ってやがんだ。気味わりいやつだな。お前あれか、拷問とかそういうのが趣味なやつか。きめぇぜ」


 散々な言われようだが、ぐっと堪えて話す。


「いや、そういう事はしない……あぁいや。フレアの立場上そういうわけにもいかんか。安心しろ。せいぜい奴隷としてこき使われるくらいのもんだ」


 支配者の屋敷に盗みに入った賊を、何の罰も無く放免するなど余程の理由がなければ難しいだろう。民衆を付け上がらせる事になるし、占領地ともなればなおさらだ。

 ウルはそんなこちらの言葉に少し顔を青くすると、あぐらをかいてこちらを直視する。


「奴隷か……へっ、好きにしやがれだ。おめぇのアレでもなんでも咥えてやるよ。噛み千切ってやっけどな」


 十歳かそこらの少女とは思えない台詞に、今度はこちらが顔を引きつらせる。


「今のはお袋さんには聞かせられない言葉だな」


 お袋さんという言葉に、その長い耳がピクリと反応を示す。


「おめぇにかーちゃんは関係ねーだろクソ野郎!!」


 格子越しに掴みかかってくるウル。掴まれるままにし、その目を見る。


「お前のお袋さんはこちらで保護してるよ。奴隷として北に連れて行かれる寸前だった所を、フレアが買い取った」


 それを聞くとビタリと動きを止め、固まったままのウル。


「大変だったぞ。わざわざ軍を動因して兎族を片っ端から当たったんだ。戦場で敵を殺すのが仕事の連中が人探しだぜ?」


 おかしいだろう?といった表情でそう言うが、どうやら聞いていなかったようで、掴みかかった腕でこちらを揺さぶりながら叫ぶ。


「かーちゃんは!! かーちゃんは…………その……元気なのか?」


 段々と勢いのフェードアウトしていくウルに、「あぁ」と答える。


「戦火に巻き込むわけにもいかんからな。フレアの本領に送ってある。奴隷としてという前置きは付くが、不自由無く生活してるはずだ」


 それを聞くと「そっか……そっか……」と嬉しそうな顔。こちらの服を掴む手に力が入り、やがてぽろぽろと涙を流し始める。

 しばらく泣くがままにしてやると、しゃくりあげた声でウルが聞く。


「なんで……なんでかーちゃんを?」


 当然の疑問だろうと、前もって用意しておいた答えを返す。


「昔会った事があるんだ。その時ちょっとした恩を受けてね。どうしてもそいつを返したかったからだな。奴隷として買うなんて形にはなってしまったが……お袋さんを自由にしてやりたいか?」


 赤い目のまま、勇ましい顔で頷くウル。


「ではお前が買い取れ。そのお膳立てはしてやる。お前はまだ十かそこらのガキだが、奇跡的な才能を持ってるはずだ。俺がそれを買う」


 衛兵に目配せをし、牢を開けてやる。


「さ、行くぞ。お前は今からフレア軍の突撃隊所属だ」




もちろんウルを直接戦闘に参加させるような真似はしませんよ。


いくら未来を変え、バタフライエフェクトによる影響が広がっても、変わらない物もあります。個人の資質や何かがそうでしょう。何かのきっかけで目覚める種のものもあるでしょうから、絶対かって言われたら微妙ですけど。

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