再会
――二度目のチャンスを生きる事になった時から
重厚な扉の向こうから複数の足跡が聞こえる。
――ずっと考えていた事がある
扉がゆっくりと開かれると、完全武装した衛兵が二人、部屋へと入ってくる。
――再びフレアと顔を合わせた時
やがて扉の奥から、一人の少女が現れ。
――果たして自分が冷静でいられるかどうかという事だ
こちらを、まるで見下したような、独特な下目使いで見つめる。
しばしの間見つめ合う二人。
「うぐっ!!」
苦しくなり胸を押さえる。
だが、どうやら我慢出来そうになさそうだ。
「あっはっはっは!! 小さい!! 小さいフレアだ!!」
まさか自分でも、さすがに笑う事になるとは思わなかった。
ひとしきり笑った後、青筋を立てる衛兵と目の前の少女に謝罪し、改めてその姿を見る。相変わらずの、金の螺旋を描いた二つのお下げに、青い瞳。人を見下したかのような下目使いと何も変わっていない。違う事と言えば、その背丈が小さく、幼い顔つきであるという点だけだ。十三という年齢を考えると当然ではあるが。
「しかし君は随分と失礼な男のようだね」
若いが、間違いなくフレアの声。そういえば初めて会った時もこんな様子だったなと懐かしみ、また、他人行儀な様子に胸が痛む。
「いや、すまない。改めて謝罪する。少し思う所があってね」
真剣な顔付きに戻し、頭を下げる。
「まぁいい。"そう言われるのは毎度の事だ"」
はっと顔を上げ、フレアの顔を見る。
「……なんだね?」
その表情を伺うが、何か含んだ様子には見えない。
「あぁ、いや……小さいと良く言われるのか?」
それを聞いたフレアはうんざりした顔付きになると、吐き捨てるように言う。
「何の話だね? 君は私を馬鹿にしに来たのか?」
もう一度顔を伺うが、どう見ても本気でそう言っている顔だ。ただの聞き間違いだろうか?それとも……
「まあいい。座りたまえ。君には聞きたい事がある」
フレアはそう言うと自らも腰を下ろし、苛立たしげに机を指で叩く。
「まずその鎧。随分と質のいい物のようだ。傭兵風情がおいそれと手に入れられるような代物ではあるまい。それに――」
鎧の文様へと視線が移る。
「何ゆえに私の文様が使われているのか、納得の行く説明がもらいたいね」
鋭い目つきでこちらを睨むフレアに、外野をどかせと左右へ視線を走らせる事で答える。
「なりませんお嬢様」
フレアが口を開く前に衛兵が答える。
「その声……フランドールか。親父さんは元気かい。確か腰を患ってたろ。そっちはエイジャか? フランクはお前さんに惚れてるぜ。だが贈り物に食いきれない程の魚を送りつけるのはやめた方がいい。普通に告白するんだな」
かつての知識からそう言ってやると、明らかに動揺する二人。それを見たフレアは驚きと共に、実におもしろいといった顔をする。
「フランドール、エイジャ。こいつは何やら楽しそうだ。席をはずしてくれ」
悔しそうな顔をしながらも、言われた通り後ろへと下がる二人。
「フレア。それと上のもだ」
指で天井を指し示すと、これはさすがに驚いたのだろう。目を見開くフレア。彼女が指を鳴らすと、天井から布が擦れる音が聞こえ、やがて静かになった。
「さて、これで満足かい?」
呆れたというよりも、感心した様子。「あぁ」とそっけなく答えると、テーブルの上に剣を乗せ、柄に巻いていた包帯を取り去る。
「剣にも紋様を? お前は正気か? こんなことをすれば極刑は免れんぞ?」
剣に掘られた複雑な紋様は、それに込められた魔法と合わせ、かなり強力な身分証明書となる。当然勝手に複製などしようものなら、文句無しの重罪だ。
「解析の魔法が使えるだろう。見てみるといい」
何が起こるのかとわくわく顔のフレアだったが、剣に対して解析の魔法を使った途端、その表情が固まる。
「…………私の魔力!? 本物だと? 一体どういう事だ!」
勢いよく立ち上がるフレアに、落ち着くよう促す。
「あまり騒ぐとあいつらがまた来る。それよりこいつが本物だと理解したな?」
訝しげな表情で再び腰を下ろすフレア。しぶしぶといった様子だが、頷く。
「そいつは間違いなく本物だよ。なにせあんたから貰った物だからな…………だから落ち着けって。ちゃんと理由を説明する」
再び癇癪を起しかけたフレアをなだめつつ、続ける。
「君がこれを俺に渡すのは、随分と先の話だ。簡単に言うと俺は未来から来たって事になるな。まあ、信じられないだろうが」
ぽかんとした様子で口を開けたままのフレア。
「いい事を教えてやろう。君の背中のここと、ここ。それに左の足の裏と右の尻にほくろがある。あと左すねに古傷と右ひじに傷がある。小さい頃転んで付けたものと剣の訓練中に付けられたものだな。相手はクデリアだったか?」
「ちょ、ちょっと待て!」と慌てるフレアを無視して続ける。
「君は小さい頃、中庭の生垣につくった秘密基地で横になるのが好きだった。祖父の髪の毛をむしりとって大いに叱られた事がある。十かそこらの時に大事にしていた本を無くして困った事があるな? それは書庫に入ってすぐの所にあるぞ。侍女が屋敷の本だと思って勝手にしまったんだ」
恐らく自分でもうろ覚えの部分があるのだろう。口を押さえ、思い出すように視線を動かすフレア。
「他にもいくらでもあるぞ。もっと近い所を当ててやろうか? 君は不甲斐ない国王軍に腹を立てて戦線に参加した事になっているが、実際はそうじゃない。冷静にアインザンツとフランベルグの勢力図を見比べた上で勝てると踏んだんだ。君はこれからロルン山脈を静かに越えて、相手側を包囲殲滅する事だろうよ。それだけじゃない……ああいや。この辺にしとくか。恐らく一晩かかっても語りきれないだろう。全部君から聞いた事だよ」
一気に語り終えると、部屋に長い沈黙が下りる。せわしなく目を動かすフレアに対し、こちらはじっと床を見つめる。
やがて何がしか答えを出したのだろう。彼女は見つからない言葉を捜してしばらく口をぱくぱくと開閉させた後、搾り出すようにして声を発する。
「おまえは……本当に先の世界から来たというのか?」
もっと色々説明してやろうかと口を開くが、もう十分だろうと頷くに留める。
「信じられん。信じられんが……」
剣と鎧に目を移すフレア。
「……信じざるを得ないだろうな。魔力の個性の模倣など出来るものではないし、君の言っている事はそのほとんどが真実だ。本についての真偽はわからないが……恐らく探せば君の言う通りの場所にあるんだろう」
フレアはこめかみを押さえると、深く椅子へ寄りかかる。「信じがたい事だ……いやしかし……」と再びしばらくの間葛藤を続けると、そのままの格好で口を開く。
「私と君はどういう……あぁいや。言わなくていい。体中のほくろの位置まで知っている間柄だったというわけか……ふむ。あまり好みの顔立ちというわけではなさそうだが」
片目でこちらを見やる彼女に、余計なお世話だと心の中で発しつつ、答える。
「いや、そこはその……大丈夫だ。君は軍人として生きる道を歩むからな。そういう所はあれだ。親しい間柄になると気にしなかったというか」
どうしようもない程のしどろもどろな嘘。そんなこちらを気遣ったのか、「まあいい」と続けるフレア。
「それより君の事は噂で聞いて知っている。敵から死神と恐れられる程の腕前だそうだな。君にはわかっているかもしれないが、奥に控えている衛兵は全部で七名。もし私の部下が一斉に君に襲い掛かるとしたら、どうなる?」
フレアの問いに五本の指を立てる事で答える。
「五人までは捌けるという事か?」
首を振り、答える。
「五秒で皆殺しに出来る」
しばしの間。
フレアはその答えに満足したのか、笑みを見せる。
「では私に選択の余地はないな。君が未来から来たというのが本当であれ、嘘であれ。少なくともこの場では君の意に沿う答えを出さざるを得ない。一体何が望みだね?」
望み。
それはナバールとして生きていく事を決めた時から決まっている。
「もう一度――」
剣を抜き、差し出す。
「君の元で戦いたい」
クリューゲンの宿へ戻ると、キスカへの挨拶もそこそこに、放り捨てるようにして荷物を下ろし、寝室へと閉じこもる。うつ伏せになって枕へ顔をうずめると、深く息を吐き出す。
正直、混乱している。
再び生きたフレアに出会えたというのは素直に嬉しい。ちょいとばかり若すぎるが、フレアである事に変わりはない。
だが、かつてアキラだった頃に二人で築き上げた、絆や思い出。そういったものは、もはやそこには無い。別人だと言われれば、その通りかもしれない。今回のフレアを初めて見た時。ああやって笑いでもしなければ、きっと耐えられなかっただろう。
頭の中にかつてのフレア達の姿を思い浮かべる。
今も光り輝くかつての思い出は、きっと胸の中で大切に仕舞っておくべきなのだろう。いつかきっと、それを凌ぐ思い出達が積み重なって行くに違いない。
同じ結末を迎えぬよう。
少なくともあれよりは、いくらかましな結末へ向けて。
かつての仲間達の想いを胸に。
前へ。前へだ。