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From The Earth ~地球から来た剣闘士~  作者: Gibson
第六章 ――ナバール――
52/129

第二部開始。といった所でしょうか。

ある意味強くてニューゲームとも言えるかもしれません。

「あの……ありがとうございます」


 擦れの無いはっきりとした声に、どきりとする。

 かつてのキスカは射抜かれた喉により、ほとんど声が出せなくなっていた。ずっと若いというせいもあるだろうが、これが彼女の本来の声なのだろう。


「いや、いいんだ。それより取り乱してすまなかったな」


 苦笑いと共にそう言うと、彼女はとんでもないといった様子で首を振る。その様子がなんとなくおかしく見え、苦笑いが自然な笑いへと変わる。しばらくすると、吊られたように彼女も笑顔を見せる。


「どうする? 一緒に来るか?」


 近くにあった瓦礫に腰を下ろし、焼けた家を仰ぎながら尋ねる。

 笑顔を伏せ、家族が埋もれているだろう家を見やるキスカ。


 降りしきる雨の音だけが流れる。


 一体どれだけの時が流れただろう。これも螺旋かと諦めようとした時、彼女が口を開く。


「私、何もできません」


 浮かしかけた腰を再び下ろすと、彼女を見やる。


「なら、覚えればいい」


 少し突き放したような言い方に、彼女は驚きの表情を見せる。

 こちらと家とを何度も見比べるキスカ。やがて決心が付いたのだろう、消えそうな程小さな声で「はい」と答えた。


「多少人使いが荒いが、根は優しい女を知ってる。時期が来たら紹介しよう」


 笑顔と共に立ち上がると、防水加工されたマントを被せてやる。

 さあ行こうと野営地の方へ歩き出すと、「あの」と声がかかる。


「あの……わたしの名前。なんで……」


 不安そうな顔。うやむやにするつもりだったが、嘘を付く事にする。


「多分だが、君の親戚の知り合いなんだと思う。この町にキスカという名の――」


 自分の耳を指し示す。


「――耳が少し欠けた子がいると聞いた事があってね。それでさ」


 自分では会心の嘘だと思ったが、かつてミリア達に言われた通り、演技の才能が無いらしい。ひどく疑わしげな目で見られる。

 しばらく見つめられるがままにしていたが、痺れを切らし「いくぞ」と勝手に歩き出すと、彼女は慌てたように小走りで付いて来る。


「あの、名前……」


 まだ言うかと片眉を吊り上げるが、差し出された手に、こちらの名前を聞いているのだと気付く。


「俺か? 俺は――」


 七年間の出来事を頭に思い描く。


「――ナバール……そう。俺はナバールだ」




 ――人間相手の戦いというのは楽でいい


「な、なんだあいつは! 化け物か!!」


 ――オーガーの様な怪力はいないし


「またあいつだ! 誰かあれを止めろ!! 隊列が!!」


 ――マンティコアの様な巨体もいない


「に、逃げろ! ナバールだ! 死神ナバールが来たぞ!!」


 ――何よりも、簡単に死んでくれる




「こいつはまた……あんたが他所の所属ってのが、本当に悔やまれるね」


 指揮官級の耳や頭。階級章ばかりが詰まった袋を無造作にテーブルへ置くと、それを見た褒賞担当官が呆れた声を発する。


「細かいのは面倒なんで置いてきた。適当に仲間の手柄にしてやってくれ」


 どうせ人相合わせに時間がかかるだろうとテーブル脇の椅子へ腰掛けると、せわしなく走り回りながら軍の雑務を手伝うキスカを、遠目に眺める。


「あんたの連れは今や人気者だよ」


 褒賞担当官の声に無言で頷く。

 フレアがこちらへ到着するまでと、誠実さに覚えのあったクオーネ卿の元に転がり込んだのが二か月ほど前の事。腕には自信があったので、キスカ一人を食わせていく位どうという事は無かったが、本人の強い要望から軍の雑務を手伝わせる事にした。

 当初こそ彼女は耳を馬鹿にされたり、無駄食らいだと冷やかされたりしていたが、二、三度ほど戦場で暴れてやると、やがてそうする者は誰もいなくなった。また、彼女自身も献身的に働き、その努力が徐々に認められて来ている。雑務というと聞こえは悪いが、多岐に渡る作業は、ただの町娘である彼女に様々な知識と経験を与えてくれる。


「しかし……ちょっとやりすぎたか?」


 顎を擦り、考える。

 かつてのキスカが喉を貫かれてからフレアに助けられるまでは、せいぜい半月かそこら以内だったはずだ。ここには現在簡易的な治療術を使える者しかおらず、喉をやられたのであればそれ以上生き長らえる事は難しい。

 あくまで聞いた話でしかないので正確にどうだったかはわからないが、当時北軍に押されて撤退していたクオーネ卿は、南にいるフレアの元へ逃げる帰る形になっていたはずだ。ところが今は――


「クオーネ様! ここは攻勢に出るべきでしょう!」


 近くの天幕の中から副官の物と思われる怒鳴り声が聞こえて来る。

 クオーネ卿はまわりの部隊がどこもかしこも撤退を始める中、その場に止まる事に成功した数少ない部隊のひとつとなっていた。


「あの者がいれば千の敵でも蹴散らしましょう!! これは機です!!」


 無茶言うなよと心の中で突っ込みを入れる。やがて憤怒やるかたないといった表情の副官が天幕から現れると、足早にどこかへ遠ざかっていく。


「まぁ……あんたがいくら活躍したってうちの名声には繋がらないからねぇ」


 作業を終えた褒賞担当官が、ずっしりと報奨金の入った袋をこちらに手渡しながら呟く。「悪いな」と袋を受け取ると、個人用に用意された天幕へと戻る事にした。



「南……ですか?」


 はてなと首を傾げるキスカ。


「前に話した事があったろう? 紹介できる奴がいると。そいつがそろそろこちらに到着するはずなんだが、どうにも到着が遅い。ならばこちらから向かおうって事だな」


 報奨金として得た袋から十枚程銀貨を取り出すと、キスカの小さな手に握らせる。


「小遣いだ。しばらく軍から離れるわけだから、衣類や何かの支給は受けられない。必要になるだろうから持っておけ」


 キスカは開いた手の中を見て目を丸くしていたが、こちらと銀貨とを交互に見た後、大事そうにベルトポシェットへとしまい込んだ。

 正直アキラでいた頃においても買い物などほとんどした事が無く、また、自由に外を出歩けるようになった時には、既にちょっとした金持ちになっていた。おかげで今でも一般の金銭感覚がよく判らない。もしかして渡し過ぎてしまっただろうかと心配になるが、まあキスカの事だ。悪い使い方はしないだろう。


「明後日にはここを出て、クリューゲンの街へ向かう。そこで彼女と出会えるようならそれで良し。居ないようならそこからさらに移動だな。慣れるまで野営と行軍はきついだろうから、今の内に覚悟しておくといいぞ」


 少し意地の悪い笑みと共にそう言うと、腰を下ろし、今後の事を考える。


 風が吹くと桶屋が儲かる。些細な変化が巡り巡って予想も付かない大きな変化となる事で、いわゆるバタフライ効果というやつだ。

 俺は過去のフランベルグに来ており、この先起こる事を知っているが、それにどこまで頼っていいのかどうかの判断が難しい。バタフライ効果によってどれだけ影響が広がるかがわからないし、何より自分で積極的に未来を変えようとしているのだ。


 鼻歌まじりに荷物の整理をしているキスカを見る。


 既に一部は変えてしまった。今後の流れも少しずつ変わっていくだろう。だが重要なのはいくつかの点のみだ。そこさえ掴めればいい。


 まずは軍事力。恐らく遺跡を守っていたスケルトンの大軍は、四十年前に東の国の首都で作られた奴らのはずで、過去へ遡った今も遺跡を守っているはずだ。ゾンビが完全に白骨化するにはかなりの時間がかかるはずだし、しかも当時は冬を挟んでいた。作ったばかりのゾンビ軍がそう簡単にああはなるまい。

 そしてそうなると、あれを打倒できる強力な軍事力が必要になる。恐らく前回のナバールも同様の努力をしたはずだ。今考えると、フレアはあらゆる点であまりにも勝ち過ぎていたし、都合が良すぎる点がいくつもあった。それらも、前回のナバールの誘導があったと考えると納得できる。


 キスカが座りの位置を直し、こちらに背を向ける。恐らく下着の類の整理を始めたのだろう。初々しい事だ。

 こちらも敷布へと横になると、天幕の外側へと向き直る。


 次に必要なのが、ネクロの成長を止める事。問題はここだ。具体的にどうやって不死者なるものになったかが不明だし、今現在の足取りもまたわからない。


「また彼女らの力を借りる事になるな……」


 それぞれが非常に強力な特徴を持っていた、かつての先遣隊の仲間を思い描く。こちらの世界では強引に巻き込む形になってしまうだろうが、それも仕方あるまい。目的が果せたらいくらでも穴埋めさせてもらおう。


 軍事力とネクロ。この二点さえ守っていれば、さほど未来を変える事による影響を気にする必要は無いはずだ。タイムパラドクスや何かを考えると、疑問や危険は数えきれない程出てくるが、気にしていてもどうする事も出来ないだろう。指針は簡単な方がいい。


 開き直り、好き勝手やり、仲間を集め、ネクロに鉄塊をぶち込む。


「うん。それがいい」


 楽観的ではあるが非常に魅力的な案に満足すると、

 明日の旅立ちに向けて、意識を闇へと預ける事にした。




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