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想い

最終決戦

「おうおう、こりゃまたすげえ量だな」


 森の中、誰かが声を上げる。

 ツタや苔に覆われた巨大な遺跡は、まわりを囲む森の木よりも多いのではないかという数のアンデッドに、文字通り埋め尽くされていた。


「だが、目的地はわかり易くていいな」


 長い年月と共に全てが崩れ、ほとんどが土台と壁だけになった都市の残骸に過ぎない遺跡だが、中央にそびえ立つ王城の天守だけは、しっかりとその姿を残していた。他に屋根のある建物など無い。扉があるとすればそこだろう。


「ミリア、どうだ?」


 横で精神を集中するミリアに尋ねる。


「間違い無いわ。こんなものがこの世に存在していたのね。信じ難い程の魔力が溢れ出てるわ。高い位置にはないから、恐らく天守に入ってすぐよ」


 フレアと共に頷くと、各隊に指揮を飛ばす。

 扉へ到達し、それに触れるというのであれば、一点突破しかない。


 重武装した突撃部隊が前へ出るのを見送ると、深呼吸を繰り返す。


 ――さぁ、始まるぞ


 手にしたメイスを強く握り締め、フレアの剣がしっかり鞘に固定されている事を確認する。

 フレアの方を向き、一つ頷くと、彼女は立ち上がり、剣を前へと指し示す。


「先発隊、突撃!!」


 合図と共に突撃隊が怒声を上げながら突進する。それに気付いた骸骨達が瞬く間に突撃隊へと群がるが、重武装した彼らは物ともせず、重機のようにそれらをなぎ倒していく。ニドルでの戦訓から、フレアは彼らにメイスを中心とした鈍器類を持たせており、鉄の塊は骸骨達を白い残骸へと砕いていく。


「第二波、続け!!」


 待機していた第二の突撃隊が、最初の部隊の作ったスペースへとなだれ込み、骸骨達で埋め尽くされた大地へ矢のように切り込んでいく。骸骨達の持つ武器と、こちらの武器とがぶつかり合う鉄の音があたりに響き、いよいよ戦場然とした空気が溢れ出した。


「ミリア、やれるか?」


 目を閉じたまま頷く彼女。やがて長い詠唱を終えると、立ち上がり、敵へ向けて手を掲げる。


 ――"LightningBolt"――


 目も眩むような閃光と共に、ミリアの手から巨大な稲妻が発せられ、密集した骸骨どもを粉々に破壊していく。数秒に渡って続けられたそれは、外壁跡へと続く一本の道を作り上げた。


「全軍、突撃せよ!!」


 フレアの声に従い、駆け出す。

 空いたスペースへと左右から群がるスケルトン達を、突撃隊が押しとどめ、その間を本隊が走り抜ける。

 外壁跡を超えたあたりで後ろを振り返ると、まるで扉が閉まるかのように、骸骨達によって道が埋められ、塞がれていく。


 ――これで逃げ道も無くなったわけだ


 先を行っていた仲間達の屍を飛び越え、前へ前へと進む。

 ふと骸骨の剣によって突撃隊の一人が倒れ、人の壁に穴が空く。すかさずそこを埋めるべく駆け出そうとするが、ジーベンによって肩を掴まれる。


「俺が行きます! 隊長は扉へ!!」


 駆け出すジーベンを歯を噛み締めながら見送ると、再び前へと走り出す。

 膠着しそうになった前線を、馬に乗った指揮官達が突撃して突破口を開くと、比較的軽装の剣闘士隊達が素早い動きで躍り出る。


「マンティコアだのなんだのに比べりゃ幾分かマシだぜ!!」


 元剣闘士である彼らは突撃隊と違い、壁を作るのではなく骸骨達の群れの中へ各々が飛び込み、戦場をかき回す。まるで複数の泡がひとつにまとまるように、彼らが浸透した先は骸骨達の残骸が積みあがり、やがて大きな空間となっていく。だが、残骸と共に少なくない数の剣闘士達が横たわり、その戦いが決して楽ではない事を物語る。倒れた者の中にゼクスの姿を見つけ、歯噛みする。


「まだ半分も行っていないのに!」


 すっかり減ってしまった自軍の数に、焦りが生まれる。


「いや、助けが来たようだぞ」


 フレアが顔を向けている方を見やると、別ルートから進撃してきたと思われる一団が目に入る。一団は凄まじい勢いでスケルトンの群れを蹴散らしながらこちらへと向かって来る。

 やがてこちらの本隊と合流すると、見覚えのある顔が口を開く。


「よう。遅れてすまなかったな」


 軽い調子で言う彼の鎧を叩く。


「ナバール! それにパスリーもか!」


 挨拶もそこそこに「さあ、行こう」と先陣を切る二人につき従う。

 勢いを取り戻したフレア軍は、王城へと目掛けて真っ直ぐに突き進む。


「気をつけろ! 上から来てるぞ!」


 そう発した兵士は、その直後に首を刎ねられる。

 見るとゾンビ化した巨大な鳥が何羽も上を旋回しており、急降下しては兵士へと襲い掛かっていた。

 どうする、と手をこまねいていると、一本の矢が鳥の頭を貫き、鳥は離れた場所へと墜落していく。


「先へ行って下さい! ここは私がやります!」


 弓を構えたジーナが叫ぶ。真剣な表情の横顔に「頼んだ!」と声を掛け、先を急ぐ。最期の別れの言葉としてはあまりに味気ないが、ぐっと堪える。


 徐々に大きくなる王城。

 次々と倒れていく仲間達。


 既に数十人へと減ってしまった人数に、自らも戦いに加わる。

 横ではフレアでさえもがその剣を振るっていた。


 ようやく視界に入ってきた城門に目を向ける。その瞬間、「どきな!」と体を突き飛ばされる。

 横を見ると無数の矢に貫かれたベアトリス。その奥には一列に並び、弓を構えた骸骨達。ベアトリスは腕に刺さった邪魔な矢をへし折ると、「先へ行っておくれ!」と残し、敵弓兵へと向かっていく。


 胸の中に湧き上がる喪失感と悲しみを怒りに変え、目の前の骸骨達にぶつける。


 ――前へ!! 前へだ!!


 重くなった足を引きずるようにして前へ進む。

 やがてたどり着いた城門には、重武装をした巨大なスケルトンが二人、門番のように立ちはだかる。


「ミリア! 頼む!!」


 ミリアが呪文を唱え始めた事を確認すると、パスリーとウルの三人で左手の骸骨戦士へと襲い掛かる。もう片方はナバールがその身ひとつで向かった。

 恐らく巨人族のものを使用したのだろう強力な骸骨戦士に、苦戦を強いられる。振られる棍棒はその一撃で人の命を奪い去るには十分な物であり、頑強な武装はこちらの攻撃を通さない。

 城門前に釘付けにされたわずか二十人ほどの一団。

 やがて詠唱を終えたミリアが城門に向かって魔法を放つ。


 ――"FireBall"――


 放たれた火の玉は城門へと吸い込まれ、それを木っ端微塵に吹き飛ばす。

 良くやってくれた!と声をかけようとした所で、ミリアが膝を突き、血を吐いている事に気付く。

 「ちょっと無理しすぎたわね」と辛そうな顔で言う彼女を片手で持ち上げると、城内へと向かい走る。こちらに向かい来る二人の骸骨戦士は、ナバールと獣人化したパスリーによって押さえ込まれる。


「アキラ!! お前にならやれるはずだ!! 螺旋を忘れるな!!」


 叫ぶナバールの声を後ろに、フレア、ウル、ミリアとの四人で城内へと突入する。


 内装も何も無い天守のフロアは、かつての偽物の扉があった場所を思い出させた。


 円形に置かれた松明。

 複雑な魔法陣。

 そして巨大な扉。


 唯一の相違点は、その前にいるのが物言わぬ躯ではなく、

 一人のローブの男だという点だ。


 ――こいつが!!


 その場にいる誰もが、そいつの正体を直感的に理解した。

 だが、誰もが足を止める事なく、扉へと向かって直進する。


 ――目的はこいつじゃない!


 手にしたメイスを脳天に叩き込んでやりたいという衝動を抑え、足を前へと進める。


「な、なんだよこれ!」


 ウルの声に何があったのかと顔を向けようとするが、自らにも異常が現れ、その必要が無くなる。


 ――体が、重い!!


 まるで目の前に圧縮された空気の塊があるかのように、その前進を阻む。やがてミリアを取り落とし、全身の力を振り絞っても、全く前へ進めなくなってしまった。


「凄い凄い、まさかここまで来るとは思わなかったな。驚いたよ」


 緊張感の欠片も無い声。ネクロマンサーから発せられたものだ。

 想像していものと違う、若々しい声に少し驚く。


「ん? あんたなんか見覚えがあるな……どこだっけ?」


 首を傾げるローブの男。


「あぁ! どっかの洞窟にいたやつだ。凄いな。偶然だ」


 ネクロマンサーの言に、いつか炭鉱で会った男の正体が、こいつだったという事が判明する。


「あぁ……久しぶりだなクソ野郎。お前に会いたかったぜ」


 ぎちぎちと体を押し戻す力に抵抗しながら、なんとか声を発する。

 ネクロマンサーは実に楽しそうにクスクスと笑うと、フレアへと顔を向ける。


「あんたは……知ってるな。なんでだろう?」


 いかにも不思議だといった様子で首を傾げるネクロマンサー。


「まあいいか。どうでもいいし興味も無いや。なんていうかご苦労様だったね。大変だったでしょ、ここまで来るの」


 ぎりぎりと噛み締めた奥歯が鳴る。


 ――ようやくここまで来たというのに


 悔しさと怒りで涙が滲む。


 これでもう終わりなのか?

 みんな死んでしまった。

 仲間達の屍を越えて来たというのに。

 目の前の扉に手を伸ばす事さえ出来ない。


 全身を諦めが包み込むと思われた刹那、

 後ろから自分の名前を叫ぶ声が聞こえる。


「アキラ!……私は幸せだった!」


 顔だけを巡らし、フレアを見る。


「君と共に生きられた事。君と共に過ごした日々。何もかもがかけがえの無い物だ」


 フレアは持っていた剣を床へ投げ出すと、短剣を抜き放つ。


 ――フレア? 何を?


「君はあの扉へと到達しなくてはならない。それが我々にとっての勝利であり、君に託された使命だ」


 抜き放たれた短剣を逆手に持つと、両手でそれを握る。


 ――待ってくれ。君がいないんじゃ俺は


「ネクロマンサーよ!! 待っていろ!! 私の愛する夫が!! いつの日かお前を滅ぼすだろう!!」


 こちらを向き、笑顔を見せるフレア。


 ――だめだ……ダメだ!!


「頼んだぞ! 私の! 地球から来た剣闘士よ!!」


 叫び声と共にフレアは、

 その短剣を、自らの心臓へと突き立てた。


「フレアああああ!!」


 両目から涙が溢れ出す。

 歪んだ視界の中、フレアの体から青白い光が浮き上がり、ミリアへと吸い込まれていくのが見える。ミリアは頬を伝う涙をそのままに、呆然とした表情をする。


「なんてこと……そういう事だったのね……全ては、螺旋」


 ミリアはやさしくこちらの足へと触れる。


「これで魔女は一人。あなたに最後の魔法をかけるわ。フレアと私の命を使った魔法よ。大事に受け取りなさい」


 ――"AntiMagicShell"――


 魔法の言葉と共に、倒れ伏すミリア。

 先ほどまで体を縛っていた重りは消え、体が自由に動く事に気付く。


「フレア……ミリア……みんな……扉に触れたからって……なんだっていうんだ!!」


 とめどなく溢れる涙が視界を覆っていく。

 こんなことに何の意味があるんだと、動かなくなったフレアを見やる。

 血溜まりの中に倒れ伏しているフレア。


 その伸ばされた腕が、

 指が、

 扉を指し示している。


 何の考えもなく。

 ただ、愛する人の指し示す先へと向けて。

 地面を蹴る。


「くそ! 魔女風情が邪魔しやがって!!」


 初めて見せたネクロマンサーの慌てた姿。

 視界の隅にこちらへ向けて伸ばされる手が映る。

 歪む空気。


「いだっ!!」


 その腕に突き刺さるナイフ。


「へへ、ナイフまでは止まらねえんだな」


 「くそが!!」という声と共に放たれる魔法。

 背後に響くウルの叫び声。


 ――あと少し


 溢れる涙で、見えるのはおぼろげな扉の輪郭だけ。

 背後から聞こえる詠唱の声。


 ――頼む、もう少しだけ


 後ろから迫り来る圧力に、前へと跳躍する。


 ――俺はどうなったっていい


 全身を焼き尽くすと思われた火球は、体を避けるように割れていく。

 砕け散るキスカのお守り。


 ――みんなの想いを!!


 前へと伸ばした手が、


 空を切る。



 ――そんな!!



 絶望が両手を広げたその直後。

 それが決して無駄では無かった事を知る。



 ――扉が……開いている?



 やがて開ききったその内側から、


 眩いばかりの光が溢れ。


 全身を包んでいった。






挿絵(By みてみん)

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