タッグ
書置きすりゃ良かったなぁと後悔中。
ウルの実力は期待していた以上のものだった。
三対三、準軽装備によるフラグ戦(大将の降参で終了)だったのだが、華麗なフットワークとナイフ捌きで終始相手を翻弄していた。
特にナイフの投擲による攻撃の正確さは舌を巻く程で、相手フラグのヒザに放った一撃が試合の決め手になった。
「どうだい、なかなかのもんだろ!」
控室に戻ってきたウルが興奮冷めやらぬまま駆け寄ってくる。
正直予想以上だったよと賞賛すると、少し照れたようにはにかみながらの笑みを返してきた。
なかなか頼もしいペアになりそうだと様子を見ていると、見事に赤く腫れ上がった左腕が目に入る。
「気付かなかったが、一発もらったのか?」
「や、違う。支給された防具の調子が悪いんだよ。試合が終わるといつもこんなんだ。安物よこしやがって」
放り投げられたアームガードを受け取り見ると、なるほどと納得する。
「ギルドの連中もお前さんに死んで欲しいと願ってるわけじゃない。これは単にサイズが合ってないだけだ。だから激しく動かすとぶつかるんだろう。さすがにその体格に合う防具は無いだろうからな。金に余裕があるなら打ち直してもらうといい。」
そういって放り返す。
ウルはしばらくアームガードをしげしげと見つめた後、もじもじとしながらこちらを見上げて言った。
「な、なぁアニキ。相談があるんだけどよ……」
借りを返すどころか増やしてどうすると突っ込みつつも、このまま不十分な装備で試合に臨まれてもたまらないので、打ち直し代を立て替えておく。
ウルと別れ一人で部屋に戻る道すがら、フレアにウルのパトロンになってもらうのはどうだろうかと思い付く。次の試合で活躍を見せればフレアとしても十分得になるだろうと納得するだろうし、今後も組むつもりだと言えばそうせざるを得まい。
今度相談してみるかと心に留めておく事にした。
その後二週間に渡り、ほぼ毎日のように二人で猛特訓を行った。
基礎体力や何かといったものはすぐにはどうしようも無いので、とにかく呼吸を合わせる事と、対戦相手への対策に時間を費やす。
始めた頃は完全にこちらがウルに合わせる形となっていたが、3日も過ぎた頃にはほとんど気を配らずに済むようになっていた。
経験や戦闘技術という点で言えば、なかなかに優秀。といった所だが、空気を読み、合わせる技術に関してはまさに天才だった。
欠点と言えば防具の扱いが致命的なほど下手な事で、基本的な受け流しすら出来ないありさまだった。
だが、防具の習熟は経験でしかどうしようも無いし、何より下手に重装備を着せてウルのフットワークを殺してしまっては意味が無いという事で、よく怪我をする部位を判別し、その部分のみを重点的に装甲化する事にした。
そして試合当日を迎える頃には、即席のパートナーにしては申し分ない仕上がりに出来上がっていた。
控室で各装備を身に着けつつ、顔を突き合わせる。
ウルは少し驚いたように一旦顔を引くが、すぐ真剣な表情に戻り、同じように顔を寄せてくる。
「いいか、もう一度おさらいするぞ。赤髪で熊族の方は盾の扱いが巧い事で有名な奴だ。接近されたら盾の動きに気をつけろ。特に盾先で足の指を潰されるのが一番怖い。なるべく動きまわって距離を取るんだ」
「熊野郎には近づくな」
「そうだ。片割れは金髪の猫族でこっちは何でも屋だ。しいて言うならナイフが得意だ。お前に近い感じだな。もし1対1の図になる事があったらこいつはお前に任せる。ナイフ以外の主要武器については毎回使う武器を変えてくるからそこは見てから判断しろ」
「りょーかい!」
「最も重要な事は?」
「チャンスがあり次第猫野郎を二人がかりで仕留める!」
「よぉし、そうだ。さ、いくぞ!」
以前と同じようにヘルムに耳を押し込んでやり、掛け声と共にヘルムを軽く叩く。
「おっしゃあ!」
気合が十分に入った事を確認し、試合場への通路を進む。
気付かない内に速足になっている自分に驚く。
こんな気持ちでここを通るのはいつぶりの事だろう?
たった十日間。何があったという訳でもないのだが、思ったよりもこのちびっこを気に入っている自分がいるらしい。
ゲートをくぐる頃には二人とも半ば駆け足状態になっており、慣れるまでの時間が足りなかった目が、観客達の響き渡る歓声と共に真っ白の世界を作る。
ゆっくりと開始線へと近づき、ぼやけた陽炎のようになった対戦相手を見据える。
やがてはっきりとしてくる人影に驚き、目を見開く。
「なるほど、そう来たか……」
見えてきたのは全く同じ装備、格好の二人組だった。
二人とも軽装ではあるものの、肌や顔が完全に隠れるよう板金付きレザーアーマーとヘルムに覆われ、ご丁寧にも同じ文様の盾まで構えている。
戦闘さえ始まってしまえば動きやクセからすぐに判別できるだろうが、少なくともこれで速攻をかけるという選択肢に危険が伴う事になる。
それだけの為に少なくないだろう金をかけた事に少し呆れるが、俺を嫌っている誰かさんにとっては大した金額じゃないのかもなと想像する。
わざわざ動揺を悟らせる必要はないと無表情を決め込もうとするが、どうするんだよといった体で相手とこちらとを交互に見やる相方を見て、無駄な努力を止める事にする。
小さな、だが歓声と名前を読み上げる声に消えない程度の大きさで喋る。
「事前の作戦通り行く。左を猫族だと思って牽制してくれ。相手の思い通りになるのも癪だからな」
そう言い終えるか終えないかのタイミングでプレートを強く踏み込む。
会場に開始を告げるラッパが響き渡り、いつもの罵声と歓声がひときわ強くなる。
瞬間、地を蹴る。
抜き放ったバスタードソードをそのまま相手に叩きつける。
金属同士がぶつかる高い音と共に盾で防がれるが、加速したスピードをそのままに盾ごと相手に突進する。
鈍い音と共に相手も、そしてこちらも体勢を崩し、双方一瞬動きが止まる。
その瞬間を目がけ、もう一人が剣を振ろうとするが、そうはさせじとウルがショートソードによる鋭い突きで牽制する。
見ると片方の剣のみを抜いており、得意の二刀流は温存するようだ。
タックルにより体勢を崩した男は不利と見たのか、そのまま起きようとせずに後ろへ回転して距離を取る。
もう一人はウルの素早い動きと鋭い突きに誘導され、二人が左右に大きく間を開けた形になった。
間髪いれずに踵を返し、ウルが牽制している男の方へ走り出す。
――勝った!!
思わず心の中でそう叫ぶ。これ以上無い程に完璧な速攻だ。
わずかな時間ではあるものの完全に2対1の形を作り出せた。
ナバールやカイルが相手ならばそうはいかないだろうが、セミファイナルレベルの選手であれば、そのわずかな時間で相手に致命的な状況を作り出す自信がある。
走り出すと同時に相手に盾を投げつけ、バスタードを両手で握りしめる。
投げられた盾は相手の盾ではじかれる。
――これで片手
すかさずウルが死角となる位置からショートソードを突き上げる。
相手はのけぞるように剣で防ぐが、殺しきれない勢いが相手の頬と耳を削り取り、ヘルムの塗装を剥がしていく。
――これで両手
必要であれば盾ごと断ち切るつもりで全身の力を込めたバスタードを、防御を考慮せずに斜め後ろに大きく振りかぶる。
相手はまだのけぞったままで、助けを求めるように口を動かし、言葉を紡いでいるが、聞き取る事は出来ないし、その必要もない。
全体重をかけた軸足を踏み込み、その運動エネルギーを全てバスタードに乗せようとする。
その瞬間、強烈な怖気と共に一瞬動きが止まる。
――おかしい。
――何かがおかしい。
――耳?
――そうだ。耳だ。
――なぜあそこに耳がある?
――相手は"猫族"と"熊族"だったはずじゃないか!!
相手の口元に笑みを見つけ、その顔の前に集まる空気のゆらぎに気づく。
――魔法!!
全身に急制動をかけ、身体を捻る。
殺しきれないエネルギーはウルの身体に蹴りを入れ、ウルを射線上からどかす事に使う。
蹴りの反動でさらに大きく身体を捻ろうとする。
――ダメだ!間に合わない!!
閃光と衝撃。
そして強烈な浮遊感。
「がはっ!!」
着地と共に肺から押し出された空気が声を上げさせる。
視界が揺れ、闘技場へ入った直後の様に世界が白く覆われている。
朦朧とした中誰かが自分に走り寄る姿が見える。
それが誰だかは判別できないが、途中で小さな影が割って入った事から敵だったのだとわかる。
――ウルは無事か
そばに落ちていたいつもの木片を拾い上げ、口の中に入れる。
砂の味が広がるが今はそれどころではない。
魔法によりえぐり取られた闘技場の地面を横目に見つつ、全身に広がる痛みから特に痛みが強い場所を特定する。
左腕が動かない
恐る恐る視線を向けると、思った以上に悲惨な状況に顔をしかめる。
わざわざ2重にしておいた肩口のプレートと金属片は、ジョイント部分の鎖と共に全て吹き飛ばされており、残っているのはガントレットの手首から下だけだ。
肘回りのレザーアーマーは焼き尽くされており、黒く炭化した肌が見て取れる。
治癒魔法でどこまで再生できるだろうか?
剣を杖代わりにし起き上がると、口に溜まった血を吐きだしつつ、再び剣を構える。
あれだけ吹き飛ばされておきながらも剣を離さなかった自分を褒めてやりたい気持ちで一杯だ。
「大丈夫か!あいつ中身別人だ!!」
投げナイフとショートソードで牽制しつつ、ウルが駆け寄って来る。
「ああ。正直そこまでやるか?って気分だよ……」
相手組は一気に畳み掛けるつもりは無いらしく、じりじりと警戒しながら近づいてくる。
こいつらが誰なのかはわからないが、
間違いなくベテランだろうと確信する。
続く