進軍開始
アイロナから南東に三日程歩いた場所にある、旧首都をすぐ前に臨む街道沿いの疎林。
待ち合わせ場所として指定されたそこへ、五人一組でばらばらに出発した団員達が次々に集結していく。誰もが深いローブを被り、一見しただけでは武装集団に見えない様な偽装をしている。
疎林へと集まっている人員の中には、かなり遠くから来た者もおり、フレアやナバールの手により送り込まれた者達だという事がわかる。恐らく攻撃決行までに間に合わない者もいくらか現れるだろうが、今回の襲撃は完全な奇襲の形を取る必要がある為、大規模な軍事行動を起こしている事を悟られるわけにはいかない。
「やあ、久しぶりだね」
半年の間、最も会いたいと思っていた人の声。
「ああ……少し痩せたか?」
強く抱擁を交わすと、名残惜しいが体を離し、笑顔を見せる。
「それなりに苦労をしたからね。君は変わらないようで安心したよ……ふむ。言いたい事は沢山あったはずなんだが」
不本意だという表情のフレア。かぶりを振ると、再び口を開く。
「それよりもだ君。よく扉の場所を突き止めてくれた。君にはよく驚かされるが、その中でも一番の驚きだったよ。正直な所、もう全てが終わったものだと思っていた」
「ウォーレンのおかげさ。それよりも」と口にすると、手で制される。
「わかっている。ネクロマンサーが扉の傍にいるとは限らないという事だろう? だが構わないんだ。むしろ居てくれない方が助かるね。今回の目的は彼ではない」
どういう事だ?と眉をひそめる。
既にネクロマンサーは、物理的な力で死体を量産できるだけの体制が整っている。今更扉を破壊した所で何も得るものは無いのではないか?
こちらの懸念を感じ取ったのだろう。フレアがすまなそうな顔をする。
「非常に残念な事だが、我々はもう負けているんだ。君は……ネクロマンサーを取る事が出来ればどうにかなると考えているね? それも当然だと思う。だが彼は――」
目を伏せるフレア。
「――彼はイモータル(不死者)だ」
驚愕の事実に目を見開く。
何かを言うべきなのだろうか?言葉が全く見つからない。
「彼は死なないんだ。ほとんど神に近い存在と言っていい。我々が勝利を掴む事が出来ただろう唯一の方法は、彼が強大な存在となる前にそれをなんとかする事だけだったんだ」
遠くを見つめるフレア。戸惑いながら訊ねる。
「なぜ……どうして彼が不死者だと? それにそうだとしても……いや、むしろそれならば、我々は一体これから何をしに行くというんだ?」
まさかフレアが自棄を起こしたとは思わないが、彼が不死者だというのであれば、これから起こる戦いに何の意味も見出す事が出来ない。
フレアは今までに見た事も無い。まるで今にも泣き出しそうな表情になると、こちらの胸に顔を預けてくる。
「すまない……君に話す事はできない。あらいざらい全てを君に話したいとは思う。だが君は優しく、そして我々を愛してくれている。だからこそ、君にだけは話す事が出来ない。君は間違い無く反対するだろうからだ」
震える手が、こちらの手を強く掴んでくる。
「私は多分、君に酷く残酷な事を課そうとしているんだと思う。だが、それでもやらなくてはならない。無茶苦茶を言っているのは百も承知だ。わかってくれとは口が裂けても言えない。だが……」
青い瞳がまっすぐに見つめてくる。
「これが最後でも構わない。もう一度だけ。どうか、私を信じて欲しい」
頬を伝う一筋の涙。
――正直、何がなんだかさっぱりわからない。
「フレア……俺は難しい事は良くわからないし、何もかもが理解できるとも思っていない」
――何か大事な事を秘密にされ、一人で抱え込まれるのも、正直頭に来る。
「君が話すべきじゃないと判断したなら、それでいいと思う。俺は君を信じているし、今までも、これからもそうだ」
――だが、答えなど最初から決まっている。
「俺は君を信じ、君の命通りに戦う。だってそうだろう?」
――俺は
「俺は……君の剣闘士なんだから」
「全員、よく聞け!!」
林の中に集まった数百の戦士達。
フレアは全員の注目が集まった事を確認すると、満足気に頷く。
「まず君らには礼を言わねばならない。今までよく私に付き従ってくれた。無理を言う事も、管理の行き届かない事もあったろう」
その場にいる全ての耳が、視線が、意識が、一人の少女に集まる。
「納得出来ない事や、理解の出来ない事もあったはずだ。だが、それでも君らは、私について来てくれた。私はそれを非常に嬉しく思う」
普段のすましたものとは違う、感情の込められた声。
「だが諸君。私は再び、君らに無茶を言わなければならない。どうかそれを許して欲しい」
若干の間と静寂。誰も返事をする者はいないが、決して否定の意味ではない。
「次が恐らく最後の戦いとなるだろう。最初にして、最後だ。そしてこの戦いに臨むにあたり、知っておいて欲しい事がある。それはこの戦いが恐らく、殆どの者の命を失う、厳しいものであろうという事。そして戦いの目的が、戦術的な勝利では無いという事だ」
広がる混乱とざわめき。フレアはそれを制するでもなく、ざわめきが収まるまでじっと待つ。
やがて全員が落ち着いたのを見やり、再び口を開く。
「今この場から去りたいと思う者を、私は引き止めない。この戦いでは、納得できないまま戦いに挑む者を、私は望まない。そしてここから去る者に対する一切の嘲笑を、私は許さない」
強い意志の篭った声。
「だが、もし今までと同じく、私を信じてくれるという者がいるのであれば。君らの命を、どうかもう一度だけ、私に預けて欲しい」
静まり返る林の中。一人が剣を抜き、高々と掲げる。
やがてそれは波のように広がり、鞘を走る剣の音が無数に響く。
わずかな時間の後、剣を掲げていない者は誰もいなくなった。
「私は君らの事を誇りに思う…………では諸君、今回の戦いの目的を告げる。多くの命を賭けたこの戦い。その目的は"扉へと到達する"事だ。そして――」
一瞬の間。
「その扉へ、団長であるアキラが"触れる事"。それだけだ」
告げられた目的の意味が理解できず、フレアを見る。
「優先すべき事項はそれだけであり、それが全てだ。その為に必要な一切の犠牲は、これを無視する。私も諸君らと共に戦い、命を賭ける。必要であれば私の命も犠牲として構わない」
一体どういう事だと声をかけようとするが、フレアの信じろという言葉を思い出し、無理矢理飲み込む。見れば団員達は動揺するでも疑問に思うでも無く、ただフレアの言葉を黙って聴いていた。
「アキラが扉へ触れる事が出来れば我々の勝ち。出来なければ我々の負けだ。至って単純だろう? 考える事はそれだけでいい。それだけが全てだ。さあ、私の剣闘士達よ。戦いの始まりだ! 前へ進め! 全ての想いをひとつとせよ!!」
自らも剣を抜き、それを掲げるフレア。どこからともなく「団長を扉へ!」という声が上がり、誰もがその言葉を連呼し始める。やがて一つに揃った声は、林の木々を揺らし始める。
「全隊!! 進軍せよ!!」
ひときわ大きく発せられたそれに、応の声が返され、全員が足を進め始める。馬に乗った各指揮官が声を張り上げて道を指し示し、ばらばらだった足並みは、整列された隊列へと変わり始める。
「さあ、我々も行こう」
優しい笑顔で発せられたそれに、頷く事で応える。
首を回し、先遣隊として長い時を共に過ごした仲間達を見やる。
ウル、ジーナ、ベアトリス、ミリア。そしてゼクスやジーベン達。
一人一人に目を向け、頷き合う。
ここから遺跡までは徒歩で一時間といった所だ。という事はこれから一時間もしないうちに戦いが始まるという事でもある。
――キスカ、俺達を守ってくれ
首から下げられていたお守りを鎧の中へと押し込むと、
戦場へ向かって歩き始めた。
もったいぶってすいません。
ですが、重要な盛り上がりの場だと思いますので。