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歴史学者

 アイロナ付近にある森へ入り、遺体の無い葬儀をあげる。

 遺体もなければ墓も無い。本当に葬儀と呼んでいいものかどうかも分からないようなものだが、何もしないよりはずっとましだ。

 死んでいった仲間達がどう思うかわからないが、残された者達にとっては必要な事だろう。

 死者と繋がりの深かった者達が集まり、各々思い出の品を埋めていく。


「キスカ。これ、ありがとな」


 ほつれ、痛んでしまったミトンを土へと埋める。


「フレアもナバールもどこいっちまったんだかな。あれから三か月近く経つが、連絡一つよこさないままだ。やっぱりお前がいないと彼女はダメだな」


 フランベルクで伝統的に用いられている四十センチほどの丸い墓石を、ミトンを埋めた土の上へ置く。森の中ではすぐに埋もれてなくなってしまうだろうが、落ち着いたらもっとしっかりした墓を用意できるだろう。

 こちらの宗教と合うのかどうかはわからないが、両手を合わせ、目を閉じる。


「いや、わかってるんだ。万が一にでもここを襲われるわけにはいかないから、あえて連絡を避けてるんだろうな」


 ナバールはフレアが直接狙われたわけではないと言っていたが、その言葉をそのまま鵜呑みにして動くわけにもいかない。それに何より、敵はネクロマンサーだけとも限らない。


 息を付き、目を開けると傍で祈りを捧げていたミリアに向き直る。


「なあミリア。ウォーレンは確か、フランベルグ王軍は東の国の首都よりもかなり手前で引き返したと言ってたな」


 ミリアは組んでいた手を解くと、こちらを見上げる。


「ええ、そうね。なんでかは聞かないでね。わからないわ。結局ボロボロにされるだけされて、最終的にはネクロマンサーだけがおいしい所を持ってった形になったわね」


「そうだな」と眉をひそめる。


「同じ国の人間同士でごたごたやってる場合じゃなかったんだ。正直な所もう手遅れだろう。ネクロは今後、戦いがあるごとに軍を増やす。まずはフランベルグ。次は北の国。そうなったらもう、大陸だろうが世界だろうが好きにやれるだけの兵隊が集まってる事だろうよ」


 何の感情も無く、事実だけを述べる。

 ミリアは少し悲しそうな顔でこちらを見ると、目を伏せる。


「そうね。残念だけど、私もあまり良い未来が思い描けないわ。何か希望のひとつでもあればいいんだけど、こんな状態じゃあね。いっその事みんなで誰にも見つからないような森へ逃げて、そこで暮らす?」


 少し自嘲気味な表情から本気で言っているわけじゃないのだろうが、そんな生活も幸せそうだなと少し惹かれる自分がいる。


「なんもねえってわけでも無いじゃん」


 後ろからかかるウルの声に、二人で振り返る。


「ナバールっておっさんはともかくさ。アネゴはまだなんかやってんだろ? 捨て鉢になって何かするような柄じゃねえだろ。きっとなんかあんだよ」


 ウルの言に頷く事で答える。

 正直な所、団の士気は限界が近い。土地が土地ゆえに飢える事はないが、武器防具をはじめ、様々な物が不足してきている。日々を町の警護に当てる事でなんとか間を繋いではいるが、目的の無い日々というのはそれだけでやる気を削いでいくものだ。

 今、団の士気をかろうじて保っているのは、フレアという人物の持つ信頼と魅力の残り香だけだ。誰も彼もが彼女を信じて待っている。

 無論、自分もその中の一人だ。


「フレアが何かやろうとしているなら、その時に十分な働きができるだけの用意を欠かさないようにしよう。待つというのは辛い事だが、慣れればどうという事はないさ」


 自分に言い聞かせるようにそう言うと、もう一度墓石に向かって手を合わせる。

 それがいつになるかはわからない。

 何ヵ月後か。それとも何年後か。

 だがどれだけ時間が経とうとも、俺がフレアの剣である事に変わりは無い。その時になって腕が鈍っているようでは、格好が付かないだろう。

 度重なる酷使によってみすぼらしい姿となっているフレアの剣を見やる。


 ――お前はまだ戦えるか?


 物言わぬ剣をじっと見つめ、強く握る。


 俺はまだ、やれる。




「隊長、ちょっといいでしょうか」


 ニドルでの犠牲者に対する葬儀より、さらにひと月が過ぎた頃。春を迎え、暖かくなっていた室内でぼーっと外を眺めていた時、ウォーレンが部屋へと入ってくる。


「あぁ、ウォーレン。どうだ、そいつの使い心地は」


 ウォーレンの乗る車椅子を指差して尋ねる。

 この世界には車椅子が存在してなかったようなので、暇にあかせて自作したものだ。さすがに車輪は作れなかったので、町の大工に手伝ってもらう形にはなったが。


「最高ですよ。自分でどこへでも行けるという事がこんなにも幸せな事だとは思いませんでした。正直夢のようですね。それよりも隊長」


 こちらの傍へと寄ると、何かの書類を寄越してくる。


「こいつを読んで下さい。久しぶりに他の町から届いた報告書です」


 書類を受け取ると、急ぎ足で内容に目を通す。

 やがて一通り読み終えてその場で立ち上がると、今まで人の膝の上で昼寝をしていたウルが叫び声と共に転げ落ちる。


「フランベルグが陥ちたか!! ウォーレン、情報の時差はどれくらいだ?」


 書類を見直しながら尋ねると、うーんと唸るウォーレン。


「正直かなり経っている物と思います。最近では向こうとこちらを行き来する者はほとんどいませんし、本部からは一切の連絡がありませんからね。ひと月か、ことによるともっと経っているかもしれません」


 申し訳ありませんと頭を下げるウォーレンに「お前のせいじゃない」と答えると、再び腰を下ろす。

 ひと月かそれ以上の時差があると考えると、やはりネクロの軍団はまっすぐにフランベルグへと向かい、それを手中に収めたようだ。腹立たしいが、ナバールの言う通りニドルはただの通過点だったと見るべきだろう。


 ソファへ深く腰を掛けると、手を顎にやる。

 ニドルの崩壊からは既に四ヶ月かそこらが経っている。フランベルグとこちらとは半月もあれば行き来する事が可能なので、やるのであればとっくにこちらも制圧しているはずだ。フレアの他にまとまった勢力がないこちらは、どうでもいいという事か。


 眉間にしわを寄せながら今後の事を考えていると、ウルが再び膝へと登って来る。


「おいウル。今ちょっと大事な考え事をしてるんだ。暇ならミリアの方へ行け」


 おでこを軽く小突いてやると、頬を膨らませるウル。


「だってよー、あいつずっとあん時の本読んでんだもんよー」


 あの時?とミリアを見やる。

 彼女は窓際に寝そべりながら、偽物の扉の前にあった例の本とにらめっこをしていた。


「まだそいつを気にしてたのか」


 呆れ顔と共にそう言うと、目線を本に据えたままひらひらと手を振るミリア。


「別に何ヶ月もずっと読んでたわけじゃないわ。たまたまそこにあったのが目についたらまた気になっちゃったのよ」


 そんなものかね、と再び思考へ入ろうとするが、ミリアが続いて口を開く。


「だってこれは日記よ? 色々調べてみたけど、本当にただの日記。何ヶ月もかけて日記を装った文書を作って、さらにかなりの時間を寝かせた物を用意して、その上で魔法書として再利用するなんていう、ありえない程手の込んだ偽装だったら別だけど」


 かなりイライラしているのだろう。早口でまくし立てる。


「でもそんな事やるなんて普通はありえないわ。という事はよ? いい? ここに書かれている文章はかなりの確率で真実なのよ? そんじょそこらの書類や何かよりもよっぽど信憑性が高い真実だわ」


 本をぺしぺしと叩くミリアに、三人で呆気に取られる。


「それなのにどういう事よ。首都にいるのに、首都に持ち運べない、首都にある扉。おかしいじゃないの。このヒンクルって男は狂人か何かだったのかしら」


 だだをこねるように足をばたつかせるミリア。

 「書き間違いか何かだったんだろ」と答えながら視線を前へ戻すと、何やら上を向いて考え込むウォーレンが目に入る。


「ヒンクル? もしかしてヒンクル・ヒンクルですか?」


 ウォーレンの声に、本の表紙を確認するミリア。


「あぁ、これ苗字と名前だったのね。なんで二回書いてあるのかと思ってたらそういう事……知ってるの?」


 「えぇ」と中指で眼鏡を押し上げるウォーレン。


「随分特徴的な名前でしたからね。確か四百年近く前の魔法使いだったと思います。なかなか優秀だったようで、いくつか著書が残されてますよ」


 何か苦いものを食べた時のような顔をするミリア。


「冗談でしょ。本当に優秀だったらこんな書き間違え、しないでしょ」


 ウォーレンは微笑と共に首を振ると、答える。


「いえ、さっきの。首都にいるのに、首都に運べない、首都にある扉。でしたっけ。その本は東の国の物ですよね? でしたら別におかしくはないと思いますよ」


 驚きと共にウォーレンへと視線が集中する。


「さっきも言いましたが、ヒンクル・ヒンクルが生きていたのは四百年も前です。現在の首都に遷都したのが大体その頃のはずですから、前の首都は今の首都よりもずっと西の方にあったはずですよ。確か遺跡が残っていたと思います」


 さらっと答えられた真実に、何と声をかければ良いかわからず、手が震える。


「……ウォーレン!! お前は天才だ!!」


 力の限りウォーレンを抱きしめると、彼は苦しそうにうめき声を上げた。



山があれば谷もあります。

そこを通り抜けた先に何が待っているのでしょうか。

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