崩壊への序曲
「準備はいいな? それじゃ行くぞ」
廃墟と化した町から、ありったけの食料と薪。そしていくらかの財貨を馬車へと積み込むと、すぐにアイロナへ向かって出発した。屋敷跡からはいくつかの思い出の品も見つかったが、それらは置いていく事にした。今は後ろを見ている暇は無い。
出発当初こそネクロマンサーの部隊とかち合ったりしないかどうか不安だったが、ナバールの言った通り真っ直ぐ西へと向かったのだろう。それらしい痕跡は全く見当たらず、順調な旅路となった。まだ寒さの残る厳しい冬ではあったが、勝手知ったる土地であり、雪も溶け、天候にも恵まれた。
調査隊の隊員達は、まだショックから立ち直れたわけでは無かったろうが、なんとか気を強く保とうと、気丈に振舞っていた。こういう時、ウルやベアトリスの明るさや達観した物の見方は、非常に心強い。
「なあアニキ。ちょっと聞きたいんだけどさ」
旅立ちから三日目の事。比較的痛みが早そうな食材を手早く調理していると、食器片手にウルが声をかけて来た。
「あのナバールって将軍さ。ほんとに信用できんのか?」
ふむ、と鍋をかき混ぜながら上を見る。
「俺以上に外に出ない人だったからな。そういやお前達はほとんど付き合いが無かったか」
一呼吸置いて続ける。
「フレアとの付き合いは俺よりも長い。半年かそこらだったかな? 俺もさほど突っ込んだ話や何かをした事があるわけじゃないが、信用の置ける人物だってのは間違いないと思う。そうじゃなきゃフレアが将軍に起用したりはしないだろ」
「でもさあ」と倒木に座ったベアトリスが会話に入る。
「あん時の様子からすると、一人で森の中に潜んであたいらを待ってたってこったろ? なんで大将の一人がそんな真似してたのかね。伝言なら誰だって構わないじゃないか」
だんだんと溜まってきた灰汁を捨てると、汁の味見をする。少し塩気が足りないか?
「さあな。戦場にいた頃からナバールは、なんというか。あまり人に考えや何かを話す人じゃなかった。大きな作戦に参加した時も、せいぜいフレアと相談する位のものだったな。でも誰も気にもしてなかったよ」
塩を少し追加し、味が整ったのを確認すると、各自の器にシチューをよそっていく。捕えた兎を使用したものなので、ウルの皿に盛る時一瞬躊躇したが、本人は気にした様子は無かった。
「あんで誰も気にしてなかったのさ。てめぇらの命がかかってたわけじゃん?」
自分にもシチューをよそうと、皆に並んで腰を下ろす。
「戦闘と戦術の天才だったからだ。誰も彼には勝てなかったし、戦場の流れは全て彼の言う通りになった。大きな戦いが二、三終わった頃には文句を言う奴は一人もいなくなってたよ」
「へぇ。あんたより強いってのかい?」とにやついたベアトリスだが、「ああ」と返すと驚いた顔を見せる。まわりを見やると誰も彼もが同じ顔をしていた。
「別に俺は世界中の誰よりも強いというわけじゃないぞ。そりゃあ腕っ節に自信が無いわけじゃないが、ナバールの様な天才じゃあない。稽古をつけて貰ってたのは何年も前の事だが、今やってもまったく敵わんだろうな」
ジーベンがあきれた様子で口を開く。
「こう言っちゃなんですが、隊長でも十分に化け物ですぜ? そのさらに上って、どこでどう育ったらそんなんなるんですか」
肩を竦めながら「さあな」と返す。
「フレアはもしかしたら知ってるのかもしれないが、あの人の過去は未だに謎だな。本人曰く傭兵だったらしいが、それも本当かどうか」
ふーんと鼻を鳴らしながらおかわりをよそうベアトリス。
「人に言えないような過去ってやつなのかい? なんだかあたしゃ好きになれそうにないね。でもさ、この辺じゃ一番強いって言ったら、もっぱらあんたの名前が挙がるじゃないか。どうしてだい?」
納得行かない様子のベアトリスに笑って返す。
「考えてもみてくれよ。どんな相手だろうとあっさり勝っちまう試合なんて見てておもしろいか? 剣闘はあくまで興行だからな。多分俺の場合はギリギリでの戦いが多かったから、観客のウケが良かったんだろうな」
シチューの汁をぐっと飲み干すと、残った骨を捨て、席を立つ。
「今晩の夜警は俺とウルだったな。先に馬車で休ませてもらうよ」
幌をめくり馬車へと入ると、積んであった毛布を枕に横になり、考える。
ナバールが信用のおける人物であり、味方であるのは間違いない。だが意味も無く物事を語るような人ではなかった。
「螺旋とは何だ?」
何かの暗喩か、それともただの独り言だったのか。
それこそ本人に聞かなければ解らない事ではあるが、何か大事な事のような気がする。
「くそ、気になるな。もう少ししつこく聞いておくべきだったか?」
それにナバールは激励の言葉のようなものも残していった。自分には予想すら付かないが、あの頭脳の持ち主だ。恐らく現状の情報から判断して良くない未来が見えたのだろう。わざわざ自分が残ってまであれを伝えたのだとすると、相当の覚悟をしておいた方が良さそうだ。
寝返りを打ち、大きく伸びをすると、考えを全て頭から追い出す。
どうせ自分に出来る事は、目の前に起こった事柄を解決していく事だけだ。
ならば今は休むべきだろう。
「隊長、アイロナは無事のようです!」
斥侯から戻ったゼクスの発した声に、一同歓声を上げる。
少し駆け足気味になりながら城門へ向かうと、アイロナに常駐していた団員達が敬礼で迎えてくれる。状況が状況ゆえに笑顔は見えないが、いずれもまだ覇気のある顔つきをしている。
答礼をしながら門をくぐると、いつか来たときよりもずっと人影が減った町の様子が見て取れる。アイロナはかなり初期の段階で疫病が発生した為、最も被害の大きな町の一つとなっていた。
駆け寄ってきた現場の責任者だろう男に声をかける。
「わざわざ出迎えご苦労。フレアは到着しているか?」
男は直立したまま答える。
「はい。ですが十日ほど前に立たれました。詳しい事は上の者に聞いて下さい」
どこへだ?と質問をしようとするが、言えないか知らないかのどちらかだろうと判断し、宿へと向かう事にする。現場責任者が上の者、というからには恐らく剣闘団か軍の幹部がやってきているのだろう。
すっかり寂れた様子の通りを抜け、なつかしい宿へと到着する。相変わらず無愛想なマッジーナに礼を言いながら部屋へと向かうと、ノックと共に中へと入る。
「あぁ、やっぱり生きてましたか。ほら、僕の言った通りでしょう。あの人は殺しても死なないって」
部屋の奥から聞こえてきた声に、笑顔を向ける。
「ウォーレン!! 生きていたか!!」
椅子に座ったまま、いつものようにメガネを中指で押しやるウォーレン。
「ええ、ボスに引きずられながらなんとか生き延びました。ご覧の有様ですけどね」
そう言って足元をあおぐ。
そこにはあるべき脚両足が無かった。
「お前……足をやられたのか」
下がってもいない眼鏡を押し上げるウォーレン。
「はい。ですが元々内勤が主な仕事でしたからね。このままでも十分に働けますよ。それより団長、僕の足なんて"どうでもいいんです"。隊長にお伝えしなくてはならない事があります」
そう言うとウォーレンは入り口の方へと視線を向ける。
「いや、彼らは聞いてもらって構わない。ほとんど家族みたいなもんだ」
ウォーレンは「そうですか」と咳払いを一つすると、背筋を正し、こちらへ向き直る。よほど言い辛い事なのか、しばし逡巡した後「申し上げにくい事ですが」と前置きをする。
「キスカさんが亡くなられました。戦死です」
伝えられた衝撃に、目の前が真っ暗になる。
倒れそうになる体をなんとか支えると、ソファへと座り、頭を抱える。
「そうか……キスカが……くそ! 俺がもう少し……」
続きの言葉を飲み込む。
もう少し早く到着していればどうだったというのだ。
何をどう後悔しようとキスカが居ないという事実に変わりはない。どうせこの後しばらくは毎日ゲロを吐く程後悔し続けるんだ。
それより今は聞かなくてはならない事がある。
「ウォーレン。フレアに連れられて来たと言ったな……彼女はどうした」
俯いていた顔を上げ、こちらを見る。
「安心して下さい。ボスは無事です。詳しい話は伺ってませんが、ナバール将軍と同様に他の街を回ると仰ってました。それと……」
耳打ちをしようとしているのだろう。こちらへ体を乗り出す仕草を見せる。手でそれを制すると、ウォーレンのそばへ寄る。
「それとボスより伝言を預かっています。そのまま伝えろとの事なのでそうしますね。呼び捨てにしますが許して下さい」
わかってると頷くと、ウォーレンが続ける。
「"我々は失敗した。だがアキラ。全ては螺旋だ。この事を絶対に忘れないように"……以上です。私には何の事だかですが、心当たりがありますか?」
気に入ってるキャラの死は、
ちょっと書いてて辛いです