廃墟
日刊更新がとうとう崩れてしまいました。
「フレア……」
酷い風邪にかかった時のように力が入らず、全身がふわふわと、捉え所の無い感覚に陥る。
最も楽観的なものから、考えうる最悪の結末までが次々と頭をよぎる。
定まらない焦点のままゼクスが乗ってきた馬へと飛び乗ると、後ろを見る事無く、指示を出す。
「ゼクス、ジーベン。馬車を森へ逃がしてくれ。後の者は警戒索敵しつつ前進。すまんが先に行く」
馬の腹を蹴り、走らせる。
林を抜けて高台を過ぎると、遠目にニドルの街が見え始める。崩れた外壁と黒煙が確認でき、戦場での思い出がよみがえる。
――頼む、無事でいてくれ!
はやる心をなんとか抑え込みながら街の門だった場所へ近付くと、敵や脅威になる何かがいないかどうかを確認する。門は破壊されており、大量に散らばった木片と血の跡が、戦いの激しさを物語っていた。
「なんだ? 雪じゃないのか?」
馬の足元を見やると、そこかしこに大量の白い粉が撒かれているのに気付く。粉は門と外壁を囲むように存在し、よくよく見ると大小様々な大きさの白い破片が埋もれている。
――骨! ネクロマンサーか!!
一体どれだけの量の人骨を集めればこうなるのだろう?骨粉は馬の蹄が埋まる高さにまで積もり上がっている。
馬を下りて腰へ手を伸ばすが、剣を持ってくるのを忘れた事に気付き、舌打ちする。あたりを見回すと、散らばった瓦礫の中に折れた槍を見つけたので、それを手にする。
襲われた際に自力で逃げ出せるよう、手綱を外壁の外にあった石に軽く結びつけると、ひとり町の中へと足を踏み入れる。
散々に破壊された町は、第二の死の都市と形容するに相応しい有り様だった。
建物という建物は破壊され、原型を留めているものは何一つ無い。火の手が上がったのだろう。木造の建物は未だくすぶり、煙を上げている。
道は埋め尽くさんがばかりの瓦礫に覆われており、至る所に血の跡がこびり付いている。
だが、死体は一切見当たらない。
変わり果てた職人通りを抜け、市場通りへ出る。
かつて休む事無く町を賑わせていた市場通りは、今や完全な静寂に包まれていた。あたりには果物やら何やらが散乱し、食料品の略奪がされていない事に気付く。
顔を上げ、屋敷の方を見る。
いつもであればここから見えていた屋敷の姿が、今はどこにも見えない。
屋敷の道へ向けて走る。
瓦礫から飛び出た木片が頬を切り裂くが、構う事無く足を進める。
やがて屋敷がある高台を登り切り、開け放たれていた門へと入る。
そこにあったのは、崩れ落ち、惨めな瓦礫と化した屋敷の姿。
美しく飾られていた庭園は全て踏みにじられ、白い粉で覆われている。三階まであった豪華な建物は、巨人に殴られたかのように崩れ、石と木片で出来た巨大な山と化していた。
厩舎や使用人の住居までもが焼かれており、そこには焼け跡しか残されていない。
変わり果てたかつての拠り所に、ヒザを付き、力無く座り込む。
「フレア……キスカ……みんな……」
頭の中に浮かぶ全滅の二文字。
震える手で槍を強く握ると「いや、まだだ」と自分に言い聞かせる。
フレアは全滅するまで部隊を戦わせるような真似は絶対にしない。であれば窮地に陥った後は降伏するか、逃げるかしたはずだ。
ふらつく足で厩舎跡へと向かうと、槍を使って瓦礫をどかし始める。
寒さと素手での作業から、手が赤く腫れ、血が滲む。
それでも休む事なく作業を続け、やがて地面が露出する。
「よし……少なくとも馬は使ってる」
厩舎跡から馬の死体が見つからなかった事に安堵の息を吐く。
アンデッドの軍団から足で逃げるのは不可能だが、馬や何かの乗り物を使えば別だ。突撃に使用したという可能性もゼロでは無いが、馬は非常に高価だ。そうそう無駄な使い方をするとも思えない。
わずかな希望と共に顔を上げる。
その時、何気なく巡らした視線の先に、何か人影の様な物を見つける。
逆光に目を細めつつそれを見る。
――あぁ
ふらふらとそれがある屋敷の裏と歩く。
――なんてことをしやがる
そこにあったのは、男女の別無く裸にされ、串刺しにされた団員達の姿。
「イエッラ……バフ……あぁ、アインまで……お前兄貴だろう。ゼクスやジーベンを置いてくなよ……」
溢れ出る悲しみに涙が零れそうになるが、爆発しそうになる怒りがそれを押しやる。
「ちくしょう!! 出て来い死体野郎!! 俺が相手になってやる!!」
空に向かい怒りの声を上げる。
寒空へと虚しく響き、静寂が返ってくる。
涙でにじむ視界の中、震える足を押さえ、遺体を降ろし始める。
三人目を下ろし終わった頃だろうか。深刻な顔をした調査隊の面々がやってきて、目の前の惨状に嗚咽を漏らす。
メンバー達は各々涙と共に罵声を口にすると、やがて遺体を下ろし始める。
「隊長、俺は許せません! こんな事、人間のやる事じゃない!」
アインの前に跪くゼクスが声を上げる。
「ネクロのくそ野郎は魂の芯まで腐りきってやがるんだ! てめぇが使うゾンビみてぇによ!」
ジーベンがそう続く。
こういう時にいつも何も言えない自分が腹立たしいが、せめて何かしてやりたいと、その肩を抱く。
ひとしきり泣かせた後、手を取り、立ち上がらせる。
「見せしめの為に残していったんだろうが、また来るとも限らない。俺は仲間が死後に歩き出す姿を見たくないよ。せめてしっかりと埋葬してやろう」
頷く二人に、火葬用のやぐらを組む為の木材を集めに行かせる。ここに何十人が立たされているのかはわからないが、他の兄弟がいないとも限らない。
二人が動き始めたのを確認し、再び遺体を下ろす作業に取り掛かる。
一人下ろし、その顔を見る度に、悲しみと共に「良かった。フレアではない」という安堵の気持ちが溢れ、軽い自己嫌悪に陥る。
総勢41名全員を床へ横たえた時には、既にあたりは真っ暗になっていた。
魂を天へと運ぶ炎が高々と上がり、調査隊の疲れ切った顔を照らし出す。
「これから……どうするの?」
不安そうなミリアがこちらを見上げる。
「そうだな……緊急時の避難場所はこことアイロナになってる。アイロナへ向かうしかないだろうな」
手近にあった材木を炎へと放り入れる。
剣闘団はその本隊がニドルにあったものの、各地で様々な任務にあたっていた為、かなりの数が分散している。緊急時には幹部達がニドルかアイロナへ集合する規則となっているので、フレア達がいるとすればそこが一番可能性が高いだろう。
ここからアイロナまでの、恐らく厳しいものになるだろう道程を考えていると、背後から突然かけられた声に驚き、槍を手にする。
「おいおい、アキラ。俺だ」
振り向いた先に居たのは、フレア本隊の指揮官にして最強の剣闘士。自分の知る限り、最も頼りになる男の姿だった。
「ナバール!! あんた無事だったのか!」
皮肉気な笑みでかぶりを振るナバール。
「森へ潜んでたんだが炎が見えたんでな。無事だったかって? 見りゃわかるだろう。全滅だ。腹立たしいがいいようにされちまったよ」
隣へ座るナバールにフレア達の事を訪ねようとするが、「安心しろ」と先に答えが来る。
「フレアはちゃんと逃がしておいた。パスリーを護衛に付けたから大丈夫だろう。何事もなければ今頃アイロナへ到着しているはずだ」
溢れ出る安堵の息と共に、後ろへと倒れ込む。
「そうか……良かった……」
ナバールはこちらへ小さな笑みを見せると、炎へと向き直る。
「螺旋だな」
炎を見つめたまま、ナバールが呟く。
「螺旋?」
おうむ返しに聞くと、「なんでもない」と返される。
「これから大変だろうが……頑張れよ」
なんの事について言っているのかはわからないが、「わかった」と答える。
「あんたはこれからどうするんだ?」
「俺は東の国中をまわって残った戦力をかき集める。ネクロの野郎は町を焼いた後西へ向かったから、残念だがフランベルグの本領は諦めた方が良さそうだ。その後の事はフレアと合流してからだな」
「そうか……しかしなんでネクロはフレアを襲ったんだ? やはり扉について嗅ぎ回ったからか?」
はっと鼻で笑うナバール。
「フレアを襲った? そんなわけがないだろう。あいつにとっちゃ俺達は取るに足らない存在さ。ここがたまたま進路上にあったというだけの話だな」
吐き捨てるようにそう言うと立ち上がり、炎に向かって敬礼をする。
「もう行くのか?」と尋ねると「ああ」とナバール。
「繰り返すが……お前に待っているのは苦難の道だ。挫けそうになる事もあるだろうが、気を確かに持て。もしかしたら、お前にならやれるかもしれん」
言葉上でははっきりとしない。だが明らかに何か確信めいた様子のナバール。その黒い瞳が力強くこちらを見つめる。
「ナバール、一体さっきから何の話だ? 何か知っているのか?」
眉をひそめて問うが、ナバールは「いずれわかるさ」とだけ答えると、来た時と同じく、足音も無しに闇の中へと消えていった。
第四章も佳境です