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帰還



 寒い。


 凍えてしまいそうだ。


 一面、鏡の様に曇り空を映し出す氷の上を、一人歩く。


「誰か……」


 一歩一歩足を踏みしめる度に、痺れるような冷たさが襲う。


 風が吹き、まだ残るわずかな体温を、さらに奪っていく。


 一面の凍りついた湖。


 ふと前方に現れた人影。顔は見えないが、そのシルエットからフレアである事がわかる。

 彼女の方からは暖かい光が溢れ、凍りついた手足を融かしていく。


 染みわたる温もり。


「フレア……」


 より多くの温もりを得ようと、手を伸ばす。


 進めども進めども決して大きくなる事のない人影。


 彼女はやがてゆっくり向こうへと振り返ると、


 音も無く歩き出す。


 彼女を追おうとするが、足の裏が氷にはりつき、動かす事が出来ない。


 無理矢理剥がしてやろうと足を掴むが、左手が動かず、左肩も凍りついている事に気付く。


 どんどん小さくなる彼女の姿。


 伸ばす手。


 やがてその姿が見えなくなり、


 温もりだけが残った。




「フレア!!」


 上体を起こし、あたりを伺う。


 見なれた馬車の内部。

 裸で寄り添うように眠る鷹族の少女。


「夢か…………いてて」


 左肩に走る痛みに顔をしかめる。

 添え木で固定された腕は包帯で巻かれ、しっかりと固定されている。

 頭や顔も含め、身体の至る所に包帯が巻かれており、まるでミイラ男だ。


「アニキ!?」


 幌が勢いよく開かれ、ウルが飛び込んでくる。


「おはよう。なんかえらい事になってるな。今どの辺だ?」


 頭の包帯を指さし、皮肉めいた笑みと共に尋ねる。

 しかしウルは質問に答える事なく再び外へ駆け出すと、大声でこちらの無事を知らせてまわる。

 さすがにまずいわな、とジーナに毛布を掛けてやると、やがて次々とメンバーが中へと入ってきて、口々に無事を祝う言葉がかけられた。


「ありがとう。ん、大丈夫だ……あぁ、ありがとう。それより今どの辺だ?」


 開いたままの幌の隙間から外を伺う。


「今ニドルに向かってる途中よ。あなた五日間も寝たままだったわ。心配なのはわかるけどもう少し寝てなさい」


 告げられた事実に驚くが、五日も寝ていたとなればなおさらこのままというわけにもいかない。


「いや、迷惑ばかりもかけていられない。幸い足は無事だ。俺も歩く」


 起き上がろうと腕に力を込めるが、横から伸ばされた手に引き留められる。


「ダメです」


 いつのまにか起きていたジーナが、こちらを半ば強引に引き倒す。痛みに悲鳴を上げるが、お構いなしだ。

 調査隊で自分を除くと二人いる男の内の片方が「大丈夫ですって」と親指を立てる。


「俺らが駆け付けた時、団長はまるで血だまりで溺れ掛けてたような状態だったんですぜ?まだ本調子とは言えませんでしょう。外番は俺らがやりますから、ゆっくりして下さい」


 鼠族特有の丸い耳がぴこぴこと動く。


「そうか……わかった。迷惑をかけるなゼクス。ジーベンにもよろしく言っといてくれ」


「了解です隊長。ですが俺はジーベンです。ゼクスよりも少し耳が大きいんですぜ」


 嘘か本当かわからないが彼はそう言うと、キザったらしいウィンクと共に馬車の外へ出ていく。本当か?と目線でジーナに問うが、わからないとかぶりを振られる。


「私も未だに見分けが付きません。七つ子って出産の時はさぞ苦労したんでしょうね」


 感心した様子のジーナに、あきれた様子で返す。


「だろうな。しかし七人全員が同じ部隊でなくて良かったよ。誰が誰だかわからん。敵以上に味方が混乱しそうだ」


 確かにそうですね、と笑うジーナ。


「さ、横になって下さい。身体が冷えてしまいます」


 促されるがままに横になる。

 しかしこうやって温められるという事は、相当量の血を流したらしい。右手で左の肩を触れてみると、まだ再生しきっていないようで、大きなくぼみが出来ている。

 しかし疑問なのは、もう五日目だというのにまだこうする必要があるのかという事と、馬車の中はミリアの魔法で十分に暖かいので、そもそもが必要な事だったのかという点だ。


「なあジーナ、ご覧の通り少し汗をかいている。もう」

「まだ必要です」


 言い終わりに被せて断言される。

 横目に彼女を見ると、定まらない焦点で遠くを見ており、鼻息の荒さと相まって少し怖い。しかし一旦こうなるとなかなか元に戻らないので、諦めてしばし等身大の抱き枕となる事を決める。


 まあ、悪い気はしないし、役得と思う事にしよう。

 それに治療の専門家がそう言うんだ。

 "仕方ない"じゃあないか。



「どういう事かしら」


 死の都で手に入れた本から顔を上げ、首を傾げるミリア。


「どう、とは?」


 そろそろニドルが見える場所まで来た為、恰好を付ける為に鎧を身に付けながら尋ねる。フレアの事だからまた大勢を並べて立たせている事だろう。


「そうね。この本はいわゆる魔法書だけど、中身はほとんど意味の無い初等の魔法文字ばかりだわ。魔法を志す者なら誰でも知っている程度の」


 そう言いながらこちらへ本の中身を見せてくるが、当然さっぱり理解はできない。


「たぶんそれっぽく見せる為に置いておいたか、例の吸血鬼の何かに必要だっただけなんだと思う。良くわからないけどね」


 ふむ、と相槌を打つ。


「で、何が言いたいんだ? まさかその事について疑問を持ったわけでもあるまい」


 ミリアは手持ちの情報で判別が付かないような事を、意味も無く考え続けるような女では無いはずだ。彼女が本と睨めっこを初めてからもうすぐ一週間になる。


「まあ、ね。ちょっとここを見て」


 彼女は本の背表紙を指差す。


「だから俺には読めない……なんだ? 標準語か?」


 背表紙は一見何もない革張りに見えたが、よく目を凝らして見ると、うっすらと標準語で何かが書かれているのが見える。


「著者、ヒンクルって書いてあるわ。誰だかは知らないけど。きちんとした魔法書って高いから、いらなくなった本を再利用したのよ。良くある事ね」


「じゃあそいつは再利用する前の本の文字って事か?」


「ご名答」と人差し指を立てるミリア。


「それでこうすると――"ReadLanguage"――ほら、文字が二重に見えるでしょ」


 ミリアが言語読解の魔法を唱えると、本の文字が二重に描き出される。消しゴムで消して書き直したといった物ではなく、全く関係の無い文章が上書きされている感じだ。


「前のは標準語の本だったのか……本日二回、結果は同じ……なんだこれは?」


 本を手元に戻し、ペラペラとめくり始めるミリア。


「日記よ。扉の再現に関する実験ね。まぁ、内容は何の価値も無いようなものばかりだけど。でもひとつだけ気になる点があるのよ」


 それが先ほどの"どういう事かしら"か。


「あなた、東の国の首都に本物の扉があると思う?」


 ミリアの問いに「無いな」と即答する。


「私もそう思うわ。あんな所にあっても不便なだけだもの。だけどこの研究者の日記にはこう書いてあるの。"首都にあるオリジナルを動かす事は不可能。何とかここで再現できないか"って。何度も何度も出てくるわ。でも文中にあるんだけど、この研究者がいるのは首都なのよ?」


 納得の行かない様子で本をぺしぺしと叩くミリア。

 

「もしかして他国の首都の事だったりは……しないな」


 言いながら、馬鹿馬鹿しい答えだと気付く。

 わざわざ植物の分布を調べさせたのは俺だ。それが具体的にどこかはわからないが、間違いなくこの国にあるはずだ。


「まあ、いずれにせよ何かのヒントにはなるかもしれん。頭の片隅にでも置いておこう。そこまでするとは思えないが、この本を手に入れた者を混乱させる為の罠という可能性もゼロでは無い」


 難しい表情でじっと文字を見つめるミリアから本を取り上げると、荷物置き場へと放り投げる。


「そろそろニドルが見える。我々も外を歩こう。余計な心配をさせたくないからな」


 幌を上げ、心地よく晴れた空を眺める。


 長い事離れているなんてのはしょっちゅうだが、かといって寂しさが無くなるというわけではない。フレアはまたいつもの様子で「ご苦労だった」と言う事だろう。

 それにキスカにお礼を言わなくてはならない。彼女のお守りにはまさに命を救われた。厳しい寒さの中でのミトンの温かみは、どんな宝よりも価値有るものだった。


 何か町でプレゼントでも買った方がいいだろうか?と真剣に悩み始めた頃、遠くから馬の駆ける音が聞こえてくる。


 恐らく先に馬で到着を知らせに行かせたゼクス――ジーベンかもしれないが――だとは思うが、何かあったのだろうか。聞こえて来る音から判断するに、早駆けをしているようだ。


「隊長! 隊長!!」


 ゼクスは転げ落ちるようにして馬から降りると、こちらへと走り寄って来る。ただならぬ様子に調査隊の注目が集まる。

 彼はこちらへ近づくと、縋るように服を掴み、見上げてくる。



「ニドルが! 俺達の町が焼かれています!!」





幸運はきっと長続きしない

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