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不死者

人間 対 吸血鬼




「振り返らずそのまま行け!」


 ベアトリスの顔を押さえたまま、引きずるようにして階段へと押しやる。相手は男のヴァンパイアだ。女である彼女らがその目をヴァンパイアと合わせた場合、完全に動きを操られてしまう。


「馬車組みと合流して男だけを寄越してくれ! いいか! 絶対に目を見るなよ!」


 階段の下から聞こえる了解の声を確認し、吸血鬼へと対峙する。こいつも疲れを知らないアンデッドだ。ジーナ達を追われた場合、確実に追いつかれてしまう。できる限り時間を稼がなくてはならない。


 槍を持つ右手が震えるのを感じる。

 伝承に詠われるような化け物相手に、どこまで立ち回れるだろう。


 槍を持つ手に力をこめ、そのすました顔へ向けて突き出す。

 鋭い穂先は狙い違わずヴァンパイアの鼻の横を貫き、大きな穴を開ける。


「……だよな」


 一切の表情を表す事なく不思議そうにこちらを見やる吸血鬼は、その穴から血を流す事もなく、わずか数秒のうちにその傷を塞いでしまった。


 ならばと体を回転させ、体重を乗せた一撃を頭めがけて横に払う。


 吸血鬼の頭は派手な音と共に熟れた果物の如く横へとはじけ飛び、無数の肉片と体液を撒き散らす。

 飛んだ肉片は壁や床へと到達する前に蝙蝠へと姿を変えると、すぐさま元の位置へと飛び戻り、再び頭部を形作る。


「ちくしょう! どうしろってんだ!」


 たまらずあたりを見回し、ヴァンパイアに対する有効な武器となる銀製の何かがないかを探してしまうが、全てが持ち去られたここに当然そんなものがあるわけもない。


 頭部を粉砕された吸血鬼は、少し頭にきたのだろうか。こちらへ不快な表情を見せると、ゆっくりと足を踏み出して来る。


 ――寄るな化け物!


 踏み出した足へ一撃を食らわせつつ、後ろへ下がる。

 ひざから粉砕した足は、先ほどと同じ様にすぐさま蝙蝠へと姿を変え、その体勢が崩れる前に再び足へと戻る。

 一歩、また一歩と距離を詰めてくる吸血鬼に、人間相手であれば確実に致命傷を与えるだろう一撃を次々に放つが、そのどれもが同じ結果を生むだけだった。


 ――まるで霧との戦いだ!!


 僅かな期待と共に吸血鬼の顔を見やるが、そこにあるのは相変わらずの無表情。


 やがて後ろへと進めた足が壁へと到達する。


 まずい、と思った瞬間、今までのそのゆったりとした動きからは想像も付かない速さでこちらへと走り寄る吸血鬼。

 反射的に突き出した槍はその体を貫くが、それを気にするでも無くそのままこちらへ掴みかかると、力任せに部屋の中央へと放り投げられる。


「がはっ!!」


 鎧とバックパックにあった盾が衝撃を分散するが、少なくないダメージが体を襲い、肺から息が漏れる。


 襲い来るだろう追撃に備えてすぐさま起き上がると、なんとか離さずにいた槍を構える。

 しかし吸血鬼はこちらを向きもせず、階段へと。そして窓へと視線を向ける。


 ――行かせるか!!


 何か効果があるとも思えないが、やぶれかぶれで投げナイフを投擲する。

 ナイフは狙い違わず吸血鬼へと向かい――――手であっさりと受け止められる。


 ――なんだ?


 吸血鬼は怒りの表情と共にこちらへ向き直ると、うなり声を上げ、低い体勢でこちらへと走り来る。

 人間離れした加速と共に繰り出される突進をそのまま受け、激しい衝撃と共に地面へと押し倒される。


 信じられない怪力により持っていた槍をはじき飛ばされると、その両手でこちらの首を絞めあげてくる。爪が首へと食い込み、血が流れる。

 なんとか逃れようとその体へ向けて何度も殴りつけるが、全く意に介した様子はない。


 ――なぜあいつはナイフを受けた?


 やがて朦朧としてきた意識の中、必死に考えを巡らせる。

 奴は何かを守ろうとしたはずだ。

 投げたナイフ。その軌道。

 その先にあるもの。


 ――心臓か!!


 咄嗟にベルトからダガーを逆手に引き抜き、心臓目掛けて突き出す。

 吸血鬼は刃が手を貫くままに、驚くべき速さでそれを掴むと、空中へ浮き上がるようにして向こうへと距離を取る。


 ぜいぜいと酸素を貪りながらなんとか立ち上がり、剣を引き抜く。

 ヴァンパイアはその手にささったダガーを興味無さそうに見やると、後ろへと放り捨てる。


 心臓が弱点なのだろうかと吸血鬼の胸を見る。地球での吸血鬼伝説では心臓に杭を打ち込むという話もあったが、こちらではそんな話は聞いたことが無い。しかし現状他に選択肢が無いのも事実で、わずか十センチかそこらの標的を狙うというふざけた事をやらなければならないようだ。


 こちらを警戒しているのか、距離をとったままうなり声を上げる吸血鬼。目線を相手に据えたまま背中から盾を引き出し、腕へと通す。


 腰を落とし、ぐっと足に力を込めて地面を蹴る。


 盾を前に体ごと体当たりをし、体勢を崩した所へ心臓目掛け、剣を突き入れる。

 しかし剣が刺さる間際、咄嗟に体を捻られてしまい、馬鹿馬鹿しい表現だが、体の中央を貫くに留まる。

 反撃として突き出された爪の一撃をヘルムでもって受け流すと、すぐさま剣を振りかぶり、肩口から脇下へ抜ける一刀を放つ。確かな手ごたえと共に吸血鬼を両断するが、心臓を切り裂く事は叶わず、再びすぐさま元の姿に戻る。


「くそ! 無理に決まってる!」


 止まっている標的や動きに予測が付く人間相手ならともかく、化け物相手に狙った場所――しかも相手はそれを知っている――を攻撃するなど不可能もいい所だ。

 なんとか待機組みと合流できれば、と一瞬。ほんの一瞬窓へと視線を移す。


 その一瞬のせいで、こちらへ向けられた人差し指に気付くのが遅れる。


 ――"ManaBolt"――


 閃光と共に光の矢が発せられる。

 光に反応し、咄嗟に右へ体を捻りながら倒れこむが間に合わず、エネルギーの塊が盾と左肩の肉を抉り取る。


「ぐぅうあああ!!」


 盾に空けられた綺麗な新円を描く穴。

 肩より噴出す血と、肉が焼ける不快な臭い。


 ――骨が!


 左腕が全く動かない事から、鎖骨か肩まわりの骨を削られた事を知る。

 あまりの痛みに気を失いそうになるが、歯を欠けるがままにかみ締め、剣を杖のようにして立ち上がる。


 こちらをあざ笑うかのように牙を剥く吸血鬼。


 ――こんな所で


 突き出された腕を反射的に盾で受けようとするが、上がらない腕で防げるはずも無く、傷口から深く爪がささる。

 声に鳴らない叫び声と共に力が抜け、膝を突く。

 吸血鬼はそのまま爪を大きく振り払うと、魔法によって留め金が破壊されていた鎧がはじけ飛び、地面を転がっていく。


 ――こんな所で終わりなのか?


 吸血鬼はゆっくりとこちらへ近づくと、馬乗りになり、首を左手で押さえつけてくる。そのまま笑顔と共に舌なめずりをすると、残った右手をこちらの左胸へとそっと置く。


 その瞬間、何かが焦げる音と共に光が発せられ、驚いた顔の吸血鬼がその手を反射的に引く。

 見ると吸血鬼の右手が焼け爛れている。


 朦朧とした意識の中、目だけを自分の胸元に向ける。


 ――これは……キスカの?


 いつか旅立ちの日にキスカから貰った小さなお守りが、白い薄明かりを発し輝いている。


 右手で剣を、それが自らの手を切るに構わず、その刀身を掴む。


 ――まだだ


 それをそのまま吸血鬼の胴へと差し入れると、突き抜けた剣先を両足で挟み込む。具足にカバーされていない部分が剣で切り裂かれるが、構わない。


 ――まだ終わりじゃない!


 凄まじい力で殴りつけてくる吸血鬼の拳を、殴られるがまま受け、剣を脇でがっちりと固定すると、空いた手でお守りを掴み、そのまま吸血鬼に押し当てる。


 牙の隙間から発せられる耳をつんざく様な悲鳴。

 お守りを押し付けられた胸から、光と共に白煙があがる。


 凄まじい形相で暴れもがく吸血鬼を、串刺しにした剣で必死に繋ぎ止める。

 暴れるがままに殴りつけられ変形したヘルムが頭へと食い込み、暖かい感触が頭上に広がっていく。


「くたばれ化け物」


 残る力を振り絞り、お守りをその心臓目掛けて突き上げる。

 なおも暴れる吸血鬼だったが、やがてその動きがぴたりと止み、どこか遠くを見つめる。


 次の瞬間風船が割れるような音と共に、吸血鬼の体が粉々に砕け、部屋中へと飛散する。


 支えを失った剣が、金属音を鳴らしながら地面を転がる。


 静寂の中、風の音と自分の息遣いだけが聞こえる。


「はは……きたねえ花火だ」


 不快な肉片が顔にこびりつくが、今は取り去る気にもなれない。


 今頃ジーナ達は馬車へとたどり着いただろうか?

 できる事なら痛み止めの薬を死ぬ程持ってきて欲しいものだ。





この吸血鬼は全身を蝙蝠化するには時間がかかります。

見かけましたら、複数人で槍を用いて貼り付けにしましょう。

その後すかさず銀で出来た何かで心臓を破壊するわけですが、

あまり時間をかけますと蝙蝠化するか、魔法を使われますので、

思い切ってえいっとやっちゃいましょう。

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