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大樹

本日もこちら読んで頂き、ありがとうございます。

「うおおおおおおおおお!!」


 雪の上へと全力で飛び込む。

 勢い良く髪をかすめる胴程もある太い幹。


 雪を撒き散らしながら体勢を整えると、先ほどよりも細いが、凄まじい速さで鞭のように襲い来る木の枝を盾で受けとめる。


 ――先ほどの感触ならば……やれるか?


 盾に阻まれた枝を、引いたタイミングに合わせ剣で一閃する。

 固い木の皮という見た目から強い反発を思わせるが、予想通り簡単に切断する事が出来た。


「剣でやれる分ミリアの所のゴーレムよりはマシか? ……いや、そうでもないな」


 恐らく十メートル以上あるだろうその巨体を見やり、楽観的な考えを改める。

 このサイズだと剣でいくら切り付けてもどうという事はなさそうだ。対してこちらは太い枝の一撃をもらったらそれで終わり。

 なんとか距離をとって逃げられないかという考えが浮かぶが、根を足のようにして歩き出したその長大な一歩を見やり、それも無理だと悟る。


「ベアトリス! 馬車を逃がしてくれ!」


 パーティーの生命線である馬をやられるわけにはいかない。

 トレントの注意を馬から逸らすように団員へ指示を飛ばすと、トレントの足となる根へと向かう。

 木を倒すのであれば根元からだ。


 勇む気持ちと共に体を運ぶ。

 しかし思わぬ障害。


 ――雪が!!


 歩きではさほど苦労する事も無く、たかだか膝下だと侮っていたが、いざ駆け出そうとすると走りにくい事この上無い。無理に押し分けるようにして行くと、その感覚はまるで水の中を走るかのようだ。


 舌打ちをしつつ、無数に繰り出される枝を盾と剣にて捌く。

 捌ききれない枝は、なるべく防具の厚い箇所で受けるようにし、じりじりと前進していく。

 身体に無数の傷が付けられていくが、太い幹での一撃にだけ気を付ければ致命傷を負う事はないはずだ。


 やがて剣の届くところまであと数歩という所で、突然後ろからミリアの声がかかる。


「待って! 話が通じるわ!」


 振り下ろされた幹での一撃を不格好な形でよけると、起き上がりながら声を上げる。


「だったらこいつを止めさせてくれ! 撫でてるつもりなのかわからんが、俺達にとっては致命的だ!」


 体勢を整えると、いつでも剣を繰り出せる状態で相手の様子を伺う。話が通じると言っても友好的かどうかは別問題だ。


 やがてミリアが甲高い耳に付く言語で何やら語りかけると、トレントはその暴風のような動きを収め始める。


 しばらくトレントと会話を続けるミリア。すると丁度目の高さ位だろうか。トレントの主幹の皮が裂け、まるで人の口のように喋り始める。見た目の印象とは違い、非常に甲高い声だ。


「彼女は空腹を訴えているわ」


 彼女?とミリアが何を言ってるのか理解できず、しばし固まる。


「そいつ……ああいや、その女性に言ってやってくれ。俺達は食べてもあまり美味くないぞってな」


 ミリアはこちらへ頷くと、通訳を始める。


「長い雪で養分が尽きかけてるみたい。それに……何かしら。四十の息吹。四十年前からという事かしら? それからほとんど生き物を見ていないから私達を逃すわけにはいかないって」


 ミリアの言葉にうーんと唸り声を上げる。

 いつの間にいたのか、すぐ後ろに来ていたウルが質問を発する。


「おめえ、さっき歩いてたじゃん。なんでわざわざここで獲物待つようなマネしてんのさ。自分で採りにいきゃいいじゃん」


 何人かの隊員と共に、まったくだと頷く。


「彼女が言うには道しるべとなるのが定めだからだそうよ。あまり長い間この地を離れられないんですって。まさかとは思ったけど里程標木がそのまま魔物化したのね」


 困った事に随分と真面目な性格のようだ。


「しかし我々は誰ひとり食われるわけにはいかんよ。そうだな……どうだろう。魔物や動物のもので構わないのであれば、この雪が晴れたら何か獲物を持ってくる約束をしよう。それでなんとかならないか?」


 恐らく交渉しているのだろう、しばらくミリアとトレントの間でやり取りが続く。何を言っているのかはさっぱりわからないが、ミリアはえらく驚いた顔をしている。

 やがて話がまとまったのか、こちらに向き直る。


「驚いたわ。彼女、私達を町まで連れてってくれるそうよ。そのかわり誰か一人に契約の呪いをかけるみたい。私でいいかしら?」


 駄目だ、とかぶりを振る。


「責任者は俺だろう。俺が受ける」


 何をどうするのかはわからないが、とりあえず一歩前へ出て主張すると、ミリアがトレントにこちらを指さしながら一言二言交わす。


 ――"Curse"――


 次の瞬間、胸の中央に突き上げるような強烈な衝撃が走り、雪の上へと吹っ飛ぶ。


「がはっ!」


 付近の雪を巻き上げながら地面を転がると、ウルによって受け止められる。


「だ、大丈夫かよアニキ」


 衝撃のあった箇所を確認し、怪我が無いかどうかを確認する。鎧には小さな穴が開いているが、血は出ていないようだ。

 ひゅーひゅーとした息遣いのままミリアを見やると、涙目で訴える。


「こんなきつい一撃が来るなら……先にそう言ってくれ……」




「うおおおおおお!! 速ええええええ!! うがっ、ごほっ!」


 顔に雪を張り付けながら叫ぶウル。雪の塊が口の中に入ったのだろう。派手に咳き込む。

 眼下に目を向けると、複雑にうねりながら凄まじい勢いで雪をかき分けるトレントの根が見てとれる。はじき飛ばされた雪は高くまで舞い上がり、まるで大型の除雪車だ。


「落ちるなよ! この高さだと助からないぞ!」


 幹や枝に各々必死にしがみ付く隊員達に声をかける。雪で隊員達の表情は見えないが、震えた声で了解の言葉が返ってくる。


 ――確かに速いが、いくらなんでも寒すぎる!!


 雪が無くなり、走りやすくなった道を駆ける幌馬車を恨めしそうに見やる。幌に透けて魔法の明かりが漏れている事から、ミリアが何らかの魔法を使っているのがわかる。あの中はさぞかし暖かいに違いない。

 歯を鳴らしながらミトンを握りしめ、その暖かさを噛み締める。


「しかしあのまま遭難したらどうなるかと思ったが……何が起こるかわからんな」


 鎧を貫通する形で胸に刻まれた、契約の印を見ながら呟く。

 確かに寒さは辛いが、このまま目的地まで連れてってもらえるというのは非常に有難い。後はこのトレントが相当な方向音痴で無い事を祈るだけだ。

 それに契約というのも、なんともまあ長寿な生き物らしいというか。十の息吹。すなわち十年以内に、我々と同じ重さの量の糧を用意するという、実におおらかなものだった。命の危険と換えられるならば、倍でも三倍でも安いものだ。



 それから二、三時間も揺られただろうか。相変わらずの雪景色と夕闇で遠くは何も見えないが、恐らく近くまで来たのだろう。トレントの動きが徐々に減速していく。


「ついたのか? あー、何を言ってるのかわからんよ。ミリア! 大樹の美女はなんと仰せだ!」


 何やらこちらに向かい例の言語を喋り始めたトレントに、ミリアへ助けを求める。

 しばらくして幌馬車から顔だけだしたミリアが叫ぶ。


「到着したって言ってるわ! これ以上は先に行けないって!」


 どういう事だとあたりを見回すが、当然ながら何も見当たらない。隣で枝にしがみ付いていたベアトリスに何か匂うかを尋ねるが、首を横に振られる。


「よし、それじゃ降ろしてくれ! 恐らく近くまで来たという事だろう。礼と共に約束は必ず守ると伝えてくれ!」


 ミリアから耳障りな言語が発せられると、トレントは枝を地面に向けて下ろし始める。各員は枝を滑る様にして地面へと降り立つ。

 自分も最後の一人として地面に降り、ほっと息を付く。地面が恋しいと思ったのは久しぶりだ。地球にいた頃ジェットコースターに乗った時以来だろうか?

 無駄ではあるが、身体の至る所に積もった雪を手で払いのけていると、細い枝がこちらへ向かって伸ばされ、胸のあたりをノックしてくる。

 わかってるよと言った風に枝をぽんぽんと叩くと、トレントは枝を戻し、ゆっくりと振り返り始めた。


「またな!! 肉一杯もってきてやっからよ!!」


 元気なウルの声に、皆で笑いながら手を振る。果たして手を振るという行為が通じるのかどうかはわからないが、こういうのは気持ちの問題だろう。

 来た時よりもずっと早い速度で遠ざかっていくトレントは、いくらもしないうちに雪の闇へと消えていった。


「あんな速度で走れるのか……あのまま戦闘が続いていたと考えるとぞっとするな」


 自らの幸運に感謝すると、各自怪我が無いかどうかを確認し、幌馬車の後ろへと集合する。

 冷えきった身体を温める為に、本当であれば大きなたき火を起こしたい所だが、闇夜で満足な量の薪を集めるのは難しいと判断し、馬車にいくらか積んであった薪と松明に火を付ける。多少油臭いが仕方ないだろう。

 外にいる全員が一か所にぎゅっと集まり、厚手のローブを広げ、雪と風を遮断する。お互いの体温と火からの熱が内側にこもりはじめ、しだいに快適な空間となっていった。


「はぁ……ようやく生き返った気がするね」


 隣で恍惚としてそう言うベアトリスに頷きを返す。


「まったくだ。だが燃料が心もとない。しばらく身体を温めたらすぐに雪をかき集めるぞ。風よけを作って夜をやり過ごそう」


 うんざりした様子で頷く隊員達。

 しかしウルからの反応が無く、彼女は中空を見つめたまま、何やら耳を動かしていた。

「なにか聞こえるのか?」と尋ねると、返事の代わりに短くぴっぴっと口笛を吹き始める。他の隊員達と訝しげにあたりを伺うが、見えるのは闇。聞こえるのは風とたき火の音だけ。

 ウルはなおも数回口笛を鳴らすと、今度は不安げな表情でこちらに顔を向ける。


「アニキ、音の返りがなんか変だ。すぐそこにデカいなんかがあるぞ」


 すぐさま地面に置いた剣を手にすると、ウルの指差す方向を睨みつける。


「全員ローブを閉じて警戒だ。少し様子を見てくる。ベアトリス、一緒に来てくれ」


 全員がローブの前をしっかり合わせた事を確認すると、松明を手にし、足を進める。


 まだ燃えているたき火の炎が届く程度の、ほんのすぐ短い距離を進むと、目の前に巨大な影がうっすらと見えるのに気付く。



「なんてこった……これは……」




手当たり次第に魔物を殺すというのは、あまり健全ではありませんよね。


ちょっと気になるような終わり方にシテミタ

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