冬の旅
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「俺よ。かーちゃん探してんだ」
初めてウルとタッグを組み、戦い、そして勝利と共に負った負傷からの、快気祝いの席。
全員飲んで酔っぱらっての大騒ぎの席だったから、突然の告白にフレア共々驚いたのを覚えている。
「小さい頃にどっかいっちまってよ。何があったかは知らねえけど、遊びから帰ったら家にいなくてさ。兄弟みんなで何日も待ってたけど、結局帰って来なかった……あ、でも顔はよく覚えてるぜ。こういう話だと顔もおぼろげーみたいなノリが多いけどな。まあ五、六年位前の話だし」
寂しさなど感じさせない、淡々とした調子で話すウル。
「六年前というと、戦争か?」
そう尋ねるとウルは、うーんと唸りながら腕を組む。
「いや、戦争に行ったのはとーちゃんの方だな。かーちゃん出てったのはそれが理由なのかもしれないけどな」
あっけらかんとした様子でそう言うが、こちらの心境は重い。
ウルの故郷は北の国だ。もしかしたら戦場で自分が手にかけた相手の中に、ウルの父親がいた可能性がある。どうしたものかとまごついていると、「戦争だから仕方ねえよ」との声がかかる。
何も言ってやれない自分が歯がゆい。
「まあ、それから生きてくのは大変だったぜ。その辺のおんなじようながきんちょ集めて食い物かっぱらったり金脅し取ったりさ。たまに捕まってぼこぼこにされたり」
にはは、と楽しそうな笑顔。
「どこもかしこも似たような奴らばっかでよ。縄張り争いで他のグループとしょっちゅうやり合ってたぜ。ナイフもそん時覚えたんだ。」
そう言いながら器用にナイフをくるくると回す。
「結構有名なグループだったんだぜ? でもよ、ある日ふと思ったんだ。もし今の俺をかーちゃんが見たらどう思うかってさ……したらこんな生活やってちゃダメだってなってさ」
「それで剣闘士に?」
フレアの問いにおうよ!と胸を張るウル。
「剣闘士になって活躍すりゃあよ。真っ当に金は貰えるし、すげえ有名になれるじゃん? そしたら盗みもやんなくて済むし、もしかしたらどっかでかーちゃんも俺に気付くかもしんねえじゃん」
ふむ、とウルの体を眺める。
「しかしその体格では相当無理があるんじゃないか?母親を見つける前に命を落とすかもしれんぞ?」
「まあな」とウル。
「でもよ、確かにきっついけど悪い事ばっかじゃないぜ。まともに食い物食えるようになったし、ダチだって出来た。悪くねえぜ」
――実にいい笑顔で発せられたそれは、きっとウルにとっては深い意味などない、他愛も無いひと言だったんだと思う。
「ダチ?もう友人が出来たのか?」
――だがあの一言で俺達がどんな気持ちになったか。
「おいおい、そりゃねえっしょ! 家族でもねぇのに命預けてんだぜ?」
――いつかウルに伝えないといけないだろう。
「俺達ダチこうじゃん!」
しばし固まる俺とフレア。
「おいおい、私もか? 私は君の所有者だぞ?」と言うフレアに「関係ねえっしょ」と返すウル。
「別に奴隷と友達になっちゃいけねって決まりはねえんだろ?」
戦友はいくらでもいた。
仲間と呼べる存在もいた。
だが、誰かに友達だと言われたのは、俺にとってはこの世界に来てから。そしてフレアにとってはその人生において。
「だったら俺たち、ダチだぜ!」
間違いなく初めての事だった。
「それで丸一日遊びほうけていたというのか? まったく、何をやってるんだか……まあいい。今はそれよりも重要な事がある」
ウルと並んでばつの悪い表情をしながら立ち尽くしていると、フレアはこちらへ向かって書類を投げてくる。
「森林調査隊の第一次統合報告書だ。詳しい事はそれに書いてあるが、例の植物は東の国の王都へ向けて広く分布しているようだね。暇をしているなら少し王都周辺の様子でも見た来たらどうだ?」
あきれた顔のフレアに謝罪を入れつつ、書類を読むと、頭の中で旅の計画を立て始める。するとフレアは、思考の世界に入ったこちらの注意を引くように人差し指を立てると、「それともうひとつ」と少し怒った様な顔をする。
「次に抜け出る時は私も連れて行きたまえ」
冬。それは人間にとっても魔物にとっても最も辛い時期だ。
自然死を迎える人間の数が増える時期でもあるが、同時に魔物の活動が下火になる時期でもある。人間も魔物も同じ動物だという事だろう。
温度計が無いので正確なそれはわからないが、雪が降り、湖面が凍る事から、少なくともこのあたりではは氷点下を下回る事があるという事はわかる。
ニドルを出発してから四日目に降り始めた雪は、七日目を迎える今も衰える事を知らず、あたり一面の雪景色を作り出した。
フレア、キスカを覗くいつもの五名と、先遣隊からの選抜合わせて十名は、膝近くまで積もった雪を馬車と共にかき分けながら、ゆっくりと東の国の首都目指して足を進めていた。
「だめだ。先がまったく見えん。本当にこの方角で合っているのか?」
ほんの数十メートル先までしか見えない視界の中、見えもしない道先をにらみ付けると、幌馬車の中で何やら怪しげな魔法の儀式を行うミリアに声をかける。
「合っているはずよ。もうかなり近くまで来ているはずだわ」
ミリアの声に安堵の息をもらすが、そのもらした息さえ白く凍りつく。
「こっちの方じゃこんな雪は珍しくないのか?」
唇を紫にしながら横を歩くベアトリスに訊ねる。
「そうさね。何年かにいっぺんだけど、たまにね。森の恵みも減るから、酷いときには餓死者なんかが出たりもするねえ」
寒さと疲れで相当参っているのだろう、こちらを見もせずに答えるベアトリス。その様子にそろそろ休憩の時間だったろうかと考えるが、太陽さえ見えない為に時間の感覚がわからない。
歩数を数える事で時計の代わりとしているが、いつもよりずっと遅いペースになっている。こちらもあてにはならなそうだ。
「隊長、そろそろキャンプを張りますか?」疲れ切った顔の隊員。
「地図上ではこの先に森があったはずだ。そこまで進んだらにしよう。ここの高台だと吹雪になった時に全員やられちまう」
厚手のミトンで森があると思われる方向を指し示す。
ふと手が凍えて動かなくなっているのではと不安になり、ぐっと力を込める。
「大丈夫か。しかしこれには本当に助けられているな」
このミトンはキスカに編んでもらったもので、アタラという蜘蛛の糸とキスカの毛髪で作った魔法の糸が編み込まれている。非常に高い断熱効果を持つうえに、今のように力を込めると火傷しない程度の熱を発してくれる。
おかげで急に魔物に襲われて剣を引き抜く羽目になっても、武器がすっぽ抜けてどこかへ行ってしまうという事態は避けられる。
それに何より、暖かい。
キスカへの感謝の念と共に、再びしばらくを歩き続けると、先頭を歩く隊員が足を止めて声を上げる。
「隊長! 里程標木です! もしかして我々は迷っているんじゃありませんかね?」
そんな馬鹿な、と前へ出て確認をする。
しかしそこには確かに見覚えのある巨木がそびえ立っていた。
本来街道を行く旅人達がその距離を測るために、一定間隔に植えられていた里程標木は、国が崩壊した後も機能し続けている数少ないインフラのひとつだ。今回の旅でも随分と役に立ってくれたが、今は目障りな障害物のように感じる。
「今朝の出発前につけた印が残ってるな。なるほど。我々は何時間もかけて元の場所に戻ってきただけというわけだ」
雪を払い、枝に結び付けられた布切れを露出させながらそう言うと、そばにいる隊員達ががっくりとした表情で肩を落とす。
何がどうなっているのかと、幌馬車の中へ顔だけ突き入れる。
「ミリア、朝の出発地点に戻ってるぞ。一体どうなってるんだ?」
ミリアはかぶりを振ると、水晶球を指差す。
「遠目の術も効かないわ。何かに魔法が邪魔されてる。多分だけどこの水晶球が指し示す方角もいじられてるわね。迷ってるというより迷わされてるんだわ」
「迷わされてる? なんとかならないのか?」
「ん、もう少し時間をくれればもしかしたらだけど、なんとかなる"かも"しれないわ。けれどあまり期待はできないわね。それに雪が止むのとどっちが早いかって話になるわ」
ミリアの答えに溜息を付くと、引き返すべきかどうかの思案を始める。
食糧は比較的余裕を持ってきてはいるが、当初少なからずあてにしていたジーナとウルによる狩猟が、この雪で完全に行えなくなっている。同様に水についても川が凍りついてしまっている為に、その補充が出来ていない。ミリア魔法で水を生み出す事はできるが、せいぜい三人分がやっとだ。
それに体力の消耗も激しい。幌馬車で半数が休む事が出来るので人間たちはなんとかなりそうではあるが、二頭の馬はそうもいかない。
馬を失えば全てを失う。帰還の魔法が使えるミリア以外は全員野垂れ死ぬ可能性がある。ミリアの言葉から悪意ある第三者がいる可能性もあり、状況はかなりまずいと言って良さそうだ。
「仕方ない。残念ではあるが引き返すか……」
単なる偵察で無理をする必要は無い。費用対効果からここは一旦引くべきと考え、外にいる団員に声をかけようとする。
その時、ふとかすかな何かが聞こえた気がした。
振り向いてあたりをうかがうが、相変わらず見えるのは雪景色のみ。
「おい、今何か聞こえなかったか?」
再び幌の中へ顔を入れてそう尋ねると、全員の目がウルに集中する。
「おう、今も聞こえてるぜ! 何か教会の鐘の音みたいだけど……ちょっと方角はわかんね。あっちこっちから響いてる感じだ」
なんとも不可思議な物言いに首を傾げると、振りつける雪を遮るついでに巨木へと近付きあたりを見回してみるが、やはり何かが見えるという事は無い。耳を澄ませば確かに何かくぐもった音が聞こえなくもないが、それらはすぐに風の音にかき消されてしまう。
「まあ、この視界だものな。狼か何かかもしれん。一応警戒しておくか」
バックパックから松明を取り出して持ち柄を雪へ突き刺すと、懐から火打石を取り出し、剣を抜く。あまり剣にはよろしくないが、火打鉄をどこかに失くしてしまったので苦肉の策だ。
マントと雪で囲いを作り火打石を剣へと打ちつけるが、やはり片手だとうまく火花を飛ばす事が出来ない。
舌打ちをしつつ、両手を自由にしようと剣を地面に突き立てる。
――何だ?
雪の下に感じる妙に柔らかい感触に違和感を感じる。
次の瞬間、地鳴りのような振動と共に、
耳を引きちぎりたくなるような甲高く、巨大な叫び声。
耳を押さえながら慌てて剣を引き抜くと、声の方向を見やる。
――こいつは!!
そこにいたのは、切断された根を苦痛と共に振り回す、トレントと呼ばれる巨大な木の化け物だった。
たまには、ちゃんと、ジョウケイ書いてみた
けどちょっと、切るトコ、間違えた
ニホンゴ、ムツカシイネ