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原風景

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

皆々様のおかげでユニークアクセス10万突破という、

1つの目標を果たせました。


というわけでお礼がてらご要望にお答えして。

「一体どれだけ大きくなったんだ?」


 ニドルの町に設けられた臨時指令所の屋敷にて、酒を片手に地図を仰ぎ見る。


「正直私にもわからん。アイロナからベルンまでは間違いなく私の勢力圏と言い張る事ができるんだが……」


 フレアによる東の国への侵攻から半年。破竹の勢いで進む本隊はついにニドルまで到着。魔物による多数の犠牲を出しながらも、東の国北西部に一大勢力圏を築いた。


「これを見てみろ」と封印付きの手紙を投げ渡される。


「ふむ……アルガーノからの恭順願い?聞いた事が無い町だな」


 フレアは鼻を鳴らすと、ニドルから随分離れた箇所を指差す。


「それは当然だね。まだ先遣隊すら行っていないよ」


 驚きの顔でフレアを見やる。


「他にもまだまだあるぞ。エルブ、アノ、エリストンブルグ。あー、これはどこだ?ウピャリスク?読み方すらわからんよ。国外かもしれないね」


 フレアはうんざりした様子でそう言うと、一気に酒をあおる。


「既に元の領地の5倍以上になってるんだ。とてもじゃないが管理しきれんよ。こいつらは兵士が畑から取れると思っていても不思議ではないね」


「そいつはさすがに無いだろう」と笑うと、真剣な表情で「どうだかね」と返される。


「大体これ以上領土を拡大しても旨みがほとんど無い。いや、兵を割かねばならない分、完全に赤字だね」


 白い指がニドルを中心に円を描く。


「主要な穀倉地帯は既に押さえた。残っているのはほとんどが首都方面の商業都市になる。経済が崩壊している以上商業都市なんぞ無価値に等しいからね。もし王軍がこれからこちらに向かってくれるのであれば喜ばしい限りだ」


 そういえばウォーレンから報告があったな、と思い出す。


「フランベルグ王国軍か。そういえば南から進軍を始めたと聞いたがどうなんだ?個人的にムロークの森を通るなど正気ではないとしか思えんが」


 フレアは意地の悪い笑みを浮かべると、こちらへ顔を近づける。


「散々な目に合っているようだよ。我々の進撃速度に焦ったのだろうね。満足な現地情報も無しに進軍したものだから森の住民を怒らせたようだ」


 森の住民というと、エルフの連中か。


「そいつはまた……地獄絵図だろうな。うちは不可侵を結んだと聞いたが本当か?」


 あぁ、と頷くフレア。


「連中は製鉄が出来ないからね。金属、木材による毎年一定量の交易と植林についての約束をしたら、実に友好的な約束をしてくれたよ。

 国軍は単純な人口からその三倍をもって攻め入る事にしたらしい。たった三倍だよ?現在まで魔物のうろつく森で生き抜いてきた事の意味を理解できる人間は、どうやら今の中央にはいないらしいね」


 苦笑いをしてかぶりを振る。


「そりゃ戦前の侵攻準備では君が障壁になるなど全く想像してなかっただろうさ。騎兵を揃えたって話だから平原での戦いを想定してたんだろう」


 フレアは本日何杯目になったかわからない杯をあおると、「それならそれでやり方があるだろう!」と声を荒げる。


「全く。貴重な兵士の無駄遣いだ。我々としては喜ばしい事ではあるが、それでも同胞である事には変わりない。もう少し大切に扱ってやれんものかね」


 そうだな、と同意の頷きを返すと、考えに耽る。


 正直な所、国軍はもう詰んだのでは?と思えてしまう状況だ。

 アイロナの山脈鉱山地帯。ニドルの穀倉地帯。現在は船が無い為使用されていないが、港湾都市であるベルン。これら主要生産都市を全てフレアに押さえられた上、少し前に戦争を行っていた北国とは真逆の南からの進軍。

 なんとか運良く森を抜けた先には完全に荒廃した元商業都市郡。手にしたとして、利益が出るのは何十年、それとも何百年先かといった具合だ。

 国内は比較的安定しているが、フレアを始めとした戦時英雄の影響力が高く、又、王家自身も一枚岩ではない。

 もし今フレアを含む国内諸侯に対して直接戦線でも開こうものなら、一体どんな結末になるか想像が付かない。王家も国が無くなる可能性を賭けてまでそれを選択するとは思えない。


 改めて横で酒を飲む少女を見て思う。

 恐らくこの娘は国の歴史に名を残すような、稀代の英雄というやつなのだろう。

 自分が所属する側のトップとしてはこれ以上望むべくもない。

 もし一つだけ問題を挙げるとすれば――


「さて、そろそろ床に入るとしようか。君も来たまえ」


――俺の嫁さんだという事だろう。



「…………」

「…………」


 巨大なベッドでお互い向かい合い、沈黙だけが流れて一体どれほどの時間が経ったろうか。

 さっさと押し倒してしまえとは思うのだが、いつもの威圧感を伴う視線がそれを躊躇させる。

 緊張から喉がからからに渇き、水をあおる。


「私は処女だ。」


 盛大に水を噴出す。


「何がおかしい? これでも貴族の一員だからね。婚姻をするまでそういった事は許されない」


「いや、笑ったわけじゃないんだ」と咽ながら返す。


「ふん、まぁいい。そんなわけで私は経験が無い。だから本来であれば女が先導すべき事案だが、経験者である君に任せたいと思う」


 フレアはそう言うと、顔を近づけてくる。

 今までに幾度と無く見てきた青い瞳が間近に迫る。

 彼女は何かを考えるように目線を上に向けると、再びこちらを見やる。


「ふむ。ベアトリスの話で聞く君はもっと積極的だったようだが、私は君の好みでは無いのかな?」


 落ち着いた肺が再び暴れる。


「あっはっは、しかし長い付き合いでの君の反応を見る限り、地球というのはやはり随分こちらと文化が違うようだね。私は"私の側"にいる人間であれば君が誰を抱こうと気にもしないよ。むしろここではそういった事を気にするのは男の方だね」


 むう、と唸るように返事をする。


「郷に入れば郷に従えだよ。さあ、これでも私は恥ずかしがっているんだ。さっさと君のものにしてくれると助かるね」


 普段絶対に見せない恥じらいを含んだ表情。

 演技でだとはわかっていても、胸が高鳴る。


「俺の物に、か。だが俺はとっくの昔から君のものの様な気がするな」


 片眉を上げてでそう言うと、フレアは小さく笑い、こちらの身体にある無数の傷を指でなぞり始める。


「そんな事は当然だろう。ふふ、この傷の大多数が私の為に付けられた物だと考えると、ぞくぞくするね」


 優しい上目使い。



「私は君を誰にも渡すつもりはないよ」



 ゆっくりと閉じられる青い瞳。



「今までも。そしてこれからも」




 明かりの少ない夜の街並みは、東京のそれと違い、暗く、怪しげで、月明かりだけが世界を作り上げている。

 バルコニーから一人遠くを眺めていると、ここには自分しかいないのではないかという孤独感に襲われる。

 唯一人間の活動らしいものは、時折ちらちらと揺れる夜警の松明だけだ。


 膝を抱え、小さくうずくまる。


 あんなにも恐れ、避け、怯えていた外の世界は、今や自分の生きる場所となってしまっている。

 大切な人がおり、仲間がいて、自分を必要としてくれる人達がそこにはいる。

そして何より自分がそれらを必要としている。


「どうしてこうなってしまったのだろう……」


 フレア、キスカ、ウル、ミリア、ジーナにベアトリス。そして団員達。自分が大切にしている人達を思い描く。


 頭の中で思い描く彼らは、誰も彼もが笑顔で笑い、楽しそうだ。


 やがて彼らはこちらへ向くと大きく手を振り始める。


 そしてそれぞれの口が、

 異なる別れの言葉を紡ぐ。



「ぐっ!!」


 こみ上げる吐き気に耐えられず、バルコニーの一画を汚す。


「はぁ……はぁ……くそっ!」


 倒れ込むようにして横になると、再び丸く膝を抱える。


 自分が外の世界の何かに依存しているという事実に、耐えがたい恐怖を感じる。

 この世界へ来た時から、ずっと。


 ずっとそれを恐れていた。



「俺は日本人なんだよ……地球の……東京の……」



 既におぼろげになってしまった故郷を思い描く。


 父や母は元気だろうか。

 まだ自分の部屋は残っているのだろうか。

 読みかけだった本の続きが気になる。

 祖父はまだ存命だろうか。

 あの駄菓子屋はまだやっているのだろうか。


 友達は。恋人は。家族は。

 まだ俺の事を憶えているのだろうか。



 そこに俺の居場所はあるのだろうか?



 自分という存在を確固たるものとしていた原風景が、

 どんどんと崩れていくのを感じる。


 自分の中の自分が、お前は誰だ?と問いかける。



「前に……前に進んでいるのは間違い無いんだ……」



 だが一体どこへ?



 涙で歪んだ視界の中にフレアの笑顔を思い浮かべ、涙が溢れ出る。



「たぶん俺はもう……」



 故郷が

 遠く感じる。







なぜ主人公はあんなにも外の世界を怖がったのか。

第30話にしてようやく明らかになりました。

主人公の最大の目的である、「地球へ帰る事」

それは彼自身の生きる目的でもあります。

肉体的にも精神的にもただの人間である彼は、

一体今後どうするのか?


関係ないけどいちゃいちゃしやがって、

爆発しろ!!

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