剣闘士団
あらすじを変えた途端、ランキング再浮上してきました。
あらすじって大事なんですね・・・何事も手抜きは良くないと反省しました。
「そういえば隊長、忘れてました。ご婚約おめでとうございます」
「やめてくれウォーレン。せっかく忘れかけてたんだから……それよりジーナ、どうだ? 見えるか?」
手でひさしを作り、高台から下を見下ろすジーナに目を向ける。
「はい、相手の数は二十二。町の人の報告通りダイアウルフを連れています。どうしますか?」
どうしようも何もないさ、と呟きながら剣を抜く。
「これも仕事だからな。ウル、まわりに敵は?」
ウルの長い耳がアンテナのようにピンと左右を伺う。
「近くに人間よりでけぇのはいないぜ。ちっちゃいのだけだ」
よし、と頷くと、身を低くして突撃の準備を待つ10人に目で合図をする。
「ウォーレン、旗を上げろ! さぁ! 全員突っ込むぞ!!」
全てが黒く塗られた生地の中央に小さく金で彩られたフレア男爵紋様が、旗のゆらめきと共に光り輝く。
やがてこちらの存在に気付いた盗賊団の男が叫び声をあげる。
「黒い旗……に、逃げろ!! フレアの剣闘士団だ!!」
「これで今月7件目ですね。この辺りはそろそろ打ち止めかもしれません」
捕えた盗賊団の男女を結んだロープを、実ににこやかな顔で引くウォーレン。
「随分嬉しそうだな」と振ると、「首の入った袋よりはずっとましですから」との事。
「打ち止めとなるとそろそろ移動か……そういえば本隊の進軍の方はどうなんだ?」
「そりゃもう順調も良い所だそうですよ。我々のやっている事は思った以上に効果を発揮しているようです」
「そらそうだぜ!」と、どこからかウルが走り寄って来る。
「旦那が命張って町を守ってんだ。後から来る嫁さんだって本気なんだなって普通思うぜ」
どこの酒場行っても俺たちの噂でもちきりだぜ?と、親指で鼻を擦る彼女はどことなく誇らしそうだ。
ウォーレンも頷いて同意を示す。
「外敵を排除するというのは、住民の信用を得るには最も手っ取り早く効果的ですからね。元々住民が一番望んでいたのは治安ですから、ほとんど歓迎されるような形で軍を迎え入れているようですよ」
フレア剣闘士団。
別に剣闘士のみで構成されているわけではないが、判り易さと宣伝効果を考えて付けられた派兵先遣隊の別名だ。
フレアから下った命令は至ってシンプル。"評判を上げて来い"だ。
彼女は元々進軍に対する人間による抵抗はほとんど無い物と考えていたようで、占領後どうやって維持管理するかの方に頭を悩ませていた。
なにせ東の国の主たる住民は、農民等の第一次産業を除けばどこもかしこも冒険者や山師、自警団などといった武装集団だらけなのだ。
もしこれが一斉に反乱を起こしたとなると、まとまった軍でも無い限り抑えがきかない。
「民衆というのはだね、良くも悪くも自分勝手なんだ。だから自分達の利益を侵さず、それでいて不安を取り除いてくれるというのであれば、上が誰であろうと気にもしないよ」
出陣前にフレアが言った言葉だ。
「いいかい、最も大事なのは信用を得る事だ。それさえあれば後は如何様にもできる。だから君には私の夫として向こうに渡り、民衆に信用。もしくはそれの元となるものを築いてきて欲しい。無理な戦いは避けて構わん。大事なのは本気であるという意思を民に見せつける事だ」
その時の事を思い出し、溜息と共に愚痴が漏れる。
「言いたい事はわかるが、婚約した次の日に戦場に送り出すってのもどうかと思うがな……というか何が私は良い妻になるぞ、だ。尻に敷かれるのが目に見えてるじゃねぇか」
誰とも無しに呟いた言葉だが、ウォーレンに聞こえていたらしい。「滅多な事は言わない方がいいですよ。どこに耳があるかわかりませんから」と囁かれ、びくびくとあたりを見回してしまう。
「け、けど、無用な争いが減るわけですし、きっと沢山の人が救われているのではないでしょうか」
呟きを聞いていたのはもう一人いたらしい。ジーナが苦笑いしながらそう言う。
「まあ、そうかもな……いや、そうでないと困る」
今までに亡くなっていった団員達の事を思い出し、言い換える。
剣闘士傭兵団の主な任務が諜報と調査から戦闘に移った事により、今までよりもずっと多くの死傷者が生まれている。
ほとんどは顔も覚えていない者達だが、大事な部下であり、仲間だ。
できればその命ひとつが、百人の民衆を救っていると信じたい。
「はい、確かに引き取りました。この度もご苦労様です」
ニドルの暫定行政機関として機能している代表組合に盗賊達を預けると、わずかな銀貨の入った報奨金を受け取る。
本来盗賊達に懸けられているものよりもずっと少ない額ではあるが、タウンギルドの方もこちらの意図を理解しているので、フレア剣闘士団の活躍を大々的に宣伝する為に協力してくれている。
治安が良くなるのは彼らの利益になるし、フレアは統治後の行政官としての地位を彼らに約束している。安定後の経済規模の拡大に夢を馳せているのだろう、非常に協力的だ。
初めて話を持ちかけた時こそ馬鹿馬鹿しいと一蹴されかけたが、フレアの婚約者という立場が決定的な役割を果たしてくれた。今や彼らは、本隊の到着を今か今かとと待ち焦がれているような状態だ。
「さて隊長、この後はどうします。いつもの通り酒場でいいんでしょうか?」
旗を持つウォーレンに手をひらひらと振る。
三度目の討伐が済んだあたりだろうか。役所から戻る道すがらに人々が集まり、応援の声を送ってくれるようになっていた。
それ自体は剣闘士時代に経験した事なのでどうという事は無いのだが、当時のように無愛想にしているわけにもいかず、引きつった笑みながらでも手を振る等、愛想を振りまく必要があった。
「どうにも苦手なんだよな……」
ため息とともにそう漏らすと、「慣れですよ慣れ」とウォーレン。
「まぁ、これも仕事だ。幸いにも軽い怪我人だけだからな。いつも通りの凱旋と行こう」
覚悟を決め、役所を出る事にする。
しかしいざ外へ出ると、予想していた様な人だかりは無く、何人かの顔に覚えのある女性が手を振ってくるのみだった。
まあ、そんな日もあるかもなと気にせず酒場への道を歩いていると、だんだんと異変に気付く。町がどこか騒然とした様子を見せている。
これは何かあったなと、町行く人に訊ねようとした所で、こちらの存在に気付いた男が慌てた様子で声を上げる。
「お、おい、みんな! 剣闘団が戻ったぞ!」
男の声を聞いた町の人々がこちらへ群がり、口々に訴えを始める。
「あ、あっちだ! 化け物が出たんだ! なんとかしてくれ!」
「急いでくれ! 俺の店が潰れちまう!」
「なぁ、頼むよ! あんたらなんとかできんかね?」
次々に押し寄せる声に気圧されるが、なんとか落ち着かせて話を聞く。
町人が言うには大きな翼を持った四つ足の化け物が、防壁を超えて町へと入り込んだとの事だった。
どうやら既に多数の被害が出ており、一刻の猶予もないらしい。
「ウル! ジーナ! 特定してくれ!」
同行していた二人に声を掛けると、すぐさまウルが耳をそばだて、ジーナが近くにあった木に登り始める。
「うへ、どこもかしこもうるさいなんてもんじゃないぜアニキ……でもあっちだ! あっちが一番騒がしいぜ!」
それを聞いたジーナが視線をウルの指差す方へと向ける。やがて何かが見えたのだろう、飛び降りるようにしてこちらへと戻って来る。
「職人街のあたりです! 一瞬ですが、跳ねる魔物が見えました!」
わかった!と返事をすると、すぐにジーナを含めた団員の半分に弓と槍を取りに行くよう指示を出し、残りのメンバーで現地へ急いで向かう事にする。合流はジーナがいれば問題無く行えるはずだ。
魔物はどうやら派手に動きまわっているらしく、現地へ到着した頃には既に食い荒らされた死骸が無残にも転がっており、店先に並べられていた商品などが散乱しているだけだった。
その後も破壊の跡を追う形で追跡を続けると、居住区に近い屋台広場でようやくその姿を見つける事が出来た。
「なんてこった……マンティコアだ」
驚きと共に苦渋の声が漏れる。
体長六メートルにも及ぶライオンの巨体が、その身体に似つかわしくない人間の顔と翼を震わせ、腹まで響くうなり声を上げている。
たまたま武装していた冒険者だろうか?三人の戦士がマンティコアと対峙しているが、戦っているというよりは逃げ遅れて仕方なくといった感じだ。
やがて一人が突進と共に繰り出された鉤爪を受け、ばらばらになった鎧と共に吹き飛び、その内臓を晒す。
――こいつとやりあえってか? 無理に決まってる!
勝手にいなくなってくれるのを待つか、罠を仕掛けて魔道師をあてるべきだ。軍でもあれば別だが、こんな化け物を相手にしていたら命がいくつあっても足りない。
手持ちの人数と危険性を考え、即座に撤退の判断をする。
フレアも言っていたが、決して全滅するリスクを賭けてまで行う任務ではない。
後ろにいる四人を見やり、撤退命令を下そうとしたところで、ふと逃げ遅れた子供の父親を呼ぶ声が耳に入る。
広場に倒れた何人かの中の一人だろうか?混乱の中走り寄ろうとする子供を母親が必死に家の中へと引き入れようとしている。
そして目が合った。
罪悪感と共に目を逸らすと、また違う誰かと目が合う。
あたりを見回すと、隠れるようにして広場を伺う我々を、誰もが希望を見つけた眼差しを持って見つめていた。
「アニキ、やるならでかい事がいいぜ」
少し青ざめてはいるが、挑発的な笑みを浮かべたウルがそう言うと、他の団員達もそうだそうだと頷く。
生気の無い顔をしながらも、ウォーレンまでもが旗付きの槍を握り締めやる気を見せている事に少なからず驚く。
「お前ら……」
自らの手に収められたソードを見る。
あの巨体に対してなんと頼りない事か。
――だが
「アイン、グレース、二階建ての建物から弓で援護してくれ。下からだと流れ矢が危険だ。」
――やるしかなさそうだ
「ウル、ウォーレン、着いて来い! 増援が来るまで引き付けるぞ!」
恐怖心を押し殺すかの如く叫ぶ様に指示を下すと、
化け物のいる広場へと躍り出た。
甘い新婚生活はお預けです。
でも描きたいなとも思います。
ハーレムタグももちろん嘘ではありません。