報せ
気付けばもうすぐ50万アクセス。
さすがに50万回ありがとうを言う事は出来ませんので、
せめて作品を書き続ける事で返していければと思います。
水面に叩きつけられた音が聞こえてきた直後に、全ての音がくぐもったごぼごぼという音に切り替わる。
相変わらずしがみついたままのゴーレムと共に勢い良く水中を落ちていく。
水中でも地上と変わらずにこちらへ殴りかかってこようとするゴーレムだが、踏ん張りが効かない為、平たい切り株のようなその手の方向の逆方向にくるくると体が回るだけだ。
水深はせいぜい四メートル程なので、すぐ下まで落ちきると、暴れるゴーレムの首にロープを巻きつけ、ブレストプレートのベルトを外しながら泳いで距離を取る。
岸壁まわりに使えそうな岩はないかと見渡し、ようやく見つけたカギ爪のようになった岩肌に急いでロープを巻きつける。
舞い上がった泥により視界が覆われていき、何度か失敗する。
――息が……!!
ようやくしっかりと結び目が出来た事を確認できた所で、泥のもやを掻き分けるようにしてゴーレムが現れる。
――畜生!お前は一人で朽ち果てやがれ!!
余ったロープをもう一度ゴーレムの体に巻きつけると、ダガーを引き抜きバックパックのベルトを切断する。
ようやく重しの無くなった体を、のしかかって来るゴーレムをすんでの所でかわし、水面へ水面へと泳ぎ上げる。
「ぷは!! ……ぜぇ……ぜぇ……ちくしょう! こんなのは二度と御免だ!」
疲れきった体をなんとか岸へと持ち上げると、上から水中を覗き見る。
ゴーレムはこちらへ向かいまっすぐ岸壁を登ろうとしているが、頑丈なロープに引かれ、それより先に進めないでいる。
知性の高い生き物であればすぐにでもロープを解く所だろうが、与えられた単純な命令をこなすだけのゴーレムにそれは難しいようだ。
「登攀用の特製ロープだ。せいぜい水中を楽しんでくれ」
放り捨てた剣と盾を回収すると、吐き捨てるようにそう呟いた。
石造りで出来た建物に近寄ると、一体どれほどの時が経過したのだろうか?完全に植物によって侵食されており、家の中にあるものはどれも朽ち果てていた。
残っているのは食器や、何かの家具の一部だっただろう金属の部品といったものだけだ。
しかしそれらはどれも錆付いてしまっており、とても何かの役に立つとは思えない。
邪魔なツタを剣で切り落としながら奥の部屋へと足を踏み入れると、部屋の中央にそえられた大きな青銅で出来た箱が目に入る。
「……棺か?」
表面には複雑な紋様が掘ってあり、かなり手が凝ったものだ。元は美しかっただろうそれは、表面はどこも錆付いてしまい変色してしまっている。
一瞬呪いの事が頭をよぎるが、そんなばかなと頭を振る。
棺のふちに手をかけ、力を込める。ごりごりといった重い音と共にゆっくりとその封印を解いて行く。
やがて中から現れたそれを見てはっと息を呑む。
棺の中には柔らかな布地に包まれた一人の女性。
肩口ほどの強いウェーブのかかった銀色の髪。そしてあごの後ろから首にかけて生え揃った鱗が、差し込む光に反射して美しく光り輝いている。
「蛇族の……魔女なのか? いや、しかし……」
あまりに若すぎる。
まだ幼さの残る顔付きは十代もそこそこに見える。それに肌の瑞々しさはまるで生きているかのようだ。家の状態から考えると途方も無い時間が流れているのは間違いないはずだ。もしかするとそういった状態を保存する魔法のようなものが棺にかけられていたのかもしれない。
棺に描かれた紋様に目を移す。
しかしそうだとすると随分申し訳ない事をしてしまった事になる。永遠を願う死者の想いを踏みにじってしまっただろうか。
少し申し訳ない気持ちで手を合わせると、棺の蓋を元の位置に戻そうと力を込める。
「そのままで結構よ」
真下からかけられた声に飛び上がらんばかりに驚く。
瞬間的に剣を逆手に引き抜き首筋に突きつける。
が、次の瞬間その姿が消え失せる。
「別に危害を加えたりはしないわよ。むしろ貴方には感謝しているわ」
後ろから掛けられた声に鳥肌が立つ。
急いで振り向いて剣を構えるが、「そんなにあたしを殺したいの?」との声になんとか冷静さを取り戻す。
――勝手に人の家に入って剣を突きつける。これじゃ強盗か。
すまない、と謝ると「いいわ。それより何か着るものはないかしら」と事もなげに返され、慌てて棺の中にあった布地を手渡す。
彼女はそれを古代ローマ人の様に体に巻きつけたが、薄く透き通った布地は彼女をより扇情的な姿にしただけだった。
「なぁに。あなたこういうのが趣味なの?」
年齢と不釣合いの妖艶な笑みに思わずごくりと喉を鳴らす。
「いや、すまない。さっきそこの湖に落ちたばかりでね。ご覧の通りずぶ濡れなんだ。服を貸してやりたいのはやまやまだが、しばらくその格好で我慢してくれ」
これで隠すかい?と盾を差し出すが、いらないわと返される。目のやり場に困るので個人的には使って欲しかったが。
「いいわよ。力を貸してあげる」
外へ出て服を乾かす為に火を起こすと、ここへ来た目的を正直に話し助力を求めた。当然無断で家へ入り込んでしまった事への謝罪もしたが、荒れ果てた家を見た彼女は「あれじゃ当然ね」とさして気にした様子も無かった。
「本当か?しかしその……」
まごつくこちらを察して彼女が言う。
「見返りはいらないわ。ここから出してくれるだけで十分よ。それにしてもあんな方法でゴーレムの動きを止めるなんてね」
彼女は、現在も岸に上がる為にもがいているだろうゴーレムがいる湖の方をつまらない様子で見やる。
あ、でも一般的なお給金は頂くわよ?との彼女にもちろんと返す。
「あれは私の師匠にあたる人物が作ったものでね、魔法による影響を受けないよう樹齢三百年を超えるダミアの木で作られているわ。臆病だった師はここへ続く道に近づくあらゆる生き物を攻撃するように命令したの」
彼女はたき火に薪を放り込みながら遠くを見つめる。
「ゴーレムが凄く忠実だった事は師が死んだ後に良くわかったわ。彼が攻撃する対象は師以外。つまり私も含まれていたのよ」
閉じ込められたってわけ。笑っちゃうでしょ?となんともせつない笑みを浮かべる。
「食事に関しては使い魔をやったりなんだりで何とでもなったけど、まさかこの湖のほとりで一生を終えるわけにもいかないでしょ?だから冬眠する事にしたのよ。いつか王子様に助けられるのを夢見て、ね」
王子様どころか元奴隷の剣闘士だけどな。と向けられた笑みに曖昧な表情を返す。
しかしてっきり死んでいるものかと思っていたが、冬眠とは恐れ入る。しかも何百年もの長い年月だ。便利、といっていいのかはわからないが、驚愕すべき能力だ。
「まぁ、そういうわけで私にとって貴方は救いの主ってわけよ。協力だろうがなんだろうが惜しまないわ。だからさぁ、早く外の世界に連れてって頂戴」
その後乾かした服を彼女に着せると、ニドルの町へ帰る為に道へ足を進めようとしたが、ゴーレムが複数いる事を聞かされ、慌てて引き返す。
それぞれに担当エリアがあるとの事なので、彼女を背負うと往きで使用したロープを登り、できるだけ同じルートをたどりながら戻る形になった。
途中「飛べないのか?」と質問すると「最近の魔法使いは飛べるの?」と驚かれてしまった。まわりにいる魔法使いは飛べないが、飛べる者を見たことがあると答えると、まるで御伽噺ねと呆れた様子だった。
「隊長、そういうのは他所でやってくれませんかね。ここは連れ込み宿じゃありませんよ」
うんざりした顔で失礼な事を言うウォーレンを軽く小突くと、事のあらましも含め彼女について紹介する。こちらの拠点は部屋がいくつも余っているので、新しい住居が見つかるまでは彼女に使ってもらっても良いだろう。
「というわけでウォーレン。魔女そのものを連れてきた」
「そのようで……」と答えるウォーレンだが、先ほどの失言を思い出したのだろう。額にひどい汗が浮かんでいる。なんて事してくれてんですか、という非難めいた視線は無視する事にした。
「その……ミリアさん、でしたか。どうも失礼しました。伝承に謳われる湖の魔女にお会いできて光栄です」
「別にいいわよ。褒め言葉と受け取っとておくわ。それより湖の魔女と呼ばれていたのは師の方よ。私じゃないわ」
彼女はそう言うと部屋を物色し始める。恐らく服を探しているのだろう.
女性調査員の着替えの入ったクローゼットを示してやると、喜んで着替えを見繕い始めた。
「だが君の師は亡くなったんだろう。魔法使いの慣習がどんなものかは知らないが、湖の魔女の名は君が襲名した事になるんじゃないか?」
鏡の前でポーズを決める彼女に向かって言う。
「そんなものなのかしらね? まぁどうでもいいわ。それより誰かこちらに用があるみたいよ」
そう言って入り口のドアを指し示すミリア。
ウォーレンと二人でなんの事だ?と顔を見合わせていると、やがて部屋にノックの音が響く。
「失礼します。団長は……いらっしゃいますね。フレア様より急ぎの便りです」
驚きの表情でミリアを見やりながら、手紙を受け取り、そのままウォーレンへと流す。ウォーレンほど暗号解読が得意では無いからだ。
しばらく険しい表情で手紙を見つめていたウォーレンだが、次第にその表情が明るいものになっていく。
やがて一通り読み終えた彼はこちらへ向き直ると、使い古されたお約束の言葉を発する。
「隊長、いい報せと悪い報せ。どちらからにしますか?」
悪い報せがあるのか……とうんざりした表情でウォーレンを見やるが、彼は無表情のままじっとこちらを見ている。
「悪いほうからで頼む」
何が来ても冷静でいられるよう、覚悟を決める。
「了解しました。東の国のいくつかで疫病の報告がされているようです。こちらも十分に注意をするようにと」
「……そこで終わりじゃないだろ?続けてくれウォーレン」
ウォーレンはどこかとぼけた様な表情を作ると、口を開く。
「その影響で東の国から本部へと避難民が流れてきているようです。その中に隊長を頼って流れてきた人がいたようですよ。ジーナ、ベアトリス。この名前に聞き覚えはありますか?」
はっとウォーレンの顔を見やる。
「あぁ、命の水を手に入れる時に世話になった二人だ。無事なのか?」
「えぇ、ボスは二人を保護したと書いてます。もし不幸があればわざわざ伏せるような人じゃありませんからね。無事なのではないでしょうか」
ウォーレンの言葉にほっとため息を漏らす。
疫病。つまり伝染病はこの世界では非常に恐ろしい存在だ。
治療術が存在する為、一般的な病気はむしろ地球よりも安全ではと思える程なのだが、疫病のように大量の罹患者が出る場合は別だ。
ひと言で言うと治療術師の数が足りないのだ。
治療はワクチン注射のように一瞬で終わるものではない。何時間も。場合によっては何日にも渡って行われる。急に大量の患者が運び込まれても、手の施しようが無い。
ふと炭鉱に行った時の事を思い出し、不安が募る。
――あの時炭鉱攻略組みはひどい熱を出していた……まさかそれが?
思わず自分たちが原因で大量死を引き起こしてしまった構図を頭に描いてしまい、震えが走る。
いや、さすがに有り得ないはずだ。
あれはものの数時間で治療できたし、自分は罹患していない。それに彼女らがあの後町へ出たとは考え難いだろう。活発に商人が行き交うフランベルグならともかく、ほとんど閉鎖状態に近い東の国でそう簡単に疫病が広がるとは思えない。
念のためにウォーレンに疫病が報告されている町を確認すると、幸いな事にほとんどが東部から南部にかけてであり、むしろ西部に位置するアイロナは例外的なものだった。
「ありがとうウォーレン。近いうちにフレアの所へ戻る必要があるな……さ、次は良い方の報せとやらを教えてくれ」
疲れた表情でそう言うが、満面の笑みになったウォーレンは「いえ、近いうちでは無く、すぐ、だと思いますよ」と返してくる。
随分もったいぶるなと訝しげな目で彼を見やるが、そのにこにことした表情に一つの可能性が浮かび上がる。
――まさか!
「隊長、ウルさんが意識を取り戻したそうです。できるだけ早く帰ってくるようにとの事ですよ」
ロリババァ。俺だ!結婚してくr
・・・こういう場合って年齢はどうなるんだろう。