剣闘士の日常
まぶしい位に派手な作品が並ぶ中、
じみ~な作品をつくってみようと思い、
とうとう投稿。
読書感想文と昇進試験以来となる文章を書くという作業に、
果たしてギブソンは耐えられるのだろうか。
なお、ファンタジー的な要素は2話目以降に登場してきます。
どうしてこうなってしまったのだろう。
幾枚もの鉄板が縫い付けられた脛あてのベルトを絞りつつ考える。試合前に考える事はいつも一緒だ。
この世界に迷い込んだ時の事。
戦場での事。
奴隷として生きる日々。
そして何より地球に残してきた家族や恋人の事。
何か大きな失敗をしたとは思わない。むしろ幸運だった事の方が多いだろう。だが行き着いた先は、少し行った先に自分の事を本気で殺そうと思っている者がいるという、このろくでもない現実。
「そろそろ開始の時間だ。先方はもう出てきている」
ホーバーク(鎖帷子)に開閉式のヘルムをつけた係の者がそう告げる。どれも金のかかる装備で、自分のような立場の人間がおいそれと手に出来る物ではない。
「わかってる。ちょっと脛あてがうまく決まらないんだ」
わかるだろう?という大げさな身振りを交えて答える。
実際の所慣れ親しんだ脛あてを付ける事など目をつぶってでも出来るのだが、今は時間を引き延ばす事が出来ればなんでもよかった。
横で同じように装備を整えている男の肩越しに試合の広告を見る。
"ナバールの冴え渡る剣技か! それとも野獣オルカーノの野生か!"
本日のメインイベントを飾る試合がでかでかと書かれた脇にある、小さく格子状に区切られた対戦表の隅に自分の名前を見つける。
その横には小さな丸が三つ。オールフリーと呼ばれる試合だ。
装備の自由。
手法の自由。
そして生死の自由。
殺し合いにルールもクソも無いのだが、見世物である以上ルールを決めた方がおもしろおかしくなる。
胸糞悪い事実だがこれに限った話でもないだろう。
係員のイライラが限界に達しそうな様子を見て取り、いい加減これ以上はまずいかと立ち上がる事にする。
ため息と共に投げやりな態度で先導する男に付き従い、細い通路を歩いて行く。石壁に囲まれた通路は窮屈な印象を覚えるが、引きこもりがちな自分には丁度良い狭さに思えた。
ここを通るのは何度目だろうか。明日以降も再びここを通るのだろうか。
それとも、そもそも明日が訪れるのだろうか?
段々と狭くなっていく通路と呼応するように不安な気持ちが溢れてくるが、気付け用にと試合中はいつも口に入れる事にしている苦味のある木片を強く噛み締め、明かりの漏れた出口に向かって無言で歩き続ける。
薄暗い通路に出口からの強烈な明かりが差し込んでいる。思わず目を逸らしたくなるが、目を慣れさせる為にじっと外を見つめ続ける。
だんだんと大きくなるざわめき。
聞こえてくる程大きくなる自分の鼓動。
むっとした外の熱気が全身を包み込む。
係員に促されるまでもなく、そのままの足取りで出口をくぐる。
照りつける太陽、わっと盛り上がる歓声が全身を包み込む。
「客入りは順調みたいだな」
ローマにあるコロッセオに似た階段状の客席を一通り眺めて呟く。
罵声やら歓声やらが混じった声を一つ一つを聞き取る事はできないが、いつもより盛り上がっている事だけは確かなようだ。
恐らく自分の軽装がお気に召したのだろう。
対戦相手である男に視線を移し、その全身を覆うプレートメイルを確認する。
この試合はオールフリーだ。装備制限が無いのだから、あのプレートの下には1枚、もしくは2枚のレザーアーマーを重ねて着込んでいる事だろう。間接部に鎖帷子が見てとれるので、パトロンの懐次第ではさらにホーバークを着ている可能性もある。間接部のジョイント部分だけだったとしても大した重装備だ。歩く要塞と言ってもいい。
普通、装備制限無しというのであれば大抵の者がああいった重武装をする。野山を行軍するというのならばともかく、狭い闘技場で戦うのであれば重武装であればあるほど有利というわけだ。
水泳で自由形といえばクロールになるのと同じような感じかもしれない。
対戦相手が杖の様にもたれかかっている大降りの両手剣が確認できると、思わず笑みがこぼれてくる。
ニヤけそうになる顔をなんとか押しとどめ、自分の装備を見やる。ガチガチに固めた相手に比べてなんともまぁ貧相だ。
動きやすいソフトレザーアーマーに、金属片を縫い付けた小手と脛あて。具足は外してあり、素足にサンダルといった出で立ち。
別に軽装が得意というわけでもない。立場上装備を選ぶ事が出来ない我々のような人間には、一通りの武具、装備を扱えるようになる事を求められる。
出来なければ死が待っているだけだ。
「そういえば今日は見に来るといっていたが」
手にしている鉄製のメイスを野球バットのように肩に担ぐと、貴賓室へと目を向ける。
開始位置に付くよう係員が声を上げるが気にはしない。
そこにはいつもの様に少しあごを突き出し、人を見下したような目線で自分をじっと見つめている若い女性の姿が確認できた。礼装用のブレストプレートに赤いマントという余所行きの格好は、普段の彼女を知っている自分には少し滑稽に見える。
金髪に強烈なロールカールをかけた、いわゆるドリルヘアーというやつを初めて見た時はおもわず噴出したものだ。
漫画のアレは実在するのだと。
自分のパトロンに対し若干失礼な思いを持ってじっと見つめていると、何を勘違いしたのか小さく手を振り返して来る。それに気づいた周りの観客は貴族と奴隷という立場のロマンスでも想像したのか、黄色い声を上げている。
何か面倒ごとが待っているかもしれない流れだが、あそこ(観客席)へ行く事が出来ない自分には関係の無いことだ。
いい加減キレて怒声を発し始めた係員に気付き、もうそろそろいいかと開始線へと足を進める。
業を煮やしたのか、開始線へたどり着く前に各々の名前が読み上げられる。歓声にかき消されてしまいほとんど聞き取れないが、誰もが手元のパンフレットで確認出来る事なのでどうでも良いのだろう。
フレア男爵付き隷属剣闘士アキラ
それが今の俺の名前。
かつての大木明ではない。
男爵飼いの奴隷であり剣闘士。
なんともまあ、わかり易いじゃないか。
自嘲気味に鼻を鳴らしつつメイスを構え、開始線であるプレートを足で踏みしめる。
相手方は既にプレートの上に立っていたので、試合開始を告げるラッパが即座に鳴らされる事となった。
一瞬の静寂の後、ひときわ大きくなる歓声。
腰を落とし臨戦態勢に入る二人。
瞬時に研ぎ澄まされる神経が、本来であれば聞こえるはずのない相手の息遣いまでをも運んでくる。
サーリット(顔の上半分を覆う兜)から覗く顔はまだ若々しく見える。恐らく自分とそう変わらない年齢だろう。
正確な年齢まではわからないが、ベテランでないと解っただけで十分だ。
しばしの対峙の後、相手が息を吐き終えた瞬間を狙って地を蹴る。
渾身の力を込めたメイスは鈍い金属音と共に相手の剣と鎧に阻まれてしまったが、その衝撃は確実に相手の体に伝わったはずだ。
鈍器というのは刃を持つ武器と違い、表面に傷をつける事を目的としていない。重さと加速による衝撃を相手にぶつけるのだから、その間に鉄板があろうと鎖帷子があろうとあまり問題ではない。
叩き付けられたエネルギーは鉄板を通し、鎖を通し、皮革を通し、そして肉体へと伝わる。構造が単純で安上がりであるという点は置いておくとしても、今回のように重武装した相手には非常に頼りになる武器だ。
噛み締められた口から漏れるうめき声を聞きつつ、飛び退るように再び距離を取る。
相手は次はこちらの番だとばかりに大剣を振るうが、大降りになったそれを難なく交わし、再びメイスを振るう。
鉄塊を叩きつけられ変形した相手のわき腹を確認し「いける」と確信し、間断なく攻撃を加え続ける。少し加減した一撃一撃は致命傷を与えるには遠く及ばないが、相手の体力を奪うという点においてはそれで十分だった。
幾度と無く打ち合う内に全身から汗が滝のように流れていく。
いつもなら不快感を伴うそれが今は頼もしい。
一撃食らえば即、死に繋がるような攻撃を余裕を持ってかわしていく。
全ての攻撃を避けきるなど本来なら不可能な芸当だが、照りつける太陽により蒸し焼きにされ続けた相手にそれを行うのは簡単だった。
係員に嫌な顔をされつつも時間を引き延ばした甲斐があるというものだ。
度重なる打撃と照りつける熱射によりとうとう膝を付く対戦相手。
あご先に強烈な一撃を食らわそうとメイスを振り上げるが、それを振り下ろすよりも相手が倒れ伏す方が早かった。
熱射病と脱水症状といった所だろうか。
勝敗が決まった以上無駄に命を奪う事もないとメイスを力なく下ろすと、貴賓席で腕を組み満足げな表情を浮かべるパトロンを確認し、ひときわ大きくなった歓声を背に出口へと歩き始める。
興奮した観客の感心はものの数分もすれば次の試合へと移っている事だろう。
疲労と未だ病まぬ緊張に震える手を見つめつつ考える。
今日もいつもと変わらない日常だった。
きっと明日からもそうなのだろう。
これが剣闘士の日常なのだ。
諦めとも絶望とも取れる感情を手の震えと共に振り払いつつ思う。
このクソったれな日常にも良い事はあるはずだ。
少なくとも今日はいつもより良い食事が貰えると期待したい。
初投稿でございます。
至らぬ点等多々ありますでしょうが、
生暖かい目で見守ってやって下さい。
感想頂けたりしますと作者が小躍りして喜びます。