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ジーナ

実に。実にテンプレ通りの内容な気がします。

「はい、確かに聞いた事があります。うちの祖母が確かそういった事をしていた事があると」


 半月にも及ぶ地味な聞き込みの末の成果に、叫び出したい気持ちをなんとか抑える。まさか診療所で大声を上げるわけにもいくまい。



 アイロナの町で調査を開始したはいいが、ウォーレンの様に歴史に詳しいわけでも無く、捜索のノウハウがある訳でもない自分に何かできる事はないかと考えた結果、付近の村から出てきた者に聞き込みをする事になった。町がこれだけ栄えているのだから、出稼ぎや何かに出てくる人間も多いと踏んだのだ。

 知らない人に声をかけるのは勇気のいる事だったが、歴史伝承の編纂を行っているという体で一人一人に声をかけていった。多少うさんくさい奴だとは思われたろうが、誰も彼もが一発当てようとそこら中を漁っているような場所だ。よくある事なのだろう、ほとんどの人は好意的に答えてくれた。

 得られた情報はほとんどが知らない、もしくは知っていても噂話を出ない域のものだったが、ここへ来てようやく有力な情報を得る事ができそうだった。


「それは良かった。出来れば詳しい話を聞きたいんだが」


 少し考えるような素振りを見せる少女。


「そうですね……仕事が終わった後でよければ構いませんけど……」


 少し疑うような視線にやはりこの身体で編纂者は無理があっただろうかと焦りが走る。


「で、では夕刻の鐘の後でまたこちらに迎えに来るよ。どこか食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しい」


 なおも少し考える様子を見せたが、最終的には折れてくれた。今後は何か別の偽装も考えるべきだろうかと悩んだが、既に声をかけた人間もいる以上これで押すしかないなと思い直す。

 マッジーナの宿に戻りウォーレンと新しく来たもう一人の団員に事の詳細を伝えると、二人とも我が事のように喜んだ。


「そいつは期待が持てますね隊長。うまくやって下さいよ」


 ウォーレンが眼鏡をはずしながら言う。


「わかってる。ここへ来てようやくだからな。せめて村の名前くらいは聞き出してくるさ」


 クローゼットから最近冷えるようになってきた夜に備え、コートを取り出しながら答える。


「こっちはこっちで引き続き絞り込みの作業を続けますね。今回のそれが当たりであるに越した事はありませんけど、楽観もできませんからね」


 黒のあたたかいコートを胸元の金具で固定すると、ウォーレンに向き直る。なかなかきまってますが、金具は付けないのが今の流行ですとの声に慌ててそれをはずす。黒髪を隠すべきだろうかと悩んだが、夜であればほとんどわからないだろうと判断し、そのままで行く事にする。

 それでは言って来ると声をかけ、宿を出る。診療所近くに達した頃に夕刻を知らせる鐘が鳴り響き、各店舗や仕事場からぞろぞろと人が吐き出され始める。地球。というより日本とは違い、残業するのが当たり前という風潮は無さそうだ。


 診療所前には仕事着から普段着に着替えた少女がぼーっとした表情で立ち尽くしていた。少し小走りで近づくと、こちらに気付いた少女が深くお辞儀をする。


「待たせて申し訳ない。ええと……」


 ここへ来て自分がどこへ連れて行くのかを考えていなかった事に気付く。仕方が無いので素直にこのあたりに詳しくない事を告げると、向こうも外食をする習慣が無いようで、適当にそのあたりの店に入る事にする。町の雰囲気的に洒落たレストランなど全く期待が出来ないので、無数にある酒場兼大衆食堂といった所だ。


 昼間は食堂として開いているこの酒場は角テーブルが十席程並んだ一般的な食事処で、仕事を終えた作業員だろうか?酔っ払いで溢れている。あまり雰囲気は良くないが、角のテーブルが空いていたのでそこへ座る事にする。

 適当な食事を注文し、話を交わす。ジーナという名のこの少女は珍しい鷹族の娘で、町で治療師の手伝いをして生活しているようだ。目がいいのが自慢ですが、仕事には役に立っていませんねと言って笑みを漏らす。年の頃は十台後半だろうか、後ろに束ねた長い黒髪が印象的で、長さだけで言えばフレアといい勝負をしそうだ。


「それで昼間の話なんだが……」


 料理が運ばれてきたのを機会に肝心の話を振る。


「昼間ですか?」


 何の事でしょう?といった様子で首をかしげる。


「君のおばあさんだったか?命の水について何か知っているとの事だったと思うが」


 まさか出まかせだったのかと嫌な汗が流れる。彼女は何か感心した様子で答える。


「本当に編纂をなさってるんですね。ごめんなさい。ああいった風に装って口説いてるのかと思っちゃいました。えぇ、確かに私の村で昔そういった物を作っていたって聞いた事があります」


 てへ、といった様子で舌を出す少女に軽い眩暈を覚える。

 しかし聞き流せない情報があったので、口説き云々は置いておき、訊ねる。


「作る? 命の水とは作るものなのか? どこかで採って来るといった物ではなく?」


 ジーナはうーん、といった様子で考えてから答える。


「私もそれを見た事があるわけではないのではっきりとは言えませんけど、少なくとも祖母はそう言っていました」


 なるほど、と答えしばし考える。

 予想していた事態の一つではあるが、これで難易度が一つ上がる事になった。作るという事はその製法を知る必要があるという事だ。万が一これが失われていた場合はかなりやっかいな事になる。何年も研究をする必要があるかもしれない。事によると何年という単位でもきかないかもしれないが。


「ふむ。ちなみに君のおばあさんは……その、ご健在なんだろうか?」


 聞きにくい質問だがしないわけにもいかない。


「はい、少なくともこの町に来る前までは元気でしたよ。最後に会ってからもう2年も経ってしまっていますけど……」


 何か帰れない事情でもあるのだろうか?少し残念そうな顔で遠くを見るような表情をしている。

 これは別の意味で申し訳ない質問だったか、と考えていると、近くを通りかかった女の酔っ払いがジョッキを片手に「おう、姉ちゃん。いい男連れてんじゃん。ちょっと紹介してくれよ」と絡んで来た。

 普通そこは男女逆なんじゃないか?と心の中で突っ込むが、女の方が多いこちらの世界ではこれが普通なのかもしれない。いずれにせよ面倒事は御免なので適当な相槌を入れて席を立つ事にする。幸いにも二人とも食事は終えていた。


 テーブルに真新しい銀貨を2枚置くと、店員に声を掛け、店を出る。


 後々になって考えると、この何でもない行動が失敗の1つであり、最高の幸運でもあったと言える。



 既に日が暮れてしまっていたので、申し訳ないですとは言われたが彼女を家まで送っていく事にする。ルームメイトと診療所の寮に住んでいるとの事なので、大した距離ではなさそうだ。


 帰りすがら彼女の村についての話を聞く。村は正式にはアラ村という名称らしいが、普段は単に川沿いの村と呼ばれているようだ。恐らく徴税官が不便だという理由で適当に付けられた名だろう。アイロナから北の森を抜けた先に存在し、普段はいくらかの畑と狩猟で生計を立てているようだ。昔は良く友達と狩りをして遊びましたと嬉しそうに語る。


 やがて人通りの少ない住宅街に差し掛かった頃、後ろからの気配に気付き足を止める。ジーナも気付いていたようで、不安そうな表情だ。

 後ろを振り返るとガラの悪そうな3人がこちらをニヤニヤと見つめているのが目に入る。どうしたものかと考えていると、3人組の一人が声を掛けてくる。


「おい、用があるのは男の方だけだ。女の方は行っていいぜ」


 男らはすらりと短剣を抜き放つと、ゆっくりと近づいてくる。


「ジーナ、俺は大丈夫だから先に帰るんだ。用があるのは俺らしい」


 でも、と言う彼女を押しやり走らせると男達に向き直り、護身用のダガーへと手をかける。なるほど、上着の金具を留めないのはこういう時の為かと妙に納得する。

 三対一.本来であればさっさと逃げるのが最も賢い方法なのだが、ただの物取りでなかった場合を考えると目的を聞き出しておきたい。最悪なのは知らないうちに後を付けられて拠点の位置が知られてしまう事だ。


 相変わらずのにやにや顔でじりじりとにじり寄って来る男達。


「訂正だな。四対一か」


 誰に言うでも無く呟き、振り返りざまに蹴りを放つ。

 ぐぇっという嫌な声を上げてみぞおちを押さえたまま男が倒れ伏す。前に集中させている間に後ろから荷物を掠め取る、といった所だろう。地球での防犯番組でそんなやり方に気をつけろと見た記憶がある。計画的に俺を狙ったのであれば弓を用いたはずだ。やはり物取りか?

 予想外の反撃に三人は戸惑いの表情が浮かべるが、舐められてはたまらないとでも思ったのか、飛び掛ってくる。


「足並みが揃っていない。素人か?」


 短剣を切りつけて来た男の腕を掴み、後ろ手に捻りあげ腕を折る。

 男をそのままもう一人の方に押しやると、ダガーナイフを投擲して三人目の男の腿を貫く。

 剣の男ともみ合っていた男が立て直したので、顎先を一撃する。


 ……簡単すぎる


 剣闘界じゃひと月も生きて行けんぞお前ら、と声をかけると途端に怯えた様子を見せる。剣闘士かよ、冗談じゃねぇと腕を折られた男が逃げ出そうとしたので、それを捕まえ万力のような力で首を締め上げる。


「正直に答えろ。なぜ俺を襲った」


 締め上げる力を少し抑えてやると、震える声で男が答える。


「か、金を持ってそうだったからだよ! くそ、剣闘士だって知ってたらやらねぇよこんな事!」


 震える男の振動が伝わって来て、何か悪い事をしているような気分になる。


「ふむ。しかし他の客と俺に何か違いがあったようには思えないが?」


 男は正気か?といった表情でこちらを見上げる。


「おめぇあんな上玉連れてあの酒場にいたじゃねぇか! それに支払いが西の国の銀貨と来て金持ってねぇはずがねぇだろ」


 どういう事だ?と考えていると男が続ける。


「おめぇ……あそこは連れ込み酒場だ。酔って上の宿でイイコトしようって連中が集まるとこなんだよ。それに西の国の銀貨なんてここしばらく見かけねぇ。真新しいとなりゃなおさらだ。誰だって国またいで金儲けしてる商人だろうと思うだろうがよ」


そう言われようやく納得する。まだまだ勉強する必要がありそうだ。しかし連れ込み酒場とは……ジーナに申し訳ない事をしてしまったようだ。今度会う事があれば謝っておこうと頭に留める。

 「そいつは勉強になった。ありがとよ」と礼を言って男を締め落とすと、未だに足を押さえもがいている男からダガーを回収し、その場を去る事にする。こちらは何も失っていないし、衛兵でも来たら面倒だ。


 足早に拠点へ戻る道を進んでいると再び後ろからの気配を感じ、新手だろうかと振り返る。しかしそこには息を切らしてこちらに走りよるジーナの姿。

 いくらゴロツキでもあのままにしたのはまずかったか、などと考えていると、ジーナがやおら口を開く。



「あの……お願いがあるんです!」




連れ込まれたいです

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