命の水を求めて
いよいよ冒険者としての生活をスタートしたアキラ。
旅を、そして冒険をしているという感覚が伝われば幸いです。
もうすぐ冬が訪れるというのにまだその存在を強く主張する太陽が、日に焼けた顔をさらに黒くしてやろうと息巻いている。
「暑いな……」
深く被ったフードを押し上げ、太陽を仰ぎ見る。
横では荷馬が足を止めた主人に何があったのかと気にするでもなく、いい機会だとばかりに草を食みはじめる。
フレア達の元を離れ、一二日間が過ぎた。
道程は順調だったと言っていいだろう。イベントらしいイベントと言えば7日目を過ぎたあたりで上空を巨大な生物が旋回し始め、少し焦った事くらいだろう。慌てて荷馬を引き付近の森へ逃げ込み事なきを得たが、森へ逃げた事が功を奏したのかどうかはわからなかった。
後はひたすら代わり映えのしない景色を眺めつつ、ただひたすらに歩き続ける日々だ。
歩き、休み、歩き、食べ、歩き、寝る。
太陽が作り出す赤いグラデーションとけして美味くはない乾パンにわずかな楽しみを覚える。人間必要となればどんな状況にでも対応できるものだ。
「軍の行軍を思い出すな……それにしても――」
いつ仕掛けてくるのだろう。相手は三人から四人といった所か?
1時間程前からかなり距離を取った場所からこちらの様子を伺っている者達の事を考える。目的はなんだろう。追いはぎの類だろうか?
少なくとも軍や何かといった事は無さそうだ。本人たちは隠れているつもりなんだろうが、お粗末にすぎる。
「パウ、行くぞ」と旅立ちから二日目に勝手に付けた荷馬の名前を呼び、相手が弓を持っていた場合を考え、その陰に隠れるようにのんびりと歩き出す。
もし襲い掛かって来るような事があれば十分に撃退する自信はあったが、このまま昼夜問わず付けられるとまずい事になる。軍時代に徹夜は嫌という程経験したのでしばらくは耐えられるだろうが、何日にも渡って続けられればいずれは参ってしまうだろう。
夜になったら逆に仕掛けるか?
なにげない風を装いつつそんな事を考えていると、追跡者の一人がこちらに近づいてくるのに気付く。念には念をと出立前に買っておいた弓をすぐ取り出せる位置へと引き出しておく。
「おーい!聞こえるか!聞こえたら返事をしてくれ!」
遠くから叫ぶ声に手を振ることで答える。
やがて敵意が無い事を示すのだろう、弓を手に両手を上げたまま男が近づいてきた。
「なぁあんた。この先にはアイロナの町があるだけだぜ。町に何の用だ?」
髪を短く切りそろえたいかにも健康そうな熊族の男だ。なるほど、警備団の斥侯といった所だろう。もしかすると町が近いのかもしれない。
「知り合いを訊ねて来たんだよ。そっちは冒険者や傭兵の仕事が有り余ってるって聞いてね」
あらかじめ決めておいた台詞でもって答える。男はふぅん、といった様子で荷馬の荷物を一通り眺める。
「弓に……盾。それにソードもか。あんた元軍人だな?」
少し期待の入った声。
「あぁ。北南戦争に従軍した。腕には自信があるぜ?」
意識的に人のいい笑顔を浮かべると、力こぶを作って見せる。
「そうか!軍人なら大歓迎だ。ようこそアイロナの町へ。町は1時間も歩けばすぐだぜ」
男は近づいてくると、首筋へと口付けをしてくる。
思わず殴り倒そうとした手を無理やり押さえつけると、相当ぎこちなかっただろうが、同じように口付けを返す。こちらでの挨拶か?
どうやら選択は間違っていなかったようで、男は満足げな笑顔を見せる。
男は口笛を吹いて仲間に合図を知らせると、合図は解散のものだったようで他の人影は離れていった。
「一攫千金目指して冒険者だの傭兵崩れだのが集まってるあんま品のいい町じゃねぇけどよ、悪くないとこだと思うぜ。あんたの肌に合うといいな」
男はそう言うと町の方角を示す。どうやら案内をしてくれるらしい。しかし一攫千金とはなんの事だろうか?
「なぁ、一攫千金って言ったか?その……なんだ。実際手にした奴なんかははいるのか?」
少し噛んでしまい、怪しまれたか?と思うが、よくある質問なのだろう。何という事は無く返答が来る。
「うーん、王都の近くに行ったやつらがでかいのを引き当てたって話は聞いた事があるな。伯爵の屋敷がそのまま残ってたらしい。運のいい奴らだ」
ほぉ、それじゃ期待が持てるなと大げさに相槌を打ち、できるだけ情報を引き出しておこうとしばらく話を続ける。
男の話を総合すると、どうやら不死の軍団に滅ぼされた東の国に残された財宝を求め、そこら中の冒険者達が集まって来ている状況のようだ。
東の国は今から四十年程前に海洋国家であるアヅアーリとの戦争中、突如現れたとされる不死の軍団に国を滅ぼされた悲劇の国家だ。いつ、どこから現れたのかさえわからぬ相手に攻められた為、国外に財貨を持ち出す事も出来なかったとされている。よって国中に手付かずの財宝と、本人たちにそのつもりは無いだろうが、それを守る化け物達が溢れかえっているというわけだ。
しばらく男と話を続けながら歩いていると、遠目に石で作られた粗末な防壁に囲まれた町が見えてくる。
まだ時間なんでな、と再び斥侯へと戻る男に礼を言い別れると、パウを連れてゆっくりと町へと向かう。
「こいつは……驚いたな」
誰にとも無く呟く。廃坑になった炭鉱の町と言えば寂れに寂れているものだと決めてかかっていたが、王国の崩壊という特需はそれを上回る魅力を持っていたらしい。規模でこそ王都に比べれば微々たるものだが、それでも溢れかえらんばかりの人が通りをごった返していた。
パウが見知らぬ人を蹴り飛ばさないように注意しつつ町を進む。
人ごみに入るのはこちらでは初めての経験なのでまごついてしまうが、東京に比べればマシさと言い聞かせる。
「お兄さん、遊んでいかない? あたしの舌使いはアイロナいちだよ」
「ちょっと、旦那! これ見てくれよ! フランベルク直輸入の外套だよ!」
まだ昼間だというのに無数の娼婦や男娼が溢れ、商魂豊かな商人がなんとか商品を売り捌こうと声を張り上げている。
途中何度も人にぶつかりながらも大通りを抜けると、諜報団の拠点として使っている宿を目指す。
「マッジーナの宿といったか……」
ふと通りのはずれで木彫りの熊を売る少年と少女が目に入ったので声をかけ、道を尋ねる。銅貨三枚で案内してくれるよう交渉し、連れていってもらう事にする。
宿は思ったよりも近くにあり、十分もしないうちに到着した。本当かどうかはわからないが、親を失い兄弟だけで生きているという二人に同情し、木彫りの熊をひとつ購入すると、礼を行って別れる。
「これで鮭をくわえていれば完璧なんだがな」
木造二階建てのそれなりに立派な店構えをした宿へ入る。慌てて奥から飛び出してきた女主人に馬を先に裏の厩舎へ入れるよう注意され、従う。
「まったく。馬ごと正面から入ってくるなんて何考えてんだいあんた」
パウに積んでいた荷物を運びながら叱咤され、恐縮してしまう。
「変わったやつが来るって聞いてたけどさ。あんたのお仲間は2階だよ」
追い立てられるように2階へと向かうと、宿は奥にに広い構造をしているようで、思ったよりも広い事に驚く。
四の間と書かれた部屋の前で立ち止まると、一度荷物を下ろしノックをする。
短く四回。間を空けて二回。
しばらくすると一人の男がドアから現れ、ようこそ隊長、と迎えてくれた。
部屋は複数人を常駐させるつもりだろうかなりの広さがあり、二人では持て余しそうだ。清潔に保たれてはいるが雑多な資料や武具などが無造作に置かれている。
持ってきた荷物を入れようとクローゼットを開けると十本もの弓と大量の矢が収納されており、戦争でもするつもりなのかと呆れる。
「あぁ、隊長の荷物はこっちです。この棚を好きに使って下さい。それより荷物は後にしてまず湯浴みでもしてきた方がいいんじゃないですかね。かなり臭いますよ」
言われてローブを持ち上げて嗅いでみる。なるほど、確かにこれはきつい。
女主人であるマッジーナにその旨を伝え湯を用意してもらうと、それが沸くまで団員に現状の報告をしてもらう。
「村?」
「そうです。村です」
調査員のウォーレンが机の上に古びた本を乗せ、それを開く。
「このあたりの古い言い伝えやなんかをまとめた本なんですがね。ええとですね……ありました。この辺です。命の水と呼ばれるものは相当古くからあるものみたいですね。名前だけならどんどん見つかりますよ」
ウォーレンが別の本を机に置く。
この世界の和紙のような物で出来た本は、さほど高い物ではない。だがそれでも奥に積まれた相当数の書籍を見るに、かなりの金をかけただろう事がわかる。
「予算は多目にもらってますからね」と視線に気付いたウォーレンが言い、続ける。
「命の水はこのあたりの村から王都に向けて運ばれていたみたいなんです。カルダ王朝時代には不老長寿の薬として王家に収められていたようですね。五百年以上前の話になりますが」
本から顔を上げるウォーレン。
「その頃から比較的近代近くになるまでずっと村という言葉が出てくるんです。時代が進んでも村のままって事は相当発展の余地が無い場所なんじゃないかと」
ウォーレンの言葉に頷きでもって答える。
確かにそんな貴重な物を産出する場所が誰にも注目されず、長い間村のままでいるというのは腑に落ちない。開発するなり囲い込むなりするはずだ。
「このあたりに存在した村ってのはどれくらいの数になるんだ?」
かぶりを振るウォーレン。
「当時から、というのであれば数百は下りません。今のところ最後に名前が登場してた時代から推測すると五十といった所です。恐らくこのあたりなんじゃないかっていう場所が、既に滅んでしまった場所も含めて三十前後でしょうか」
思わず腕を組んでうなり声を上げる。
三十もの村々を回り、それぞれの村でしらみつぶしに調査をするとなると途方に暮れてしまう。ましてや滅んでしまった村ともなると、もはや考古学の領域だ。
「せめて十かそこらに絞りたいな……地道に調査を続けるしかないか」
湯浴みの準備が整った事を告げるマッジーナの声と共にそう締めくくると、扉へ向かう事にするが、扉へ手をかけた所でウォーレンに慌てて呼び止められる。
「隊長! タオルと着替えを持ってかないでどうするんですか。そういう趣味なら止めやしませんが、裸で廊下を歩く事になりますぜ」
そ、そうだな。すまん。とウォーレンから着替えを受け取る。情けないがこうやって一つ一つ覚えていくしかなさそうだ。
ふと、入り口のすぐそばの棚に5つも並べられた木彫りの熊が目に入り、有名なのか?と訊ねる。
「有名っちゃ有名ですね。新しくここへ来た団員達がみんな情にほだされて買って来ちまうんですよ。親を失って困ってるって言って物を売りつける兄妹がいましてね。実際のとこ親はぴんぴんしてますよ。まぁ騙される馬鹿というかお人よしが多いんでしょうなうちの団は」
やれやれといった様子で本を読み始めるウォーレン。
なるほど。捜索にしろ生活にしろ、
どうやら前途は多難そうだ。
多分筆者も買ってしまうと思います。